第8話 契約
8.契約
神鬼となったそれが、真耶を狙って大きく手を振りかざした。
その腕の先は刃物のように鋭く尖っている。
危ないっ、と蛍が叫ぶと、呆然とする真耶を突き飛ばして宗司が切っ先を避けた。だが、わずかにかすった制服の袖が裂け、瞬く間に血が滲んだ。
「宗ちゃん……っ!」
「いいから、おまえたちは逃げろ」
すぐさま襲ってくる神鬼に対して、宗司も応戦するのが精一杯だ。
蛍と直澄に至っては、力を持たないため戦力外だ。
あとは真耶の力に頼る他ない。だが、その真耶の力が神鬼に狙われているとなれば、蛍たちには一旦態勢を整える必要があった。
「……くそっ!」
「宗司くん! 大丈夫!?」
壁際まで吹き飛ばされ、宗司はしたたかに背を打ちつけた。
真耶が結界で動きを止めている間に、蛍が駆け寄って助け起こす。
二人の前に直澄が立った。
「宗司、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「んだよ、こんな時にっ」
「姫さまの守護役になって後悔したことはないの?」
「……おまえ、今それをオレに聞くのかよ」
渋面で直澄を見上げる。だが、相変わらずの無表情で感情は読めない。
「僕は宗司たちと違って、役目もなければ力もない。大人の思惑の外にいる。だから、自分の好きなようにやらせてもらう。ここは僕の大事な学園だ。僕の居場所だから」
それは紛れもなく直澄の偽りない本心に思えた。
「ここはもう私にだって大事な場所だよ」
まだ過ごした時間は短い。それでもここで新しい友達が出来て、本家に呼び戻されてからの蛍にとっては、他のどんな場所よりも大事だった。
蛍の言葉に直澄がわずかに目を細めた。宗司に問いかける。
「うちの妹のバカな後始末、手伝ってくれる?」
「言われなくても。これはオレの不始末でもあるんだぞ」
じゃあやろう、と手を差し出した。宗司がその手を取って立ち上がる。
「アイツは、ここで退治する」
二人の目線の先には、真耶の結界を破ろうとしている神鬼の姿があった。
真耶が一歩、二歩と後ろに下がり、苦しげな声をあげる。
「駄目っ、もう破られる……!」
神鬼が醜い金切り声をあげて結界に斬りかかると、ついにそれが破られた。衝撃に飛ばされた真耶の体を宗司が受け止める。
こちらに向かって神鬼が大きく太刀を振るった。蛍たちは四方に飛びのくことで、かろうじてそ一撃を避けた。教室の壁や床に穴が空き、窓ガラスが一斉に割れた。
「宗司、真耶と時間を稼いで。一旦、二手に分かれる」
「あ、おまえら……、おい待てっ!」
ちょっと、と戸惑う蛍の手を取って直澄がいきなり走り出す。
神鬼から見えなくなるまで遠ざかって、教室に逃げ込んだ。
そこで蛍は直澄の手を強く振りほどいた。
「怒ってるの? 大神さん」
「だって、これじゃ二人のこと見捨てたみたいじゃない……っ」
「大丈夫だ。真耶と宗司の二人だけなら、足手まといの僕らがいないだけ、自分の身を守ることに集中できる」
「そんなこと言っても……」
「それに神鬼が真耶を狙っているなら、宗司が守った方が安全だ」
直澄は淡々と客観的な事実を述べた。
動転している蛍でも、それが正しいことは何となくわかる。だが、納得はいかない。
「じゃあ、私たちはどうすればいいの、二人を早く助けないとっ」
「それは今考えている」
直澄曰く、学園を覆う結界の中にある今、この結界が破られたらあの神異は間違いなく生徒を襲う。そうすれば、学校の一般生徒にも被害が及ぶかもしれない。
(千鶴や沙穂たちまで危ない目にさらすなんて、絶対出来ない)
「そうだ! 颯さんなら、もしかしたら……」
「さっき考えたけど、駄目だ。間に合った僕らと違って、颯はこの結界の内にいない。学園全体を覆う結界の強さは、三峰が編み出した術式でもトップクラスだ。いくら颯だろうと、そう簡単に上書きできない。時間がかかりすぎる」
「じゃあ誰か、別の人に助けを求めて……」
しっ、と唇に指を当てられる。
「少し黙ってて」
直澄は口元に手を当てると、深く考え込んだ様子だった。
時折何か呟いては、自問自答を繰り返している。
蛍はやきもきしながら待っていたが、何もできない無力な自分に嫌気が差してきた。
(私はいつも守られてばかり、何の役にも立ってない)
そう思うと、足手まといという言葉が重く心にのしかかった。蛍にも特別な力があれば、こんな風に守られる必要はないのに、そうでないことが悔しい。
(守る力があればいいのに、私にも、そんな力があれば……)
「私にも何かできることがあればいいのに」
ぽつりと呟くと、直澄がハッと何かに気づいたように瞠目した。
「うちの一族はよそとは少し違っている。同じ血族にしか力は現れないんだ」
「直澄くん、それ今の状況と関係があるの」
「この土地に深く結びついているんだ。この地を守る者として」
「この地を、守る者?」
「たぶん、解決の糸口は見つかった」
「本当っ?!」
声を弾ませた蛍が期待に満ちた瞳で見つめる。
「とりあえず、宗司たちと合流しよう。ちょっと君から宗司に連絡してみて」
「でも、ここは普通の場所じゃないのに携帯が繋がるの?」
「いいから掛けてみて。強く念じるんだ。宗司自身をイメージして」
(宗司くん、お願い、繋がって。無事でいて……)
言われるまま携帯電話を取り出して、祈るような気持ちで宗司に電話をかけた。すると、コール音がした。そのことを不思議に思いながら、宗司が出るのを待った。
通話中になったので呼びかける。
「宗司くん、聞こえてる?」
「おまえは、何でオレにちゃんとついて来ないっ……!」
「そっ、そんなの、もうっ、今それどころじゃないじゃないっ!」
売り言葉に買い言葉で言い返す。直澄が貸して、と蛍から携帯を受け取ると、そのままスピーカーボタンを押した。
「姫さまは僕と一緒だ」
「おまえたち、今どこにいるんだよっ」
「それよりまず宗司たちが今どこにいるのか教えて」
「……くそ、北校舎の廊下で応戦してる。真耶のおかげで、奴の動きは一旦止まった。だけど、あいつ、オレからの攻撃で受けたダメージを回復しようとしてる。しかもだんだん強くなってくみたいだ。このままじゃまずい、結界を破られかねないぞ」
「つまり、今の二人が相手でも厳しいってことだね」
どうする、と宗司が焦りと募らせている。
「そっちに彼女を向かわせる。一度だけチャンスを作るからそこで討て」
「バカ野郎、おまえみたいな奴に出来ることなんて……っ」
「前から思ってたけど……、必要以上の悪態はかえって宗司がバカに見えるよ」
「んだとっ、直澄、てめえっ!」
直澄は真剣な表情で重々しく告げた。
「彼女と契約を交わせ、宗司。僕らの力は土地神の力なんだ」
電話の向こうで戸惑う真耶の声があがった。
「どういうことなの、兄さま」
「――後で説明しろよ」
宗司はそれだけ言って納得したようだった。
屋上に向かった直澄と分かれて、蛍は足早に宗司たちの元へ向かった。
移動するにつれ、禍々しい気配に肌が粟立ち、自分がそれに近づいているのがわかる。蛍は緊張しながら、それでも合流予定の校庭を一心に目指した。
「直澄の奴、本当に何か考えてるのか?」
現れた蛍に対して、宗司はひどく疑わしそうにそう言った。
「……たぶん」
「おまえに聞いたオレがバカだった」
ひどい、と蛍は憤慨して宗司をにらんだ。途中で手に入れたのか、その手には竹刀がある。だが、その姿は制服は至るところが切り裂かれ、目を覆いたくなる有様だ。
そっと視線を逸らすと直澄の携帯電話にかけた。
「合流できたよ。真耶ちゃんは、校庭の真ん中にいる」
わかった、と直澄が応じた。
その途端、ぴんと空気が張り詰める。屋上から一筋の光が空へと昇って行く。それは花火のように放射状に光の矢となって広がった。
「これが三峰の秘策ってことか……」
「結界はある意味、システマチックだからね。僕にも起動するくらいなら出来る」
秘策と呼べる程じゃないけど、と直澄が答えた。
「これから学園全体を覆う結界の術式を変更する。これは非常手段だ。結界は校庭と北校舎の一部だけに、真耶の役割はその要として再構成すること。神鬼がこれ以上力をつける前にこの空間に封じ込めるのと同時に、その囮になってもらう」
「ちょっと、それどういうことっ? 真耶ちゃんを囮にするって……!」
蛍が聞いてないと驚くが、宗司は察したようだった。
「おまえたちは、それでいいんだな」
少し離れた場所にいた真耶は落ち着いていた。再構成の術式に集中している。
直澄だけでなく、真耶にとっても三峰学園は守りたい場所なのだ。
「チャンスは一度きりだ。今度こそ真耶を取り込もうとして、あいつは真耶を襲うだろう」
「校庭に逃げ場はないぞ」
「だけど、これ以上の戦闘はこちらが疲弊するだけで勝ち目はない」
わかった、とそれ以上何も言わずに頷いた。
「来ます――っ!」
真耶が叫ぶと、一気に場の空気が変わる。地響きに足下が揺らいだ。
大の大人よりも一回り増して、重い体をひきずるように神鬼が渡り廊下に現れる。その体のあちこちに現れた眼が、ぎょろりと探るように蠢く。
それが一瞬にして、校庭の真耶を捉えた。
(……来る!)
身構える間もなく、一気に跳躍して距離を詰めて来た。
「くそっ、雪! こっち来い!」
宗司の呼びかけに応えて、雪之丞が竹刀を覆うと一振りの太刀へと姿を変えて、神鬼をなぎ払った。一撃は浴びせたが、すぐさま神鬼は校庭の端へと距離を取る。
仕留め損ねた、と宗司が舌打ちした。蛍はそこではたと気づいて問いかける。
「でもさっきの契約って、具体的には、どうすればいいの……っ?」
「契約は守護役の宗司が知るところだろう」
宗司が動きを止めて、沈黙がした。
「……、オレが知るかっ!」
すがるように視線を向けられた宗司がうろたえる。電話の向こうで、そっか、と落ち着いた声がした。直澄はこの段になっても、誰よりも平然としている。
「おまえら、そこが一番大事なところだろう!」
「自分だって知ったかぶりしたくせに! それって逆ギレだから!」
逆ギレって言うな、と宗司がちゃぶ台をひっくり返しそうな勢いで吠えた。
「大神、聞こえてるか?」
うん、と耳に当て直すと、蛍は続きを待った。
真耶の式が神鬼を食い止めている今しかもう猶予はない。ここでもし真耶が取り込まれたら、蛍たちには真耶を助ける術がない。
「本来、この携帯は結界の中で誰にもかけることはできないはずなんだ」
「いいから早く結論を言ってよ……っ」
「つまり君は僕と話す意思を持って、この場に干渉して影響を及ぼしている。携帯電話はあくまで意識の上で、君の力を引き出す道具になっているに過ぎない。僕と違って、君には力がある。本家の血筋なら真耶より上だ。君ははじめから選ばれた存在なんだ、だからこの土地に眠る力だって、きっと引き出すことができるはずだ」
「そんなこと、色々急に言われたってわかんないよっ」
「わかるはずだ、君なら。どうすればいいのか」
(だってそんなの……、どうすれば……)
「二人とも早く、もう私の式じゃ、留めておけない……!」
見れば真耶の式が捕まり、神鬼が真っ赤に裂けた口に放り込んだ。力を取り込むと同時に、その輪郭がまだらに波打つと、さらに巨大化して襲いかかる。
傍から見ても明らかに真耶が劣勢に追い込まれている。
「時間がないぞ。とにかくやるしかない」
(私に力があるのなら、それを使うことができるなら)
吹きつける風に髪を煽られながら、蛍は宗司と向き合った。
「黙って守られるだけなんて嫌なの。もう怖いのは嫌だし、私を守って宗司くんが傷つくのは嫌だし、こんな風に誰かが傷つくのは見たくない」
宗司の眉がぴくりと動いた。
異論はあるのかもしれないが、それでも黙っていた。
自分の強い願いを自覚した途端、蛍は内側から不思議な熱が体を満たすのを感じた。
何かが次から次へと自分の内から溢れだしてくるような感覚。
蛍の意思や願いに答える力の気配が確かにある。
「だから、お願い、一緒に守って」
蛍と宗司の瞳に互いが映り込んでいた。
「守る力を私に貸して」
「わかった」
宗司が答えた。
その瞬間、眩い閃光が辺りを包んだ。宗司が己の手を驚いたように見つめる。
(――あれは、)
刹那、藍色の双眸が真っ直ぐに蛍を捕らえた。
ほとばしる光の中にあってしばし呆然としていた。
「ねえ、もしかして私たち、ちゃんとうまく契約できた?」
「これが、……土地神の力なのか」
宗司の内なる変化に気づいたのか、神鬼がぎょろりとその眼を動かした。真耶から宗司に狙いを変える。宗司くん、と蛍が注意を促した。
「心配されなくても、これなら負ける気がしねえ……っ」
自信に満ちた笑みが口元に浮かぶ。雄叫びをあげて、宗司は神鬼へと突っ込んでいった。
「土地に縛られているのは、人なのか、神なのか」
直澄はその様子を屋上から見つめて、小さく零した。
「よかった、ちゃんとうまくいったよ!」
神鬼を上回る力でもって、宗司が圧倒し始めた。
浴びせる一太刀の威力は先程よりも増し、本体からちぎられた体が消滅する。取り込んだ負の力を失って、徐々に神鬼は弱体化していく。
「――宗司は、僕らの中でも特別なんだよ」
え? と蛍が電話越しに聞き返した。
「守護役とはそういう風に育てられるからね。そういう仕組みがあるんだよ。結界と同じだ、システムと言い換えてもいい。選ばれた存在がいるなら、一方でまたスペアが存在する。そして、それを維持していくためには、そのための役割がまた存在する」
どういう意味か蛍が尋ねるより先に凄まじい風が吹き荒れ、その意識が逸らされた。
「何、すごい、風が……っ!」
「もう少し君とは話をしてみたかったけれど、残念ながら時間切れみたいだ」
声が乱れて、そこで通話は途切れた。
直澄は携帯電話を下ろすと、フェンスに背を向けた。
「木の葉は森に隠せと昔から言ったものだけど、最初は気づかなかったんだ」
そこにいた人物に視線を向ける。
予想通り、返される答えはない。はなから期待してもいない。
「大神一族には異能の力が多い。それゆえ、その中に本当に異質な存在がいても、みんな気づかない。その力ではなく、その存在こそが仕組まれている」
強く吹きつける風に煽られて、冷めた眼差しのまま颯は不敵に笑った。
契約を交わして解き放たれた宗司の力によって、学園が眩い光に包まれていった。
渾身の一撃が、神鬼の中心を貫いた。
断末魔のような奇声をあげて、神鬼は宗司に覆い被さるようにドッと広がった。
だが、その一瞬を最後に全てが宙に消え去った。
「終わった、の……」
ぽつりと呟いて、蛍はへなへなと地面に座り込んだ。
校庭の中心ではまだ風が渦を巻いて、やがて跡形もなく消えた。
「どうにか、終わったな」
同じように座り込んだ宗司は、両腕を広げてそのまま大の字になった。その横を雪之丞が心配そうに鼻をすりよせていた。
「ごめんなさい、宗ちゃん」
肩を震わせて、真耶が手で顔を覆った。
(……真耶ちゃん)
この出来事は真耶にとっても誤算の連続だったのだろう。
真耶の手の内で事は収まるはずだったのだ。それが宗司たちの乱入と、神異に起きた異変で真耶の計画が全て狂った。
何よりあの神鬼は、真耶の制御を越えて、その存在ごと取り込もうとした。正直なところ宗司たちが駆けつけていなければ、蛍や真耶も無事では済まなかった。
宗司は真耶を一瞥して告げた。
「おまえの処遇は、本家が決める」
「ごめんなさい、まさか、こんなことになるなんて」
「オレに謝ってどうする。おまえが謝るべきなのはオレじゃない」
二人の視線が、呆けた表情で真耶を見ていた蛍に集まった。
契約を交わした宗司の力は、真耶の知るこれまでの力以上だった。
宗司はついに本当の主を見つけたのだ。
自分が力を尽くし、守るべき存在。自分の全てを捧げる存在。それはもしかしたら、運命の相手と言ってもいいのかもしれない。
私じゃなかったのね、と真耶は小さく呟いた。二重の意味で負けたのだ。
蛍を立ち上がらせた真耶がきっぱりと言った。
「やっぱり、私はあなたが嫌いだわ」
うっと蛍が表情を強張らせた。
(私も嫌いだって言えたら楽なのかもしれないけど)
けれど、誰かを嫌いになったら、負の感情を自分の内に抱えるだけだ。
真耶が蛍のことを憎く思ったように、やがて自分をじわじわと蝕んで、誰かにぶつけた憎しみは自分へと跳ね返ってくる。
「私はそういう真耶ちゃんが、何だか真耶ちゃんらしくていいと思うよ」
「そっ、そういうところも気にくわないのよ」
「いいよ、真耶ちゃんがそれでも」
蛍がおおらかに応じると、真耶はぷいっと顔を背けた。
そんな態度を意外に思って目を丸くする。
真耶の慇懃無礼でプライドが高いところも、こうして慣れてしまえば可愛く見えた。
あれは一族の中で後継者候補として身につけた、真耶の仮面であり、虚勢なのだろう。こちらがそれに動じなければ、真耶の方が動揺を見せて素の顔が覗かせた。
「おまえはそれでもいいのかもしれないけどな、そいつは……っ」
「宗司くんは黙って」
見かねて口を挟んだ宗司を、蛍がぎろりと睨んだ。
「私と真耶ちゃんで話をしているんだから」
「ううん、宗ちゃんが怒るのも当たり前よ。それだけのことを、私はした」
今になって震えがきたのか、真耶が眉を顰めた。本家の決定がどうであれ、と前置きした真耶が言った。
「私は、後継者候補から降ります」
蛍と宗司がはじかれるように真耶を見た。
「もういいの。私にはその資格がなかった、それだけのことだから」
「本当にいいの? 真耶ちゃん」
「私が降りたからと言って、まだ当主の決定はわからないわよ」
「そうだけど……」
「神無翁たちがあなたを認めるのかも」
(そうだ。まだこれで全てが終わった訳じゃないんだ)
蛍と宗司は神妙な顔で頷き合った。
「そういや、直澄はどうしたんだ。まだ屋上か? あいつ」
「電話が途中で切れて、……そのままだ」
蛍が顔を青くすると、それを聞いた宗司が大きく眉を吊り上げた。
「おまえは、いっつもいっつもボケっとしすぎだ!」
「酷い! そんなに怒らないでよ」
雪之丞が跳躍して、一直線に屋上へと向かう。屋上に見えた人影が、こちらに大きく手を振った。ったく心配させやがって、と宗司も蛍も胸を撫で下ろした。
それを見つめながら、真耶が蛍の耳元に顔を寄せた。
「宗ちゃんを守ってくれて、ありがとう」
***
翌日、本家では神無翁を中心として、真耶の処遇を決める集会が行われた。
真耶と直澄、そして宗司は出席を許されたが、蛍はその場に呼んでもらえなかった。
やきもきしていると、ようやく宗司が母屋に戻って来た。
待ち構えていた蛍の姿に一瞬眉を顰めると、仕方なく口を開く。
「真耶はしばらく謹慎だ。力の行使は厳禁、三上・三輪の監視がつく。三峰は責任を取って、候補から降りることを正式に受諾した」
三峰としては、真耶を候補から降ろすことは痛手であることは変わりない。
しかし今回のことは、神鬼に取り込まれそうになったこと、学園内に収まったからいいようなものの、あのまま結界が崩壊すれば現実や一般生徒への被害が免れなかったこと、それらを重く見た当然の判断だった。
真耶の反省を差し引いても、今回の処分はまだ軽く済んだということらしい。
「やっぱり何もない訳にはいかないよね」
「当たり前だ。あれだけ派手にやらかしたんだからな」
「蛍ちゃんが言ってるのは、そういうことじゃあないでしょう」
颯が呆れたように宗司をたしなめる。何だどういうことだ、と宗司が不服を唱えた。
その腕にはまだ新しい包帯が巻かれている。
「真耶は、自分がしたことに対しての罰を受けるだけだよ」
颯が蛍の迷いを見透かしたように慰めを言った。あまりの察しの良さに舌を巻く。小さい子どもにするように、くしゃりと髪を撫でられた。
確かに真耶がしたことは、何もなかったことにしていいことじゃない。それは蛍にだってわかっている。それでも、と自分に囁く声がある。
それでも蛍という存在がなければ、真耶はこんなことを起こさず、宗司を傷つけることもなかったのではないか、と思ったのだ。
真耶を追い詰めてしまったのは自分なのではないか、と。真耶を許すのが蛍なのだとしたら、蛍のこともまた真耶に許してほしかった。
「ここに、私は本当にいてもいいのかな」
「そんなこと、何を迷うことがある」
躊躇いのない強い口調に、その顔を仰いだ。
宗司本人は無意識なんだろうが、そこに偽りがないことを見て取ると、蛍は目頭が熱くなるのを感じた。
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