第6話 ノームの秘密
――――それから数分後。
ノームと見習い生たちは育成所一階、食堂の隣にある小さな講堂に集まっていた。部屋の前方には古びた教卓と講義のための黒板。そこには石灰で作られた、文字を書くための道具が備え付けられている。中央には教卓を囲むようにして、三人掛けの長机が三つ、椅子が五つ並べられており、見習いたちはそこに座っている。教壇に立っているノームから見て左から、ネリネ、クレス。中央にはユリオ、ナルシス。右にはラムズ(ゴーレム)の順番だ。
だが、誰一人として口を開く者はいない。どころか全員虚ろな表情をしている。
そんな中、教卓に体を預けるようにして手をつき、
「さて、本来ならば一刻も早く訓練を再開したいところだが、その前にお前たちに話しておかなければならないことがある」
ノームが沈黙を破った。
「お前たちも知っての通り、国の調査官が派遣されるのが再来週だ。それまでに一定の戦果は挙げておきたい。そこでだ、明日はバルディアに行こうと思う」
「旧市街・・・・・・」
クレスが小さく呟いた。
ノームは彼女を一瞥し、続ける。
「街のギルドの情報では、最近旧市街にサドデスが出没したらしい。このまま放っておけば、いずれ住民に被害が出てしまう。そこで俺がギルドに無理言って依頼を取り付けてきた。まあそれほど危険な魔物でもないし、お前たちでも問題なく対処できるはずだ」
「サ、サドデス・・・・・・」
ユリオが眼鏡の位置を直す。光る眼鏡の奥。つぶらな瞳には尋常ならざる炎が宿っていた。
大丈夫かこいつ。
ノームは一応心配して、声をかける。
「ユリオ、何か問題でもあるのか?」
「い、いえ!ぜひ、ぜひ旧市街へ行きましょう!」
ユリオはがばっと立ち上がり、意気揚々と拳を突き上げ、大いに賛成という意思を示している。
いいぞユリオ。一人だけやる気が段違いだ。これは期待できる。
『俺は反対だな。あと二週間もあるんだ。今俺たちが危険を冒す必要もない。サドデス討伐はギルドの冒険者様に任せるべきだ』
ラムズは反対した。相変わらず声は甲高いが、その雰囲気は妙に落ち着いている。
まあこいつはそう来ると思った。ていうか本体は今何してるんだよ。こういう時くらいは出て来いよな。
「騎士として、住民を守るのは当たり前です。その依頼受けましょう」
少し上ずった声のナルシス。そこには、いつもの彼らしい傲慢な態度は見られない。借りてきた猫のようにおとなしい。ほんと、誰だよこいつ。
「わ、私は皆さんの意見に従います。正直少し怖いですけど・・・・・・」
ネリネは周りに合わせるらしい。悪く言えば他人任せ。自分の考えなどを他人に伝えられないタイプなのか。冒険者としては良くない傾向だ。
「クレス、お前はどうだ?」
「あたしは・・・・・・」
先ほどからずっと考え込んでいたクレスは、まだ答えが決まっていないようで、次の言葉がなかなか出てこない。というかそれどころじゃないといった感じだ。
「そうだな・・・・・・少し話が急すぎたみたいだ。では夕食時にもう一度聞くことにしよう。それまでに各々どうするか決めてくれ。なにか聞きたいことはあるか?」
遠慮がちに手を上げたのはネリネだった。
「あのあの、サドデスというのはどのような魔物なのでしょうか?」
「一応訓練学校で習っているはずなんだが・・・・・・まあいいか。サドデスはな――――」
「サドデス」
特にずれてもいないのに眼鏡の位置を直し、ノームの説明に割り込んできたユリオ。
なにやら危ない雰囲気を感じる。
「人型の魔物で、眉目秀麗、奇抜な衣装に包まれたすらりとした肢体は、見る者すべてを虜にしてしまうほどです。加えて精神支配系の魔法を扱うことで知られており、サドデスが装備している鞭で叩かれた者は、人間、魔物関係なくたちまち精神支配を受け、意のままに操られてしまいます。もちろん、魔法耐性のあるものや、高位の魔物であれば防ぐこともできますが。一般に、単体での危険度は低く、その殺傷能力は皆無といっていいでしょう。奴らの目的は優秀な奴隷を増やすことですから。基本的に、よほどのことが無い限り相手を殺すことはありません」
そこまで言い切ると、「ふぅ」と、やり切ったぜみたいなドヤ顔でノームの方を向いた。
なんだろう。ナルシスほど腹が立たない。ってめちゃくちゃ詳しいじゃねぇかこいつ。それになんかはぁはぁ言ってるし。こいつが一番まともだと思っていたが、違うのか?・・・・・・いや頼むからそうであってほしい。
「あ、ありがとうユリオ。とまあそんな感じだ。ネリネ、これでいいか?」
「は、はい!それにしても、危険度も低くて、殺傷能力も無いなんて、私達みたいなパーティーにはうってつけの魔物ですね」
「そうだ。今のお前たちにとってこれほど条件のいい魔物はいない。どうだ?少しはやる気が出てきただろ?」
何もなければ恐れることなどない。何もなければ。
――――例えば、サドデスの従えている魔物がその制御を失って暴走したりとかしなければ。
「――――そんなことより」
クレスが重そうな口をようやく開いた。
「そんなことより、さっきのあれ、そろそろ教えなさいよ。なんで人間にあんな動きができるのよ」
試すような視線でノームの目をじっと見つめる。怖い怖い。一応女の子なんだからそんな顔しないで。
その言葉に全員が反応した。うつむき気味だった顔をあげ、話を聞く姿勢を整えている。
そんなに見つめられると言い出しづらいんだが・・・・・・まあいいか。
「あれは――――簡単に言えば魔法だ。移動を早くする魔法と、相手に電撃をぶち込む魔法」
「あれが魔法!?あんなの移動を早くするってレベルの話じゃないわよ!電撃の魔法なんて聞いたことないし、それに魔石は?相当特殊な魔石じゃないと――――」
クレスはそのガラス玉のような青い瞳を大きく見開き、動揺を隠せないでいる。
おお・・・・・・。一瞬、その迫力にびくっとすくんでしてしまうノームであったが、
「落ち着け。ちゃんと説明してやる」
なるべく平静を保ちつつ言った。
そして、おもむろに革の胸当てと腰当を外し、長袖の麻服を脱いでいく。
「あ、あんた何してんのよ!気持ち悪い!」
気持ち悪いとか、思ってても言わないでほしい。これでも傷つきやすい子なんです。
ノームはクレスの罵倒に少したじろぐも、構わずに上半身をあらわにする。
鍛え上げられた鋼の肉体――――とまでもいかないが、つくべきところにはきちんと筋肉がついており、無駄のない洗練された美しさすら見受けられる。
――――傷一つない、きれいな身体だった。
ノームは自分の心臓辺りに親指を向け、
「これが俺の魔石だ」
そう言い放つと、指さした先へ魔力を込め始めた。戦闘ではないので、あくまでほんの少し。全身の魔力がその一点に集まっていき、小さく、蛍のような儚い光を宿した。
それは段々と収束していき、拳ほどの大きさの何かが、心臓の鼓動のように一定のリズムで淡く光ったり消えたりを繰り返している。
「――――っ!!!」
一瞬にして見習いたちは息をのんだ。
ただただ、押し黙っていることしかできない。その表情はもれなく恐怖に満ち満ちている。
予想はしていたが、何度経験しても慣れないものだ。そんな顔をされたらやっぱり心にくる。
「あ、あんた魔物・・・・・・だったの?」
額から汗をたらりを滴らせ、慄然としているクレス。
それならまだ毛嫌いされていた、昨日の顔の方がましだ。
「そう思うのも無理はない。でも俺は人間だ。創造の女神ユリイカに誓って断言しよう」
一つ、息をついて、ノームは語り始めた。
「――――昔、といっても数年前、まだ俺が冒険者になる前のことだ。・・・・・・あまりよくは覚えていないんだが、訓練か、それとも散歩か、まあそんな理由でどこかの森に行ったんだ。そこで魔物に殺されかけたことがあってな。どんなやつに、どんな風に襲われて、どんな怪我をしたのかも記憶にないんだが、とにかく痛いというより寒かった。その記憶だけは確かにある。たぶん、出血も相当酷かったんだろうな――――」
思い出そうとしても何かが邪魔をしてうまく思いだせないんだよなぁ。まあ別に今となっちゃどうでもいいことなんだが。
ノームは続ける。
「それで、意識が戻った時には街の病院のベッドの上だった。でも不思議なことに、傷一つ無かったってんだからびっくりだよな。診てくれた医療系魔導士の話によると、魔石はその時すでに埋め込まれていたらしいが、誰がどんな方法でこんなことをしたのか・・・・・・まあとにかく、だから俺は今こうして生きているし、魔石が手元に無くても魔法が使えるってわけだ」
「・・・・・・それは魔石を心臓代わりにしているということ、ですか?」
ユリオが眉をしかめながら言葉を紡いだ。ノームは「そうだ」とだけ答える。
「――――公に公開されている資料にはそんな文面など・・・・・・」
「あんなもの、数ある事象のうちのほんのひと掬いだ。むしろ、あれに書かれていないことの方が多い。世の中にはまだまだ未知の事象が山のように眠っている。今ある常識も実は間違っていたなんてのはざらだ。公の資料――――国の研究機関の戯言なんて、あまり信用しない方がいい」
「・・・・・・」
実際に目の前の奇怪な現象がノームの発言を肯定している。だからこそユリオは何も言えなかった。
『にしてもどうやったら魔石を心臓の代替品にできるんだよ。俺ら人間は、魔物とは身体構造も全く違うんだぜ?』
ラムズがゴーレムに悩むような仕草をさせながら話に入り込んだ。
なにそれ。ちょっと可愛い。っといかんいかん。話を続けよう。
「そうは言うが、人間も魔物も基本は同じだ。怪我をすれば血が出るし、それがひどければ最悪死ぬ。生きるためには食い物だって必要だし、家のようなものを持って、家族単位で暮らしている魔物もいる。でも、やっぱりそこには絶対的な違いがある」
ノームは人差し指を立て、クレス達の視線を集めながら話を進める。
「人間は心臓から全身に血液を送り続けること生命を維持しているが、魔物は違う。奴らは自身の魔石に魔力を通し続けることでしかその機能を維持することができない。ようは心臓と魔石が一体化してるってことだ。どうしてそんな構造になっているのかは未だに解明されてないんだがな・・・・・・・。そして――――」
『お、おい!何を――――』
ノームは腰に差していた漆黒のナイフを引き抜き、首の筋がくっきりと見えるほど歯を食いしばり、鋭い太刀筋で左腕――――手首から先を斬り落とした。口端からは血が流れている。
だが不思議なことに――――
『嘘、だろ・・・・・・血が・・・・・・』
鮮やかな断面からは出血が一切無かった。
代わりに半透明の煙のような何かが、じわじわと滲み出している。
「――――っぐぅぅぅうう!!!今の、俺は、その両方とも、違う!」
――――うわぁぁぁぁぁあああ!いってぇぇぇぇえええええ!めちゃくちゃいてぇよこれ!ていうかよく考えたら指とかだけでも良かったんじゃないかこれ!やべぇよ!ドン引きしてるよこいつら!やりすぎた―――――にしても痛すぎる!熱い熱い熱い!
ノームがそう言い終えた時には、斬られた箇所から再生が始まっており、指の第一関節辺りまで生えかかっていた。
「それどうなってんのよ!なんで元に戻ってんの!?」
クレスが机を大きな音を立てて叩き、立ち上がった。
「――――っそれは俺も分からない・・・・・・ただ、こうして体に傷を負うと、魔力を消費して勝手に再生されていくんだ。どうだ?気持ち悪いだろ?」
自虐的に口の端を歪めながらにやりと笑うノーム。斬り落としたはずの手は消滅し、完全に再生した手にはその痕すら残っていない。
あー痛かった。こんな手品師みたいなこともうしない。こいつら、ほんとなんて顔してんだよ。ユリオ、お前は動揺しすぎだ。眼鏡をくいくいするのやめろ。ちょっとイラっとするから。
心の中でユリオにツッコミを入れていると、クレスが眉根を寄せて怖気たっぷりに言う。
「それって、死なない・・・・・・ってこと?」
「死なない――――ってわけじゃない・・・・・・と思う。この体になってから死にかけたことは何回かあるが、そのどれもが魔力切れによるものだった。元々魔力で動いてるんだから当然と言えば当然だが――――」
「そんなのって――――」
クレスは真っ青になりながらうつむいた。
――――っと、いつまでもこんな話をしている場合ではない。そろそろ本題に入らないと。
脱ぎ捨てた麻服を再び着てから、一度息を整え、
「さて、話をさっきの訓練まで戻そう」
改めて見習いたちに向き直り、話し始めた。
「先に謝っておかなければならないな・・・・・・すまない、ナルシス。教官としての実力を示すためにお前を利用させてもらった。ああやって言えば、いの一番に向かってるのがお前だと思ってたからな」
「え・・・・・・?」
何を言っているんだとばかりに、ナルシスは目を丸くしている。
だが、ノームはそんなナルシスに構うことなく続ける。
「まず、圧倒的な実力差を前にして、お前たちがどんな反応をするか試させてもらった。人間、そういう状況に陥った場合にとる行動は三つ。立ち向かう、逃げる、固まる、だ。当然、お前たちに取ってほしかった行動は、立ち向かう、なんだが・・・・・・クレスだけだったな。だが、リーダーがお前でよかった」
淡々と話を進めるノームであったが、見習いたちの表情は疑問でいっぱいだった。
すかさずクレスが割って入る。
「ちょっと!あんたさっきから何言ってんのよ!」
「あ、あのあの、私もよく分からないです」
クレスに触発されるように、ずっと黙っていたネリネがようやく口を開いた。
ノームは人差し指をビシッと立て、
「一から説明してやる。俺がここに来る前、前任者から一通りの話は聞いていたし、領主様にもお話を伺った。その話を俺なりにまとめてみたところだな――――」
全体を見渡し、視線が集まったところで言い放った。
「お前たちは現実を受け容れられてないんだよ。自分たちは弱くない。もっとやれるはずだ。なんであいつらは認めてくれないんだってな。もちろん、お前たちが世間様からどんな目で見られているのかってのは知っている。でもその気持ちが分かるとまでは言わない。それに――――」
悲しい思い出を話すような、そんな哀愁じみた表情を浮かべながら、
「必死に努力すればだれでも冒険者になれるとか、そんな薄っぺらいことを言うつもりもない。そんな言葉を言ってやれるほど俺は優しくねぇし、何より現実は残酷だ」
自分に言い聞かせるように強い口調で続ける。
「でもきっかけを与えてやることくらいはできる。強くなるための、冒険者になるためのきっかけだ。それをどう利用するか、それはお前たち次第だ」
「きっかけ・・・・・・」
クレスが小さく独り言ちる。
「そうだ。だから最初のきっかけとしてあの訓練を行うことにした。どうせ今までろくな教官に出会ったことは無いだろうし、ちゃんとした指導もされていないだろう。実際、前任者はひどいもんだった。任務中に町民から金品を強奪したとかでここに左遷されたらしいが――――そんな野郎にここの教官を任せる国もどうかしてる。だから俺は国が嫌いなんだ。今の王も、この制度だって――――」
だめだだめだ。つい熱くなってしまった。落ち着け。ふぅ。よし。
ノームは咳払いをしてから続けた。
「話をもどすぞ。そこで、まずは自分たちよりも格上の存在を知り、自分たちは弱い、何もできない、それを知ってもらうところから始めたってわけだ。お前たちの現在位置の把握と、目標の設定のためにもな」
「・・・・・・理屈?のようなものは分かりました。で、でもでも、少しやり方が乱暴なように思えます」
顔全体を覆っている兜の上からでは表情がつかめず、何を考えているのか分からないが、とりあえず理解はしてくれたらしい。乱暴と言われても仕方ない。でもノームはこのやり方しか知らなかった。
「僕はそれでもいいと思います。乱暴にされて嫌な気はしません。で、できればもっと雑に扱ってくれて構いません」
ユリオは眼鏡の奥の瞳を危なくギラつかせ、息を荒げている。
やだこの子。やっぱり変わってる。
「ユリオ、あんた少し黙ってくれないていうかもう喋らないで息もしないで」
クレスの心無い罵倒に、ユリオは心底気持ちよさような表情でさらに息を荒げている。
「・・・・・・」
ナルシスはずっと沈み込んだままだ。
『まあその辺のこと、俺にはどうでもいけどな。でも、今までのクソ教官共とは実力も考え方も明らかに違うってのは理解した』
ラムズは案外さっぱりとした性格らしい。こういうやつが一人でもいると楽でいい。
「さて、と。今日はもう疲れた。本日の訓練と講義はこれで終了とする。各自、後は自由に過ごしてくれ。てなわけで俺はひと眠りするから」
そう言い残すと、ノームはかび臭い自室へと戻っていった。
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