189 最悪の後始末
「――――は?」
対して俺の眼前で状況を理解してない男が間の抜けた呟きを溢した。
そいつは口を半開きで震わせながらまるで信じられないものに直面したかのように目を見開いて言葉を失っている。
まぁ公開処刑なんて俺達が元々居た現代社会においては駆逐された存在だ。
そのショッキングさに脳が理解を拒否しているのかも知れない。
ここはいっちょ同郷繋がりの優しさを見せてやる必要があると考えた俺は窓際に吊るされた男の耳元に後ろからそっと話しかけてやることにした。
「ショッキングな光景ではあるが、やったことがやったことだから擁護なんざできねぇわな。アイツの処刑も妥当ってところだ」
「……ぅ……がぅ」
「でもまぁ、これで国もある程度面子は保てるだろうし被害者たちの溜飲も多少は下がっただろ。これで一件落着ってな」
「ち……う、ちが……!」
「んー? どうした? 何か気になるところでも」
「違う!!! 違うだろッッ!!!!」
男が突然、俺に向かって叫びだした。
勢いよくこちらに顔を向けてきたことでその表情が、様子が見て取れる。
明確な狼狽、気が動転している人間の顔だった。
「おかしいだろ!! なんで、なんでアイツが!? 俺だろうが!?」
「なんでって……あのヤン・ランってやつが今回の騒動を引き起こした大罪人だからだが? 俺も見たもん」
「目"ェ"腐"っ"て"ん"の"か"テ"メ"ェ"ェ"ェ"ェ"ッ"ッ"!"!"」
「新鮮ですぅ」
このままからかい続けるのも一興ではあるがこいつのために時間を使い続けるのも勿体ないか。
それに混乱だけで終わらせてしまってはこの場を用意した意味がない。
俺は挑発するのを止めてさっさと種明かしに移ることにした。
「ハァッ、ハァッ……! なにが、何が起きてやがる……テメェ何しやがった……!?」
「これだけの大騒動、魔人による虐殺を引き起こして犠牲者も馬鹿みたいに出した以上、事件の隠蔽なんぞできないし民の溜飲を下げるためにも犯人をぶっ殺すってのはやらなきゃいけねぇ。公開処刑の制度とその記録があるとわかっているなら自分もそうなると読んでいた……まぁここまではお前の目論見通りだったな」
だがそれをするとコイツの目的が達成されてしまう。
国側もそれをわかっていてなお民の心情や今後の治安、面子を考慮するならばしっかりと『裁きを与えた』形を取れる公開処刑に処すことが望ましい。ユリアがコイツのことを出来れば殺さないで欲しいと言ったのもそのことがあったからだ。
そして拘束したコイツを引き渡した際にユリアから「色々と議論はあれどその結論に落ち着くと予想されるだろう」などと聞いた俺はそこに一計を案じることにした。
「死ぬことで目的が達成される、そこまでの流れが整えられていて不可避な状態にある。だったら干渉できる部分は一つだけだ」
「っ……ぁ……あぁ……っ!」
「名前だよ。記録される、歴史に残される名前をお前じゃない誰かに変更する。犯罪者が偽名使ってましたーなんてよくある話だからな」
そもそも歴史に名前を残すために死ぬこと含めて計画する、なんて普通には思いつかないものだ。
だからこそ本名を高々と叫んで知らしめていたとしても聞いている連中にはその目的に思い至ることなどない。
むしろ処刑の場で「この犯罪者は捜査から逃れるために偽名を使っていました」と言われた方が納得できる。疑問を持つこと無く自然と受け入れられる。
「そこで、だ。ちょうどよく国庫から国宝『天邪鬼水天結界』を盗み出した
ヤン・ランはそのアイテム収集欲から王家直下の存在である盗賊ギルドに所属した上で希少なアイテムを強奪するために味方を殺し、更には国の宝物庫から国宝を盗み出すなんて真似をした大罪人だ。
盗み出した諸々の行方を突き止めるために今まで生かされていたが、それがわかってしまえば当然処刑されるような人物である。
なので何かあれば俺が利用しようと思っていたヤン・ランの隠し拠点の情報を引き渡すことで生かす価値をゼロにした結果、これまた俺の提案によってヤンに『殺す価値』が生まれたのだ。
元々ユリアの報告もあってコイツの『歴史に名を残したい』という目的は上層部に伝わるのだ。
それに乗らざるを得ないという状況で『罪人を変える』という大した手間もなくできる手段で意趣返しできるというのであれば、提案に乗ってくる奴もいるだろう。
加えて竜討伐の功労者である俺が功績の見返りとしてそうして欲しいという要望があったという建前もあれば……その結果が先ほど見せた公開処刑である。
「そんな……お前っ、俺の目的を阻止するためだけに、自分の功績投げ捨てたってのか!? 竜を殺した功績を!?」
「俺ってモブキャラだからさー。身の丈以上の功績なんて厄介ごとの種にしかならねぇじゃん? だから有効活用したんだよ有効活用」
功名心に狂ってるお前にゃ理解できないだろうが、変に高い名声があると知らない場所で厄介ファンが生まれる危険性があるからな。
そこで俺に対する檜垣のような存在が現れるなんて人生におけるマイナスにしかならねぇ。
だったら投げ捨てるついでに俺の鬱憤を晴らすのに使うってのが有効利用以外の何だと言うのか?
「『黒曜の剣』の首領もしれっと殺されてたからな、ここはもうどうせ処刑する予定のヤン・ランに諸々おっ被って貰おうぜってことで話がまとまったわけだ。」
「なんで……なんでそんなもんが……おかしだろっ! 違うって、わかるだろ……!?」
「姿を見せて堂々と名乗ったからってか? そんなお前に俺が良い言葉を教えてやろう」
俺は狼狽え続ける男の両肩を掴んで、しっかりと目線を合わせた上で前世かつ同郷である者にしか伝わらない言葉を伝えた。
「馬鹿と煙は高いところへのぼるってな。ダンジョンの下からテメェの姿が見えるわけねぇだろドアホ」
「――――ぁ、ぁあ、ぁああああああああああっ!」
「クッ、ハハッ、ハハハハハ」
「あああああああああああああ!!!!」
「アーッハッハッハッハッハッハ!! ヒィーハッハッハッハッハッ!!」
男が嘆く、それを塗り潰すように俺は笑う。
今まで他人に向けてきた嘲笑いを丁重に返してやる。コイツの嘆きが止まるまでずっと、ずっと嘲笑い続ける。
それを続けて男が嘆く元気すらも無くなったところで俺も嘲笑いを止めて息を整えて、糸を操り窓から俺へと身体を向けて床に下ろした。
男は息も絶え絶えに虚ろな目でこちらを見上げており、その視線を笑みを消した顔で俺は受け止め、問い返す。
「で、だ。お前は誰だ?」
「ぁ、ぁあ……?」
「お前は誰だって聞いてんだよ」
「…………おれ、おれは……ななしの、かつみ」
「違う。七篠克己はヤン・ランの偽名だ。お前は誰だ」
俺は頬を叩いてそれを否定する。
「おれは、まじん共を……こくようの、けんを……ひきつれた……」
「違う! 『黒曜の剣』を率いてたのはヤン・ランだ。お前じゃない。お前は誰だ」
俺は頬を叩いて強く否定する。
「おれ……おれ……まつな、が……ゆう」
「違う。誰だよそいつ。前世か? 俺は今ここにいるお前が誰かって聞いてんだよ。死人の名前出すんじゃねぇ」
俺はその弱々しい答えを否定する。違う、お前は誰だと繰り返す。
俺はそうやってコイツを追い込んでいく。刻むべき名を奪われた、持つべき名前を無くした男を追い込んでいく。
これまでの観察からコイツのアイデンティティを支えているのは他にない個性や特別性だ。
それは転生者であること、『
だからそれを順々にかつ徹底的に否定して削ぎ落としていくのだ。
「おれ、おれは、おれは……っ」
「泣くんじゃねぇよ。お前は誰だ? 簡単な質問になんで答えられない? お前は誰だ? なぁ、誰なんだよお前」
髪を掴んで持ち上げて見ると瞳に涙を滲ませていた。
何かを訴えかけているのだろうか? 俺はその意思を汲み取るつもりもなく冷やかな目線を返して、再び頬を叩く。問いかける。
「お前は誰だ? 答えろよ」
「ぁ……うぁ……っ」
「わからないのか? だろうな。お前は『名無しの』誰かだ。誰も知らない、興味もない。何もできない、何の意味もない」
積み重ねたものも願ったものも、その歩みと結果、人生の全てを奪い去られた存在が俺の質問に答えられるわけがない。
瞳からは輝きが失われていた。
絶望と悲壮感が濃縮されたような生気のない表情に俺は下らないと吐き捨てる。
「何を考えようと勝手だがこれだけは言っておく。お前はもう無意味で無価値で必要のない存在だ」
今回の犠牲者にとって、その遺族達にとって、人として正しい道を歩む人達にとって。
民にとって、組織にとって、国にとって、そしてなにより世界にとってお前は無意味で無価値になった。
お前という全ては今を生きる人々の安寧のために消費されつくしたのだ。
今ここにいるのはその絞りカスでしかない。
「……じゃあ、もう……せよ」
「うん?」
「もう……殺せよ……っ。もう十分だろっ。もう、わかったから……殺せよ……それで、終わりだろ」
観念して諦めて、それでもまだ開き直っていると受け取れるような言葉。
絞り出されたそれはコイツにとって本当に心からのものなのだろう。悲鳴を上げ続けた末に解放を望んでいる、懇願がひしひしと伝わってくる。
言われるがままにいっそのこと介錯してやるのも一つではあるだろう。
ここまで追い込めばもはや再起する可能性も低いと思えるし、それに単純な話として殺せばボスキャラとしての経験値が入ってくるのもある。
だが、それでも。
俺はコイツに万に一つの可能性すら残さないと決意したのだ。
そして一度そう決めたのであれば俺はそれを貫き通す。
「はぁ? 殺してくれ? お前、話聞いてなかったのか?」
そのためにも、俺は。
俺にとって最上級に悍ましい、あまりにも最低最悪の言葉を口にした。
「お前の経験値なんざいらねぇ」
ハッキリと、明確に、その瞳を覗き込んで。
自分が浮かべている表情がどんなものか検討もつかない。だが確かに目の前の男は怯えきっていた。
数秒間じっと見つめてそれが嘘偽りのないものであると確認してから俺は髪を掴んでいた手を離す。
怒りと共に叩きつけるようなこともせず、嫌悪から投げ捨てるようなこともせず。
ただ不要になったゴミを通りがけのゴミ箱に捨てるように、その手から滑り落とす。
そして俺は立ち上がり歩き出した。
捨てたものに見向きすることもなく、背後で狂い泣いて叫ぶ声を無きものとして扱って部屋から出る。
扉を閉めればもう何も聞こえない。必要であったとはいえ、達成感よりも疲労感を滲ませた吐息が漏れる。
「はぁ~~~」
「お疲れ様、亨くん」
「ユリア。お前まだ居たのか。長かったろうに」
「顛末は見届けないといけないからね」
扉の先で俺を出迎えたのは恐らくずっと待ち続けていたであろうユリアだった。
退出した時になにか片手に収まる程度の何かをしまい込んでいた動きが見えたので「顛末を見届ける」という言葉も合わせれば部屋の中の状況を確認できるアイテムでも持っていたのだろう。
それが何かを考察するほどの気力は正直なところ無かったので追求することはせずに、俺は彼女に今後の扱いについて必要なことを告げる。
「とりあえず、後は少しずつ毒を盛って衰弱死させるか、処刑するなら顔も姿もわからないように黒衣でも着せた連中のリンチで撲殺させてくれ。顔の見える手練れにやらせようとするとそいつの記憶に残ろうと最後の力を振り絞りかねない」
「……本当にここまで徹底して心を砕く必要があったのかい? 随分と、その、露悪的で残酷に過ぎる気はしたが」
アイツへの同情というよりは俺を心配するかのような調子でユリアが問いかけてきた。
俺は軽く手を振って気にするなと示しつつ、質問の答えとして「必要だった」と即答した。
「(ただ殺しちまえばオッケー! って相手ならこんな事する必要も無かったんだがなぁ)」
待ったをかけたのは俺自身の経験とヤツが転生者であるという事実。
主人公であるはずもないモブキャラの俺がそうなったように、「死後『冥府』に流れ着く」可能性が俺の頭によぎったのだ。
『冥府』に辿り着いたならば生前の所業に関わらず条件を満たすことで現世に蘇ることができる。
それを目指さないとしてもよほどのことでもしない限り『冥府』から排斥・追放されることはなく放逐されるに留まる。
つまりヤツが『冥府』に辿り着いた場合、即座にもしくは長い時間をかけて精神を癒やし再起してくるかもしれない。
勿論、『冥府』に流れ着くには強い未練を持っている必要がある。死してなお運命に中指を立てるだけの意思がいる。
それらを失わせるには公開処刑に手を回して諸々全てを奪い去るだけでも十分ではあったかもしれないが、俺はその可能性を限りなくゼロにしたかった。
だから俺は徹底的に心を砕いてやった。
ヤツが『冥府』に至るほどの
「(間違いなく外道も外道の所業だな。鍛えたいとも思えないことだから、なーんの経験値も入らねぇし)」
やらねばならなかったとはいえ、これによって得たのは恐らく人生で一番の徒労感だ。
流石の俺も気持ちを切り替えるには多少時間がかかりそうだなという自覚があった。
「……君でもそんな顔をするものなんだね」
「人を何だと思ってるんだ? こちとら心優しき善良な一般市民だぞ?」
「冗談をいう元気はあるようだけれど、やや空元気に見えるね。少しばかり肩でも貸そうか?」
「いや、別にいい」
「なら胸でも貸そうか? 男性ならこちらの方が嬉しいだろう?」
「両手広げて受け入れ姿勢取るんじゃない。お前、一応は王族で淑女だろうが」
「ほら、ぎゅ~っと」
「お戯れはおよしになって頂けます???」
ユリアのからかいにため息をつきつつ階段を下り始める。
なんというか、気落ちしているというか。
ともあれその間、俺はユリアと一切会話すること無く彼女もまた俺に声をかけてこない時間が続く。
だからこそ無駄に自己分析を始めてしまって、今感じている不完全燃焼な感じというか暗いもやもやとしたものが何なのかを考え込んでしまう。
そして俺はふと、その正体に思い至ってしまった。
やっぱり、アイツの経験値もったいなくね?
え、待てよ、ちょっと待てよ。
俺は確かに決意したはずだ。アイツの生気を完全に奪い去り万が一の可能性を潰すために徹底的にヤツの存在と価値を否定すると。
そのためにも顔の見える誰かに殺されることによる妥協に妥協を重ねたような僅かな満足すらも得られないように、俺にとっても無価値であると断じて殺さない方を選ぶと……そう決めたし、実際にそうしたじゃないか。
俺は一度決めたらそれを貫き通すだけの意思があると自負している。
今世紀稀に見るほどに強靭な理性で鍛え上げた鋼の意志力を持っているはずなのだ。それが今更になって捨てると決めたものを惜しむだと?
「(落ち着け、何かの間違いだ。ちょっとこれまで手に入れたボスキャラの経験値を思い出して落ち着こう)」
ヨゼフ・アサナガ、約120万。ピグマリオン、約180万。
ドラゴン、約12億……ンフッ、んふふふふっ。ふへへ……っ。
「(ダメだ! 経験値を意識するとより勿体ないって気持ちが強まってくるッ!)」
「亨くん? どうしたんだい? 何やら表情をコロコロ変えているようだけれど……?」
それに気がついてしまったならば溢れ出る想いは止まらない。
なにせ経験値は俺が生きる上で何事にも代えがたい大切なものなのだから。
「(今さっき心を砕いた思考はほぼ止まっていると見て良い精神的にはどん底もどん底。本来は毒で意識を薄れさせて衰弱死させるのがベストだが奴の寄せ集め英雄人体の性能を考えると毒よりも身体能力が勝る可能性もあるならその手は取らない方が良いかもしれない。だが今から俺が直接殺しに帰ったら奴はとち狂って一応は竜殺しの英雄に殺されることに喜び満足を――そうだ!)」
「と、亨くん? おっと!?」
俺は背中に小さく纏めて隠していた『翼手外套』を展開する。
悪魔の翼のように広がったそれは俺の意思に従い身体を包み込み、顔すら覆い隠す黒衣へと変わる。
「亨くん!?」と困惑するユリアを無視して俺は走り出した。抜き放った剣を片手に上へ上へと駆け上がる。
俺は思い出したのだ、ユリアに告げた俺自身の言葉を。
『処刑するなら顔も姿もわからないように』……そうすればきっと問題ないだろうと告げたことを。
どうせ顔も姿も見せないならそれって俺がやっても良いじゃん!
むしろ他人に任せない方が今回の提案をした人としてしっかり責任を取ってることになるじゃん!
じゃあさ、じゃあさ! 良いよなぁ!? 別に今ここでやっちゃっても良いよなぁ!!
「処刑の時間でござりますですわぜェェお肉様ァァァッッッ!!」
「!?」
扉を蹴り破り、俺が何者かかわからぬように言葉を変えて叫びを上げる。
状況を理解する時間など与えないままに俺は床に転がる経験値へと飛びかかった。
まぁ、そういうわけで。
あの後色々と言われたりなんだりとなんやかんやあったものの『冥府』にヤツが現れ無かったことをしっかり確認して、今回の一件についての後始末は終わりを告げた。
故にここから先で語ることになるのはただの後日談になるだろう。
それは俺自身も含めて共に戦っていた天内達がどういう事になったのか……という、まぁその程度のことだ。
だから最後に、後世にて『黒曜の凶刃』と呼ばれることになったこの事件の締めくくりとして。
俺がこの事件を語る上で絶対に外すことのできない事実を最後に伝えて、終わらせようと思う。
名無しの癖して経験値260万ちょっともあって美味しかったぜ! Fooooooo!
やっぱ最後は笑顔で終わらねぇとな! ハッピーエンド最高! イェアッ!!
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