第8話 千葉千年伝説勉強会

 日曜日の朝の光法寺に子供たちが集まってきた。法蓮和尚が広田町の天明寺に触発されてか、光法寺でも寺子屋を開くことにした。

 講座の名称は「千葉千年伝説勉強会」。なんともはや大風呂敷を広げたような大きな看板をかかげたものである。先日の星祭りでみんが歌って踊って盛り上がった「千葉千年伝説」にあやかったのは明らかだ。が、法蓮和尚は設立趣旨をこう述べた。

「千葉は千年の歴史ある町。まちづくりの基本は歴史にある。千葉は千年という悠久の歴史を受け継いでさらに未来へと発展していかなければならない。その千葉の未来を拓かんとする子供たち諸君とともに千葉千年の歴史を勉強することは、私のような高齢者にとっても、残された人生の何よりの生き甲斐になるだろう、と。ま、そういう熱い思いに駆られたしだいでな」

 ハルカの呼びかけで、真優、陽奈、千尋、沙織の「なでしこ組」の四人が参加した。みんな女子だが、最初は仕方ない、そのうち男子も加わるだろう、またいずれは、華太鼓のお姉さん、ストリートダンスのお兄さんたちも年齢を超えて参加するだろうと、法蓮和尚は気楽に考えていた。

「みなさま、おはようごぜえます。では、これから千葉千年伝説勉強会を始めますだ」

 本堂の瑠璃観音菩薩の前で、ワタルが正座して、子供たちに挨拶した。その脇に座る法蓮和尚。千葉千年伝説勉強会の最初の授業の先生は、なんと、ワタルだった。

「おらのご先祖様の千葉一族がなじょして岩手県の陸前高田へやって来たか。今日はこのお話をします」

 千葉駅の北口に千葉公園の緑が広がっているが、その林を背にして千葉市中央図書館が建っている。ここで、ワタルは寺子屋の授業のために勉強した。中央図書館の二回の奥に千葉の歴史に関する本を集めたコーナーがある。ワタルはその棚から目に止まる順に本を取り出し、窓辺の机で読んだ。そして、学習したことをノートに書きとめていった。

「今日のテーマは鉄でがんす」

「えっ、鉄?――鉄って、金属の?――」

 一番前でワタルと向かい合うハルカが訊いた

「そんでがんす」

 ワタルが答えた。

「その鉄がなんでワタルのご先祖さんと関係があるの」

 ハルカの疑問にワタルが答えるという形で進められていった。

「鉄の元は鉄鉱石だべ。岩手県には鉄鉱石の山が連なっとるだ。とくに一関市の周りの山は鉄鉱石が採れるだべ。そいで、この一関にまず千葉一族はやって来ただ。鎌倉時代の初めの頃でがんす」

 へえ、鎌倉時代の昔に、千葉の人たちが岩手県へ行っていたのか――。子供たちは初めて知る話にたちまち引き込まれていった。

「そうじゃ、あれは、奥州の合戦の時だったな」

 法蓮和尚がワタル先生を差し置いて、知識を披歴する。

 ――一関市に隣接して平泉という町がある。国宝の金色堂がある中尊寺で有名な町だ。平安時代、この平泉を拠点にして、東北地方に「藤原三代」と呼ばれる、京都の王朝とは異なる独自の黄金文化の国が築かれていた。その藤原三代王国の財力を成す資源が鉄や金の鉱山だった。

 「鉄は国家なり――という言葉がある。人類の文明の元は鉄なんだ。鉄をさまざまな道具に利用することで、人類は進化し、文明を発展させてきた。第一に戦争は何をもって戦うかといえば、武器だ。その武器はことごとく鉄で作られている」

 ――藤原三代は鉄で武器を作り、東北地方へ勢力を広げていった。その藤原三代を頼り、身を寄せた若武者が、源義経だった。義経は、兄の頼朝が挙兵し、鎌倉幕府を樹立したとき、源氏を率いて平家を瀬戸内海で滅亡へ追いやるという手柄をあげた。いわゆる源平の合戦である。しかし、鎌倉幕府樹立後、異母兄弟の頼朝と義経は仲違い。義経は頼朝に追われて、東北地方へ逃れた。東北地方にはあちこちに「義経伝説」が残されているが、歴史的事実としては、義経は京都王朝と対立する藤原三代の平泉に匿われたのである。

 それを知った頼朝は、平泉へ向けて兵を挙げた。いわゆる「奥州の合戦」である。この奥州の合戦で、千葉常胤の三男の胤盛が先陣を切って、義経を討ち取った。そして、「奥州千葉氏」を名乗り、藤原王朝滅亡後の黄金文化の国を統治した。

 法蓮の長い解説の後、再びワタル先生の出番が回ってきた。

「一関市に東山という町があって、そこに唐梅館という奥州千葉氏の城跡が今でも残り、お祭りが毎年おこなわれているだ。この唐梅館の下に流れる川の名前は砂鉄川というだ。たぶん、砂鉄がいっぱい採れたんだと思うべ。ここを拠点にして奥州千葉氏は東北各地へと広がっていっただ。その流れの一つが気仙千葉氏でがんす。気仙千葉氏は気仙川沿いに海へ向かって進み、太平洋岸へ出ていった。そうして築かれた町が陸前高田だべ。そこの海、広田湾を見下ろす高田山の上には、気仙千葉氏が築いたお城の跡があるそうだど」

 語るにつれ、ワタルは調子が出て、口はなめらかになっていった。子供たちは面白い歴史マンガのページをめくるようなときめきに駆られていった。ワタルは語りを続けた。

「千葉一族が地方へ進出していって町をつくったのは東北地方だけではありんせん。千葉市の開祖と目されている千葉常胤には六人の男の子がいたが、その六人の息子たちがそれぞれに日本各地へ移り、まちづくりをしたんだそうだっでば」

 また、法蓮が横から口をはさんだ。

「そうなんだよ。それを千葉一族の歴史の上では『千葉六党』、チバリットウと言っておるんだが――えーと、これのどこかに詳しく出ておったな」

 法蓮は小脇に置いた虎の巻をめくり、読み上げた。

 ――「千葉六党」とは、常胤を祖として、六人の息子、それにもう一人、出家して僧になった七男を加えて、それぞれに分かれていった次のような系譜をいう。

 長男・胤正の千葉氏=千葉の亥鼻城で宗家を守る。

 次男・師常の相馬氏=陸奥(福島)の相馬を継承。

 三男・胤盛の武石氏=奥州千葉氏を興す。

 四男・胤信の大須賀氏=仙台に勢力を興す。

 五男・胤通の国分氏=水戸、古河の常陸へ勢力を広げる。

 六男・胤頼の東氏=美濃の郡上八幡を興す。

 七男・日胤の円城寺氏=九州・佐賀に小城千葉氏を興す。

「千葉一族にはすごい大きな歴史が流れているのね」と、感心するハルカ。「まるで、大きな川の流れを遡っていくみたいなお話よね。それもたった一本の川だけじゃない。何本も日本各地に流れて、いったい、この日本にはどれだけの数の千葉一族がいるのでしょう」

 子供たちはあまりに大きな話にとまどうばかり。

「千葉に来て町をつくった一族が次にはもっと遠くへ出ていって、また新しい町をつくり、それが次々と広がっていって、そうして日本各地に町がうまれて、歴史がつくられてきているのね」

「そーなんだよ、ハルカちゃん。人間って、すごいだろう。文明文化を進歩させながら、歴史を重ねているんだよ」

 法蓮が答えて、この後の講座は法蓮とハルカの問答で回っていった。

「ホントに、そーだわね、ホーレンさん。ワタルくん一人だけでも、こーんなに大きな歴史が流れているんだもんね」

「そーなんだよ、ハルカちゃん。だけど、ワタルだけじゃないぞ。ここにいるみんなにも、それぞれに歴史が流れているんだよ」

「えっ、じゃあ、わたしにも」

「もちろん。人間、一人一人の全員にそれぞれの歴史が流れている。だから、人はそれぞれに尊い存在なんじゃ。ただ、その人間の歴史というものは目に見えないからな。だから、気がつかないし、わからない。だから、人は人を傷つけたりもする」

「じゃ、わたしの歴史がわたしに見えるようにするには、わたしはどうすればいいのかしら」

「さあて、それはどうすればいいかな、ハルカちゃん。自分で考えてごらん」

 法蓮はにんまり笑って、ハルカに問いかけた。

「・・・うーん、わかんない。ママはたこ焼き屋で忙しいし、お父さんはいないから、わたしの中に流れている歴史を教えてくれる人なんていないし」

「わかんないから、考えるんだよ、ハルカちゃん」

「考えれば、見えてくるの? 歴史が」

「そーだよ」

「・・・わかんない、考えれば考えるほどわかんなくなるような気がする」

 首をかしげるばかりのハルカへ、またにんまりと笑顔を向ける、法蓮。

「そうか、じゃあ、ハルカちゃん、考えるヒントというものをあげようか」

「うん、ちょうだい」

「あのな、人間というのはだな、魂というものを持ってこの世に生まれてくるんだよ」

「タマシイ?――」

「そう。人間は、血と魂でできておる。肉体と精神というようにな。血は、切れば赤い血が流れるから見えるが、魂は、見えない。しかし、見えないその魂こそが、歴史なんじゃ。この魂に先祖代々の歴史が詰まっておる。いわば、歴史の缶詰みたいなもんじゃな」

「缶詰? 缶詰って、サバの水煮とかイワシの蒲焼とかの?」

「そう。さすが、ハルカちゃんだ。飲み込みが早い」

「はあ、まだわたし、さっぱりなんにもわかってないんだけど」

「分かるのはこれからじゃ。いいかね、その歴史の缶詰のような魂というものを人間は一個ずつ持っていてな、その歴史の缶詰の蓋をパカンと開けると、出てくるのがーー、何かな、ハルカちゃん」

 また法蓮はハルカに考えさせた。

「缶詰の蓋を開けたら、サバの場合は水煮とか、イワシの場合は蒲焼とかなんだけどなァ。歴史の缶詰となるとーー、あっ、わかった、昔の偉い人の顔写真」

「ん、写真?――それはまた突拍子もない発想だな、ハルカちゃんらしい答えだよ。でもな、それじゃ、まるで手品みたいだよな」

「そうよね」と、ハルカ自身、思わず吹き出してしまった。「もし、そういう手品があったら、みんなびっくりたまげた玉手箱よね」

「ん、玉手箱?――」

「そう、浦島太郎が竜宮城から持って帰った玉手箱よ」

「こりゃまたハルカちゃん、面白い方向へ発想を飛ばしたもんだな」

「あのお話、『まんが日本昔ばなし』で読んだけど、結局、玉手箱から出てきたのは夢だったっていうことなのよね」

「おおっ、ハルカちゃん、ご名答だよ。その夢というものなんだよ、歴史の缶詰の中に入っているものは」

「夢?――ということは、歴史の缶詰みたいなものが人間の魂とすると、その中身はまた夢みたいなもので、つまり、夢とは魂から生まれてくるーーということを、ホーレンさんはおっしゃりたいの?」

「そーなんだよ、ハルカちゃん、よく気がついたね。さすが、ハルカちゃん、頭がいいなあ」

 法蓮がにんまりとハルカの頭をなでると、ハルカは首をすくめてペコちゃんみたいな笑顔を返した。

「夢は未来、魂は歴史。未来は歴史から生まれてくる。だから、未来を見つめれば歴史が見えてくる――と、こういうわけなんだ」

 法蓮の禅問答に、ハルカも子供たちもみんな、ポカン。ただ一人、ワタルにあっと思い浮かぶことがあった。

「そんだらば、法蓮和尚、もしかして、その歴史の缶詰の魂とは、前に和尚が話してくれたDNAのことだちゃ?」

「おお、さすが、ワタル、ご名答だ」

 法蓮、今度はワタルへ向けてにっこり。それを見て子供たちは不満顔になった。

「なーんだ、ディーエヌエーのことか」と、ハルカ。

「ワタルくんには千葉一族のDNAが流れているとか言っていた、あのディーエヌエーのことなのね」と、マユが。

「だったら、最初からディ―エヌエーって、言ってくれればいいのにねえ」と、チヒロも。

「まどろっこしい、長ったらしいお話するから、分かんなくなっちゃうのよ、ねえ」と、サオリまでも。

 そんな口うるさい子供たちでも、法蓮にはかわいい。

「そうか、そうか、みんな、わかっていたか。いい子だ、いい子だ、みんないい子だよ」

 法蓮、相好をくずして子供たち全員の頭をなでて回り、なで終わったら、おやっと立ち止まって、廊下側の障子へ視線を放った。

「おやおや、もう一人、いい子が来ておったのか」

 障子に人影が映り、隙間から片目が覗いている。

 サーーと、勢いよく法蓮が障子を引いた。

「アッ」と、声を発するや、人影は小さな身をひるがえしてネズミみたいに逃げ去った。

「ショーマ!」 

 ハルカが廊下へ飛び出し、叫んだ。ワタルはびっくり。

「ショーマが来とったが?」

「そうよ。ショーマったら、廊下で盗み聞きしていたんだわ」

 子供たちはざわついた。

「盗み聞き? ドロボーなの?」「スパイよ」「忍者かも」

 法蓮の考えは違った。

「感心な子だなあ。廊下に座り込んでまでして勉強するとは、なんと向学心に燃えた子なんだ。ハルカ、次はそのショーマくんとやらをこの勉強会に連れてきなさい」

「はい。わかりました。法蓮和尚」

 ハルカは座りなおしてお辞儀し、やっと正しい名前で法蓮和尚に答えた。


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