第19話 騎馬武士団の英雄

 ――平安時代中期、下総の国岩井(現在の茨城県坂東市)を本拠にする豪族だった平将門は、豪族間の争いに騎馬軍団を率いて参戦し、連戦連勝の勢いに乗り、下総(千葉県)から上総(千葉県)、さらには安房(千葉県)、常陸(茨城県)、上野(栃木県)、下野(栃木県)、武蔵(東京都)、相模(神奈川県)、伊豆(静岡県)へと進出し、坂東(関東)八州全域を支配するに至った。

 天慶2年(939年)、将門はこれらの国府を統治する「守」や「介」に一族を任官し、自らを「新皇」と宣言した。

 平安京の朝廷は、この事態を「坂東の独立」であり、「将門の謀反」であると判断し、天慶三年、将門追討の命を下す。兵4000人からなる討伐軍が下総へ攻め込み、これに対して将門軍は兵1000人で迎え撃った。多勢に無勢の合戦で、窮地に追い込まれた将門は馬を駆り、陣頭に立って奮戦したが、敵将・藤原秀郷の射た矢を額に受け、討死――。

「あらまし、こういうことなのだがーー」と、法蓮、この話にみんながついてきているか、顔を見回しながら言った。「この『将門の乱』をめぐっては、後世にさまざまな伝説が語り継がれて、平将門という人物は、歴史を面白くするキャラクターとして描かれ、大衆の人気を博してきた」

「たとえばどういう将門伝説が?」と、アキラは乗ってきて、以後、法蓮とアキラの掛け合いで話が進められていった。

「うむーー」と、法蓮、しばし考えてから答えた。「一番面白い話としては、『将門の首』伝説だな」

「首?――将門の? どういうことですか、それは」

「うむ。日本の経済界の総本山と言われる経団連ビルが東京の大手町にある。そこへ行ったことがあるかな、アキラさん」

「いいえ」

「その経団連の玄関の脇に将門首塚という史蹟が建っている」

「ええっーー、首というのは、頭部ということですよね。その将門の頭が経団連の所で見つかったという伝説ですか」

「そうなんだよ。昔のサムライの合戦は、勝ち負けの決着をつけるうえで、負けた大将の首が切り落とされて、晒し首にされた。つまり、公開処刑ということだな。そういう武将の晒し首のはじまりが将門だったと言われている」

「ほうーー、将門がその晒し首にされた場所が、今の経団連ビルのところというわけですね」アキラがさらに法蓮へ質すと、法蓮が「いや、そうではないんだ」と首を振った。

「矢を受けて討ち死にした将門はその場で首をはねられたが、その将門の首は平安京へ運ばれて、四条が原で晒しものにされた。ところが、その将門の首がいつの間にか消えてしまったのだよ。そして、見つかった場所がなんと遠く離れた武蔵の国の、現在は東京・大手町の経団連ビル、そこに立つ将門首塚の所ということなんだ」

「へえ、それはまた奇妙な話ですね。まさか、京都から東京へ、将門の首が飛んできたというわけではないでしょうね」

「うむ。実際に奇妙なことだが、将門の首が京都から東京へ飛んできたと、そういう伝説なんだな」

「本当なんですか、その伝説は」

「本当かどうかはわからん。伝説とは言い伝えということだからな」

「ふーむ、にわかには信じられない話だね」と、アキラ、首をかしげて、後の言葉に窮する。代わりに、ワタルが口をはさんだ。

「そういう信じられないような話が平安時代からずっと言い伝えられてきたということだべ」

 ショーマも続いた。

「しかし、面白い話だなあ。平安時代はトラックも宅急便もなかったはずだから、将門の首が京都から東京へやって来るには、魔法で空を飛んできたとしか考えられないよな」

 すると、法蓮も受けて、「うむ。もしかすると本当に魔法だったかもしれない」

「えっーー」と、一同、法蓮を見つめる。

「実はな、将門の霊を鎮める神社として鳥越神社が浅草にあるが、その名前のいわれとして、平安時代に建立された時は飛び越え神社だったという記録があるんだ」

「ええっ、飛び越え神社だって」と、一同、法蓮を見つめる目をさらに見開く。

「それは、マサカドさんの首が京都から東京へ飛び越えてきたという意味で、そう名付けられたと?」

 アイリの問いに法蓮がうなずく。

「そういうことになっておる」

「へえ、やっぱり、平安時代には、魔法があったんだ。なあ、ワタル」と、ショーマがワタルへ目を転じると、「そんでがんちゃーー」と、ワタルも同意する目をショーマへ返した。その二人のかち合う視線を分けるようにして、法蓮が言った。

「魔法というのは、伝説を面白くするための脚色だったと考えるのが妥当だと思うが、ともかく、京の四条が原に晒されていたはずの将門の首が武蔵へ運ばれたというのは事実だろう」

「だとすると、一体誰が、何を意図して、そんな大それたことを」と、アキラ。

「おお、さすがアキラさん。ズバリと問題の核心を突いてきたじゃないか」と、法蓮、にっこり。

「誰の仕業か、わかっているのですか」と、ショーマが問うと、法蓮、「それは、わからん。謎だ」と、首を振りながら、言った。「だが、その謎を解く推理ならば、想像力を逞しくすれば可能だろうな」

 そして、法蓮は再び「将門の乱」伝説へ戻り、別の視点から語った。

 ――平将門の出自とされる在所は、下総でも猿島(さしま)という地名、現在の茨城県と千葉県を分ける利根川の島であった。その地域は相馬とも呼ばれて、のちに京の朝廷の直轄地となる。その名のとおり、相馬地域は馬の産地で、利根川から印旛沼、手賀沼へ広がる広大な平地の全体が馬を放牧して育成する牧だった。

「この相馬の牧を開拓した人たちは、誰ーー」と、法蓮が言いかけたところを先取りするように、ワタルが言った。

「シルクロードから渡来した馬子の集団だべ」

「おお、ワタル、そのとおりだよ。前の勉強会でも話したことをちゃんと覚えてくれていたんだな。感心、感心」

 法蓮、にっこりと笑みをワタルへ投げかけ、そして、全員の顔を確かめるように、「ここでもう一度、これまでの勉強会のおさらいをしながら、先へ進めようじゃないか」と言ってから、「将門の乱」について弁舌滑らかに解き明かしていった。

 ――千葉氏一族の起こりは、平安京を開いた桓武天皇の孫の高望王が上総介として赴任したことに始まる。高望王は任期が過ぎても京へは戻らず、平朝臣(たいらのあそん)を名乗り、土着。これが平家の始まりで、長男の国香の系統が伊勢平家へと分かれ、平安朝末期に台頭したその子孫が平清盛であった。他方、三男の良将の子として平将門が現れ、そして、五男の良文の系統が千葉介となり、下総を治める千葉氏一族が勃興した。

 平高望の子や孫たちは、上総、下総、常陸へと領地を拡張して平一族の隆盛を誇ったが、その勢力の要因は、合戦で圧倒的な優位に立つ騎馬軍団の組織力にあった。

 平高望が上総介として赴任してきたとき、相馬地域にはすでにシルクロード渡来の馬子集団が牧を拓いて馬を育成していた。ここに、平一族は目を付けた。その当時の合戦の武器は弓。馬を駆って弓を射る。兵力は騎馬軍団である。合戦で勝つには敵方を上回る騎馬軍団を率いることだった。

「平一族は、相馬の牧の馬を軍馬に、そして、馬子を騎馬武者に仕立て、騎馬軍団を組織し、合戦に挑んだ。後に、公家が王朝を支配する時代が滅びて、サムライが政権を握る武士の時代が起るが、その武士の始まりがこの平一族の騎馬武者軍団にあるという学説を唱える歴史家もいる。坂東武士団と言ってな。その武士団を象徴する武将がほかならぬ平将門なのだ」

「ということは、サムライの元祖は平将門であると」というアキラの問いに対して、法蓮が「うむ。そう言っても、あながち、過言ではないだろう」と答え、さらに次のように語った。

「若くして相馬の所領を継いだ将門は、騎馬武者の軍団を率いて頭角を現し、連戦連勝の合戦で坂東全域を支配し、ついには『新皇』を宣して平安京から坂東を独立させるという戦いに挑んでいった。その勇ましい若武者の闘う姿は、相馬の民から見れば、自分たちを希望へと導いてくれる英雄であった」

「英雄ですか。明治時代には日本三大悪人という汚名を着せられて歴史から抹殺された平将門が、活躍したその当時は、相馬では、英雄だったのですか」

「そうだよ。いつの時代にも、英雄、ヒーローが現れて、その活躍に民衆は共感の拍手喝采を送り、時代は動かされていくものだ。たとえばーー」

 と、法蓮、脱線の気配。

「昭和の戦後に現れたヒーローとして、長嶋茂雄がいた。長嶋の活躍、そして巨人軍のⅤ9の躍進に大衆が沸き立つとともに、日本の戦後復興が達成されていった。それと同じような大衆心理による社会現象が、規模こそ違うが、この相馬の牧で起きていたと推理されるだろう」

 法蓮、語れば語るほどに熱を帯び、独演が止まらなくなった。

「ちなみに、長嶋茂雄は千葉の佐倉の出身で、印旛沼のほとりの農家の倅だが、そのあたりに現在も将門町という地名が残されている。周辺の町には将門神社も建っている。千年前の昔、その牧の大地を疾駆する若き騎馬武者が、平将門だった。その雄姿をイメージするとすれば、平将門とは長嶋茂雄を髣髴させるような男だったのかもしれんな。だとすれば、もしかすると、長嶋茂雄は平将門の千年後の生まれ変わりだったかもしれんぞ」

 独演に陶酔する法蓮に、アイリが水を差した。

「あのう、その長嶋茂雄さんていうお方は、もしかして、あの長嶋一茂さんのお父さんのことなのでしょうか」

 法蓮、ガックン。

「こりゃまいった。そうか、平成生まれの君たちにはもう昭和の話は通用しないのか。まさに昭和は遠くなりにけりだよなあ」

 法蓮、禿げ頭をかく手をツルリと滑らせたところ、それまでじっと耳を傾けるばかりだったワタルがポンと膝を叩き、口を開いた。

「わかった。わかりましただ。法蓮和尚」

「ん?――何がわかっただと、ワタル」

「将門の首を京から運び出した人たちは誰かということですだ」

「おお、そうだった。問題はそれだったな。ワタル、考えていたのか」

「はい。それは、相馬の騎馬武者たちです」

「おお、ワタル、ご名答だよ。人の話をちゃんと聞いておるから、物分かりがいいぞ。エライ、エライ」

 法蓮、気を取り直し、ワタルの頭をなでる。

「将門軍の残党ですよね」と、アキラも気が付いていたようだ。「彼らが将門の首を取り戻そうと、馬を駆って京へ向かい、四条が原の晒し首を奪い取った」

「そういうことだ。将門を英雄と慕う彼らは、将門の霊を相馬の地で祀りたいと考えたのだろう。相馬の人たちにとっては、将門は死して神となったのだ」

「神――ですか」と、ショーマ、心を動かされる。「死んだら、神になったとは、たしか、キリストも磔になって死んだら神になったと、聞いたことがあるけど、マサカドという人も、そんな偉い人だったんだ」

 ワタルがはっと思いつき、法蓮に問う。

「平将門が神になったという、その神とは、妙見のことでがんすか」

 法蓮、深くうなずく。

「ワタルはそう思うのか」

「はいーー」

「わしも、実は、そう思っておるんだ」

「やっぱり」

「将門こそが、妙見になった最初の歴史上の人物なんだ」

 法蓮は言い切ると、その裏付けとなる将門伝説へ戻り、続きの語りを始めるうえで、あの星祭りの夜のワタルの発表をまた振り返った。

「あのとき、ワタルは確か、千葉一族の歴史をさかのぼり、染谷川の合戦のことに触れたよな」

「はい。覚えていますだ」

 ワタルはうなずき返した。

「あれは、どういう歴史的事件だったのか。ここでもう一度、話してみてくれないか」

「はい。えーーと」

 法蓮に促されて、ワタルは、星祭りで発表したことをもっと詳しくと、「染谷川の合戦」で知った一つひとつを思い出すのにつっかえつっかえしながら話していった。


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