第5話 訓練再開

「次は全員でかかってこい。ナルシス、一応回復魔法をかけてもらったが、まだ全快じゃないだろう。お前は少し休んでおけ」


「・・・・・・いえ、やれます。このまま引き下がればオードナー家の名折れ。僕にも参加させてください!」


 ナルシスの目は真剣そのものだった。

 あれだけの実力差を見せつけられてなお立ち向かおうとするその姿には本物の騎士を見たノームであった。無論、そんなナルシスの願いを断るほど、彼は残酷ではなかった。


「いいだろう。ただし無理はするな。・・・・・・ではしばらく時間をやる。その間に作戦を立てろ。クレス、指揮はお前が執れ」


 クレスは頷くと、まだ何が何やらといった様子のメンバーを招集し、円をつくった。






「まずユリオ、遠距離から弓で牽制しつつ、なるべく背後に回るようにして、隙があればどんどん狙って」


「了解」


 ユリオは眼鏡を中指でくいっと上げ、大きく頷いた。

 良い返事ね。こういう時は頼りになるんだから。全く。


「それからナルシス、あなたは盾役よ。あいつの攻撃と注意を引き付けて。さっきのあれは正直あたしにも何が起こったのか分からなかったけれど、とにかく警戒を怠らないように。恐れてはだめよ。あいつも人間。必ず何か秘密がある」


「OK。任せてくれ」


 ナルシスは右の剣の柄を強く握りながら、落ち着いた声で応える。

 プライドが折れてしまったとばかり思っていたけれど、この様子だと大丈夫そうね。


「ラムズ、ゴーレムはあと何体用意できる?」


『巨人が一体、人型が三体、そいつ――――小型を合わせて五体だな』


 ゴーレムの指を操作して、数字をつくりながら話すラムズ。

 戦力的には申し分ないわね。少し安心した。


「そう。じゃあ残りをすぐにこっちに連れてきて」


『はいよ』


「ネリネ、あなたはあたしの後ろに。程度を見極めながら負傷者の治療を。余裕があればあいつの足止めとか、あたしたちの身体強化。無理のない範囲で支援魔法をお願い」


「は、はい!」


 ぼーっとしているのか、声を掛けられたことにもびっくりしているネリネ。


「大丈夫?」


「だ、大丈夫です!」


 とても大丈夫そうには見えないが、肝心の顔色は鎧のせいでよくわからない。

本当に大丈夫かしら?慌ててミスをしなければいいけれど。





「クレス、そろそろいい――――」


 ノームが声を掛けようとしたその時だった。

 ――――大地を揺るがす振動。ドシン、ドシンと一定の間隔を置いて、身体の芯まで響く地震のような揺れと、空気を震わせるほどの大音が訓練場に向かって徐々に近づいてくる。


「なんだ!?」


 何かを察知したのだろう。鳥や兎、果ては虫までもがその場から飛び去っていく。

 そしてようやくそれは姿を現した。


「ゴーレム・・・・・・?」


 高さ12マイル(メートル)ほどある育成所の裏からにゅっと頭を出したのは巨大な人型の土塊だった。

 育成所と比較すると、約15マイルといったところだろうか。ドシン、ドシンと豪快な足音を立てて、奴は訓練場に入ってきた。ごつごつとした体は岩のような、というかほぼ岩だ。

 訓練場の敷地は広いとはいえ、その巨体を前にすると箱庭のように感じられる。

 体長の半分ほどあろう長細い腕。その巨躯を支えるための短く太い脚。身体はやせ細っており、頭も小さいので奇妙な体形をしている。


「おいおい、お前らこんなもんまで用意しやがったのか!」


 見上げるとその大きさがよくわかる。一番身長の高いナルシスが約1.84マイルだ。その彼がゴーレムの膝下よりも小さい。

 この大きさのゴーレムを使役しているラムズは一体何者なのか。魔導士のレベルで言えば、上位の精鋭たちとなんら遜色はない。ラムズ。実はすごい奴だったのか。それならなんで――――

 ノームが疑問を抱いたところに、


『まだこれで終わりじゃないぜ!』


声高らか――――まあもともと高いんだが――――挑発じみた口調のラムズがそう言い終わると同時に、育成所の扉を開けて登場したのは――――


「あれもゴーレム・・・・・・だよな。しかも三体・・・・・・」


 巨大なゴーレムとは異なり、その大きさは一般的な成人ほど。あれのあとだからやけに小さく見えるが、実際は1.74マイルのノームとほぼ同じくらいだ。姿かたちは人間そのもので、服を着せ、大きな帽子と口元を隠すスカーフがあれば、人間に見えなくもない。

 ラムズが現在使役しているゴーレムは大小含めた計五体。

 最上位冒険者として、さまざまな念動系魔導士を見てきたノームであったが、このレベルの魔導士と会うのは本当に久しぶりだった。だからますます分からなくなる。王直属の近衛魔導士団隊長に抜擢されてもおかしくないはずのラムズが、どうしてこの育成所にいるのかが。


「こっちの戦力はこれで全部。さあ、始めましょう」


 クレスがノームの方を向き直り、キっと鋭い視線を送る。

 それに呼応するように、ノームも腰のナイフを抜き、構えた。


「ラムズ!」


『おう!』


 クレスの指示でゴーレムたちを移動させるラムズ。

 巨人がノームと向き合うようにして位置取り、三体の人間サイズは後方を囲んだ。ラムズの分身、小型のゴーレムが他の四体の司令塔だ。巨人の頭の上に器用に乗りながら、全体を見渡している。


「行くわよ!」


 クレスの掛け声とともに一気に散開する見習いたち。

 ユリオは人間サイズに隠れるようにして陣形の最後方へと移動。そこから背中に装備していた大きな弓を構え、静かに狙いを定める。

 ネリネはクレスの後方で杖を構えながら待機、ナルシスとクレスがノームに接近すると同時に、後方のゴーレムたちも一斉に動き出した。


「挟むわよ!」


「ああ!」


 ノームから見てクレスは左から、ナルシスは右から、後方のゴーレムと三角形を作るようにして突撃してくる。


「・・・・・・!」


ノームも臨戦態勢に入る。


「うらぁ!」クレスの怒声と共に、馬鹿力としかいいようのない強力な殴打がノームに打ち込まれる。彼女の手甲には魔石が埋め込まれているのだが、魔力を通している痕跡はない。

 通常、魔法を行使する場合、魔石に魔力を通す必要がある。その際、魔力を受けとった魔石は淡く光るものなのだが――――じゃあこれは魔法じゃないのか!?なんだ?単純な打撃力!?いやそれはおかしい!人間にこの威力の打撃は無理だ!ってあぶねぇ!


「・・・・・・っ!」腕を交差するようにして上方へいなそうとするも、その風圧と衝撃は予想以上に凄まじく、間合いが取りにくい。結局ノームは後方へと下がり、回避した。

 だが、後方には三体の人間サイズが構えている。気づいたときには三体は連携を取りながらノームに殴りかかろうとしていた。

「うおっ!」思わず変な声が出てしまった。そうだ。こいつらもいたんだった。危うく食らうところだったその硬そうな岩の拳を、右前方に飛んで躱す。だがそこに――――


「うおぉぉぉおおおおお!」


 ナルシスが威嚇のように声を張り上げながら二本の長剣を構えて突撃。

 あれだけ痛めつけたのに心が折れていないのか。相変わらず隙だらけだが、その根性だけは大したもんだ。

 初撃は左。突きだ。さっきと同じか。なら簡単だ。次は――――

 「!?」下からの斬撃。見れば左の剣を捨て、右の剣を両手で握っている。そのため、鋭く、速い。「っ!」ノームはナイフの刀身を縦にしてずらす。金属同士がこすれ合い、火花が散る。


「ナルシス、お前・・・・・・」


「そう何度も同じ手は使いませんよ!」


 さらに、そこに畳みかけるようにクレス、三体のゴーレムが、三角形を崩さず、基本を守って攻めてくる。ユリオも好機と判断したのか、凄まじい膂力によって引き放たれた弓が一直線に飛んできた。「ふっ!」もう少しで肩を射抜かれかけたが、何とか躱す。体勢が崩れたところにクレスが迫りくる。

 正直なめていた。ただの落ちこぼれだとばかり。


 ――――仕方ない。少しだけ使うか。

 なるべく心を平静に保ち、静かに、静かに、少しだけ魔力を熾す。今のノームにはこれが精いっぱい。おそらく15秒も持てばいい方だ。熾した魔力を魔石へと込める。鳥肌が立つ時と似た、ぞわぞわとした感覚。薄い魔力の膜が全身を覆い、やがて電気へと変換された。バチバチと音を立て、白髪が逆立っている。


 ――――景色が切り替わる。思考が全速力で回転する。

 流れる時間が急速に緩やかになっていく。快晴の空にたなびく雲も、薫風に揺らされこすれあう葉も、何もかもが、まるで空間から切り取られたかのようだ。

 この感覚。久しぶりだな。最近は他の最上位に頼ってたし、こうして自分で自分の身体をいじめながら戦うのは本当に久しぶりだ。・・・・・・この後が怖いんだよなぁ。まあ今はそれどころじゃないし、仕方ないのか。でもまだ馴染んでいない。

 ノームは何かを確かめるように、ゴーレムの方へ一歩駆けだした。踏み込んだ方の爪先が地面にめり込む。やばい。抉っちまった。後で直しておこう。・・・・・・まあこれなら勘は鈍ってなさそうだな。よし。


「え・・・・・・」


 クレスの目につい先ほどまで映っていたはずのノーム。だが彼はもうそこにはいない。

 それは、彼女が瞬きをしたほんの一瞬の出来事だった。


 まずはゴーレム。襲い掛かる三体のゴーレムの弱点――――動力源である魔石を破壊するために、ゴーレムの癖や動きからその場所を見極める。これは経験だ。様々な魔導士と戦ってきたノームだからこそ――――まあ、最上位の奴らはほぼ全員可能だが――――できる。

 たいてい、どの魔導士も魔石の位置がバレないように色んな工夫をする。そのせいで動きが少し変になったり、魔石のある場所を庇ったりと、個体によって癖のようなものが見受けられるのだ。一体目は膝辺り、二体目は胴、三体目は胸の中心、それぞれ隠すようにして埋め込まれている。それらを一切の無駄なく、漆黒のナイフで機械的に貫き破壊していく。このナイフも特別製だ。ノームの魔力を吸収すればするほど強く、硬く、切れ味も鋭くなる。今の彼ならば石すらも豆腐のように斬ってしまう。魔石を破壊されたゴーレムたちはばらばらと崩れ落ち、元の土塊へと戻っていった。


「うそ・・・・・・」


 驚嘆の声を漏らすクレスの横を一陣の風が通り過ぎる。


 次にノームは、斬りかかろうと迫るナルシスの背後に回り込み、鎧の上から電流を流し込んだ。金属、とりわけ鉄は電気をよく通す。ナルシスの痛々しい、趣味全開の鎧も同様だ。ノームからすれば生身と何ら変わらない。これで二度目だ。ナルシスも警戒はしていたのだろうが、その動きを捉えることはできず、あっという声を漏らす間もなく地に伏した。

 そして、後方からのユリオの第二射を躱しつつ真正面から肉薄。こいつは眼がいい。弓を使うだけはある。いくら少量の魔力しか使用していないとはいえ、あのスピードを目で追うことができるとは。ただの博識巨根馬鹿じゃなかったのか。

 ノームはユリオの腹部に掌底を打ち込み、意識を奪った。次だ。


「なに・・・・・・それ・・・・・・」


 クレスは、目の前で起こっている奇怪な出来事――――ノームによる神速とまではいかないものの、疾風のような攻撃――――に唖然としている。だがすぐに平静を取り戻し、向かってくるノームに、


「らぁっ!」慌てて裏拳を浴びせようとするが、その拳は空を切るばかり。

 驚いた。こいつも視えているのか。ただのおっぱい怪力女だと思っていたが・・・・・・やるじゃないか。


『なにやってんだよお前ら!しっかりしろ!いけ巨人!』


 ラムズの甲高い声で巨人と呼ばれたバカでかいゴーレムは、だらりと垂らした長い腕をゆっくりとした動作で引き、特大の殴打を繰り出したのだが――――


「え、遅すぎねぇ?」


 巨大な拳が、時に停止しながら壊れた機械人形のようにゆるりゆるりと近づいてくる。

 想像していたのとずいぶん違う。もっとこう、ブオォォォオオって。風圧がやばくて、避けるのも一苦労みたいな。そう、クレスの巨大版だ。勝手にそんなふうに思っていたが、期待を裏切られた感じ。まあちょっと安心はしたけど。流石にあれを相手にするのは骨が折れるし。でもノームの少年心が壊されたのは否めない。至極残念ではある。

 最後にはだらりとした長い腕を地面に這いつくばらせ制止。バランスを崩し、あやうく転倒しかける巨人。ほんと、残念だ。


『仕方ねぇだろ!こいつは歩かせるだけで精いっぱいなんだよ!元々遊びで造ったもんだし、戦闘には不向きなんだ!』


「見掛け倒しにもほどがあるわ!」


『う、うるせぇ!』


 緊迫した戦闘中だというのにラムズは相変わらずだった。

 たまらずクレスが、


「ネリネ!強化!それからナルシスとユリオに回復を!あたしが引き付ける!」


 負傷者がいることすら忘れていた様子のネリネだったが、その迫力に身動ぎながらも「は、はい!」と威勢よく応え、目を閉じ、杖の先端、緑色の魔石に魔力を込め、魔法を発動する。

 魔石と同じ色の燐光が、川のようにクレスの元へと流れていく。それがクレスの身体にまとわりつくようにして付着。全身がうっすらと緑の膜に覆われている。

 ネリネはその様子を視認すると、倒れているナルシスとユリオに駆け寄り、治療を施しているが、まあすぐには終わらないだろう。なにせあの鎧を着ているのだ。治癒魔法の効果も薄れてしまう。


 ――――やばい。そろそろ時間切れだ。早めに終わらせないと。


「うらぁぁぁぁああああ!」クレスの咆哮と共に、何倍にも強化された右拳の一撃がノームを襲う。

「やべぇっ!」風圧と、遅れてやってくる衝撃波が桁違いだ。ノームは思わず後ずさる。逆立っていた髪がなびく。だがそこに間髪入れずクレスが連打を仕掛ける。まずい。もう魔法が――――ここで決めるか。


「すまん」クレスの怒号と拳の威力のせいでほとんど聞き取れないが、ノームは小さくそう言った。そして、クレスの連打からのフックを左に回り込んで躱し、同じように腹部にフックをぶち込んだ。当然、電撃のおまけつきでだ。

 クレスは悲鳴も上げずに片膝をついた。すごいなこいつ。なんてタフなんだよ。あれ食らってよくもまあ倒れないもんだ。


「おいラムズ!まだやるかぁ!」


 巨人の頭の上で見物をかましていたラムズ(小型ゴーレム)に大きな声で呼びかける。これだけ身長差があるので会話するもの一苦労だ。普段そこまで声を張り上げることの無いノームなので、喉が痛くてしょうがない。


『いや。もういい。降参だ』


 ラムズは小型ゴーレムの腕と巨人ゴーレムの長い腕をバンザイのようにして上にあげさせ、これ以上の戦意はないということを示している。

 勝ち気で強気なクレスでさえも、「・・・・・・降参よ」苦虫を嚙み潰したような、まだ負けと認めていない顔での降参宣言。

 ノームの魔法もついに時間切れだ。ほんとギリッギリだったな。完全になめてた。


 ノームは「ふぅ・・・・・・」と軽く安堵のため息を漏らし、


「ひとまずこれで訓練終了だ。各自休息を取ったら講堂に集まってくれ。話しておきたいことがある」


 とだけ言い残して、その場を後にした。

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