第3話 サイラス冒険者育成所

 ――――対サドデス戦2日前。


 早朝に出発したのだが、目的地であるサイラスに到着したのは予定よりもずいぶんと遅く、すでに辺りは夕焼けに染まってしまった。

 カリムス領サイラスは、都市デンファレから馬車で半日と少しかかる。特にこれといった特徴も無い、いたって普通の街だ。そんな街の端。賑やかな通りから避けるようにして、屋敷ほどの大きさの建物がぽつんと建っている。ここがあのサイラス冒険者育成所・・・・・・らしい。


 そして、育成所に到着したノームの第一声。


「おいおい、なんだよここ・・・・・・」


 眼前に広がるのは寂れ果てた二階建ての建物。ろくに手入れもされていないようで、その証拠に玄関のドアは木が腐っており、少し触れただけで朽ち果ててしまいそうで、割れた窓ガラスはそのまま放置といったありさまだ。何をどう間違えても育成所には見えない。


「おっちゃん!ここってほんとに育成所で合ってる?」


 慌ててここまで運んでくれた馬車の男に声をかけるも、


「ほら、あそこに書いてあるだろ?」


 男が指さした先には、消えかかった文字でうっすらと『サイラス冒険者育成所』と書かれていた。

 信じたくはないが、ここがあのサイラスらしい。幽体系の魔物が住んでいそうな雰囲気で少し怖い。


「まあ、兄ちゃんも辛くなったらすぐに故郷へ帰りな。そん時は迎えに来てやるからよ」


 男はそう言い捨てて手綱を握り直し、踵を返して夕日の向こう側へと去っていった。


「もう嫌だ・・・・・・シオン・・・・・・」


 厳しい現実を突きつけられ、思わず妹の名前を口にするノームだったが、現在この閑寂とした場所に立っているのはノーム一人だけだった。

 実はここに来る前、シオンも連れて行こうとしたのだが、


「冗談じゃないわよ!あたしにも仕事があるの!いいから早く行け!この馬鹿!」


 と一蹴されてしまったのだ。それはもう嫌そうな目つきで。

 というわけで、今や彼の心の安定剤たるシオンはいない。目の前の現実を受け容れきれず、早くも無気力になるノームであった。正直、今すぐにでも帰りたい。


「寒くなってきたな・・・・・・とりあえず入るか・・・・・・」


 夕方になって気温も下がり、流石に少し肌寒い。

 ため息をつきながらもボロボロの扉を慎重に押し開け、中に入る。

 ほの暗い一階の広間。その奥には二階へと続く階段がある。吹き抜けになった穴あき天井から夕日がかすかに漏れているだけで、視界は頗る悪く、人の気配も感じられない。


「おーい!誰かいないか!本日付でここの教官になったノームという者だ!」


 とりあえず自己紹介をしてみるが、あいにく返事が無い。

 広い空間に、ノームの声だけが虚しく反響している。


「・・・・・・」


 広間が再び静寂を取り戻した瞬間、背後から殺気を感じた。ノームは咄嗟に振り返り、腰から引き抜いたナイフでその一撃を防ぐ。

 暗くてはっきりとは分からないが、小さな子どもほどの大きさがある球体に長い手と短い脚を付けた何かがそこにはいた。奇襲を防がれた球体は、少し下がって大きく屈み、脚をばねのように弾ませて跳躍、上方からノームの頭部めがけ、つないだ両拳を振り下ろした。

 「うおっ!」重い一撃を何とかナイフでいなしたところへ、


 ビュオンという音を立てながら、一直線に弓矢が飛んできた。ノームはそれを前転でかわす。

 弓は先ほどまでノームが立っていた場所に突き刺さった。あっぶねぇ・・・・・・石造りの硬い床だというのに、とてつもない威力だ。

 体勢を整えようと立ち上がったノームの上方から、


「死ねぇぇぇえええ!」


 怒号と共に長い髪の人影が襲い掛かる。シルエットと声からして女だろう。

 これはやばい!ノームは何かを察知したのか、後方へかなりの距離を取った。

 ノームに当てるつもりだった拳が、そのまま床へと吸い込まれていく。殴り付けられた床は凄まじい轟音と共に円を描くようにして陥没。小さく砕けた石が飛散する。そのあまりの衝撃に建物全体が揺れた。

 その破壊力に呆然としているところに、


「ごごごごごごめんなさーい!」


 謝罪の言葉を述べながら、置物だと思っていた、大剣を携えた金属鎧がノームの背後から襲い掛かる。ずいぶんと可愛らしい声だ。こちらも女だろう。

 だがその一振りは遅く、容易にかわすことができた。


「ちょっとネリネ!何やってんのよ!」


「はわわわわわ!ご、ごめんなさい!でもこれ重くって――――」


「ナルシス!あんたもよ!早くやりなさい!」


「やはり騎士たるこの僕に奇襲など似合わないな」


 影を潜め、攻撃の機会を探っていた騎士と名乗る男が、鼻を鳴らしながら颯爽と登場。

 腰に差した二本の長剣を抜き、だらりと構えた。


「本気で行きますよ!」


 男は思い切り踏み込み、ノームめがけて右の剣で斬りかかる。

 ノームがナイフで防ぐと、男はくるりと回転しながら左の剣で首元を狙った。


「ぐっ!」


 しゃがみ込み、紙一重でかわす。そこに、長髪の女も仕掛けてきた。

 慌てて横っ飛びにかわすも、衝撃波で吹き飛ばされ壁に激突しそうになるノーム。空中で身体を反転させ、壁を蹴った力を利用してナイフの一撃を浴びせる。

 女はそれを手甲でいなし、


「教官なんていらない!私達だけでなんとかできる!いいから早く帰って!そして二度とこの場所に足を踏み入れないで!」


 怒りのこもった声で叫んだ。そして、騎士の男と共にノームを挟むようにして位置取る。

 二階からは弓を構えた何者かが狙っており、眼鏡が夕日を反射してきらりと光る。

 謎の球体もじりじりと近寄ってきた。


「ちょ、ちょっと待て!話を聞け!」


「うるさい!」


 ノームの制止も聞かず、女は殴りかかるが、


 ――――ぐぅぅぅぅぅ。


 ノームの特大の腹の音が緊張状態の空間に鳴り響いた。

 場の空気が一気に弛緩し、その場にいた全員が動きを止めた。

 皆の視線がノームに集中する。


「・・・・・・朝から何も食べてないんだ」


 ノームが恥ずかしそうにそう言うと、


「と、とりあえず夕食にしましょう!新しい教官の歓迎会も兼ねて!」


 鎧の女が明るい口調で全員に提案する。

 長髪の女は大きなため息をつき、


「はぁ・・・・・・仕方ないわね。確かにお腹は減ったし、こいつを追い出すのはひとまず食事を終えてからにするわ」


 ノームを睨みつけながら吐き捨てた。

 どうやらここのリーダーは彼女らしい。その鶴の一声に他のメンバーも従った。




 一階の広間から右へ進むと、天井に吊るされたランプの優しい明かりに包まれた食堂がある。そこに集まった五人と一体。今日は眼鏡と自称騎士が料理当番らしい。

 八人掛けの長机に、二人の手でパンと野菜のスープが人数分並べられた。もちろんノームの分もある。ずいぶんと質素な食事だとは思うが、食べられるだけでもありがたい。文句は控えておこう。

 戦闘は終えたというのに一人だけ鎧を装備したままの女は、重々しい空気を断ち切るように口を開いた。


「まずは自己紹介といきましょう!私はネリネ。一応回復系の魔導士です!」


 彼女なりに場の空気をよくしようとしているのだろう。元気いっぱいの彼女はネリネというらしい。兜の口元は取り外し可能なようで、そこから見える桃色の唇は間違いなく女のそれだった。

 そしてネリネに続くように、


『俺はラムズ。見ての通り念動系の魔導士だ』


 球体が甲高い声で話し始めた。こうして明かりの下で見ると、どうやらこいつはゴーレムらしい。土塊に魔石をはめ込み、術者の魔力を注いだ動く人形だ。

 想像していたよりもごつごつとしていて、見た目の割には可愛らしさを感じられない。

 こういった念動系の魔導士にはつきものなのだが、操作対象を通して発声した場合、自身の声色が変質し、妙に甲高い声になってしまうのだ。これがまたおかしくて、ノームは笑いをこらえることができず、「ぷふっ」と吹き出してしまった。


『おい!てめぇ今笑っただろ!』


 すかさずノームを咎めるラムズ。だがそこに恐怖は感じられず、むしろ笑いを助長する形となってしまった。


「すまんすまん。で、本体は食べに来ないのか?」


『俺はいいんだよ。後でゴーレムに持ってこさせるから』


「そ、そうか」


 ラムズとのやり取りを終えたところで、眼鏡の男が自己紹介を始めた。


「次は僕ですね。名はユリオといいます。魔導士ではありませんが、弓術と剣術には自信があります」


 ユリオが眼鏡を中指でくいっと持ち上げたところで、


「そして僕がパーティーの美少年担当――――」


 堀の深い顔立ちにきりっとした目元、長い金髪が特徴的な男が話し始めたのだが、


「あ?」


 名前を言いかけたところで、長く艶やかな黒髪の女が遮った。透き通った青色の瞳で金髪の男をにらみつけている。

 手甲をしているので、おそらく彼女がリーダーの女だろう。落ち着いた雰囲気の外見と、荒々しく粗暴な中身が全く釣り合っていない。

 そしてなんといっても特徴的なのが、絢爛なローブに包まれた巨大な胸だ。服の上からでも形が容易に想像できるほどたわわに実った二つの果実。これはまさしく禁断の果実だ。先ほどからノームの平常心をかき乱し続けている。


「失礼。騎士のナルシスと申します。以後、お見知りおきを」


 そう言ってナルシスは自慢の長髪をかき上げる。

 よほど自分が好きなのだろう。水の入ったコップに映る自分の顔をじっと見つめ微笑んでいる。


「ほら、クレスさんも!」


 ネリネが隣に座っていた黒髪の女、クレスに催促する。


「なんであたしが・・・・・・」


 と、心底嫌そうな顔でネリネに愚痴をこぼしたが、肩をゆすられ続けてようやくあきらめたのか、


「得意なのは破壊。嫌いなのはあんたみたいな教官」


 ろくにパーティでの役割も明かさず、ノームを殺意のこもった目つきで一瞥しながら語った。なんだよこの女。愛想ってもんを知らねぇのか?

 その高圧的な視線に一瞬ひるむも、ノームは自己紹介を始めた。


「俺はノームだ。とある事情でここに配属された。歳はお前たちと同じくらいだ。だから気軽に接してくれ」


「ノームって――――最年少で腕章を身につけることを許された、あのノームさんですか?」


「あ、ああ。一応な」


「す、すごいです!そんな人がここの教官になってくれるなんて!これはもう革命です!」


「ネリネ。簡単に信じちゃだめよ。こいつだっていつ裏切るか分からないじゃない。第一、そんなすごい奴がなんでこんなところに来るのよ。正直怪しすぎるわ。それに魔石だって持ってないし。本当にあのノームなの?」


 クレスは不審者を見る目つきでノームの一挙一動を監視している。そんな目で見ないほしい。何も悪いことをしていないのに、そういう気分になる。

 クレスの言う魔石というのは、人間が魔法を扱うための道具だ。元々体内に魔石を持っている魔物とは異なり、これが無ければ人間はろくに魔法を使用することもできない。

 なので彼女が疑問に思うのも無理はなかった。ノームの服装は一般市民が着用している簡素なものであったし、武器は腰に差した黒々としたナイフのみで、魔石らしきものは見当たらない。


「確かにそうですね。麒麟の腕章もつけていません。でも噂の通り白髪ですし・・・・・・」


 補足はしてくれたものの、クレスの話に納得した様子のネリネは訝しげな視線でノームを見つめる。おいおいお前もかよ・・・・・・まあいいか。


「魔石なんて高価なもん、常日頃から持ってたら危険だろうが!それに腕章なんてつけてたら、腕試しとか何とか言って喧嘩を売られる原因にもなるし・・・・・・最上位は色々と大変なんだよ!」


 苦い思い出がフラッシュバックし、その顔を苦痛にゆがめつつも、必要最低限のものだけが詰め込まれた麻袋から腕章を取り出して机の上に置き、


「これが最上級冒険者の証だ。特殊な技術で作られてるから偽造もできねぇ。もし疑うならこいつに魔力を通して見てみな」


 今度はズボンのポケットから片眼鏡を取り出し、ネリネに手渡す。


「これって・・・・・・」


「本来は魔石の鑑定に用いられるものだが、物の真贋を見極めることもできる。使ってみてくれ」


「は、はい。それでは――――」


 ネリネが片眼鏡に体内の魔力を注ぎ込む。

 緑色の淡い光に包まれた眼鏡を通して、麒麟の腕章を見てみると――――


「これは・・・・・・国王様の御名前?それに、魔力の筋みたいなのが複雑に絡まって・・・・・うっ・・・・・・気持ち悪いです・・・・・・」


「おお、そこまで見えるのか。大したもんだ。それは国王お抱えの魔法技師集団が作り上げた代物だ。何百人もの魔導士が魔力を込めた、特殊な糸で縫製されている。そこに国王の名が刻まれてるんだ」


「・・・・・・なるほど。これは複製できるようなものではありませんね。というかこの眼鏡もすごいです。一体これをどこで?」


 ネリネは顎に手を当てながら、物珍しそうに眼鏡を眺めている。


「ああ、それは国の一級鑑定士からこっそり貰っておいたんだ」


「そそそそそれって犯罪じゃないですか!」


「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ!借りてるだけだ。いつかは返すさ。だからこのことは秘密で頼む」


 ネリネに向けてニカッと笑ってやる。これだけ長い期間借りていて、文句の一つも言われたことが無い。気づいているのかいないのか。それとも気づいていながら咎めないのか。とにかく、あそこの管理はずさんの一言に尽きる。


「あ、当たり前じゃないですか!教官が盗賊まがいのことをしてるなんて知られたら、廃校に拍車がかかりますよ!」


 ネリネがあわあわと慌てているところにクレスが割って入る。


「ふ、ふん!まあ、仮にあんたがあのノームだとして、どうしてこんな所に来たっていうのよ!説明しなさい!」


「・・・・・・まあいいだろう。少し長くなるが、しっかり聞いてくれ。俺がここに来た理由はだな――――」


 一呼吸置く。皆の注目が集まったところで、


「セリカさんと結婚するためだ」


 カッと目を見開き、厳かな口調で言った。


「セリカって・・・・・・バジリスクのセリカ!?」


 クレスは驚嘆の声を上げる。


「そうだ。一度結婚を申し込んだんだが、あっけなく断られてしまってな。そんな時、クレスのお乳、いやお父上にここの話を聞いたんだ」


 父という単語が、図らずも目の前の大きな乳とリンクしてしまった。

 目が勝手にクレスの胸に釘づけられてしまった。ごめんなクレス。わざとじゃないんだ。


「あんた、今どこ見たの」


 生ごみを見るような目つきで言い放つクレス。

 ノームは聞こえないふりをして、昨日の出来事を語った。

 セリカに求婚を申し込んだことから始まり、クレスの父、サラスにここの教官を頼まれたこと、そして、ここの問題児たちを立派に育て上げることができれば、セリカと結婚できるかもしれないということまで。こうなった経緯を熱く語った。


「私情丸出しじゃない!」


 一切口を挟むことなく一通り聞き終えたクレスが、最初に口を開いた。


「で、でもでも、今までの教官とは違う感じがします!ノームさんはしっかりとした目的があるんです!そうそう辞めたりなんかしないと思います!」


「ネリネの言う通りだ。だからお前たちには是が非でも冒険者になってもらわなければならない。俺のために頑張ってくれ!その代わり、俺も全力でお前たちを強くしてやる」


「誰があんたなんかのために!言われなくても頑張るわよ!」


 クレスは机をバンッ!と叩きながら、鬼の形相でノームに敵対の意思を示した。


「ごちそうさま!さあネリネ、お風呂に行きましょう!」


「あわわわ、クレスさん!ちょっと待ってくださいよ!」


 クレスは、まだスープが少し残っているネリネを置いてそそくさと食器を片付け始めた。

 ネリネは急いで残りを飲み干し、クレスの後を追う。


「これはまたずいぶんと嫌われましたね」


 ユリオがコップの水を飲みながら、慰めの言葉をかけた。眼鏡の奥のつぶらな瞳は、慈愛に溢れていた。なんだよこいつ。いい奴だな。


「教官殿。そう落ち込まないでください。僕はあなたの恋を応援します。一緒に頑張りましょう」


 ナルシスはノームの肩をポンポンと叩き、優しい言葉をかけてくれた。こいつもいい奴なのか。


『ずいぶん正直な奴だな。今までの教官とは全く違うタイプだ』


 ラムズは甲高い声で感嘆を漏らした。こいつは・・・・・・よくわからないが、悪い奴ではなさそうだ。

 そんな彼らの対応に、ノームの表情も自然と綻んだ。


「これからよろしくな」


 少年のような笑顔を浮かべながら明るく言った。そこには、サイラスに到着した時のような不安や嫌悪感はまるで感じられなかった。


 どうやら男連中とはうまくやっていけそうだ。そんな気がする。





 ここでは入浴は交代制となっているらしく、女性二人の入浴が終わると、男衆の入浴時間となる。脱衣所の扉に掛かっている『女子使用中』と書かれてた掛札が裏返してあり、『男子使用可』に切り替えられていた。

 どうやらサイラスでの女性冒険者(見習い)の地位は相当高いらしい。この先彼女たちと上手くやっていけるか、ノームの不安は募るばかりだった。


 お風呂はゆっくり一人で入りたい派のノームと、親睦を深めるためにも裸のつきあいを所望するユリオ、ナルシスが脱衣所の前でもめている。


「やめろ!俺は一人で風呂に入るんだ!」


 ノームは必死に抵抗するも、ユリオとナルシスにがっちりと両脇を抱えられ、逃げ出そうにも逃げ出せなかった。こいつら意外と力が強い。


「まあまあそう言わずに。裸のつきあいは大切ですよ」


「そうです教官殿。僕たちはこれから共に過ごす仲間じゃないですか」


 ユリオの言葉にうんうんと頷くナルシス。

 ノームは半ば強引に中まで連行された。


「ってラムズはどうしたんだよ!ゴーレムの方はどっかに消えちまったし、本体に関しては顔すら見せねぇじゃねぇか!」


 何とか彼らの拘束を振りほどき、もう一人の仲間の行方について言及する。


「彼は仕方ないのですよ。ここの地下に自室をつくって、そこで暮らしているんです。どうやら温泉を掘り当てたみたいで、入浴はそちらで済ませているそうです」


 ユリオが眼鏡の位置を直しながら説明する。


「何してんだあいつは!じゃ、じゃあ食事はどうするんだ?」


「ああ、それに関しては問題ありませんよ教官殿。ラムズの母君が毎食手作りして常備しているのです。確か、地下は気温が低く、食物の保存に適しているとか。まあ今回みたいに僕たちのつくった料理をゴ-レムに運ばせることもありますが――――なので奴は基本的に外に出ることがありません」


 ナルシスが髪をいじりながら解説してくれた。育成所の地下を勝手に使用して、かつ悠々自適に暮らしているなんて。


「ラムズ・・・・・・なんて野郎だ・・・・・・・」


 衝撃の事実に驚いたノームは、だらしなく開いた口が塞がらないまま床を眺めていた。


「さて、ここまで来て逃げるなんて言いませんよね?教官殿」


 忘れかけていたことを思い出させるように、ノームを脅迫するナルシス。


「ナルシス君、ノームさんもそこまで薄情な人ではありませんよ」


 麻の服を脱ぎながら、ちらりとノームに視線を送るユリオ。

 まずい。ますます逃げ出しづらくなってしまった。


「え・・・・・・」


 ユリオが下着に手をかけ、豪快に脱ぎ捨てる。

 その中から現れたのは――――


「エクスカリバー・・・・・・」


 ユリオの股間にはとんでもないものが装備されていた。ナニコレ。いやナ二か。ていうかでかすぎる。でかすぎて怖い。え、人間のあれってこんなに成長するもんなのか。


「ははっ、冗談はやめてくださいよ。さあノームさんも一緒に入りましょう」


「ユユユユユリオ!お前そんな地味顔でなんてもんぶら下げてんだ!風呂まで装備してくるな!今すぐその聖剣を外せ!」


「外すといっても、僕のこれは標準装備ですよ」


「て、てめぇ!自慢か!」


「い、いえ、そんなつもりは」


 ユリオの聖剣に目を奪われているノームの背後から、いつの間にか全裸になっていたナルシスの魔の手が忍び寄る。


「ささ、教官殿も」


 ノームの衣服はナルシスの驚異的な技術によって、瞬く間にはぎ取られ、残すは下着一枚に。どこで覚えたんだよその技術。後で教えてもらおう。ってそんな場合じゃない!


「ノームさん、おとなしくしてください!」


 そこにユリオも参戦。


「や、やめろぉぉぉぉぉおおおおお!」


 ノームの身体の自由を奪ったユリオは、ナルシスに目配せし、承諾したナルシスはノームの下着を一気にずり下した。ここまで阿吽の呼吸。示し合わせたかのような連携だった。


「・・・・・・」


 楽し気な脱衣所の雰囲気が一瞬にして凍り付く。

 ユリオとナルシスの視線はノームの股間から逃れるように、空をさまよっていた。


「その・・・・・・なんというか・・・・・・申し訳ありません」


「謝るなよ!余計に悲しくなるじゃねぇか・・・・・・」


「・・・・・・教官殿・・・・・・男は大きさで決まるものではありません」


「ナルシス・・・・・・」


 慰めてくれるのか。ナルシス。お前は本当にいいやつだな。後で酒でもおごってやろう。


「顔です」


「お前だけはいつかボコボコにしてやる」




 風呂から上がったノームは二階の隅にある部屋ヘ向かった。そこがノームの寝室だった。まだ温まったままのその背中からは、湯気ではなく瘴気のようなものが滲み出している。

 かび臭くて狭い部屋だ。一応教官なんだけどなぁ。ノームは硬いベッドの上にゴロンと寝転がった。雨漏りの痕だろうか、天井の黒いシミのようなものを見ているとなんだか涙が溢れ出してきた。今の彼に最上位冒険者としての威厳も尊厳も無い。ただただ赤子のように泣きじゃくった。


「ぐっ・・・・・・うぐっ・・・・・・シオン・・・・・・」


 壊れてしまった心をシオンに癒してもらおうと、荷物の入った麻袋から通信結晶を取り出す。

 体内の魔力を結晶に送り込むと、中心から淡い光が広がっていき、結晶全体を覆った。それから、シオンの持っている結晶と波長を合わせようとするのだが――――


「もう寝てる頃だろうな・・・・・・」


 シオンのことも考え、通信は控えることにした。

 かといってこのままでは立ち直れない。そう思い、麻袋から取り出したのは録音結晶だ。昨日、こっそり録音しておいたシオンの『お兄ちゃん大好き』を聞くために、先ほどと同じ手順で再び魔力を送り込む。淡い光が全体に行き渡り、魔法が発動する。

 ノームはシオンの声で囁かれる『お兄ちゃん大好き』を聞きながら、笑顔のまま深い眠りについた。


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