第13話 恐竜の星座に救われる

 吾妻小学校校舎の屋上――。

 ワタルの回想に、ショーマはすっかり心を奪われていった。

「満天の星空かーー。すげえ景色をワタルは見たんだなあ。おれも一度でいいから見てみたいなあ、満天の星空をよ」

「おらは、ひとり、天明寺の境内で地面に寝そべって、満天の星空を見上げただ。ぐるっと三百六十度見渡しても、真っ暗な世界に、見えるのは星の光だけだ。無数の星がピッカピッカ瞬いて、それは美しい、おらが生まれてから見た一番に美しい星空だったべなあ」

「陸前高田の夜空は、まるでプラネタリウムみたいなんだなあ。いいなあ。プラネタリウムの星空の本物が見られるなんて、陸前高田という町はいい所だなあ」

「プラネタリウムの星空がどんなだが、おら、プラネタリウムいうもんを見たことねえがら、分からんが」

「千葉にはプラネタリウムがあるんだ。三年生のとき、野外授業の見学でみんなと行ったけど」

「フーン、プラネタリウムもやっぱ、満天の星空だったが?」

「うん。確かに星はいっぱいだったけど、どの星も瞬いてはいなかった。そこが本物とは違う、写真みたいでものたりなかったよ。第一、ティラノサウルスとかいう恐竜の星座も現れなかったしな。だから、退屈だったよ」

「ティラノサウルスの星座というのは、あの大津波の夜の星空を見て、おらが勝手に想像しただけなんだ」

「ティラノサウルスというのは、ワタルの想像なのか」

「ティラノサウルスという恐竜は本当にこの地球におっただ。人間が出現するよりもずっとずっと前、約7000万年前の白亜紀という時代、地球は恐竜の星だったが、その恐竜の中でも一番大きい、一番強い王様がティラノサウルスだったど」

「7000万年前だと?――へえ、ワタル、おまえ、よくそんな大昔の恐竜のことを知っているな」

「ティラノサウルスはこの日本にも住んでいたんだど。おらが生まれた岩手県の海岸でも、ティラノサウルスの骨の化石が発見されとるだ。陸前高田よりもっと北の方に久慈というところがあるだが、そこは琥珀いうて、恐竜の時代の昆虫が化石になってできた黄色い宝石が出るだが、その琥珀博物館へ行ったらば、恐竜の骨の化石も展示されとるべ」

「へえ、その博物館でティラノサウルスのことを知ったのか」

「ううん」と、ワタルは首を振った。「琥珀博物館には行ったことはねえべ。おらがティラノサウルスを知ったのは、『ジュラシックパーク』という映画だっただ」

「『ジュラシックパーク』?――」

「そんでがんす。恐竜の映画だべ。そのDVDを、お父うが陸前高田の街で借りてきたで、おらも一緒に観ただ。面白えで、何回も見ただ。そんで、この映画に出てくる恐竜はたいがい覚えただ」

「へえ、じゃあ、あの満天の星空にワタルが見つけた恐竜の星座はティラノサウルスだけじゃなかったのか」

「んだ」と、ワタルはうなずくと、恐竜の名前を次々とあげて、ショーマに教えた。

 スピノサウルスーーこの恐竜は、背中の全体が船の帆みたいになっていて海に潜り、鰐みたいな顎で魚を食べる。

 モササウルスーーこの恐竜も海の王者と呼ばれて、体長16メートルという巨体で、長い首を伸ばして獲物の魚をとらえる。

 トリケラトプスーーは草を食べる恐竜だ。体長は9メートルと恐竜の中では小型だが、サイの先祖みたいな体形で頭に3本の角があり、時速50キロで草原を走って、獲物を倒す。

 プテラノドンーーこれは翼竜といって、翼があり、体長9メートルの巨体ながら空を飛ぶ。まるで飛行機みたいな動物だ。

 プラキオサウルスーーは、なんと体長25メートル、体重50トンという恐竜の中でも最大級だが、長い首を伸ばして食べるのは草だった。

 ステゴサウルスーーも草食恐竜だが、背中が骨板でゴツゴツになっていて、尻尾にも四本のトゲあり、これを武器にして肉食恐竜から身を守っていた。

 ギガノトサウルスーーは、ティラノサウルスと同じくらい巨体の肉食恐竜だが、腕がバナナくらいしかなく、強い足で立って草原を駆けていた。

 エラスモサウルスーーは首長竜で、体長14メートルに対して首が8メートル。その長い首で海を泳ぎ、魚を捕っていた。

 イグアノドンーーは、その名のとおり、大きなトカゲのイグアナにそっくりの体形で、おそらく先祖だと考えられるが、体長七メートルという恐竜だった。

 始祖鳥――は、化石が発見されて世界中に知られている太古の鳥。つまり、今の鳥の祖先。大きな翼を広げて空を飛び、体中が羽毛でおおわれていて、獲物を鋭い爪の足で捕らえ、鋭い歯の口で食べた。

 他にも、ワタルが満天の星空に見つけた恐竜の星座はいろいろに思い出されたが、切りがないと思い、途中で止めた。細い目をまん丸くして聞き入っていたショーマが、感心して言った。

「ワタル、おまえ、すげえなあ、いろんな恐竜を知ってるんだなあ。ワタルが見た満天の星空というのは、まるで宇宙に映し出された恐竜図鑑みたいな、アニメの映画を見るような、そんな面白い世界だったんだなあ」

「んだが。おらの想像にすぎなかっただが、星と星がつながり、その線から、いろいろな恐竜が描かれて、次々に夜空に現れていっただ」

「それはすげえ想像力だよなあ。なんてったって、七千万年前の地球を宇宙によみがえらせるんだからなあ。ワタル、もしかして、おまえ、恐竜の星座というものを、世界で最初に考えついた人間じゃないのか」

「それは大袈裟というもんだど、ショーマ」

「いいや、そうに違いないぞ、ワタル。おまえは、おれら普通の小学生とはちょっと違うなと、おれは思うんだよ。おまえは、もしかして、普通の人間にはない、超能力というものがあるのかもしれんぞ」

 ショーマは、ワタルに特別な才能が秘められていることに気づいたという興奮で声を震わせ、言った。一方、ワタルは冷静に答えた。

「確かにあの夜、おらは不思議な力に導かれとったでがんす」

「どういうことか、それは」

 ショーマは細い目をさらに細めて、ワタルの返答を待った。ワタルが一呼吸して言った。

「あの夜、おら、自分もこうやって死ぬんだと思っただ。ほんだが、恐竜の星座におらは救ってもらっただ」

 ショーマは息を殺して、聞き入った。

「ひとりぼっちで夜を過ごしたおらは、もしあそこで眠ってしまい、朝になったらば、凍え死んでしまっとったべな。雪山で遭難した人と同じようにな。だけんど、そうならんがったのは、満天の星空に恐竜の星座を描いていくことに夢中になって、それで朝まで起きとったおかげでがんす」

「満天の星空がワタルの命を守ってくれたということか」

「そんでがんす」

 ワタルは深くうなずき、言った。

「おらを満天の星空へ導いてくれたのは、光の鳥だった」

「あのティラノサウルスの眼ん玉になったという不思議な光だよな」

「そんでがんす」

「その正体は、北極星か」

「たぶん。おらもそう思うだ」

 ワタルは、心の画面を開いて、光の鳥が現れた天明寺妙見堂の出来事を再現し、想像力をかき立てた。

「あのとき、おら、妙見堂の中におって、光の鳥が生まれ出るところを目撃したが、あれは、妙見童子へ向けて、北極星が光の鳥を使わしたに違いねえだ。北極星という星は宇宙の光の神でがんす。妙見童子は、その神の光を受けて、北極星の化身となり、この地球の人間の守り神様になってきただ」

「うーん。宇宙というのは、人間にはまだ分からない不思議な怪奇現象とかいう力が働いているんだな」

「んだ。その宇宙の不思議な力を魔法というんだべ」

「そうか、魔法というのは、そういうことか」

「ほだから、あの天明寺の妙見童子は、あの夜、魔法使いになっただ」

「妙見童子は、魔法を使う神様なのか?」

「そんでがんす。妙見童子は北極星の化身だから、北極星の光を力にして、宇宙の不思議な現象を起こす、魔法の神様だど」

「神通力とかいう不思議な力があるよな。妙見童子の魔法も、そういうすごい神通力なんだろうな」

「んだべ。あの大津波の夜、ケンちゃんが流れ星になって、北極星へ飛んでいった。あれも、妙見の魔法の神通力だったでがんす」

「ということは、ワタル、もしかして、あの光の鳥とは、その正体は、ケンちゃんだったのか?」

 ショーマが想像力を働かせた。

「そんでがんす。ショーマ、よくぞ分かってくれたでがんす」

 ワタルはにっこりと笑みをショーマへ向けて放った。ショーマも得意気に笑みを返した。

「ワタルが死なずにすんだのも、実はケンちゃんの魔法のおかげだったのじゃないか」

「ほだよな。ケンちゃんの魔法としか言いようがねえと、おらも思っとるだ」

「きっと、ケンちゃんは、妙見の魔法使いという神様になったんだよ。いや、仏様だったかな」

「んだ。神様か仏様か、どっちだかわかんねえが、とにかく、妙見には、この地球と宇宙を結ぶ魔法があるんだと思うべな。その妙見の星に、ケンちゃんがなったんだべ、きっと」

「これは面白い話だなあ、ワタル。もしかして、そのケンちゃんの妙見は、ハリー・ポッターよりもすごい魔法が使えるのかもしれないな。なんてたって、スケールが宇宙だもんな」

「ショーマ。妙見のこと、知りてえだか」

「うん。知りたいよ。おれも魔法使いになれるなら、妙見様の弟子にしてもらいたいよ」

「それはちょうどよかった。ショーマ。今度の光法寺の寺子屋は前回の続きで、法蓮和尚が妙見のことを話してくれるはずでがんす」

「そうか。神様、仏様、妙見様、なにとぞよろしくお願いします」

 ショーマは立ち上がると、陽が沈む西の空へ向かって柏手を打ち、合掌した。その背後で、ワタルも笑みを浮かべながら目礼した。

 彼らの目の前を、モノレールが明かりを放ちながら、音もなく通過していった。 


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