第26話 永久不滅の宇宙の共生

 日曜日――。朝から光法寺に寺子屋の子供たちが集まってきた。ハルカらのなでしこ組、そしてアイリ、アキラも加わった。そこへ、なんとリョースケがショーマに伴われてやってきた。

「ワタル、おれも勉強するからな。仲良く頼むぜ。よろしくな」

 リョースケがワタルの肩をポンと叩いて挨拶した。ワタルはただリョースケに笑顔を向けてうなずいた。

 千葉千年伝説勉強会も本堂が狭く感じられるほどに仲間が増えて、法蓮和尚も上機嫌。

「いやあ、先日の吾妻小学校の文化祭で、ワタルの発表はすばらしかったなあ。私も感動したよ。つい涙が出ちゃったもんなあ。何年ぶりだかなあ、この法蓮の涙は。あっははは」

 と、開講するや冒頭から破顔一笑。そして、ショーマの隣に座る新入会のリョースケを振りかえった。

「なあ、リョースケくん。きみはどんな感想を持ったかね」

 リョースケはいきなりの指名にどぎまぎ。

「は、はい、和尚さん。あの、感想というのは?」

「ワタル君の発表を聞いてどう思ったかね」

「は、はい、あの、魔法をいつやるのかなと思って、ドキドキしていました」

「魔法?――魔法とは、何だね」

 とぼける、法蓮。

「は、はい、その、つまり、その、ミョーケンのことです」

「おお、妙見様のことかね。なるほど、リョースケくん、きみもなかなか読みが深いじゃないか。あのワタルのカキの話に妙見様を読み取ったとは、なかなか鋭い。いやはや、リョースケくん、きみは本当は頭のいい子なんだね。すばらしい。感心な子じゃ」

 誉めちぎる法蓮。一方のリョースケはといえば、顔を伏せて、ウウウと返答するつもりの声を詰まらせたかと思ったら、ワッと喉を破裂させてクーククッと涙を吹きこぼした。

 あ然とする子供たち。リョースケが泣くなんて、誰にも信じられなかった。

「お、おれ、頭がいいとか、誉められたの、生まれてはじめてだ・・・ウーウッウウ」

 リョースケは腕で両目をゴシゴシ、涙を止めようとするが、止められなかった。

「リョースケ、こんなところで泣くんじゃないぞ。男だろ。みっともない」

 ショーマがリョースケを叱った。

「泣かせておきなさい。泣きたいだけ、泣かせておきなさい。男は、泣きたいときは、とことん泣くがいいのだ」

 法蓮がショーマをたしなめ、泣くリョースケをそのままにして、語りを続けた。

「なぜ、ワタルのカキの話が妙見に通じるものであったか。みんな、わかるかね」

 法蓮の問いかけに、みんな、沈黙。法蓮が自ら解いていった。

「日本一のカキには秘密があった。それは、海と川と山の三つが一体となって自然の環境が保たれているということ。ここだよ、ポイントは。この自然環境を保全する生態系のことを一言でいえば、何というかな」

 みんなの沈黙は続く。法蓮が自分で答える。

「それは、共生――ということである」

「キョウセイ?――」と、子供たち。

「そう。共に生きると書いて、共生と読む」

「みんなが一緒に生きるということですか」と、ハルカ。

「そういうことだが、そのみんなという意味は何も人間だけではない」

「動物や魚や昆虫とかも?」と、アイリ。

「そう。花や草の植物も含めて、この地球に生きる全ての生き物だ。これからの未来、地球が平和であるためのキーワードは、この共生なのだよ」

 力をこめる法蓮。それからというもの、勉強会は法蓮の独演になった。

「この共生ということに気がついた歴史上の人物が、誰かと言えばーー」

 法蓮、間をとり、子供たちの答えを待つ。が、答えはなし。

「誰だべ?」と、ワタルが隣のショーマの顔を見る。が、ショーマも瞬きするばかり。法蓮がヒントを出す。

「それは、あの妙見を信仰した歴史上の人物にも名を連ねている、あの超有名な戦国武将だ」

「戦国武将で妙見のリストに名前がというとーー」と、額に手を当てるアキラ、「あっ」と思い当たり、答える。

「徳川家康!」

「ご名答! さすが、アキラさん」と、法蓮、両手でポンと鳴らし、ホーレン節の堰を切る。

「家康は江戸に徳川幕府を開くに際し、国家統治の政策として、『天下泰平』を唱えた。その『天下泰平』政策のもと、徳川260年間、日本に戦争は起こらなかった。全国に配置された藩はひたすら各々の特色ある文化を醸成することに努めて、戦は起こさずに、平和な時代が築かれたのである。その家康が唱えた『天下泰平』とは、すなわち、今日の言葉でいうところの共生ということであろう。そしてまた、この家康によるところの共生という論理とは、これまたすなわち、妙見の思想であったと考えられる。その証拠として、家康が北極星を信仰していたことは、今日ではもはや歴史的定説になっておる。その北極星とは、ほかならぬ、何だ?――」

 ここでホーレン節が区切られ、法蓮、子供たち一人ひとりの顔を見回す。が、みんな、沈黙するばかり。

「むむ。誰からも答えは出ないのかね。これまでさんざん勉強してきたはずなのに、みんな、なにをポカンとしておるんだ」

 法蓮、三角になった目をワタルへ向ける。

「北極星の化身が妙見だから、この場合も、妙見のことでがんすか」

 ワタルの答えに、「そうでがんすよ」と、法蓮の目が丸く戻る。

「北極星とくれば、妙見。これ、千葉千年伝説勉強会ではジョーシキなんだから、そのつもりでよーく頭に叩き込んで、これから後の話を聞けば、理解も早いというものだ」

 法蓮、「さあ、続きを話すぞ」とばかりにまたホーレン節を再開。その語りを要約すると、次のようなことだった。

 ――徳川家康は日光東照宮に祀られている。が、なぜ、栃木県の日光に家康の墓所があるのか。実は、家康の遺骨は二つに分けられて、もう一つの墓所は家康が生まれ育った静岡県の久能山にある。この久能山と日光を結ぶ方位は間に富士山を通り、北東を指す。そして、日光東照宮の真上の夜空には常に北極星がまたたいている。

 日光東照宮の建立は三代将軍家光によるものとされている。が、この方位に家康の墓所を定めたのは、家康の陰に黒幕として存在していた歴史上では謎の人物とされている怪僧――。

「その名を何と言ったかな?」と、ここで、法蓮、みんなに問いかけた。が、返答なし。

「ほら、神田明神のところで名前が出てきたではないか」という、法蓮のヒントに、アキラが反応。

「天海」

「そうだよ。天海を忘れてもらっちゃ、困るな。妙見を語るうえで、将門に次いで重要な人物なんだから」

 法蓮、眉間に皺をよせながら、再開。

 ――天海の足跡として、彼は、尊名を南光坊天海と称し、天台宗の僧侶として陰陽道を究め、戦国時代は武田信玄の指南役だったが、関ケ原の戦い以降、徳川家康に取り立てられて、江戸城および江戸のまちづくりを設計。一〇四歳の長寿だったため、三代将軍家光までも指南し、上野寛永寺、日光東照宮など寺院の開基を指揮。そして、家光が神田明神を現在地に開くに際しても、天海の指南によるものだったとされている。

「天海こそが、戦国から江戸へという歴史の曲がり角にあって、妙見をよみがえらせた慧眼の士であったと、私の推理では、そう睨んでおる。なぜならばーー」と、法蓮は言いかけて、またみんなを試した。

「神田明神に祀られている神様は誰だったかな?」

「平将門」

 間髪を入れず、ワタルが即答。

「よし」

 法蓮、柏手のように手を鳴らし、ご満悦の笑み。

「というと、平将門を神田明神の神様にしたのも、やっぱし、天海だと」

「そういうことなんだ」

 ワタルへ向かって深くうなずく、法蓮。

「平安時代から徳川時代へ、実に七百年という悠久の歳月を経て、天海は、平将門を復権させ、神田明神に江戸の守護神として祀った。その理由は、将門こそが妙見信奉者の元祖であると、その系譜に連なる天海は考えたからに他ならない」 

 法蓮は、内心、天海和尚の衣鉢をつぐ妙見研究家としての自負を抱いているらしく、妙見の思想が歴史の曲がり角にどのような現象となって現れたのか、その史実を歴史上の人物を挙げることによって解き明かそうと、さらに熱っぽく語った。そして子供たちにも興味がそそられるようにと面白おかしく、時には脱線して語った。

「将門のついでに、もう一人、天海が復権させた人物の話をしようかな」と言って、法蓮、みんなに問いかけた。「君たち、沢庵を知っているかな」

「タクアン?」

 泣きべそをかいた後、小さくなって沈黙するばかりだったたリョースケが息を吹き返したように、ひょいと顔をあげた。「というと、あのタクアンボーリボリの黄色い大根の漬物のことですか?」

「おお、さすが頭のいいリョースケくん、よく分かっとるじゃないか」

「うん。だって、ぼくんち、毎朝、タクアンボーリボリなんすよ」

「そうか、そうか、それは結構な朝御飯じゃ。そのタクアンを発明したお坊さんが沢庵なんだよ」

「へーえ、タクアンがタクアンを発明したから、タクアンになったのですか」

「そのとおりだ。リョースケくん、きみは本当に物分かりのいい子だなあ」

 リョースケ、頭をかきかき、恐縮。

「その沢庵和尚のことを話そう。彼は臨済宗の優秀な僧侶で、京都の大徳寺という由緒あるお寺にいて出世コースを歩んでいたのだが、紫衣事件といってな、ま、要するに幕府に盾突く行動を起こして、罰を受け、出羽国、山形県の上山という僻地へ流罪の身となった。しかし、家康の孫の家光が三代将軍になったとき、指南役だった天海が沢庵を江戸へ呼び寄せ、家光に禅を教える先生になってもらったのだ」

「へえ、タクアンが将軍の先生になったのですか。ほう、これはオドロキ・モモノキ・タクアンセンセイ――」と、リョースケ、またも感心。

「そうなんだよ、リョースケくん、きみはユーモアも分かるんだねえ。毎朝、そう言って念仏を唱えてタクアンを食べたら、そのうち大きくなって、第二のビートたけしになれるかもしれんぞ。あのたけしも子供の時分はいだずらっ子のガキ大将で手に負えなかったらしいからなあ」

 リョースケ、またまた頭をかきかき恐縮。法蓮も調子に乗り、脱線に継ぐ脱線で、子供たちには訳のわからない講義になってしまい、彼らは順番に舟を漕いでいった。

 最後まで目を輝かせて法蓮へ向き合っていたのは大学生の大川明だけだった。彼の頭の中には「共生という妙見の思想」という言葉が渦を巻いていた。

「宇宙の星を見よ!」

 法蓮が気合を込めて腹から発した声に、ビクンと子供たちは目を覚まし、座り直した。

「宇宙にきらめく無数の星、その星座は、北極星を中心にして共生しておる。だから、宇宙は永久に不滅である。その北極星の化身が妙見という神なのだ」

 法蓮が繰り返すこの言葉が結びになり、やっと勉強会がお開きとなって、やれやれと子供たちは光法寺の門を出た。見送るワタルに、アキラが振り返り、声をかけた。

「ワタル。いいお話だったなあ。宇宙は北極星を中心にして星座が共生している。その宇宙の摂理をわれわれ人間に教えてくれる思想が、妙見ということなんだね」

 ワタルにはすぐには理解できないアキラの感想だった。

 アキラさんは大学生なんだ。大学生になれば、妙見が分かるんだ。

 ワタルは、アキラに笑顔を返し、うなずいた。


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