第25話 広田のカキはなぜ日本一か

 ショーマは、毎晩、布団の中で夢を見ようとがんばった。「夢を見れば、夢の中で妙見に会える」という法蓮和尚の教えに従って努力をした。「妙見様、妙見様、妙見様・・・」と、100回唱えてみた。しかし、夢の中に妙見は現れなかった。それどころか、朝起きて、夢を見たと思ったことが1回もなかった。

「ワタル。妙見様、おれの夢の中には現れてくれなかったよ。だから、自由研究の宿題がまだできない。困ったよ」

 夏休みの宿題を提出しなければならない期限も切れようかという日の朝、光法寺に来たショーマがこぼした。ワタルがアドバイスした。

「妙見様に夢の中で会えなくても、法蓮和尚に教わった話を作文にしたらどうだべ」

「うーん、そういう手もあるかもしれんが、おれには和尚の話はちょっと難しすぎて、作文にまとめることができないよ」

「そうさなあ、歴史が分からないと、理解するのはちょっと難しいかもしれねえだ」

「いくら歴史上の人物だといっても、マサカドとか日蓮とか伊能忠敬だとか、どういう人物だか、おれ、全くわかんないよ。ちょっと知っていたのは千葉周作ぐらいだが、それだって、ワタルが最初の自己紹介のときに、そういう剣豪がいたって、話してくれたから知ったようなものだしな」

「そうさな、今は無理だが、ほだども、六年生になったらば、そういう歴史上の人物のこと習うかもしれないど。ショーマ、この自由研究の宿題、六年生の夏休みまで取っとけば」

「そうだよな。そうするよ、おれ」

 ワタルに慰めてもらって、ショーマは気が楽になった。

 登校すると、ショーマは中村裕子先生に「六年生まで妙見の研究を続けさせてほしい」と頼み込み、今回は許してもらった。

 ワタルはちゃんと自由研究の作文を中村先生に提出した。

 その作文は『広田のカキはなぜ日本一か』という題名だった。

 中村先生がこの題名をクラスのみんなに発表したところ、教室にどよめきが起きた。ショーマやハルカも驚いたが、あのリョースケさえも大きな声をあげた。

「いつの間にワタルがそんな作文を書いていたのか。やっぱ、ワタル、魔法が使えるんだ」

 みんなの驚きは数日後にもっと大きな賛同へと広がっていった。秋に開催される吾妻小学校文化祭で5年生を代表してワタルが『広田のカキはなぜ日本一か』を発表することになったのだ。中村先生が推薦して五年生全員に賛否を問うと、反対する者は一人もいなかった。全員が大きな拍手で賛成した。

 その日の学校からの帰り道、男子生徒五、六人がワタルを守るようにして光法寺まで送った。その中にはリョースケもいた。ショーマが鼻高々に言った。

「だから、おれが、ワタルに自由研究で作文を発表しなよと勧めたんだよ。なあ、ワタル。そしたら、すばらしい作文を書いたじゃないか。あれはワタルでないと書けないテーマだよなあ」

 リョースケが言った。

「おれは、ワタルに魔法のことを自由研究で発表してもらいたかったけどな。なんてたって、ミョーケンの魔法、あれには驚いたぜ。肝を潰しちゃったよ、おれ。だから、ワタル、おれにもミョーケンの魔法を教えてくれよ。おれもこれから妙見の勉強をするからよ」

 ショーマ、リョースケのこの発言を耳にして足が止まった。

「なになに、聞き捨てならぬ発言。リョースケが妙見の勉強をだと? なんだ、リョースケのやつ、おれのライバルになるつもりかよ」と、心の中で腹を立てた。

 リョースケたち、ショーマを置いて、ワタルを光法寺門前まで見送った。「ワタル。文化祭の発表、がんばれよな」「おれたちも応援するからよう」と、激励の言葉をかけて。

 彼らに遅れて一人残ったショーマが門前に立つワタルに小声で言った。

「ワタル。おまえ、リョースケを許してやるのか」

 ワタルは、しばし間を置いて答えた。

「リョースケにおらの名前をワタルと呼ばせるきっかけをつくってくれたのはショーマだど。あの梯子虎舞にリョースケを引っ張ってきたのもショーマだったべ。これからもおらはショーマとは阿吽の呼吸であり続けたいと思っているだ。そのためには応援団がいたほうがいいのかもしれねえだ」

「そうか、リョースケは応援団か。そういう考えなら、わかった。おれたちが阿吽の呼吸だということは、ほかのみんなには秘密にしておこうぜ」

「そんでがんちゃ」

 ワタルが差し出した手をショーマは強く握った。


 吾妻小学校の文化祭には父母の会、生徒たちのお父さん、お母さんも参加して、講堂でにぎやかに開かれた。ワタルの父母代わりに法蓮夫妻が、そして、ハルカのママ、ショーマの父ちゃんの顔もあった。

 ワタルは、五年生代表として自由研究の作文『広田のカキはなぜ日本一か』を朗読した。その全部を再録することはできないが、要約すると次のような内容であった。

 ――ぼくの出身地である陸前高田市の広田湾は、岩手県の最南端に位置し、唐桑半島の向こう側は気仙沼で宮城県、三陸リアス式海岸と呼ばれる断崖絶壁の岬が連なる地形がはじまる入り江の海です。湾の一番奥の高田松原は浜辺だけれど、ここ以外に平地はなく、岩場ばかりに囲まれています。そんな厳しい環境の所だけど、それでも家が集まり、人が住み、生活しています。

 ほとんどの家はこの広田湾で仕事をする漁業で暮らしています。広田湾ではいろいろな海産物が採れます。魚もいろいろ取れますが、主な海産物はカキ、ホタテ、ワカメです。これらはみんな養殖です。入り江で波が静かな広田湾は養殖に適しているのです。養殖のためのイカダがいっぱい浮かんでいて、広田湾の美しい風景になっていました。

 広田の漁師の人たちは家の前の海で養殖ができるため、カツオなど遠洋漁業のように大きな船で遠くまで魚を捕りに行く必要はありません。だから、岩場にへばりついたような暮らしでも幸せでした。

 広田湾でカキの養殖がいつから始まったのかはわかりませんが、ぼくの家では、お父さんが生まれた時には源太郎おじいさんがカキ養殖をやっていたそうです。源太郎おじいさんは「広田のカキを日本一にするんだ」と言ってがんばっていたそうです。その後を継いだお父さんは「広田のカキは日本一だ」と自慢していました。おじいさんたちが始めたカキ養殖をお父さんたちが日本一にしたのです。

 なぜ広田のカキは日本一なのかといえば、第一に大きさで日本一です。普通のカキの2倍ぐらいあります。身がぷっくりです。「広田のぷっくりカキ」と言われて、東京の築地市場でも高値で取引されていました。

 それにもう一つ、日本一と言われる理由があります。カキは本来は冬の産物ですが、広田のカキは、3月から5月まで、さらに成長して甘味がのり、もっとおいしくなってからも出荷されます。

 その秘密は、広田湾に注いで流れる気仙川にあります。冬の間、山に降り積もった雪が春になったら解けます。その雪解けの冷たい水が気仙川によって運ばれ、広田湾に流れ込みます。この雪解け水がミネラルをいっぱい含んでいて、だから栄養豊富なのです。

 海に流れて溶け込んだミネラルはプランクトンに吸収されます。そのプランクトンがカキの餌です。カキはプランクトンを食べて成長します。だから、栄養豊富なプランクトンを食べるほどカキは大きく育つのです。

 この生き物の循環の関係を生態系といいます。広田の漁師の人たちはこの生態系に気づいたのです。

 日本一のカキを育てるには、広田湾をプランクトンがいっぱいの海にすること。それには、気仙川がミネラル豊富な水の流れでなければならない。そして、そのためには、山が美しい緑の森でなければならない。木々が、春は芽吹き、夏は繁り、秋は紅葉し、冬は落葉して雪におおわれ、その下で腐葉土がミネラルを蓄積する。

 春になり、雪が解けると、広田の漁師たちはみんなで気仙川をさかのぼり、山に入り、木を植えました。下草を刈り、日当たりを良くして、森の環境を保全してきました。ぼくのお父さんも山に木を植える運動に一生懸命取り組んでいました。ぼくもシャベルや鎌を持って、お父さんと一緒に山に入り、木を植えて、草を刈る手伝いをしました。

 みんなでそういう努力をして、それが報われた結果、日本一のカキが広田湾で育つようになったのです。

 海と川と山。この自然環境の連鎖は大昔からずっと変わりません。だから、ぼくたちも、人類がこの地球でこれからも豊かで平和に暮らしていくためには、自然の生態系から学ぶということが大切だと思いますーー。

 

 ワタルの発表が終わると、講堂はそれこそ万雷の拍手に包まれた。

「立派なものだ。実に堂々と立派な発表だった」

 法蓮和尚は感涙に目頭を熱くし、そっと指先で頬をぬぐった。

 講堂は感動に包まれた。参観の父母たちばかりではない。生徒たち、特に5年生たちの全員が感動に心を揺さぶられていた。

「ワタルはいい町に住んでいたんだなあ。岩手県の陸前高田の広田湾という所は、いい町だったんだなあ」という感想を声にして口から漏らした生徒は、他ならぬ、リョースケだった。

「うちらの千葉も、何か日本一と誇れるものをみんなの力で作り出さなきゃ、ね」

 と、ハルカがリョースケに微笑みかけた。

「ハルカんちのたこ焼き、あれ、もうちょっとなんとかすりゃ、日本一になれるんじゃねえのか」

「かもね。ママをけしかけて、がんばらせちゃおうかしら。リョースケも応援してよ」

 ハルカがポンとリョースケの肩を叩くと、イテテテと、リョースケがオーバーに前へつんのめり、「ハルカちゃん、おいらをイジメないでくれよ」と、笑顔をハルカへ放った。


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