第18話 妙見を信仰した歴史上の人物たち

 ワタルとショーマ、そしてアキラとアイリは法蓮について光法寺へ戻ることにした。熱弁冷めやらぬ感じの法蓮先生による「妙見講義続編」をちゃんと座学で受講することになり、彼らは本堂へ上がった。

「シルクロード渡来の神、妙見とは、さて、いかなる神であるのか、妙見の謎に迫り、解明したいーー、諸君らの関心はこの一点にかかっていると、こう理解してよろしいかな」

 瑠璃観音菩薩像を背にして座った法蓮和尚は、改めて「妙見」を講義するにあたり、太い眉を吊り上げ、受講生一人ひとりに向けて鋭い眼光を放った。

「はい」

 ショーマが細い目をいっぱいに開き、法蓮と睨めっこをするように見つめ返した。

「ほほう、ショーマくん、きみ、真剣だね。いいぞ、いいぞ、その調子で、妙見について、これから和尚と一緒に考えていこうじゃないか」

「はい。お願いします。法蓮和尚」

 ショーマの隣でワタルが口を添えた。

「葛西翔馬くんは夏休みの自由研究のテーマが妙見なんです」

「ほほう、そうだったのか、ショーマくん。よっしゃ。そういうことならば、法蓮も張り切っちゃうぞ。講義のレベルをグーンとアップして、アクセルを踏みっぱなしで走っちゃうからな。落ちこぼれないようにしっかりついてくるんだよ、みんな」

 吊り上げた眉をだらりと下げ、相好を崩す、法蓮。

 これまでの千葉千年伝説勉強会にはなでしこ組の女の子たちも加わっていた。彼女たちにも面白く理解できるように、千葉の歴史という取っつきにくい講義を噛み砕いた内容に工夫しなければならない。それが、法蓮にとってはかなり七面倒くさいものに感じられるようになっていた。が、幸いにも、今日は、なでしこ組は千葉神社で帰っていった。

「さて、妙見についてだが、昼間の千葉神社での勉強会のおさらいをすれば、このシルクロードの守護神がいつ日本に現れたのか、伊勢神宮のアマテラスは日本書紀や古事記に記されているが、妙見に関してはそのような古文書は何ものこされていない。妙見とはすべからく謎の世界である」

 法蓮は妙見講義を再開するにあたり、「謎」ということを繰り返した。

「その妙見の謎を解く、何か手掛かりになるものはないのですか」

 ショーマがトップバッターのつもりで質問を法蓮へ向けて放った。

「それが、あると言えばあるようで、ないと言えばないようなーーというような」

 法蓮、もったいぶるような口ぶりで、しょっぱなから腕組みの構えに出る。

「あると言えばとしたらば、どういうことがあるべか?――」

 ワタルがショーマに続き、法蓮へ迫る

「うむ。あると言えば、こういうものがあったな」

 法蓮、何を思い出したか、座をはずすと、衝立の裏へ回り、ゴソゴソと音を立てると、巻物を抱えて戻ってきた。

「これを見よ」

 紐をほどいた巻物を畳の上へサッと滑らせた。一同、広げられた巻物に顔を寄せ、覗き込んだ。

「ここに登場する人物たちが妙見の謎を解く鍵を握っていると、言えるかもしれんぞ」

 巻物には、人の名前がずらずらっと毛筆でしたためられていた。

「何て書いてあるの? わたし、読めないわ」と、アイリが眉をしかめる。

「ぼくにも、ちょっとこれはーー」と、アキラもお手上げ。

 ワタルやショーマにも読めるはずがなく、困った顔で法蓮を見上げた。

「みんな、有名な歴史上の人物たちであるぞ。そう言えば、判読できるだろうに」

「わかりません。和尚が読んでください」

 ショーマの頼みに、法蓮が朗々たる声で名前を読み上げていった。

 平将門、平良文、千葉常胤、日蓮、伊達政宗、徳川家康、天海、徳川家光、伊能忠敬、千葉周作、坂本龍馬、後藤新平、新渡戸稲造、宮澤賢治。

「錚々たる名前が並んでいますね」と、アキラが感心すると、「ほんとよね。こんなすごい歴史上の人物たちが妙見という神を信仰していたのね」と、アイリも相槌を打つ。

「そうなんだよ。すごいだろう。これだけの有名な歴史上の人物たちが妙見を神として認知し、リスペクトしてきたのだよ。それだけでも、妙見が再評価されなければならない理由があろうというものだ。なあ、アキラさん」

 同意を求める法蓮に、アキラが問う。

「なるほど。それにしても、家康とか、龍馬とか、そういった歴史上の人物たちは、なぜ妙見を神としたのでしょうか」

「そこだよ、アキラさん。いいところを突いてくるねえ。それを解明すれば、妙見という神の真髄も明らかになろうというものだ。わしの狙いもそこにあるのだよ、アキラさん」

 法蓮の考えをアキラが汲みとる。

「なるほど。聞き込み作戦というようなものですね。まず周辺の関係者に当たって、いろいろ聞き出してから、その調査資料をもとにあれこれ推理すれば、おのずと本人像が浮かび上がってくると」

「ま、そういうことだな。あとは想像力だ。しょせん、歴史なんて、想像の物語なんだよ」

「しかし、これだけの数の歴史上の人物たちを改めて調べていくとなれば、これは相当に大変な作業になりますね」

「そうなんだよ。だから、まず一人、この中でも最も重要と思われる人物をクローズアップする。その人物こそが、妙見を神として後々の歴史に伝えることになった最初の日本人だ。彼を抜きにして妙見を語ることはできないと言ってもけっして過言ではないだろう。はたして、その偉大なる日本人とは、一体、この中の誰だ」

 法蓮、立ち上がり、巻物を俯瞰して、人差し指を右から左へ移しながら、ニヤリとほほ笑む。

 一同、改めて巻物の人物名を覗き込む。

「さあ、諸君ならば、誰を選ぶかな」

 法蓮、再びニヤリとほほたい笑む。一同、巻物を見つめ続けて、沈黙。

「だれも思い浮かばぬか」

 一同を見下ろす法蓮、眉を寄せ、苛立ち、

「答えは簡単だろうに。何をみんな、考えておるんだ。いの一番に名前が書かれている人物こそが一番重要に決まっておるじゃないか」と、先頭の「平将門」という名前を人差し指で突っつく。

「あ、そうか」「そういうことか」「なーんだ」と、一同、苦笑い。

「やっとわかったか。ならば、なんという名前の人物だ」

 一同、苦笑を消して、また巻物を注視。

「えーと、ヒラーー」「ヒラショーモンーー」「いや、ヘイショーモンかな」

「なになに、この名前が読めないとは」

 法蓮、愕然として、ストンと腰を座布団に落とし、ひっくり返りそうになる。

「ああ、タイラのマサカドを、今のヤングは知らないのか。なんという時代の流れじゃ。マサカドが世間に忘れられた存在になってしまったとは。しかも、この千葉において、だれも知らんとは、なんと嘆かわしいことじゃ」

 法蓮が座布団に座りなおしながら嘆息すると、ワタルが思い出した。

「あ、そうだ。それはタイラノマサカドという人だったべ」

「そうだよ、ワタル。ついこのあいだ、勉強したばっかりだろうに。しっかりしてくれよ」

「そうでした。千葉氏の始まりは平氏で、現在の千葉市を興したという千葉常胤の先祖として平良文という名前があっただ」

 光法寺の星祭りでワタルが千葉の歴史を発表したとき、千葉氏一族の系図を調べたが、その一族の源となる人物は平良文、その甥として平将門――という流れが記されていた。

「千葉における妙見という守護神は、このタイラノマサカドから始まるのだ」

 法蓮、喉に凄みをきかせ、言った。

「和尚、そのタイラノマサカドという人物は、歴史上にどのような名を遺したのですか」と、アキラが問うと、法蓮、「よくぞ聞いてくれた」とばかりに膝を叩いた。

「NHKに大河ドラマがあるだろう。あの番組で、千葉県も過去にたった一回だけ、茨城県と共にご当地なったことがあるのを知っておるかな」

「ほう、何というタイトルですか」

「『風と雲と虹と』だ」

「えっ、風と、雲と?――。それって、いつ頃に放映された大河ドラマでしたか」

「うーん、確か、加藤剛主演で吉永小百合さんが一番可愛いかった時だから、昭和50年頃だったかな」

「えっ、そんな大昔ですか。ぼくらが生まれるずっとずっと前のことですね」

「なに、君らはまだ生まれていなかったのか。それじゃあ、知らんでも仕方ないわな」

「すみません」

「ともかくな、この『風と雲と虹と』で加藤剛が演じた主役がだ、平将門だったのだ」

「あら、NHKの大河ドラマの主人公に選ばれたなんて、素敵な方でしたのね、タイラノマサカドさん」と、ほほ笑む、アイリ。

「素敵かどうかは知らんが、ともかく、もう一度再評価されてしかるべき大変に偉大なる歴史上の人物であることは間違いない」

「ぜひ知りたいですね、タイラノマサカドさんのことを」

 と、アイリが目を輝かせる。

「そうか。だったら、神田明神へ行って、お参りするがいい」

「えっ、神田明神?――東京の神田の神社の?」

「そうだよ。美空ひばりが『お祭りマンボ』を歌っとるだろう。あの江戸っ子のお祭りの神社だよ」

「ええっ、あの美空ひばりがそんな神社のコマーシャルソングを歌っていただなんて、知らなかったわ」

 アイリの早とちりに、法蓮、あきれ、気が抜ける。

「アイリさんよ。あの歌謡界の女王様がコマーシャルソングなんか歌うわけがないだろうに」

 アキラが法蓮の機嫌をとりなす。

「問題は、美空ひばりでも神田明神でもなくて、平将門なんですよね」

「そうなんだよ。アキラさん。でもな、そうなんだけどな、アキラさんよ」と、法蓮、アキラへ矛先を向ける。

「問題はだな、あの神田明神に祀られている神様のことなんだよ。その神様が誰であるか、知っているかね、アキラさん」

「神田明神の神様?――知りませんね」

「それが、誰あろう、実は、平将門であるぞ」

「ええっ、神様なんですか、今は、マサカドさんって」

 再びアイリが喉の奥から驚きの声を発する。法蓮、今度は冷静に受け止める。

「そうなんだよ、アイリさん。将門を神様として祀ったのが、神田明神を建立した徳川三代将軍の家光。そして、その黒幕が、江戸の都市計画をプロデュースしたとされる怪僧・天海だった」

「黒幕?――」と、アイリ、好奇心をそそられる。「なにやら面白そうな時代劇が始まりそうな感じ。マサカドさんって、NHKの大河ドラマの主人公になって当然のキャラクターだったのね」

「だからな、アイリさんよ」と、法蓮、調子を取り戻す。「江戸時代は、将門は江戸っ子のヒーロー、善玉の主役だったのだ。ところがだ、時代が変わり、明治になったら、たちまち立場は引っくり返えされて、将門は朝敵の逆賊として日本三大悪人の一人という不名誉な烙印を押されてしまった」

「ええっ、なんで、どうして?」と、アイリ。

「だれが、どんな権力で?」と、アキラ。

「それが政変ということだな。明治維新になり、江戸の善玉は明治の悪玉にというわけだ。この将門の悲劇が、同時に、妙見が神の座から隠されてしまうという事態を招くことになったと、こう法蓮は推理しておるところだ」

 これまでじっと聞き入っていたショーマがやおら口を開いた。

「妙見という神様も、マサカドと一緒に消されてしまったのですか」

「うむーー」と、法蓮、しばし腕組みして考え込み、答えた。「一蓮托生という言葉が仏教にはあるが、両者は時代に浮くも沈むもそういう関係なんだろうな」

「一心同体という言葉もあるだが、そんな強い絆で、妙見と将門は結ばれとったでがんすか」

 ワタルが法蓮に問うた。

「うむーー」と、法蓮、腕組みをし直すと、こう問いを返した。「ワタルが星祭りで勉強したとき、将門の乱という歴史的事件のことは出てこなかったかね」

「マサカドノラン?――。初めて聞くだ」

「これは、平安時代最大の事件だったと言っても過言ではなかろう。それをだれも知らんとは、うーむ、この機会に勉強するのもいいだろう」

法蓮、「将門の乱」について語りを続けていった。

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