第20話 稲妻から現れた妙見
――平将門は、16歳の時、生まれ育った猿島を出て、京へ上り、右大臣藤原忠平に仕えて、検非違使という、今でいえば警察の修業に励む。が、20代半ばのとき、父の良将が死去したため、官吏を辞して帰郷。そのふるさと相馬は、父の兄の国香、良兼ら伯父たちにより支配されて荒廃し、農民は重い年貢の圧政に苦しみ、生活に困窮。
シルクロード渡来の馬子集団が農民となって入植し、馬を育成する牧を開拓してきた相馬では、朝廷から課せられる年貢は米など農作物よりも馬だった。京の検非違使(けびいし)の騎馬の生産拠点が相馬だったのである。
「この相馬の人々の苦境を背にして立ち上がっていったのが、平将門なのだ。そして、その初陣が染谷川の合戦だった」
法蓮がワタルの話に割って入り、ひと息つけさせた。
「そうでがんす」
語る調子にすっかり乗ってしまったワタルは法蓮に構わずに話を続けた。
――平将門は、父の弟の良文と組み、平国香・良兼の連合軍を上野の国(現在の群馬県高崎市)に流れる染谷川で迎え撃ち、合戦。そのとき、将門軍に参じた相馬の騎馬武者たちは、平時は畑を耕し、馬を育てる農民たちであった。
「騎馬武者とは名ばかりで戦が初めての兵隊ばかりだったからだろう、合戦は国香軍が圧倒的優勢に展開し、将門軍はもはや勝負あったかと追い詰められてしまった」と、法蓮がまた割って入った。
「将門が絶体絶命に」と、手を握り締める、ショーマ。
「ところがじゃ」と、法蓮。
「ところがーー」と、ショーマ、固唾を飲み、法蓮の答えを待つ。
「ここから起死回生の大逆転が始まるんだ」
「大逆転?――奇蹟が起きたんですか」と、ショーマ、法蓮を見つめる。
「そうなんだよ。天が味方するという奇蹟が起きたのだよ」
「天が将門の味方を?――それはどんな奇蹟だったのですか」と、身を乗り出す、ショーマ。
法蓮、自分では答えずに、ワタルを促す。
「ワタル、続きを早く話してあげなさい」
「は、はいーー」と、ワタルが語りを再開しようとした、その出鼻をくじくかのように、ショーマの質問の矢が飛んできた。
「野球でいうと、代打逆転サヨナラ満塁ホームランというような、そんな奇蹟かい」
「いんや、ホームランなんかいう、そんなんでねえがーー、カ、カ、カ」
ワタル、ショーマの気迫に押されて、口を噛む。
「カーーて、蚊の大群に襲われちゃったの?」と、アイリ。
このトンチンカンな発言に、一同、口をあんぐり、沈黙。その隙にひと息ついたワタルの口から正確な一言が吐き出された。
「カミナリーーだべ」
はあーーと、一同、顔を見合わせる。
「カミナリが落ちたのか」と、ショーマ。
「ビカビカビカっと、稲妻が走って?」と、アキラ。
ワタルに代わり、法蓮が答える。
「そうなんだ。にわかに染谷川の空がかき曇り、稲光に裂かれて、ドカーンとカミナリが国香軍の真上に落っこちた。と同時に、物凄い豪雨が降りかかってきた。国香軍は蜘蛛の子散らして退散じゃ。この激しい雨中戦で形勢は大逆転――というしだいなんだ」
ワタルが冷静を取り戻し、落ち着き払って、言った。
「雨が上がり、空が晴れて、カミナリが落ちたところへ、将門が行ってみると、小さな祠があった。その中を覗いてみたところ、小さな童子像が立っていただ」
法蓮がにんまりと笑みをたたえて言った。
「その童子こそが、すなわち、妙見だったーーというわけなんだ」
目を見張る、ショーマ。
「ということは、カミナリから妙見が生まれ落ちたーーと?」
法蓮、答えながら、腕組み。
「うむ。そう言うと、妙見とはカミナリだったということになってしまうか」
ショーマ、言い直す。
「稲妻の光の中から妙見は現れたーーと?」
「うむ。そういったほうが正しいかな」と、法蓮が答えたところで、ワタルが「要するにーー」と、結論へ急いだ。
――染谷川の合戦で勝利した平将門は「この勝利は童子のお陰だ」と感謝して、童子像を相馬へ持ち帰り、祀った。その童子こそが、相馬のシルクロード渡来の農民たちにとっては、先祖伝来の神、すなわち、妙見であった。
「ん?ーー。ワタル、いま、何と言ったか。もう一度、言ってくれるか」
ここでまた法蓮が睨むような眼をワタルへ向け、語りを遮った。
「はいーー」と、ワタルは素直に答えたものの、同じことの復唱はしないで、あえて表現を変えて、まるでドラマのシーンを脚色するように語った。
――将門が童子を祠に祀り、「今日から、この童子を、われらの守護神と崇め奉るぞ」と宣言すると、祠を囲んだ相馬の人々は、「あっ」と驚きの声を上げて、「妙見だ!」と叫んだ。
「何? 今、なんと言った? ワタル、」と、驚きの声を発したのは他ならぬ法蓮だった。「ワタル、そのようなことが何かの本に書かれてあったのか」
「いいえ。本で読んだことではありません。これは、ぼくの推理ですだ」
「なに、推理だと」
「はい。法蓮和尚が、歴史は謎、その謎解きは推理だと言うたべな。ほだがら、染谷川で将門が見つけた童子像が妙見という神だと、なぜ分かったのか、そこの事情をおらも推理してみただ」
「エライ!」
法蓮、ピシャリと胡坐の膝頭を叩いた。
「偉いぞ、ワタル。いつの間にそんな推理を働かせる能力、すなわち推理力というものを身につけたのか、たいしたもんだよ、ワタル。いやはや、成長が早いなあ。うれしいなあ、法蓮は」
ワタルを誉めちぎり、はしゃぐ、法蓮。
「ま、ま、和尚。ここで、おさらいをしますとーー」と、アキラが法蓮を落ち着かせる。「相馬の人々は以前から妙見を知っていた。あるいは、信仰していたと言ってもいいかもしれない。なぜならば、彼らこそは、妙見を守護神としてシルクロードから渡来した民族であり、相馬という自分たちの村を興すうえでは、妙見を守護神にして牧を開拓していったーーと」
「そういうことなんだよ。アキラさん、あなたも読みが鋭い」
法蓮、胡坐を直し、正座して、言った。
「彼ら相馬の民は、京の王朝には見つからないように密かに妙見を信仰していた。わしは、そう推理しておる」
うなずく、アキラ。
「密かにということは、後の江戸時代の長崎には、人々が密かにキリスト教を信仰するという隠れキリシタンの集落があったと言われていますが、それと同じように、相馬はさしずめ隠れ妙見の集落だったとーー」
「ま、そういうことだわな」と、法蓮、今度は腕を組み直して天井を見上げ、つぶやいた。「そう考えれば、もしかすると、あの天草四郎もまた平将門の生まれ変わりだったかもしれんな。うむ、これは大発見かもしれんぞ」
「えっ、天草四郎――って、誰ですか?」と、ショーマが問う。
「なに、天草四郎を知らないのか。たしか、橋幸夫が歌ったと思うが、『南海の美少年』という歌があった。その美少年というのが、かの天草四郎のことだったのだが、ショーマは聞いたことがないのか」
「橋幸夫?――知りません。ぼくが生まれるずっと前に歌手だった人の話をされても、まったく分かりません」
「そうか。そうだったな。君たちに昭和の話をしても仕方がなかったんだよなあ」と、法蓮、興奮から覚めるように嘆息。「ということならば、天草四郎のことは、徳川幕府のキリスト教弾圧に対して信徒を率いて『島原の乱』を戦った若武者ーーという話だけにしておいてだ」
法蓮、やおら立ち上がる。
「今日はもうみんなも疲れただろうから、またにしようか」
額に皺を寄せ、流れる汗を拭う、法蓮。その疲労の色を見てとったワタルが語りを締めくくった。
――妙見を守護神として祀った平将門を崇拝する相馬の人々は、手塩にかけて育てた馬を駆り、将門のもとへ参じた。こうして、相馬の騎馬武士団が組織されて、妙見の守護神を掲げて合戦へ挑み、破竹の勢いで勝ち進み、ついには「坂東王国独立」を叫んで京の朝廷に対して立ち向かった。が、しかし、将門が敵将の矢に倒れ、相馬騎馬武士団は敗北。
平将門の死後、守護神・妙見は伯父の平良文によって祀られ、その流れの千葉一族の守護神として代々継承されていった。
もう一つの流れとしてーー今日、福島県南相馬市において、「相馬野馬追」という千年の歴史を誇る伝統行事の祭りが毎年7月に行われている。鎧兜の武者が騎馬に跨り、幟旗を立てて原野を駆け、その騎馬数400頭という勇壮な合戦の絵巻が再現される。この「相馬野馬追」祭りの起こりについては、南相馬市観光協会発行のパンフレットには「相馬氏の始祖、平将門にはじまる」と明記されている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます