第6話 「銀河鉄道の夜」の星祭り

 6月1日――。この日が、千葉市の誕生日である。

平安時代後期の大治元年(1126年)、千葉常胤の父・常重が現在は千葉市緑区の大椎(おおじい)から亥鼻に館を移し、「千葉荘」(ちばのしょう)と呼ばれていた現在の千葉市中央区一帯を領地として、「千葉介」(ちばのすけ)を名乗り、統治した。その始まりの「開府の日」が6月1日と、昔の千葉の歴史を著した古文書に記されている。

 この「開府」――千葉市の誕生をお祝いして、6月の最初の土曜日の夕べ、光法寺で星祭りが催された。

 それより前、5月の第3日曜日に吾妻小学校の運動会が開催されたが、今回は「五年生の組体操は中止」となったため、いまいち盛り上がらないままに終わった。

 五年生たちのワタルに対するシカトはさらに陰湿になっていった。ハルカやなでしこ組を除くみんながワタルを無視。近くに寄れば「チビチュー」とののしり、逃げる。リョースケやショーマにいたっては、休み時間にワタルを捕まえて、ズボンを脱がせようとかかり、はやしたてた。

 元気をなくして暗くなるばかりのワタルを法蓮夫妻は心配して、星祭りを企画したのだった。そして、ハルカに提案した。

「それはベリー・グッド・アイデアですこと、ホーレンさん」

 ハルカは二つ返事で協力を引き受けた。さっそく行動開始。なでしこ組に協力を求め、「アケミおばちゃん」こと自分の母の明美にも応援を頼んだ。

星祭りの当日、光法寺境内に『ちばたこ』のイベント出店用テントが張られ、テーブル、ベンチが設置された。「たこ焼き無料サービス」と、これをキャッチコピーにして、なでしこ組が吾妻町内に宣伝してまわった。

 夕方5時、法蓮が鐘楼に上がり、ゴーンと鐘を突き、開演。

「それではみなさまお待ちかねでした。ただいまより、千葉市のハッピーバースデイをお祝いする光法寺星祭りを開催いたします」

 ハルカの開会宣言で、法蓮があわてて鐘楼から降りてきた。が、本堂正面に立つより早く、ドドドドンドンといきなり「華太鼓なでしこ組」の和太鼓演奏が始まった。

「おいおい、ハルカちゃん、主催者の挨拶がまだじゃないか」

 法蓮がハルカに向かって口を尖らせた。

「ホーレンさん、今夜はワタルくんを励ます会でもあるので、子供たちで進めさせていただきます」

「じゃあ、私の出番は」

「ありません。たこ焼きでビールを飲んでいてくださいな」

 ハルカはそれだけを言うと、自分もなでしこ太鼓の中に加わっていった。赤い法被、頭に豆絞り。眉を描き、紅を差している。女の子とばかり思っていたが、粋な女の香りを匂わせているではないか。

「さすが、たこ焼き屋の娘だなあ、いい度胸をしとるよ。末恐ろしいぞ、あのハルカという子は」

 あっけにとられた面持ちでつぶやく、法蓮。

「あなた、今夜はあの子たちに任せましょう。私たちもお客さんになって、たこ焼きをいただきましょうよ」

「せっかく星祭りについて話してあげようと思って予習しておいたのに、しょうがないなあ、まったく」

 早苗さんになだめられて、法蓮は苦笑を浮かべつつ、境内に並べられたベンチの端っこに腰を下ろした。

 ドドンドドン・ドンドンドン・ドドドンドドドンドドドン・ドンドンドン・・・

 なでしこ太鼓の演奏が快調にリズムを刻み、テンポを上げ、熱気がぐんぐん高まっていく。いつの間にか、境内はベンチが足りないほどに子供たちと父兄たちでいっぱいになった。リョースケもショーマも来ている。「たこ焼き無料サービス」に釣られて来たにちがいない。

 トトトトン。演奏に一区切りつき、「ヤーッ」と、黄色い掛け声もろとも撥で天を突き、なでしこ組が見得を切る。その撥の方向を子供たちが一斉に見上げた。

「あっ、一番星だ」

 だれかが叫んだ。

「どこに?」

「ほら、あそこ、あそこ」

「あっ、ホントだ。見えた!」

 空は茜の夕焼け。その西の方角に一点、ピカリとまたたく星。その光がみるみるくっきり輝きを増し、光法寺は紫色に染められていった。

 ライトが点灯。しかし、明かりが灯ったのは本堂の廊下だけ。そこが舞台になって浮かび上がり、下手より、白い開襟シャツの小柄な男の子が現れた。

「あれっ、チビチューじゃないか」

 ショーマが声を上げた。

「ほんとだ。あいつが、何をやらかすってんだよ?」

 リョースケも気づいた。が、その声は拍手にかき消された。

「では、これから、私たちの町、千葉の歴史の研究発表を行います。報告するのは、この春、新しく千葉市民になったばかりの千葉航くんです」

 影アナのハルカの声でワタルがみんなに紹介された。

「千葉航です。ぼくは岩手県の陸前高田市から千葉市へ来て、4月から吾妻小学校の五年生になりました。これから、千葉の歴史について学んだことを発表します」

 あれっとショーマは思った。

「今のチビチューの言葉、あれ、標準語だよな」

「そんだな。いつの間に、あいつ、ズーズー弁が直っちまったのかよ」

 リョースケも不思議がった。

 ワタルの発表は、原稿の朗読だった。しゃべり言葉は方言でも、朗読は標準語で大丈夫だ。広田でも、授業ではそうだった。教科書を読むときは標準語だった。だから、まず作文にして、それを朗読する練習をやれば、方言を直せるはずだ。方言が直れば、みんなからもう笑われなくなる。ワタルは自己流の方言克服法に気づき、星祭りで発表に挑戦することにしたのだった。その作文は、千葉市郷土博物館で学んだ千葉の歴史のはじまりを要約することにして、そのために、ワタルはこの一週間というもの、郷土博物館でもらってきた資料に首っぴきで夜中まで机に向かった。

「千葉一族の祖先は、系図によれば、第50代の桓武天皇に始まるのだそうです。桓武天皇のひ孫の高望王(たかもちおう)が下総の国に赴任して、そのまま残り、平(たいら)という姓を名乗った。それが平家の始まりであり、また、その子孫の流れが千葉という地域を治めたことから、千葉一族が生まれたのです。ということは、千葉氏の祖先は実は平家でした」

 ワタルは直立不動で朗読を続けていった。

「この下総の国に房総半島の上総の国と安房の国が合わさり、現在の千葉県になりました。が、下総の国では、平高望の後を継いだのが四男の平良文でした。良文は乱暴者だった長男の国香(くにか)を染谷川の合戦で倒して、国司となり、下総を治めました。

 その良文から数えて5代目の常兼が現在の千葉市緑区の大椎(おおじ)という所を拠点にして、千葉介(ちばのすけ)、つまり、今でいう県知事のような地位につき、下総の半分ぐらいの地域を支配。さらにその子の常重が千葉介を継いで、千葉荘という現在の千葉市周辺地域を開発するとともに、亥鼻山に拠点を移しました。その常重の子が千葉常胤です。

 その頃、平安時代も末期になり、武士が台頭して平家と源氏が勢力を争う保元・平治の乱が起り、平清盛が勝利して京の支配権を握り、平家の時代が始まろうとしていました。それに対抗して、立ち上がったのが源頼朝でした。頼朝は最初は伊豆で挙兵し、石橋山の戦いに挑んだが、失敗して、船で逃げました。その船が漂流して流れ着いた所が房総半島でした。

 頼朝は下総を支配する千葉常胤を頼り、常胤もまた京の王朝を倒そうとする頼朝を支援。頼朝は常胤を軍師として仰いで、この千葉から再び立ち上がり、源平の合戦で勝利。そして、鎌倉幕府が開かれて、その結果、平安時代という公家の政治に変わり武士による政治が始まるという新しい歴史の扉が開かれたのです――」

 ここまでで、ワタルの朗読は終わった。

「へっ、なんだよ、チビチューのやつ、原稿を読んだだけじゃねえかよ、へへへ」

 リョースケが鼻先でせせら笑った。

「これでぼくの発表を終わります」

 ワタルは、ペコリとお辞儀をして、廊下の奥へ下がっていった。その小さな後ろ姿に向けて、再び太鼓の轟きかと思うほどに大きな拍手が送られた。

「チェッ、読むだけだったら、テレビのニュースのアナウンサーと同じじゃねえかよ。なあ、ショーマ」

 リョースケが耳をふさぎ、拍手に不満な声をショーマに放った。

「うん」と、ショーマはうなずいたものの、「だけどよ、リョースケ」とひそひそ声をリョースケに返した。

「なんだよ、ショーマ」

「今、チビチューが読んだ原稿、あれ、漢字だらけみたいだったな」

「だからなんだよ」と、リョースケはそれがどうしたという顔をした。

「おれだったら、カミカミに噛んじゃうところだよ。なのにチビチューのやつ、一回も噛まなかったよなあ」

 ショーマは妙に感心。リョースケが首をひねり、ショーマを見た。

「おまえ、いやにチビチューに肩を持つじゃねえか。どうしたんだい」

「だって、チビチュー、千葉に来たばっかなのに、おれも知らない、初めて聞くような千葉の歴史を詳しく話してたぜ。いつの間にそんな勉強をしたんだろうな、あいつ」

「だからなんだってんだよ。おい、ショーマ、おれ、もう帰るぜ」

 リョースケはプーとむくれて立ち上がり、食べかけのたこ焼きをゴミ箱に投げ捨て、境内から出て行った。ひとりになったショーマもつまらなさそうに席を立った。 

 二人が言い合っているあいだに、境内には弦楽の音色が流れていた。その音色はバイオリンでもない、ビオラでもない、チェロでもない、何だろう――みんな、判然としない顔で、耳を傾け、聞き入った。

 空気が揺れる。風が流れる。木々の葉擦れが戯れる。それらの雑音も心地よい伴奏にして、弦楽の音がコンチェルトを奏でた。

 弦楽は、馬頭琴だった。美炎(みほ)が演奏する『ポラリス』(北極星)である。

 ハルカは、会場に流すBGMをどうするか、考えたが、思いつかなく、華太鼓のお姉さんの平野愛理に相談した。「これが面白いわよ」と、愛理が一押しの薦めで貸してくれたCDが美炎の馬頭琴だった。

 美炎――なにやら中国人みたいな名前だが、れっきとした日本人、しかも千葉市民で、花見川区に住んでいる。全国各地でコンサートを開いているが、千葉市の市民会館やコミュニティセンターでも気軽に演奏する。千葉市応援市民歌踊祭『千葉千年伝説』というステージが市民会館大ホールで開催されたとき、美炎も出演。『ポラリス』という曲は、『千葉千年伝説』から北極星をイメージして作られ、このときに初めて演奏された。

 愛理が馬頭琴を聞いたのも、この『千葉千年伝説』のときが最初だったが、宇宙や大自然を想像させるようなスケールの大きな弦楽の音色にたちまち引き込まれてしまった。

 彼女は、華太鼓のメンバーだが、『ちばたこ』でバイトしながら高校に通い、将来は芸能界で活躍したいと夢見ている。千葉市応援市民歌踊祭で『千葉千年伝説』と題する舞踊と馬頭琴のコラボが上演されたが、その踊りの輪の中に彼女も出演していた。ぶっつけ本番で馬頭琴に合わせるという荒っぽい出演で、無我夢中に舞い、踊るしかなかったが、でも、とても楽しい体験だった。

 馬頭琴は、次に予定しているメインの演目までの「たこ焼きタイム」のBGMとして流されたのだが、父兄も子供もたこ焼きを頬張りながらも耳は美炎の演奏にとらわれていた。

 曲は、『風の馬』へ、さらに『翼のある馬』、『龍は嵐を呼び天に昇る』へと続いた。

 本堂の和室で、出演を終えたワタルも座り込み、馬頭琴に耳を澄まし、聞き入った。その心に、自信という力が沸き上がってくるのをしっかりと感じて、ワタルは涙ぐんだ。熱い感動に体中が震えた。

 馬頭琴は『スーホの白い馬』で終わった。

 夜のとばりが下り、星祭りはいよいよクライマックスにーー。

祭ばやしのようなにぎやかなサウンドがはじけた。再びなでしこ太鼓が地響きを立てた。同時に、本堂の明かりがパッと灯された。本堂内部は障子に隠されていたが、その障子に人影が映り、影絵のように乱舞。シャンシャンシャン、シャンシャンシャン。鈴が鳴らされ、障子が引かれると、法被の踊子たちが踊り出た。華太鼓のお姉さんたちだ。今夜は踊子で出演。センターは、愛理。

 愛理が縁側から境内へ飛び降りた。お姉さんたちも続いた。さらに境内の四方から、お兄さんたちが現れ、踊子に加わった。

 お兄さんたちは、愛理の友達で、ストリートダンスのチームのメンバーだ。深夜、ハミングロードと千葉銀座通りが交差する中央公園にどこからともなく集まり、オリジナルだがEXILE系をコピーしたようなダンスを練習している。

踊子たちは輪になって広がり、踊りはじめた。千葉市応援歌『千葉千年伝説』の輪踊りだ。


 千葉万葉 蓮の池 羽衣天女 舞い降りて 千年浪漫の花が咲く

 亥鼻の山 都川 頼朝支え 立ち上がる 天馬の若武者 勇ましく

 陰陽(おんみょう)の都(まち)千葉の宮 祭られ守る 妙見は 北極北斗の星の神

 蒙古襲来 迎え撃つ 千葉氏天馬団 巻き起こす 妙見妙法の神風を

 相馬の野馬追 南部駒 千葉の一族 誇りあり 絆千年 夢一つ 夢一つ


 この歌と踊りは千葉市応援市民歌踊祭『千葉千年伝説』が市民によって上演されたとき、テーマソングとして作られ、発表された。元歌は明治時代の古謡『鎌倉』である。『鎌倉』は作者不詳で著作権がない。そこに、市民歌踊祭のプロデューサーが目をつけ、歌詞を『千葉千年伝説』に改めた。

「これを歌えば、たった三分で千葉の歴史が分かる」

 プロデューサーは、高齢者が「歌の力」で活性化を図ることを活動目的にする市民団体のNPO法人うたともクラブを率いているが、会員たちにそう言って、『千葉千年伝説』の歌と踊りを仕込み、市民歌踊祭の舞台に上げた。それを子供たちにも広めたいと、明美へ相談を持ちかけた。

 そういういきさつで、『千葉千年伝説』輪踊りが華太鼓に伝承され、うまい具合に、この星祭りがお披露目となった。

 宵闇のなか、境内は『千葉千年伝説』の輪踊りで熱狂に包まれた。子供も大人も次々に立ち上がり、輪踊りに飛び入り。

「ワタルも入りな」

 ハルカに誘われ、ワタルも輪踊りに加わった。見よう見まねで踊った。

 踊りの輪は二重三重に広がった。歌が繰り返され、参加者全員で『千葉千年伝説』輪踊りを楽しんだ。笑顔、笑顔、笑顔。どの笑顔も、汗びっしょり。


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