第12話 奴隷館襲撃

「シーラ、奴隷館の構造をできるだけ詳細に教えてくれ」


 ノームは埃まみれの机を軽く手で払い、そこに紙を広げた。五人で机を囲みながら作戦会議を始める。

 シーラは黙って頷き、ノームからペンを受け取って奴隷館の図を書き始めた。


「奴隷館は三階建て。一階が店。二階が管理者たちの居室。三階が私たちの居室。間取りは――――」


 淡い橙色で照らされた紙の上をペンが走る。

 長方形で書かれたそれぞれの階。シーラは三階部分を線で区切り、間取りを書き込んでいく。


「三階の居室は全部で五つ、私を含めて計五人がそこで暮らしていた。さっき言った通り、うち一人は脱走がバレて殺された。で、私は今ここにいる。だから残っているのは後三人・・・・・・」


 シーラの手が止まった。ペンを持つ白く細い腕が小さく震えている。

 見ていられなくなったのだろう、ナルシスが「大丈夫」と優しく声をかけた。そのおかげかシーラの震えも止まり、息を一つついた後、説明を再開した。


「どの部屋も外から鍵がかけられていて、自分から出ることはできなかった。決まった時間に管理者から呼ばれて、その間客の相手をする。終わったらまた部屋へ戻されて、鍵を閉められる。それの繰り返し。簡単なベッドとトイレだけの質素な部屋。窓も無いから逃げることもできない。ほんと、あれはただの牢獄よ・・・・・・」


 シーラの顔色が急激に青白くなっていく。よほど凄惨な体験をしたのだろう。当事者ではないノームにすら、それがひしひしと伝わってくる。

 窓も無い。鍵も外からかけられている。じゃあ一体、こいつはどうやって――――


「・・・・・・そんな場所からどうやって逃げ出したんだ?」


「客の相手をしている最中にね、ちょっと協力を頼んだの。・・・・・・一階には監視が六人いたわ。どれも私たちが逃げ出さないようにするためのね」


 そう言いながら、一階の間取りを書き込んでいく。二階の長方形は空白のままだ。


「入り口がここ。ちょうど正面に受付があって、まずそこに一人。その左右にプレイルームって言われてる、客の相手をするための部屋が、左に二つ、右に三つ、計五つあったわ。私たちの人数と同じ数ね。その部屋の前にそれぞれ監視がついていた。これはあなたも知っているでしょう?」


 話を振られたユリオは、眼鏡をくいっと上げ、「はい」と答えた。


「この部屋にも当然窓は無かった。逃げ出すためにはどうしても正面入り口を通るしかない。だから私は客を利用した。後でをするって言って、彼に暴れてもらったの。結構凄腕の冒険者だったみたいで、男一人に監視が全員抑え込まれていたわ。その隙に逃げたってわけ」


「でもお前だけ逃げられたってのはおかしくないか?それなら他のサドデスも十分逃げ出す時間があったんじゃ・・・・・・」


「その冒険者ね・・・・・・殺されたのよ・・・・・・盗賊の男にね」


 ペンを強く握り、唇を噛みしめるシーラ。弱弱しい口調で続ける。


「奴は気づいたときにはもうそこにいた。あの冒険者と比べると、ずいぶんと小柄な男だった。私が入り口から逃げだして、振り返った時には冒険者の男は痙攣しながら倒れていたわ。辺りは血の海。あれじゃあもう生きていないでしょうね・・・・・・でも止まるわけにもいかないし、追い付かれたらおしまい。もう必死だった。何回も転びそうになった。迷路みたいなあの場所をひたすら駆けまわった。助けてくれる人間なんて誰もいない。だから走った。人間がいないところまで。――――そうして行き着いた先が旧市街ってわけ」


 紙をただじっと見つめ、黙り込んでしまったシーラ。

 そんな彼女を見ていると、ひどく心が痛む。だが、彼女以上に辛いのは、取り残されたサドデスたちだろう。二人も脱走者が出たということは、それだけきつい罰が与えられただろうし、元々五人で回していた店なのだ、三人では流石にもたないだろう。休みなんてほとんど与えられていないはずだ。人間よりも丈夫な魔物は、よほどのことが無い限り働きすぎで死ぬということはない。けれど、眠らなければ疲労は蓄積されるし、身体を酷使しすぎれば、いずれ支障をきたす。彼女たちはすでに限界など超えているはずだ。一刻も早く助け出してやらねばなるまい。


「ねえ、辛いところ悪いんだけど、説明を続けてくれない?あまり長くやってる時間はないんだよね」


「ルチアさん!そんな言い方は!」


 激昂するナルシスを「いいの」と一言言って抑えるシーラ。重苦しい雰囲気を纏いつつも、滞っていた作戦会議を再開する。


「ごめんなさい。続けるわ。・・・・・・二階は・・・・・・正直どうなっているか分からないの。三階から降りるときにちらっと見るくらいだから・・・・・・一日中暗いままだったし、人がいる気配はあったけれど、何人いて、どんなものがあるのか把握できなかった」


「管理者の居室の構造は不明・・・・・・か。もしかしたら金庫はそこかもしれないな。それに、盗賊ギルドの連中も何人か常駐しているかもしれない・・・・・・。問題はどうやって助け出すかだな」


「営業時間は基本的に夕方から明け方まで。それ以外の時間、彼女たちは三階の居室に監禁されているわ。監視は二人体制で、明け方から昼、昼から夕方で交代する。その時の下の階の様子は分からない。でも、必ず何人かはいるはず。どちらにせよ救出は困難よ」


「まあその通りだな・・・・・・明け方から夕方まで時間があるなら十分休めているんじゃないのか?」


「いいえ。私達には他にも仕事があったの。黒い魔石が灰色になるまで魔力を流し込むっていう、あんな危険なこと、何のためにさせられてたのか分からない。・・・・・・一日のノルマがあって、客の相手をする以外はずっとそれをさせられていたの。私なんかは元々魔力量が多かったし、魔力操作にも長けていたから、速めにノルマを達成して他の子たちよりは休めていたけれど・・・・・・」


「灰色になるまで・・・・・・ね」


 魔石は術者が魔力を込めるほど発動時の魔法の威力が上昇する。だが、魔石にも魔力飽和量が存在する。その種類や元の魔物の強さによって多少の差はあるものの、一定以上の魔力を込めすぎると魔力暴走を起こし、魔法が暴発してしまう。その際の兆候として、魔石の色がくすんだ灰色になるのだ。もしこれに少しでも魔力を込めようものなら、その魔石の属性に応じて予想だにしない出来事が起こる。

 そんな危険な状態の魔石を生成させて何を企んでいるのか。かなり危険な香りがする。


「・・・・・・明るい内に行動すると目立つし、営業時間中に仕掛けるとなると、ほとんど正面突破みたいなもんだな。ルチアはどうすればいいと思う?」


「決まってるじゃない。正面突破よ」


 そう言ってルチアはにやりと笑った。

 だよな。お前ならそうするよな・・・・・・まあそれしかないか。


「というわけだが、お前らもそれでいいか?」


 ナルシス、ユリオ、シーラの三人は何も言わず真剣な面持ちで頷いた。

 ここに来る前、なるべく目立つのは避けたかったので、ナルシスのダサい鎧、ユリオの長弓と、潜入の邪魔になる武器や防具の類は置いてきていたのだが、状況が変わった。潜入ができないということはそれなりの装備が必要となる。ナルシスは短剣一本。ユリオは剣鉈一本と小さな投げナイフを数本、衣服に隠すように装備しているだけだ。戦闘に関してはノームとルチアだけで十分だが、それでも自衛の手段くらいはもう少し持たせておきたい。


「ルチア、こいつらに武器と軽い素材の防具なんかがあったら貸してやってくれ。ここならいくらかあるだろ?」


「そう・・・・・・ね。まあ一応持たせておくべきかな。ちょっと待ってて。確かこの辺に――――」


 酒場風の室内の中央、そこの一部分だけ床板の色が微妙に違っている。ルチアはその床板をそっと外し、中にある小さな空間に入っていった。


「これと、これと、あとこれも――――」


 床下にこんな武器庫があったなんて驚きだ。

 ルチアはノームに向けて、長剣、弓、棍棒、さらに革鎧、鎖帷子など、手当たり次第放り投げた。


「お、おい!もっと丁寧に扱えよ!」


「もう、うるさいなあ・・・・・・」


 とか何とか言いながらも、ナルシスやユリオが扱えそうなものを選んでくれているらしい。身体付きや、身のこなしでおおよその戦闘スタイルは把握しているのだろう。二人にぴったりの装備品ばかりだ。

 ナルシスとユリオはその中から自分に合うものをいくつか選び、装備した。


「で、お前はそれでいいのか?」


 穴倉から這い上がってきたルチアに、ノームが尋ねる。

 二人の装備品を選んでいたようで、彼女もちゃっかり装備を整えていたらしい。腰に巻いたベルトにはいくつかの小袋がぶら下げてあり、細い太腿には同じようなベルトに巻き付けた投げナイフがびっしりと装備されている。上からマントを羽織っているので、外からは見えないようになっているが、まだ何か隠し持っているかもしれない。こいつが味方でよかった。ノームは心の底からそう思った。


「これでもちょっと足りないくらいだけどね。まあ大丈夫でしょ」


「そ、そうか・・・・・・シーラはここに残っていてくれ。奴隷館よりはいくらか安全なはずだ」


「嫌。私も行く。あの場所を知っている私がいた方が動きやすいし、魔法だって鞭が無くても少しは使える。何より、あの子たちを置いてきたことの責任を取りたいの。お願い」


 落ち着いた様子でノームを見据えるシーラ。先ほどまでの沈んだ雰囲気はどこかへいってしまったようだ。覚悟は変わらないってことか。さて、どうしたものか。

 そこへ登場したのが、鎖帷子を身につけ、長剣を携えた金髪イケメンだった。彼は澄んだ瞳でノームをまっすぐ見つめ、


「教官殿、シーラは僕が守ります」


 胸に手を当て、宣言した。

 え、なにそれ。かっこいいんだけど。そんなこと言われたらさ――――


「ダーリン・・・・・・」


 シーラはとろんとした目でナルシスの手を握っている。

 ほら。こうなるよね。ほんと仲睦まじいことで。まあいいけど。別に。ノームだってモテないわけではない。ただその相手が少々難ありというだけの話なのだ。

 ノームはお花畑のような雰囲気に包まれた二人を現実に引き戻すべく、大きく咳ばらいをして、


「よし。じゃあ、とりあえず行ってみるか。シーラ、案内を頼む」


シーラの話だけでは不明な点が多い。百聞は一見にしかず。実際に行って見た方が早い。


「ええ」


 五人はギルドを後にし、目的地である奴隷館へと向かった。だが、マルクという男と、奴隷館で生成されているという灰色の魔石が懸念材料としてノームの頭の中にべっとりとくっついて離れない。心がざわついている。本当に大丈夫なのだろうか。いや気にしても仕方ない。とにかく今は奴隷館へ急ごう。






「あれが奴隷館・・・・・・」


 ギルドから徒歩で20分ほど行ったところにそれはあった。おどろおどろしい雰囲気を醸し出しているその館は、一見するとただのボロ屋敷にしか見えない。


 現在、ノームらが身を潜めているのは、奴隷館近くの空き家だ。ここからなら全貌が見渡せる上に、人も寄り付かない。封鎖中の建物だったが、ルチアの鍵開けで侵入することができた。


「通い詰めていたとはいえ、先ほどの話を聞いてからここに来ると、なんとも言えない気持ちになりますね。あのお仕置きの裏には過酷な現実が潜んでいたなんて・・・・・・女王様はあくまで女王様。人間ごときに酷使されるような存在であってはならないのに。本当に許せない・・・・・・」


 ユリオの眼鏡の奥には、静かに怒りの炎が灯っていた。


「ひとまず、俺一人で偵察に向かう。お前らはここで待機だ」


 正面突破とは言ったものの、何の策もなしにただ闇雲に突撃するだけでは、どんなに勝ち目のある戦いであっても必ず足元をすくわれる。なので、準備は怠らない。敵を把握するためにも、偵察は必須事項だ。

 ノームがユリオらに待機命令を出すが、それに反対する人物が一人。


「私も行く!」


 ルチアだった。頑として同行を所望している。こうなったルチアは手ごわい。ノームは諦めるしかなかった。「わかったわかった」とめんどくさそうに二つ返事で許可し、フード付きのマントを目深にかぶりながら二人で偵察を開始。いかにも怪しい者ですよと主張しているようにも感じられるが、運はノームらに味方したようだ。雨が降ってきた。これならば今の格好に何ら違和感はない。


 館の構造はシーラが教えてくれた通り、横長の三階建てだ。シーラはずっと軟禁状態でここに住まわされていたため、外に出ることはなかったと言っていた。だからこそ、侵入できそうな場所や、従業員専用の裏口など、どこかに見落としがあるかもしれない。それを探すべく、館のぐるりを探索することにした。


「一周回るか。なるべく怪しまれないようにしろよ」


 人通りが少ないとはいえ、ここはれっきとした店だ。客も少なからずいるだろう。こそこそと嗅ぎまわっていることが誰かにバレたりしたら大変だ。だから、ここはあえて大胆に、娼館通いの冒険者を装いつつ行動しよう。ノームがそう思った矢先、「ならこうするしかないよね」と、ルチアが強引にノームの腕を取り、両腕を絡ませてきた。それは恋人同士が仲良く腕を組む構図となった。


「お、おい! ・・・・・・」


 ノームの拒絶を打ち消す、押し当てられた柔らかな何か。その二つの谷間に、ノームの腕は誘い込まれるように、するりと入り込んでしまった。すごく柔らかい。ぷにぷにしてる。もうずっとこのままでいいかもしれない。身体が本能的に求めている母性の塊にノームはなすすべが無かった。フードをかぶっていてよかった。今の顔をルチアに見られでもしたら、一生からかわれる羽目になりそうだ。

 そのままの状態で館の周りを探索していると、一階の側面に小窓を発見した。


「・・・・・・ルチア、あれ」


近づいてみると、人一人入れそうな隙間がある。ここからなら正面入り口から入らなくても、中に入れそうだ。


「ノーム、踏み台になって」


「はあ?なんで俺が!ていうかこれくらいお前なら――――っ」


 抵抗する間もなく足払いされ、前のめりに倒れこむノーム。そのまま四つん這いの体勢にさせられ、半強制的に踏み台となった。・・・・・・せめて土足はやめてほしい。そんな願いも儚く、ルチアは何の躊躇もなしにノームの背中を踏みつけた。


「おー、よく見えるね。観葉植物で死角になってるから向こうからここは見えないし、侵入経路としてはいいんじゃないかな。・・・・・・監視はあの子の言う通り、受付も合わせると六人だね。にしてもやけに体格がいいなあ。あの子が逃げ出したから強化されたのかな・・・・・・声も聞こえてくる・・・・・・豚?ダニ?足をなめろとか・・・・・・男の人の嬌声も・・・・・・ねえノーム、ここってなんの店なの?」


「・・・・・・俺に聞くなよ」


 答えづらい質問を投げかけないでほしい。特殊性癖の男が集まる館だなんて口が裂けても言えない。ルチアにはそういうのはまだ早い気がするんだ。いや、速いとか遅いとかそういう問題じゃないんだけど。

 この隙間、ナルシスくらいの大きさならば通れそうにないが、ユリオくらいまでならギリギリ通れそうだ。


「ルチア、いったん戻ろう。二階から上は侵入できそうな場所が無いし、他にこれといって有益なものは見当たらない。合流して実行に移そう」


「そうね」


 ノームとルチアはひとまず探索を終え、ナルシス達が待機している空き家に戻ることにした。





「ナルシスとシーラはこれを持ってここで待機。ユリオと俺たちで館に忍び込む。敵を無力化したら合図を送るから準備していろ」


 侵入経路の説明を終えたノームは、ナルシスに通信結晶を手渡した。身体の大きいナルシスには、疲弊しきったサドデスたちを運び出すための役割を与えた。最初はついてくると言って聞かなかったシーラだったが、ナルシスと一緒ならということで同意してくれた。

 ユリオの目は使命感に燃えていた。こんな表情は見たことが無い。ただの変態エクスカリバーかと思っていたが、今日の彼は何だが雰囲気が違う。頼もしいこと限りない。


「行くぞ」


 サドデス救出作戦、開始である。






「俺が先に行く。その次にユリオ。最後にルチアだ」


 跳躍すれば十分に手が届く距離にその小窓はある。ただしそれは最上位の二人からすればの話だ。・・・・・・なぜ踏み台にされたのか、今になって怒りを覚えたが、そんなことを気にしている場合ではない。


 膝を軽く曲げ、地面に力を伝える。跳ね返ってきた力を活かし、その反動で高く跳躍。小窓の縁に手をかけた。そのまま身体をねじりながら中へと侵入していく。向こう側へ降りるときも慎重に。ぶら下がった状態から足をつく瞬間が一番の難所だ。足先からそっと着き、音を立てないように着地する。よし。成功だ。


 観葉植物の間から状況を確認。監視にはこれといった反応は見られない。・・・・・・確かに聞こえてくるな。罵倒と嬌声。男の嬌声なんて聞きたくもない。・・・・・・気が滅入る。

 それからノームはもう一度跳躍し小窓によじ登ると、外のユリオに向かって手を伸ばした。


「ほら、ユリオ、掴まれ」


 ユリオは頷き、大きく膝を曲げて、目一杯の力を込めて跳躍。ノームの手を掴んだ。

 そのまま中へ引きずり込むようにしてユリオを引っ張る。

 ――――が、


「ノ、ノームさん!それ以上引っ張らないで下さい!」


 腰辺りまで入ったところで、ユリオが抵抗を始めた。急にどうしたというのだろうか。


「何言ってるんだよ!この体勢も結構きついんだ。いいから早く来い!」


「・・・・・・あ、あそこが引っかかってるんです・・・・・・恥ずかしながら、その、声を聴いていたら大きくなってしまったと言いますか・・・・・・」


「おいーーーーーー!何大きくしちゃってんだよ!完全に興奮してるだろ!はあはあしてるし・・・・・・それもう聖剣じゃなくて性剣じゃねえか!――――ていうか引っかかるってどんだけ大きくなってんだよ・・・・・・」


「こ、これは健全な男子として当然の反応です!」


「いや、お前は健全じゃないから!断じてないから!だいぶ偏ってるから!って、そんなこといいから、早く、来い、よ!」


 ノームは引っかかっているユリオを強引に中へ引き入れようとする。

 引っ張るノームと引っ張られるユリオ。何かがこすれるような音が聞こえる。ユリオの息遣いはどんどん荒くなり、やがて喘ぎ声になっていく。そして、それは突然終わりを迎えた。


「ちょ、待っ、やめ――――あっ――――」


 びくびくっ!とユリオの身体が痙攣し、同時に異臭が漂ってきた。力の入っていた身体は弛緩しきっており、その顔には解放感に満ちた安らかな笑みを浮かべていた。

 そのまま無言で何事もなかったかのように中に入ってきたユリオ。着地も静かだった。なぜだかいつもと違って見える。雰囲気が変わった?・・・・・・股間の辺りが濡れている。臭いの発生源は間違いなくそこからだった。これ・・・・・・あれだよな。まさかさっきの音はこいつの性剣がこすれる音だったのか!?・・・・・・こすられすぎて出ちゃったのか。ごめんねユリオ。でも大きくしちゃうお前が悪いんだよ。

 ユリオは俯き、顔に影を落としている。その丸まった背中からは哀愁のようなものを感じる。


「ユ、ユリオ?」


「ふはははははは!ここは俺に任せろ!貴様はそこで黙ってみていろ!この粗チンがぁ!」


 突然顔を上げたかと思うと、ノームの所持していた通信結晶を奪い取り、大声を張り上げて監視共に突っ込んでいった。

 え、お前一人称俺だったっけ。ていうか最後なんて言った?租チン?それは粗末なチンコってことか?・・・・・・やめて。心が折れちゃうから。これでも一応教官なんですけど。・・・・・あ、折れたわ。だめだこれ。無理。もう帰りたい。サドデスを助ける前に俺を助けてほしい。いやほんと。頼むわ。なにが手助けするだけだ、だよ。恥ずかしいわ。


「ふはははははははは!」


 ユリオは高らかに笑いながら、素早い動作で、小窓から一番近い、正面入り口から見て左側の監視二人に迫る。体つきが良く、ただの監視ではないことは明白だ。おそらく傭兵だろう。得物はそれぞれ、棍棒と長剣。奴らと対峙しているうちに、右側の三人も近づいてくる。だがユリオに慌てる様子は見られなかった。


「雑魚どもが何匹かかってこようが相手にすらならんわ!ふはははははは!」


 いやお前誰だよ。ふはははははって。キャラ完全に変わってんじゃねえか。ノームがそう思った一瞬の出来事だった。ユリオは向かい来る棍棒と長剣二人の顎を、ひらひらと舞いながら掌底で打ち砕き、増援を呼ぼうとしていた受付の男に肉薄。この瞬発力、ナルシスの比ではない。それ以上だ。唖然としている受付男の顎に横薙ぎで殴打をくらわせる。


 次いで、右側の三人がユリオに襲い掛かる。得物はそれぞれ、剣鉈、戦鎚、槍だ。前から槍の一突き、左右からは剣鉈と戦鎚の三人同時攻撃。これは避けられない――――かに思われたが、ユリオは姿勢を限りなく低くして、弧を描くように足払いを放った。恐ろしく柔軟な身体操作技術には驚かされる。元々長い脚が、さらに長く見えた。三人の男たちは床に倒れ伏す。立ち上がろうとする男たちを、ユリオは順に仕留めていく。執拗に顎を狙うのは、意識を奪うためだろう。脳を揺らし、無力化するというのが、殺さずに無力化するうえで一番効率がいい。


 全員起き上がってこないことを確認すると、ユリオはそのまま二階へと上がっていった。

 それからしばらくの間、上の階からはドタドタという騒音が鳴り響いていたが、やがて止まった。と同時に、ユリオが降りてきた。その手にはバンバンに膨らんだ麻袋を携えていた。あれは・・・・・・たぶん金庫の金だろう。


「ふっ!」


 ユリオはノームの方を一瞥すると、鼻息混じりににやりと笑った。なにそのドヤ顔。ムカつくんだけど。ていうかいつもより目、輝いてない?いや眼鏡?・・・・・・もうどっちでもいい。半ばやけになっているノームは観葉植物の陰に隠れて動かない。


 ユリオは結晶を通じて、外にいるナルシスに合図を送った。それからすぐにナルシス、シーラが駆け込んできた。

 三人で部屋の中にいたサドデス三名を救出。そのまま外へと駆け出す。


「ノーム!?ねえなにがあったの!?状況は!?あれ?もう終わってる!?」


 騒ぎを聞きつけ、 慌てて中に入ってきたルチアの声で我にかえったノーム。


「はっ!わ、悪い!俺たちも急ごう!」


 ユリオ達の後を追いかけ、ノーム、ルチアも館を後にした。

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