第8話 暮れなずむ街に佇む二人

 落ち着いたノームは、ひとまずクレス達をこの場から避難させた。

 それから、ユリオが丁寧な亀甲縛りで拘束してくれた男たちから話を聞くことに。混沌とした状況だが――――そうさせた本人はなぜか嬉しそうに頬を赤らめているのだが――――致し方ない。ユリオがなぜそんな技を覚えているのか。縛り上げている最中、どうして息を荒げていたのか。そのあたりにはあえて触れなかった。


「じゃあそろそろ話してもらおうか。どうしてサドデスを襲ったのか、誰に頼まれたか。隠しても無駄だ。こっちには無理やり情報を聞き出す手段がある」


 ノームはそう言い切ると、先ほどからナルシスにべったりくっついて離れないサドデスに目をやった。イチャイチャしている。うらやま・・・・・・しくないから。全然。ちなみにデカオーク狩りが捨てていった長鞭はノームが回収済みだ。もしも奴らがだんまりを決め込むのなら、サドデスの魔法で奴隷化し、情報を聞き出すこともできる。サドデスもナルシスの言うことなら聞くだろう。だがそれはあくまで最終手段。できれば自分から口を割ってもらいたい。


「俺らをどうするつもりだ?」


 すでに全員の武器を取り上げ、顔に巻いていた布も外してある。

 そのせいでいまいち誰が誰だかわかりづらくなってしまったが、この汚い声の男は間違いなく湾刀使いだ。巌のような顔つきに無精髭を生やしたその男は、ノームをきつく睨みつけている。


「元々、サドデスの討伐は俺がギルドから正式に依頼を受けたものだ。それに横槍を入れたとなると、それ相応の罰を受けてもらわなければならない。加えてお前らは俺を怒らせた。こちらの権限でいかようにでもできる。だがそれは話を聞いてからだ。いいからさっさと言え」


 冒険者同士の争いを防ぐため、ギルドから受注された仕事――――クエストを受けた個人、またはパーティー以外の者がそれを横取りすると、厳重な処罰を与えられるようになっている。

 さらに、冒険者のなかでも最上位に関しては、その実力と地位の高さからある程度の自由裁量権を認められており、盗賊などの犯罪者を取り締まる衛兵のような側面も持ち合わせているのだ。

 本来、魔物に対して強姦罪は適用されないが、ノームがそうと判断すれば彼らにその罪を負わせることも可能だ。もちろん、これは最上位に対する信頼と信用の証でもあるので、むやみやたらと乱用するわけにはいかない。まあ、残念ながら、最上位の中にも一人、そういう人間はいるのだが。


 湾刀――――髭の男はノームの気迫にのまれたのか、観念した様子で細々と語りだした。


「・・・・・・雇われたんだよ。この街の裏ギルドに」


「裏ギルド・・・・・・雇い主は誰だ?」


 正規のルート――――ギルドからの仲介を通さずに冒険者相手に仕事を依頼する団体を慣例的に裏ギルドと呼んでいる。盗賊ギルドから議会議員、果ては国王まで、その依頼主は多岐にわたる。どの国、どの街にも表には出せないような、それも犯罪に抵触する問題が存在し、それらを秘密裏に処理するために多額の報酬を餌に手ごろな冒険者を雇うのだ。

 裏ギルドの存在に関しては正規のギルドも手を焼いており、国も対処を怠っている。当然と言えば当然だろう。裏ギルドが無くなれば、損害を被るのは国だ。

 だからこそ、自分がやらねばならない。裏ギルドの撲滅。それがノームが冒険者になった理由の一つなのだから。


 男は逡巡を終え、渋々口を開いた。


「・・・・・・カルロスとか言ってたな。顔は隠していやがったから分からねえ」


「・・・・・・取引場所は?」


「街の酒場だ。俺らが飲んでたところにそいつはやってきた。逃げた野郎と一緒にな」


 逃げた野郎、つまりデカオーク狩りのことだな。・・・・・・こいつらの仲間じゃなかったのか。ということはおそらく監視役。そこまで慎重に進めなければならない案件ってことか。


「本当にそれで全部か?他になにか隠していることは?」


「もうなんもねえよ。ただサドデスを無傷で捕獲して、街の外れにある小屋に連れて来いとしか教えられてねえんだ。俺らみたいな半端な冒険者なんてもとより信用されてねえしな。いつでも切り捨てられるようにされてんだよ」


「まあそれもそうだな。で、その小屋はどこにある?」


「ここから少し行った峡谷の近くだ」


「そうか。とりあえずこのことはギルドに報告させてもらう。処分はそっちに任せる。・・・・・・あんなことを今後も続けるようなら冒険者を辞めろ。もしも次に見かけたら容赦はしない。俺がその場で殺してやる」


「あ・・・・・・ああ」


 ノームの本気の殺意を前にして、一角獣に睨まれた丸兎のように怯える髭男。他の男たちも冷や汗を噴出しながら、何度も首を縦に振った。


「さて・・・・・・と」


 まずはこの男どもをギルドに引き渡さなければならない。だが、見張りをナルシスとユリオに任せてクレス達だけで街まで行かせるのはリスクが高すぎる。役割を変えても同じだ。こればっかりは仕方ないか・・・・・・。

 ノームは静かに魔力を熾し、身体に電気を纏わせる。


「ナルシス、ユリオ。ちょっと待ってろ。すぐに戻るからこいつらの見張りと、あとクレス達の面倒も見てやってくれ」


「え――――」


 ナルシスが何か言おうとした時には、ノームの姿はなく、砂煙と地面に刻まれた足跡だけが残っていた。




 ギルドに事情を説明し、犯罪などを取り締まる専門の冒険者を数名派遣してもらった後、バルディアの街道に戻ってきたノーム。


「も、もう戻ってきたんですか!?いくらなんでも早すぎますよ!」


 ユリオは眼鏡の中心を中指でしきりに上げ下げしながら、わずか数分で戻ってきたノームに迫っている。


「ふん!本気を出せばこんなもんじゃないぞ?」


 と、鼻を鳴らしながら自慢げに語るノーム。褒められてうれしくない者などそうはいないだろう。この男もその一人だ。歳相応の無邪気な笑顔を見せている。


 ――――ほどなくしてギルドの冒険者五名が到着。

 ナルシス達サイラス組には、彼らと共に先に育成所に帰ってもらうことにした。依然としてサドデスがナルシスから離れる気配が無いので、とりあえずその辺の処遇は置いておこう。サドデスに関しては、逃げられたと報告してある。見た目は普通の女性にしか見えないのだ。そうそうバレるものではない。


「おいお前。案内しろ」


 案内のため一人だけこの場に残した無精髭の男に声をかけるノーム。この荒涼とした空間に、亀甲縛りの強面とノームの二人だけという、なんとも言えない構図となっている。

 男は特に何も言わず、黙って頷いた。流石にそのままでは歩きづらいので、手は前に縛り直し、足は自由にしてやった。もちろん亀甲縛りのままではあるが・・・・・・。そこから縄を一本伸ばし、飼い犬のように手綱をつくった。こうしておけば、後ろに引っ張るたびに局部に縄が食い込み痛い思いをするので、勝手に進むこともできないはずだ。


 そうしてノームと無精髭の男は小屋へと向かった。




 結論から言えば収穫らしい収穫は何もなかった。


 バルディアから徒歩15分くらいの場所にある峡谷の入り口。簡素な木造りの小屋はそこにあった。

 だが、すでに中はもぬけの殻。誰かが滞在していた痕跡はあったが、個人を特定するようなものではなかった。骨折り損のなんとやらだ。


「はあ・・・・・・」今日何度目かのため息をつき、髭の男と共にバルディアを去ることに。道中、何度か魔物に遭遇したが、やはり沈静期ということもあり、そこまで苦戦することもなく切り抜けられた。

 ようやくサイラスのギルドへたどり着いた頃には、もう日も暮れ、辺りは夕焼けに染まっていた。サイラスから見える山の稜線から煌々と輝く夕日。こんな男と一緒でなければ――――例えばセリカさんと一緒だったならば、それはもうロマンティックに、情熱的に愛の言葉をささやいたものを・・・・・・。


「はあ・・・・・・」ノームはまた一つため息をつき、輝く夕日を亀甲縛りの髭男と寂しく眺めていた。

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