第4話 教官の実力
――――対サドデス戦前日。
鳥のさえずりが耳に心地よい、よく晴れた日の朝。育成所前の訓練場にノームは立っていた。妹の愛の力がよほど効いたのか、目元にくまはあるものの、彼の心は晴れやかだった。
ここも当然のように整備はされておらず、荒れ果てた地面に伸び切った雑草という最悪のコンディションだが、魔物との戦闘はいつどこで起こるか分からない。むしろ、これくらいの方が現実味があっていい。
ノームは冒険者見習いたちを集め、彼らの実力を見極めようと、こうして対戦形式の訓練を行うことに決めたのだ。まあ実際の理由はもう一つあるのだが。それにしても彼らは素直だ。文句を垂れながらも、誰一人欠けることなく集まってくれた。
だが昨日と異なる点が一つ。若い女性が一人増えているのだ。物静かな雰囲気の童顔で、シオンがいなければ妹にしたいくらいなのだが――――
「私はラムズ君の母、パルムと申します。息子がお世話になっております」
まさかの人妻だった。流石に彼女に『お兄ちゃん』と呼ばせるわけにはいかない。ここは我慢だ。唇を噛みしめ、冷静になろうと努めるノーム。
「ああ、どうも。昨日からここの教官を務めています、ノームと申します。よろしくお願いします」と、挨拶をすると、パルムは屈託のない笑顔で応えてくれた。
その後、パルムが昼食の準備のため一足先に育成所へと戻っていったところで、冒険者見習いたちに今日の趣旨を説明する。
「お前たちも知っての通り、冒険者たる者、魔に関する知識だけでなく、ある程度の戦闘技術・魔導技術が必要だ。そこで、今日はお前たちの実力を見せてもらおうと思う。最初は一人ずつかかってこい。出し惜しみはするな。使えるものはなんでも使え。殺すつもりでかかってこい」
殺すという言葉にこれほど実感がこもっている辺り、流石は最上位冒険者といったところだろう。
「ではここは騎士たる僕からいきましょう」
自信満々に鼻の穴を膨らませて前に出たのは、ナルシスだった。
肩の部分に角のような装飾が施された黒一色の金属鎧。その無駄としか思えないものが、兜にも二本ついている。そして腰には左右二本の長剣を差している。誰がどう見ても誇り高き騎士には見えない。
「ほう、最初はお前か。いいだろう」
「ふぅ――――」
ナルシスは目を閉じて大きく息を吸い込み、
「いざ参る!」
掛け声とともに力いっぱい地を蹴り、5メイル(5メートル)ほどの距離を一気に縮める。驚くことに、これは魔石の力ではない。単純に身体能力だ。ゼロからトップスピードまでに至る速さ、瞬発力が尋常ではない。重い鎧を装備していてなおこれだ。もし彼がかっこよくあることを捨て、戦闘にのみ目を向けることができたなら、この間合いでまともにやり合える者はそういないだろう。
勢いのついた破壊力のある突き。それは右の剣が直線状に伸長したかのような錯覚に陥るほどだ。
「――――ふっ!」
ノームはナルシスが間合いに入った瞬間に、流れるような動作でナイフを引き抜き、長剣の刀身を滑らせるようにして攻撃を防いだ。やはり最上位冒険者は伊達じゃない。
「ちっ!」小さく舌を打つ。
ナルシスとしては、なんとしてもここで決めておきたかったのだ。実力差から見て、おそらくこれが 最初で最後の好機だった。だが、どうやらそれほど甘い相手ではないらしい。やはり自分は奇襲には向いていないのだとつくづく思う。
ノームはそのままナルシスの懐へと飛び込み、鋭く尖らせた肘をねじ込む。間一髪、左の剣の腹でそれを防ぐも、その衝撃までは吸収できず、剣、鎧と二つ挟んでいても骨身にずしんとくる。それでもナルシスは余裕たっぷりにニカッと白い歯を輝かせながら、反撃へと移行する。
受け止めたままの体勢から身体を反転し、右の剣で無防備なノームを一閃。防御からのカウンター。ナルシスは困った時ほどこの技術に頼る癖があった。もちろん、ノームのような熟練者相手にそう何度も通じる手ではなく、
「そう来ると思った」
当然のように予測され、ナルシスの剣撃がノームを捉えることは無かった。
「くそっ!」このままではまずい。
ナルシスは一度後方へ下がり、大きく距離を取った。
「はぁ――――はぁ――――っ」
もう息があがっている。普段ならこんなことはありえないのに。これが最上位冒険者の圧力か。対峙しているだけで嫌な汗が止まらない。短小のくせに、存在感が桁違いだ。短小のくせに。
「どうしたナルシス。もう疲れたか?」
「ははっ!冗談はその粗末なナニだけにしてくださいよ!」
疲れを見せてはいけない。弱気な自分を見せてはいけない。いつでも自信たっぷりに振る舞うのがナルシス・オードナーだろう!
自分を鼓舞するように強気な発言でノームを挑発する。流石に最上位冒険者ともあろうものがこんな安い挑発に乗ってくるとは思えないが――――
「訓練はやめだ。ナルシス、歯を食いしばっておけ」
乗ってきた。この辺りがまだ年相応といったところだろう。
低く、冷たい、ありとあらゆる殺気を一心に込めた声だった。
「えっ」
刹那。瞬きほどの時間だ。その限りなくゼロに近い一瞬のうちに、ナルシスの視界からノームの姿が消えた。彼が立っていた場所には沈み込んだように深い足跡がくっきりと刻まれており、砂塵だけが舞い散っている。
何が起こったのか。脳が状況を把握しようと努める間もなく、
「があぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」
電流が体中を駆け巡った。焼けるような熱さと激痛。重厚な鎧を身につけているにも関わらず、体内に直接流れ込んでくる。身体は硬直し、身動き一つできず、呼吸さえまともにできない。気づいた頃には、なんの抵抗もなく、地面に向かって前のめりに倒れこんでいた。そして、その先にはノームの足先が見える。
「あ、すまん。結構抑えたつもりだったんだが・・・・・・・お前が悪いんだからな。ったく、これ以上俺の心が壊れたらどうするつもりなんだよ。短小だなんて。短くて小さい?何が悪い!可愛いじゃねぇか!・・・・・・ぐすっ」
自分で自分を苦しめているノーム。白髪に隠れた大きな瞳をうるうるとさせている。
「・・・・・・まだっ・・・・・・ぅぐっ・・・・・・」
「無理に話すな!呼吸が止まって苦しいだけだ。――――ネリネ!回復魔法をかけてやってくれ!」
「ひゃ、ひゃい!」
完全に意識の外から声がかかり、ついつい情けない声を上げてしまったネリネ。
それもそのはず。この場にいた全員、ナルシスがなぜ倒されたのか理解できておらず、呆然と立ち尽くしていることしかできなかったのだ。今も、クレス、ユリオ、ラムズは固まったまま身動ぎ一つしない。
一人呪縛から解放されたネリネは、ナルシスの元へ駆けよった。
「だ、大丈夫ですかナルシスさん!今治療します!」
魔石がはめ込まれただけの簡素な造りの杖。
体内の魔力を魔石へと導き、魔法を発現させる。水彩絵の具のような緑色の光がナルシスの全身を包み込み、苦痛に歪み切っていた顔が、安らかさを取り戻した。
「一体何が・・・・・・」
ナルシスはまだ混乱しているらしい。辺りをきょろきょろと見渡し、必死に状況を把握しようとするも、
「まあ、あれで理解できたら教官なんかいらねぇわな。理解できなくて当然だ。今は・・・・・・な」
ノームは意味ありげにそう言うと、
「さあ、次は誰だ?なんなら全員でもいいぞ」
屈伸運動をしながら、次なる挑戦者を待っている。
だが、クレス達はその場から一切動こうとしない。いや、動けないと言った方が正しいだろう。その表情には未知なる力に対する畏怖の感情がうかがえる。
「ってこれじゃ続行は不可能か。よし、今日はこれくらいにしとこう。では・・・・・・解散!」
そう言って踵を返し、育成所へと向かうノームだったが、
「ま、待ちなさいよ!」
クレスはその小さくなる背中に向かって大声で叫んだ。ノームも足を止める。
流石はリーダーといっていい。もとより、このまま引き止められなければ別のやり方を考えていたが、ひとまず安心だ。これで第一段階は乗り越えた。後はあいつら次第だな。
自分の立てた育成計画が順調に進んでいることがよほどうれしいのか、唇の端が気持ち悪くピクピク動いている。なんとか無表情を繕い、振り返って問う。
「まだ続けるか?」
「もちろんよ!このまま終わるだなんて考えられない!あんたたちもそうでしょ?」
急に話を振られた他のメンバーの顔色は、どう見ても曇っている。嫌そうな顔だ。だがここで引き下がるクレスではない。平らな地面に向け、ありったけの力を込めた拳を放った。
爆心地の中心から円形に広がる衝撃。陥没した地面は深く、その破壊力を如実に物語っている。加えて、凄まじい風圧のせいで、周囲の草木が揺さぶられ、深緑の綺麗な葉は悉く散ってしまった。
そして、豪快に舞い上がった砂煙もおさまったところで、
「そうでしょ?」
兵器顔負けの威力を誇る拳を見せつけながら、威圧的な視線でメンバーを脅しにかかった。
「「「『はい』」」」
全員が口をそろえて服従の意思を示した。
ともあれだ。半ば強引にはなってしまったが、次の段階へと進もうじゃないか。
さあ、ここからが本当の訓練の始まりだ。
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