184 竜、来たれり


 闇夜に浮かび上がる煌めく金の双眸が飛ぶ鳥よりも早く空を駆けている。

 瞳の持ち主はドラゴンであった。一度の羽ばたきで生み出された暴風が地上にある森を打ち据え、へし折り、砕いていく。


「――――」


 同胞の気配、いや仲間という概念を持ち得ない地上最強の生物はの気配を遠く離れた場所から感じ取っていた。


 竜はその巨体故に常日頃から空腹に苛まれている。

 他種族と比べて格の違う存在であるからこそ、生きるために必要なエネルギーもまた大きい。

 そのため竜は餌を求めて動き回るのだが、彼らは餌の奪い合いというを防ぐためにとある機能を有している。


 それは自分以外の同種ドラゴンの位置情報を知り得るネットワークのようなもの。

 自らさえも正確に理解はしていない五感以外の繋がりが竜という種族には備わっていた。


「ぐるるぅ……」


 道すがら巣を守るために立ち向かってきた獅子の群れをつまみ食いしながら竜は感じ取った気配を想う。

 普段、この機能は生活圏が重なり合わないために利用されているもの。お互いに近づきすぎたのであれば、暗黙の了解として踵を返すものだ。


 だが今回感じ取った気配が酷く小さくか弱いものだった。それは本当に同種かを疑うほどのもの。

 ただ思考することなくいつも通りに踵を返すのも一つではあったが、夜空を舞う竜は感覚を研ぎ澄ませ……気がつく。


 気配は重なり合うように2つあった。両者ともに瀕死を疑うほどの弱々しさであった。

 そしてその周りを包み込むように大きな、大きな魔力の塊があった。


 


 なるほど確かにこれは同種のものだ!

 きっと奴らは、それこそ無駄な行為が素晴らしいご馳走ダンジョンを見つけて奪い合ったのだ!

 だがご馳走を前に目が眩んだ者たちは結果として瀕死になるほどに傷つけあってしまった。この弱さでは遠からず死ぬだろう。

 であるならば彼らが見つけたものを自分が食らいつくしてやろう。瀕死の同種を食らうのも良い、どんな味がするのか楽しみだ! と。

 そんな同族喰らいさえも忌避せぬ食欲が竜の行動原理であった。


「グゥアァ……!」


 竜は飛ぶ。音速をも超える速度で飛び続ける。

 その行く先が人類の住まう国であることなど知る由もなく、その接近が察知されているなどとは露知らず。

 飛び続け、飛び続け、飛び続け――そして一瞬にも感じるような数刻の時間を経て、竜はその双眸に立ち塞がるものを見る。



 それは外壁の外側にて、国を背にして立つ人影であった。



「おーきたきた。んじゃ予定通りといこうか」


 竜の研ぎ澄まされた聴覚が人影から鳴き声を拾い上げる。

 声の意味は毛ほどにもわからないが、そこには竜を前にしているというのに余裕というものが感じられた。

 怯えでもなければ怒りでもない。自身を前にした生物として不自然な反応を前に竜は目を細め、翼をはためかせながら着地する。


「グゥッァアアアアアッッッッ!!!!」

「くそ、マジか桜井。本気でやるんだな!? できるんだな!?」

「ここまで来て何いってんだよ天内。んなこと考えてる暇あったら勝利のイメージでも固めてろっての」


 竜の口から放たれた咆哮は臨戦態勢に入るための威嚇でしかない。

 それでもその口内から放たれた音が空気を揺らし、大地を揺らす。

 否応なく生物としての格の違いを感じさせるそれに焦りながらも自らを奮い立たせる声と、欠片も動じることのない声が重なる。


「気張れや天内! 竜狩り、始めんぞォ! ハッハッハァ!!」


 動じぬ声に合わせて人影の背後から大きな光球が空へと放たれ、爆ぜる。

 夜空を押しのける光の粒子たちは赤銅色の鱗に包まれた竜の姿を、そして竜に対峙する人影の姿を照らし出す。


 大地を踏みしめ悠然と動き出したそれは――――








 竜との戦いに苦戦する理由の一つにというものがある。


 それは人と竜の物理的なサイズ差のこともあれば、一挙一動で生まれる副次的な物理現象にも当てはめられる。


 英傑と呼ばれる逸脱者達がどれほどの力を持っていたとしても『剣聖』の領域にたどり着かねば武器も攻撃も人のスケールに収まるものでしかない。

 それは竜にしてみれば爪先にも劣る規模のものであり、どれほどの威力があったとしても傷の深さは軽傷の域を出ることはない。


 対する竜は翼をはためかすだけで普通の人間ならばその風圧で吹き飛ばされるし、吐く炎は街を飲み込む津波が如し。

 記録にある3年前の竜は腕を振っただけで大地を割り複数の峡谷を作り上げたなどと言う。文字通り規模が違うとしか言いようがない。


 だからこそ物理法則無視して斬撃の射程を伸ばしてくるおじさんのヤバさが際立ってくるわけだが……閑話休題。


 ともあれ人と竜の間にあるスケールの違いを埋めることができることができれば戦いはグッと楽になることは間違いない。

 しかし宇宙から飛来する光の戦士などいないこの世界において人が巨大化するという手段は存在しない。もしもあるならば人はこんなにも竜を恐れることはなかっただろう。



 だがしかし、今ここには「学園ダンジョン」がある。

 全高300mもの大きさを有する巨体が幸運にも大地から立ち上がっている。



 竜は街一つを覆うほどの大きさであるが、ここでいう街とはこの世界における尺度での話だ。

 つまり前世の現代社会におけるそれよりもだいぶ小さく、高さだけで300mはある学園ダンジョンも十分に街と比べられるサイズだと言っていい。


 翼を広げた竜と比べれば小柄に見えるだろう。しかし逆に言えば”小柄”と言える程度には巨大なのだ。

 それを戦いの舞台に持ち出せたとしたら俺達と龍の間に横たわる大きなスケール差は驚くほどに埋まることだろう。


 だからこそ目を向けるべきは今この部屋の隅に転がる、戦いの中で忘れられていた巨大なクリスタル。「学園ダンジョン」そのもの。

 七篠にどんな仕打ちをされたのか知らないが近づくだけで弱々しい電撃を放ち威嚇してくるそれを仲間にできたとしたならば、竜の討伐はグッと楽になるのだ。


「(つっても、それが簡単にできたなら今までの歴史で共闘していただろうし。そうでないってことはダンジョン側の意思も硬いんだろうな。ま、ダメならダメでそん時だ!)」


 クリスタルに右手を添える。

 水晶体は激昂するかのように輝き激しいスパークを放ち、俺へと攻撃を仕掛けてくる。

 俺が『魔物使い』のスキルを有しているからだろうか? その抵抗からは恐怖の感情が伝わってくる……気がする。たぶん。きっとそう。


 恐れているのだろう、七篠と同じく竜の力を宿した俺という人間を。

 こんな状態で共闘の提案に乗ってもらえるようには思えない。しかしだからといって他者にこの役割を任せるわけにはいかない。

 それは『魔物使い』スキルを持たない連中はダンジョンに言葉を届けることができない可能性が高いということもあるが、もしも成功してしまったらという懸念もある。


 なにせ学園ダンジョンのスカウトに成功するということは、ダンジョンを使役可能な味方にするということ。

 そして使役可能ということは実質的にその魔物を所有しているようなもの。

 つまり、俺以外の誰かが万が一にでも成功してしまったならばダンジョンが奪われてしまうことに繋がるのだ。


「(七篠に奪われたダンジョンをやっと取り戻したというのにまた誰かに奪われてなどなるものかよ……ッ!!)」


 戦力確保の面で見ても、俺の利益の面で見ても、何があろうともこの役割だけは譲るわけにはいかない。

 だからこそ何としてでも俺が一人でダンジョンを味方に引き入れねばならないのだ。


 そして味方にする手段としてそれこそ七篠のように暴力で従える手もあるにはある。

 だがダンジョンとは俺の所有物であると共に愛すべきレベリングのための狩り場であるため、お互いの関係は未来永劫友好的であることことが望ましい。

 であるならば暴力的な手段は真っ先に却下され、使える道具として残るのは言葉のみとなる。


 酷く怯えきって人間不信に至っているであろうダンジョンを言葉だけで、しかも竜が来るまでの短時間で攻略することができるだろうか?


 俺はそれに対して「できる」と断言する。

 なぜなら俺は七篠の奴と違い、間違いなく、本心から、心の奥底から、ダンジョンという存在を愛しているからだ。


 冷たく凍りついた心の扉は情熱的な言葉のノックによってこじ開けることができる。

 俺がどれだけダンジョンを愛しているかを伝えに伝えれば俺と七篠が別の存在であることはきっと理解してもらえるはず。

 そしてそれがわかったのであれば竜を倒すための作戦に耳を傾けてくれる。そこまで行ければ後は勝ったも同然だ。


「スゥー……ハァー……スゥー」


 浴びせられる電撃をものともせず俺は軽く目を瞑り呼吸を整える。

 そしてあらゆる痛みを無視して肩の力を抜いた俺は胸の内に僅かな羞恥心のようなものがあることに一度苦笑してから、気を引き締めて目を開く。


「こんにちわ、よりも初めましての方がいいか? 俺は冒険者学園の下級生、桜井 亨だ。君に聞いてもらいたい言葉がある」


 いま目の前にいる俺は他の連中とは違う、それをわかってもらうために。



「学園ダンジョン。俺はお前を愛している」



 俺は今から学園ダンジョンに愛を伝えるのだ。






 学園ダンジョンとの交渉に『魔物使い』スキルによる対話技能は必要不可欠である。

 しかし求められるスキルレベルの高さは遍く神々が微笑みかけるほどの天禀が絶え間ない修練を続けた先に得られるもの。

 よって七篠のような不正チートを行わない限り、常人モブでしかない桜井には手の届かない領域である。


 桜井と学園ダンジョンの間において相互に行われる対話というものは不可能。彼がクリスタルの抵抗から感じ取った恐怖諸々は状況からくる推測でしかない。


 できるのはただ一方的に意思を伝えることだけだ。

 言葉に込められた熱意を伝達することだけなのだ。


 どれだけの言葉を弄そうとも、桜井にできるのはただそれだけである。






「学園ダンジョン。俺はお前を愛している。突然何を言ってるんだと思うかもしれないがまずは聞いて欲しい。俺は自分の人生をレベル上げに捧げている。肉体を鍛え、剣を鍛え、糸を鍛え。一挙一動呼吸の一つすら全てをレベル上げに捧げている。レベル上げが俺の生きる意味であり目的であり手段なんだ。一般社会みれば少しばかりズレた生き方をしているという自覚はある。ともあれ俺はそういう人間でありそういう存在なんだ。そんな俺に必要不可欠なものが一つある。それはダンジョンだ。どれだけ練習を続けたとしても実践の場でしか得られない経験がある。それを与えてくれるのが君なんだ。随分と利己的だと思うだろう? 俺もそう思う。でも、それでもだ。この素晴らしき世界に産み落とされて以来、君の存在を知ってから、俺の世界は一変した。君の幾重にも連なる階層が俺の心を溶かし、君が生み出した魔物が星のように輝いている。数年前、その星々に触れたくて学園に忍び込んだことは今でも昨日の事のように思い出せる。日々君のもとに通い詰めることが日常の一つになるのはそれこそ一瞬だった。ただダンジョンだったからじゃない、長い年月を積み重ねた君だからこそ俺は魅了されたんだ。俺は君を愛している。何度だって言える。愛している。これからもずっと一緒にいたいと、俺だけのものになって欲しいと思っている。紛れもない本心だ。種族の違いだとか寿命の違いだとかそんなものでは止められないほどに、俺の心には君を自分のものにしたいという想いが溢れかえっている。一度君から離れてしまったからこそ、この気持ちを強く自覚してしまった。君の中で駆け回る時に感じた充実感を、風紀委員らが俺を追い立て君から引き剥がそうとした時の怒りを、俺以外の生徒が君の中にいると知った時の嫉妬を、そして食事と休息のために君と分かれて帰宅を余儀なくされた時の悲しみを。強く自覚して、そこに愛があったのだと理解してしまった。俺にとって君はもうだたの友人だとは思えなくなってしまったんだ。この抑えきれない情熱を君に受け取って欲しいと、受け入れて欲しいと思っている。でも、しかし、同時に俺は君に想いを受け取ってもらう資格が無いとも感じている。これほどまでに愛している君が悪い男に傷つけられていた時、その傍に居られなかったからだ。君を助け出すためにここまで時間をかけてしまったからだ。しかも君を助け出すためとは言え、あまつさえ君を苦しめた男と同じ竜の力を手にしている。これは知らなかったとか、偶然だとかそういう言葉では片付けられないほどに君を不安にさせるものだろう。今にして思えばああすればよかったこうすればよかったなんて考えは幾つも浮かんでくる。それが本当に情けなくて嫌になる。誰よりも大切な君を守れなかったことが本当に悔しい。本来ならば七篠を排除した後、俺は君の前から姿を消すのが相応しいのかもしれない。それでもこうして君の前にいるのは俺の後悔を押し退けてでも伝えなければならないことがあったからだ。わかっているかもしれないが、今、ここに向かって竜が来ている。君を食らうために竜が飛んできている。今更大地深くに潜ったところで手遅れだろう。どう足掻いても君は竜と対面することになる。脅されて動く羽目になった君には何の落ち度もない。全ては君を苦しめた男が悪い、ただ巻き込まれただけにすぎない。愚かな人間の愚かな行いのせいで君が人間全てに失望して見限るのも当然だろう。それでも君のことが竜に察知された以上、生きていたいと思うのであれば君は行動を起こさなければならない。俺もまた愛する君が失われないように動かねばならない。だがしかし竜は強大な存在だ。個々で動いたところでそれを薙ぎ払ってくるのが竜だ。だから俺達は協力しなくちゃならない。そうしなければ生き残れない。ふざけるなと言いたいのは百も承知だ。そんな想いを抱かせてしまった原因は俺にもある。だから俺に責任を取らせて欲しい。愛する君に死が迫っているというのに自分のことだけを考えて放って置くなんて間違ってる。俺は必ず、命に変えても竜を殺す。ただの願望じゃない、現実的な手段としてそれを成し遂げる。だが先程も言ったようにそれは俺一人の力で成功するものじゃない。だからこそ力を貸して欲しい。恥に恥を重ねる形になって本当に、本当に申し訳ない。それでも君にこの手を握って欲しい。俺は君を愛しているから、君に償わなければならないから、君に生きていて欲しいから、一緒に戦って欲しいんだ」

「俺は何を見せられてるんだ」

「な、なんか今の桜井さんの姿、ドキドキしちゃいますね」

「ねぇそれ恐怖じゃない?」

「私利私欲をこうも言い換えるか……」


 外野が身を寄せ合い囁くことに意識を割くわけもなく、桜井は横たわったクリスタルを抱き上げながら言葉を紡ぎ続ける。


 前述の通り、求められる『魔物使い』スキルの練度レベルに欠ける彼の言葉はその意味が伝わることはない。

 伝わっていくのは言葉に込められた意思だけだ。言葉にしている協力を求める意図などまるで伝わらない。

 桜井にはダンジョン側が自分の言葉と熱意をどう受け取っているかなど一切わからない。

 それでも彼は心から溢れる情熱の濁流を言葉にして浴びせ続ける。

 それに対して不思議なことに桜井の腕に収まっているクリスタルダンジョン・コアは抵抗の火花を放つことをやめ、まるで相槌を打つかのように淡い輝きを時折明滅させ始める。痛みに耐える必要のなくなった桜井の言葉にさらなる熱が籠もっていく。


「隼人。なんか長くなりそうだし私達は身体を休めましょう? 確かここにくるまで温泉地帯の階層があったよね?」

「……玲花って結構図太いよな」

「そう?」


 桜井のダンジョン攻略は約一時間半にも及ぶ長丁場となった。

 その間、彼はほとんど言葉を止めることなく自分がいかにダンジョンを愛しているか、必要としているかを説き続けた。

 時に激しく叩きつけるような情熱的な愛を、時に優しく包み込むような慈愛の熱を。


 そして暫くして。

 暇を持て余した天内たちがダンジョン内の温泉で体を癒やして戻ってきた時、桜井は背にダンジョンコアを括り付け穏やかな表情で素振りをしていた。

 ユリアに開放してもらった鬼剣オニガシマの一本を装備条件など知らぬとばかりに手にして、道具が使い手を選ぶなと言わんばかりに壁に叩き続ける姿があった。


「なるほどなぁ。他者から魔力供給を受けられるなら本人のステータスが足りてなくても装備条件を満たせる、と。ちょっと喚く声が五月蝿かったが上下関係叩き込めばなんとかなるんだなー」


 桜井の呟きに反応するように明滅するダンジョンコア。

 情熱の押し売り強盗を終えたその姿を見て彼らは全てを察した。


 「あぁ……こいつ。やりやがったんだなぁ」と。






 ――――時は現在へと戻る。

 大地を踏みしめ悠然と動き出したそれは国内最大級の魔物、学園ダンジョン。


 その姿は今までの首無しの人型であることは自体は変わらないものの、それ以外の場所が大きく変化していた。

 特に変わっているところと言えば手足だろう。

 袖に手首を隠しているかのような両腕は滑らかながらもマッシブなラインを描きながらも、その肘からは角の如き突起物が生えるものへと。

 極太の骨組みフレームがむき出しになっていた下半身は灰色の装甲に包まれ、まるで巨大な長方形を幾つも繋ぎ合わせたかのような機械的な重厚さを持つものへと。


 ただ動くだけのものではなく、より戦いに適した人の形へと変貌した学園ダンジョンが赤銅色の竜へと歩き出す。


 動き出す、歩き出す、歩き出す、駆け出す、駆けていく。

 その一歩一歩が踏みしめた大地から地面に連なる諸々を噴き上げる。

 爆発的な加速力と共に足下の森を蹴散らしながらダンジョンは竜へと一直線に向かっていく。


「ゴアァァァァァッッ!!」


 竜もまた動く。

 広げた両翼を羽ばたかせ、空気を打ち据え暴風と共に舞い上がる。

 単純な話として翼を持つ竜は空を飛ぶことができるが、ダンジョンにその力はない。飛んでしまえば戦いの主導権は常に竜が持つこととなり、ダンジョン側に取れる手段は待ち構えて迎撃するの一択になってしまう。

 竜はそれを理解している。だから圧倒的な優位を得るために飛び立つ。

 ダンジョンには竜を追いかけ空を飛ぶ手段は存在しない。


 だが、


 ダンジョンが膝を曲げ身体を沈み込ませる。

 その次の瞬間には溜め込んだ膂力を開放し、足下の丘を砕き飛ばしながら跳躍した。

 背から噴き出した膨大な炎がその巨体のバランスを整えさらなる浮力を与える。


 腰から頭に向けて振り上げられた拳が竜を捉えた。

 腹部を打ち据えそのまま足を掴み、落下する巨体の体重を加えて大地へと振り落とす。

 拳打の衝撃に翼の動きを乱し浮力を失った竜に抵抗する術はない。竜は山に叩きつけられ、その側面を土砂へと変えながら土煙に身体を浸す。


「――――ッ!?」


 追撃に動き出したダンジョンが側面からの衝撃によろめく。竜が振るった尻尾が直撃したのだ。

 体勢が崩れ重々しい音を立てながらダンジョンが膝をついた。

 竜が叫び、山と土砂に埋まった身体を起き上がらせ再びの飛翔を狙う。


「ユリアッ!」

「一発限りだ、外してくれるなよ!!」


 だがさせない。させるわけにはいかない。

 片膝と左手をつき上半身を持ち上げたダンジョンが右手の甲を竜に向けるように伸ばす。

 手首の付け根に輝きが集う。王族のみが習得している『換金術』によって形成されるのは一発限りの螺旋式超大黄金主砲。

 たった一門とはいえ3年前、竜の片翼を吹き飛ばした砲門が狙いを定めて放たれる。


 ドンッ、と破裂するような、瞬間的ながら激しい音が響いた。

 構えた右腕が反動で跳ね上がり、砲身はダンジョンの後方へと砕け散っていく。


「ルガァァァンッ!!」


 竜の絶叫が響いた。弾頭が左翼を形成する尺骨部位に命中し、その骨を砕いたのだ。

 左翼は半ばから折れて力なく垂れ下がる。翼をはためかせようとしても、ろくに動かず返ってくるのは痛みばかり。


「グゥゥゥ……ガギャァァァァンッッ!!」


 竜の目に怒りの火が灯り、叫ぶ。

 何者も近寄るなと言わんばかりに憤怒が満ちた炎のブレスが放たれ接近の断念を余儀なくされる。

 しかし追撃を諦めざるを得なかったダンジョン側に焦りや怯えはなく、ダンジョンは仕切り直しを認めるように数歩下がって拳を構えた。


 構えは素人のそれではない。

 精錬された武を感じさせるそれは何を隠そう『聖闘派せいとうは』。


「まずは第一関門突破、だな」


 ダンジョンの心臓部にてダンジョンコアを背後にそこから伸びる魔力のチューブを身体中に巻き付けた少年が呟きながらも気を引き締める。


「伝わってるかどうかはわからないけれど。近接戦の攻防は一瞬の遅れが命取りになる。ちゃんとついて来てくれよ……!」


 背負った鬼剣の力によって共有される外の視界を確かめつつ、次の一手に向けて意識を集中させる。

 彼こそが竜との対峙からここまでにおけるダンジョンの動きを主導していた人物。

 桜井に口説き落とされ、対魔竜決戦兵器と化したダンジョンを託された操縦者パイロット


「次はブレスを潰す……行くぞッ!」


 少年がその場で駆け出した。それを真似るかのようにダンジョンもまた駆け出していく。

 迷宮の鎧を身に纏う者の名は天内 隼人。竜へと挑む、勇者の一人である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る