第10話 サドデス救出作戦
「で、助けるつっても具体的にどうするつもりなんだ?」
ノームはクレスとネリネが用意してくれた料理を頬張りながら、サドデスにあーんをされているナルシスの方を見やる。べ、別に僻んでるわけじゃ、ないんだからね。
ナルシスの食べている料理はなんというか、非常に凝っている。シーラが作ったらしいのだが、香草やらスパイスやらがふんだんに使用されていて、鼻孔をくすぐる刺激的な香りが食欲をそそる。言ってしまえば、高級な食堂くらいレベルが高い。
・・・・・・それとは裏腹に、目の前に並べられた質素な食事――――本日も固いパンと野菜のスープ――――を眺めていると悲しくなる。
そう言えば、食費や衣類費などの生活費や、武器・防具などにかかる費用はどうやって捻出しているのだろうか。食事はもとより、装備品だってボロボロな奴が多いし、育成所の修繕だってままならない状態である。魔物ともろくに戦えないこいつらのことだ。お世辞にも稼げているとは言えないだろう。
そもそも、育成所は慈善事業ではない。階級が上位の育成所はそれなりの手当てがつくが、言うまでもなくサイラスは最下位だ。手当など当てにできない。だからこそ気になってしまう。どうやってこのギリギリの生活を維持しているのかが。
「もちろん、彼女たちを解放してもらえるよう、正々堂々と頼みに行きます!」
キリっとした、イライラするほどかっこいい顔でノームを見つめるナルシス。
どうやら冗談ではないらしい。まじ顔だ。これ。それに見とれるシーラ。はいはい。そういうのは俺のいないところでやってね。
「え、お前馬鹿なの?」
この自称騎士君(笑)は、世の中の人間は皆、誠心誠意頼みこめば言うことを聞いてくれると思い込んでいるらしい。平和脳にもほどがある。なんですか。君の頭の中には妖精さんでも住んでいるんですか。馬鹿らしい。そんな人間ばかりなら争いなんて起こらないんだよ。
「あっちは別に法律に違反しているわけでもない。いたって正当な権利を行使しているに過ぎないんだ。もし助けたことが知られたら、俺たちが罪を背負うことになるし、仮にうまいこと助け出せたとしても、市民権を失ったサドデスたちはどうすればいい?その辺は分かってんのか?」
「た、確かに・・・・・・」
肩をすくめ、分かりやすくしょんぼりとしている金髪騎士(馬鹿)。
やはり分かっていなかったらしい。ほんとあれだな。このパーティーろくな奴がいない。
「お前なあ・・・・・・」
「じゃ、じゃあどうすればいいんですか!?そんなの助けようが・・・・・・」
「ナルシス、お前話聞いてたか?俺は知られたらと言ったんだ。簡単なことだ。助けたのが俺たちだとバレなければいい」
「それはそうかもしれませんが・・・・・・でも市民権は・・・・・・」
「そんなもん、要は金の問題だろ?なら搾取している奴ら――――奴隷館の連中から奪えばいい。どうせ表に出せないような金だ。盗んだところで何も言えやしない。だから貰えるもんは貰っとけばいいんだよ」
「そんな・・・・・・犯罪じゃないですか!騎士たるこの僕にそんな真似など・・・・・・」
「犯罪・・・・・・ねえ」
ノームは遠い過去を見るように、煤けた天井を眺めながら続けた。
「サドデスを助けるためにはそうするしかない。第一、助ける所からすでに犯罪は始まってるんだ。穏便に済ませようったってそうはいかない。・・・・・・大丈夫。俺に任せておけ。こういうのは慣れてるから」
「それってどういう――――」
ナルシスの言葉を遮るように、
「さて。気は乗らないがあいつに頼るしかなさそうだな」
ノームは独り言ちた。
それから、万一のためにいつでも連絡が取れるようにと、麻でできた上着のポケットに忍ばせていた通信結晶を取り出し、魔力を込める。儚げな光がポワっと浮かび上がり、それが小さな結晶全体に広がっていく。
この通信結晶は非常に便利な代物である。闇蝙蝠と呼ばれる特殊な魔物から採取できる魔石を加工して作られたもので、どれだけ離れていようとも、波長の合う結晶同士であれば会話ができるのだ。原理としては、目の見えない闇蝙蝠の通信手段として用いられる魔法を利用して、声を音波として届ける――――みたいなことらしいが、詳しいことよく知らない。
ちなみに、ノームの所持している通信結晶は二つ。一つは妹であるシオンとの通信用。そしてもう一つが――――
「ルチア。俺だ。今から会えるか?」
同じ最上位冒険者であり、ノームとは旧知の仲であるルチアという少女との通信用だ。
彼女はノームが冒険者になる前からの知り合いであり、幼馴染といってもいいような関係性だ。ルチアが身につける腕章は、その美しい歌声は聴き入るものを魅了する、海の幻獣セイレーンだ。
最も、彼女がこの腕章を授けられた理由はもっと別にあるのだが――――
「ノーム!?ノームなの!?会う!すぐ行く!絶対行く!」
ノームからの久方ぶりの通信に喜んでいるのか、ルチアは声を荒げて応えた。
そのあまりの気迫に、顔を突き合わせていなくても、今彼女がどんな表情をしているのか手に取るようにわかる。ああ、やっぱり呼ぶんじゃなかったかな・・・・・・。
「場所は――――」
「・・・・・・」
と、ノームが現在位置を教えようとしたところで接続が切れた。
・・・・・・大丈夫かなあいつ。あの慌てようはちょっと心配だ。
「はあ・・・・・・」
今日一日で何回ついたか分からないため息をつき、げんなりした様子のノーム。
・・・・・・通信するたびに疲れるからあんまり連絡したくないんだよ。
「あ、あのあの、今のお相手って・・・・・・」
ノームの青白い顔色を心配したネリネが声をかける。
「まあ、昔の知り合いってとこかな。頭はあれだが、なかなか頼りになる。特にこういう問題に関してはな」
「そ、そうですか・・・・・・」
「で、それってあたしたちも行かないといけないの?」
クレスが乱暴にパンを食いちぎりながら、訝し気な視線をノームに送る。
あなた仮にもお嬢様ですよね?そんな行儀の悪い食べ方、叱られますよ。
「・・・・・・今回に関してはナルシスの個人的な活動として受け取ってもらって構わない。だから参加するもしないもお前たちの自由だ」
「そう。ならあたしはパス。そんな危険なことに首を突っ込んでいられないし。そっちはそっちで勝手にやって」
「ク、クレスさん!そんな言い方は・・・・・・」
ネリネは逡巡を済ませ、うつむき加減で、
「ノームさん、あの、私も・・・・・・その、今回はちょっと・・・・・・」
言葉を濁して言った。
まあ仕方ない・・・・・・か。どうせ潜入がメインになるだろうし、人数は少ない方がいい。これでちょうどいいかもしれないな。
「わかった。じゃあクレスとネリネは休暇ってことで。どうせ誘っても来ないだろうし、ラムズにもそう伝えておいてくれ。・・・・・・ユリオはどうする?」
一応、黙ってスープをすすっていたユリオにも声をかけてみる。
眼鏡は湯気で曇っているため、その瞳は見えない。一体何を考えているのやら。
「一つ、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか」
手に持っていたスプーンを置き、なぜかシーラの方を見つめながらそう言った。
「な、なに?」
シーラは困惑している。そりゃそうだろう。あんな曇り眼鏡の変態が突然話しかけてきたのだから。あれ、なぜだろう。背中が痒い。
「彼女たちを無事救い出すことができれば――――」
そのあまりの真剣さに、食堂内の全員が固唾を飲んでユリオを見守っていた。
「僕を全力で罵って下さい!」
「ぶっ!」ノームは口に含んでいたスープを思わず吹き出してしまった。
クレスもネリネも、食べかけのパンを机に落とし、ナルシスはなぜか「ふっ」と不敵に笑っている。あほだこいつ。
そんな突拍子もない変態野郎の言葉を聞いたシーラは、
「・・・・・・え、ええ。分かったわ」
恐ろしいくらいの迫力に気圧されてしまい、つい首を縦に振ってしまった。
え、いいんだ。てことはもちろん――――
「ノームさん!僕もその作戦に参加させてください!」
こうなるよな。しかもなんだその顔。今までにないくらい笑顔じゃないか。ていうか早く眼鏡拭けよ。
――――というわけで、本作戦の参加メンバーは、奴隷館の詳細を知るシーラを筆頭に、ナルシス、ユリオ、ノーム、そしてルチアの計五名となったのだった。不安しかないが、こうなってしまった以上、やるしかない。
「シオン・・・・・・」
ノームは心のよりどころとなる妹の名前を寂し気に呟き、器に残っていたスープを飲み干した。
「今日も星が綺麗だ・・・・・・」
食事を終えたノームは育成所の外、訓練場にいた。
この夜空をシオンも見ているのだろうか。・・・・・・会いたい。今すぐに。そして言ってもらいたい。『お兄ちゃん』と。
――――いつから『兄貴』呼びになったのだろう。昔はいつも後ろにくっついてきて・・・・・・事あるごとに『お兄ちゃんと結婚する!』と言って聞かなかったのに・・・・・・。
「早く帰りたい・・・・・・」
ノームは虚空に向かって消え入りそうな声で呟いた。
その時、数ある星の中の一つが煌々と輝いたように見えた。と同時に、聞き覚えのある声が静寂をかき消す。
「おーい!ノームー!」
魔物のような――――なにやら飛行体に乗った人影がこちらに向けて大きく手を振っている。20マイルほどの高さから見下ろしているそれは、まぎれもなく奴だった。
「まさか・・・・・・」
呼んでからそんなに時間は経っていないというのに・・・・・・いくら何でも早すぎる!
「とうっ!」
声の主は飛行体から飛び降り、まるで曲芸のようにくるくると回転しながら、訓練場の辺りにふわっと着地した。よくもまあ、あれだけの高さから飛び降りて平気な顔をしていられるもんだ。
「~~~~~~っ!」
「ちょ、お前!待っ――――」
奴とノームとの距離は約5マイルほどだ。だが、奴はノームが身構える暇もないほどの速さで近づき、
「やぁ~~~~~っと会えたぁ!もう離さないんだから!」
その身体に思いっきり抱きついた。奴はノームのわきの下に腕を入れ、万力のような力で胴を締め付けている。
「く、苦しい!は、な、せ!こら!くっ!おい!ルチア!」
ノームはルチアの小さな頭をつかんで力づくで振りほどこうとするも、一向に離れる気配はない。それどころか、彼女の拘束はいっそう力を増すばかりだ。
「にししっ!久しぶりだね!ノーム!」
ノームの胸元に埋めていた顔を上げ、下から覗き込むように笑顔で見つめるルチア。
夜空をひとまとめにしたような漆黒の瞳。キラキラと輝くそれは本当に星空そのものだ。首のあたりまで伸ばした艶のある黒髪は、月光を反射して美しく輝いている。背は低く、ノームの腕の中にすっぽりと埋まってしまう。シオンを彷彿とさせるその体の大きさに似合わず、胸だけはしっかりと成長しており、正直言って抱き合っているこの体勢は非常にまずい。クレスほどではないにしろ、十分すぎるほど立派なそれは名状しがたいほどに柔らかく、ノームの男の子の部分を激しく刺激する。
このままでは理性が――――
「と、とにかく!いったん離れろ!な!俺は逃げないから!」
「そう言って何度も逃げたよね・・・・・・私、あの時のこと忘れてないから」
見上げたままの瞳には怨念のようなドロドロとしたものが垣間見えた。
「怖っ!怖いわ!せっかくの可愛らしい顔が台無しだからやめて!」
「可愛い・・・・・・?」
ルチアの肩がピクッと反応する。途端に瞳の色が元に戻った。
「あ」ノームが後悔の念を抱いたときには、すでに遅かった。
「それってつまり結婚したいってこと?そうなの?ねえ!そうよね!・・・・・・嬉しい!さあ今すぐ式をあげましょう!皆・・・・・・ううん、二人だけでいい!ノームの愛さえあれば私はそれで充分なんだから!・・・・・・でもドレスは着たいかなぁ。真っ白で、花弁があしらわれたやつ!ああそれと――――」
ノームを超えて、その先の真っ黒な空を見据えているルチア。今まで抱えていたノームへの想いが爆発し、言葉が堰を切って溢れ出した。
「お、落ち着け!誰もそこまで言ってないから!その話はまた今度な!」
「むぅ・・・・・・でも今度ってことはいずれそういうことになるってことなんだよね!仕方ないなぁ・・・・・・プロポーズ、待っててあげる!」
頬をぷくっと膨らませ、眉根を寄せるルチア。そのあとすぐに無邪気な子どものように悪戯っぽく笑った。それにつられ、ノームの顔の温度も急上昇する。
なんだそれ。めちゃくちゃ可愛いじゃねえか。くそ。不覚にもときめいてしまった。
「・・・・・・うるせえ」
ノームは蚊の鳴くような声で呟き、満天の星空をどこか遠い目で眺めていた。
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