183 はーじめーるよー!


 国の中心部にある王都。

 そこに立つ王城の最上部には天高く輝く星々を利用する技能の持ち主、占星術師の中でも特に秀でた者のみが入ることを許される部屋がある。

 部屋を成立させるための最低限の柱や支えを除けば四方八方の全てがガラス窓となっている場所。

 その中心には水に満たされた巨大な杯が鎮座しており、水面には今代『巫女』の力によって上空からの風景が写っている。学園から動き出した学園ダンジョンの姿だ。


 『巫女』の役割の一つに星々を利用した遠見の術を使い国内の異常を監視することがある。

 そのためユリアが何するまでもなく、『巫女』の手により学園ダンジョンが動き出したという異常事態は国家上層部にいち早く伝わっていた。


 そして報告後は相応の者達に判断を委ね『巫女』は補足した学園ダンジョンの動向を随時監視、異変があれば報告することのみに集中する。

 よってダンジョンそのものだけではなくその周囲の環境にあるもの全てを見ていたからこそ『巫女』はそれに気がつくことができた。


「――っ! !?」


 顔が青ざめる、そんなことがあるのかと。

 あってほしくないと願いながら視点を切り替え力及ぶ限りより遠くに見えたソレを補足する。


「そ、そんな、そんなっ! そんな!!!」


 見間違いであれ、という祈りは挫かれ『巫女』の唇が震え血の気が失せる。

 そうして彼女は駆け出した。恐怖に顔を歪め、報告のためというよりも誰かに助けを求めるかのように手をバタつかせながら。


 部屋に残された水鏡には国を囲う外壁の先、夜暗にあって月明かりに照らされる蛍光色の狼煙が映されていた。






「うご、うごっ、ぐぎいぃぃぃっ!」


 七篠 克己が倒れた。

 竜の力を得た桜井の手によって討ち果たされた。


 しかし話はめでたしめでたしでは終わらない。依然として意識ある檜垣と天内、そしてエセルは臨戦態勢を取り続けている。

 それは七篠の復活を警戒してのことではなく、今まさに敵を倒した桜井に向けての備えだった。


「おっ、ごっぇ、いだっ、体いっだいいいい!!!」


 ビッタンビッタンビッタン! と、桜井は少し離れた場所で身体中の痛みを訴えながら陸に投げ捨てられた魚のような激しい痙攣を引き起こしていた。

 一見すれば敵を倒したことによる戦闘終了を経たか、それとも『狂刃宿し』の起動に必要な剣が砕け散ったためかのどちらかの理由で『狂気』の状態異常が解かれ、これまでの身体強化諸々の反動に苦しんでいるように見える。


 だが。


「(トールのことを信じてあげたい気持ちはあるけどっ!)」

「(本当に状態異常が解けて正気に戻ってるのかがわからない……!)」

「(桜井なら演技で油断を誘って近づいたところを襲いかかってくる程度のことはしてのける!)」


 敵を欺き味方を裏切る。自分の為ならそれを平然とやってのける人間性。

 信じる心はあれど、今さっきの戦いすらも七篠に組みしたと思わせておいてからの裏切りから始まっている。

 その悶え苦しむ姿を疑うには十二分を二周りほど超えた説得力があった。


「ばっ、おま、見てないで、ポーショっ、だずっ!」

「檜垣さん。俺には判断が」

「私にもわからない。様子を見るしか……!」

「な”ぁ”ん”で”ぇ”だ”ぁ”よ”ぉ”ぉ”!”」

「とりあえず私は玲花とアイリスちゃんの手当にいくわ。せめてどちらかでも目覚めてくれれば襲われてもマシになるはず!」

「な”ぁ”ん”で”ぇ”だ”ぁ”よ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”!”!”」


 渾身の叫びすらも皆が桜井のことを信頼しているからこそ

 戦いの功労者に対する仕打ちかと言われれば口を噤む他にないのだが、相手が桜井ともなれば彼らの行いを責めることはできないだろう。


 日頃の行い。


 その言葉が重く降りかかる一幕である。





 人が苦しんで助けを求めているというのに手を差し伸べるどころか警戒心丸出しで見に回るとかお前らそれでも正義側の人間か?

 俺、七篠アホ打倒の功労者ですよね? ピグマリオンも単独で倒したし論功行賞で言えばぶっちぎりの特級戦功ですよね?


「それをよぉ! お前らよぉ! もっとこう…………あんだろうがよぉ!」

「語彙を捻り出す体力はないが叫ぶだけの元気はあるみたいだな。私としては白だがアイリスどう思う?」

「いつもの桜井さんです!」

「二人が言うなら桜井も正気にもど……もど……った? 正気……?」

「隼人。調子が戻った、ってことでいいんじゃない?」

「ともかくかそれじゃあもうトールに手当しても大丈夫ってことよね? 事前に聞いてはいたけど魔導具の反動だから何処まで魔法の効果があるかわからないけど……まぁしないよりかマシでしょ」


 はよせぇや!! こっちは『狂気』解除されてから10分近く苦しんでたんやぞ!

 身体中がアホみたいに痛いわ、左手が爬虫類化して妙に疼くわ、使った覚えないのにポーション無くなってるわでエマージェンシーなわけ! わかる!?


 くっそ、『狂気』の状態異常で暴走してたせいかどうにも記憶が飛び飛びだ。

 覚えていることと言えば何故か七篠の真横に立っている俺が不意打ちに成功したことだとか、そのまま天内達と肩を並べて戦ったこと。

 場面が飛んで檜垣と協力技出したり背を合わせたり……なんか俺にしては珍しく一から十までしっかり協力して戦ってたような気がするな! 偉い!


 そんな偉い俺に対する仕打ちを悪びれることもしない檜垣たちはエセルに俺の手当を任せた後、今度はダンジョンの壁を薙ぎ払って生まれた”傷口”近くに転がっている七篠の下に向かっていった。

 どうやら俺の手当を任せている間に『魔殺の帯』を使って七篠の体を拘束するらしい。その姿を見て、俺は七篠を斬り裂いた剣の感覚を思い出す。



 七篠 克己は打ち倒すことができた。

 しかし殺し切るまでには至らなかった。



 俺の視界の端に見える経験値獲得ログに奴の名前が無いことがそれを証明している。

 確かに俺は『竜桜一閃』によって奴の四肢を斬り飛ばし致命傷を与えた。だがのだ。

 本当に魔人化による強化、特に竜のそれに加えて不壊剣による身体強度の増加は恐ろしい領域に達していたらしい。


 これについては俺が最後の一撃で致命傷ではなく胴体の完全両断に至れなかったのが悪いと言えるだろう。

 その場で突然身に付けたぶっつけ本番の練度ゼロの技だったからしょうがないと言い訳することもできるが、柄に添えた竜爪4本による遠隔斬撃はしっかりと奴の四肢を斬り飛ばしているのだから最後の一閃においてというのは明確に剣士としての俺の落ち度である。


「(アホを倒せなかったのに『狂気』が解除されたのは『狂刃宿し』の媒体になっているアバルソードがぶっ壊れたから、か? まぁ検証は今度だな)」

「あ、ちょっとトール。まだ動いちゃダメよ」

「いいから、肩貸してくれエセル。俺功労者ぞ? 偉いんだぞ? わかる?」

「無駄に好感度下げるような真似しなくても肩くらい貸すわよ……ったく、左手側はお断りだからね! なんか脈打ってるし!」


 そう言ってエセルが右側に周り支えとなってくれたので俺は多少はマシになった全身の痛みを噛み殺しながら立ち上がった。


 彼女の言う通り竜の手へと変貌した俺の左手は目に見えるほどにドクンドクンと脈打っている。

 その脈動からくる疼きは俺も強く感じているところであり、それがただの生理的な現象からくるものではないというのが感覚的にわかる。


 だからこそ七篠を殺し切ることができなかったという事実を前向きに捉えることにした。

 ユリアにお願いされていた不殺も達成したので協力の恩は帳消しにできたし、ピグマリオンが俺に伝えようとしていたダンジョン外でおきるかもしれない『何か』について、そしてこの竜の手から伝わってくる疼きの正体を確かめる機会が残されているのだと。


「ほんっと、このザマでも生きてるそのしぶとさだけは褒めてやるよ」


 ゆっくりと歩いてたどり着いた先には四肢を失い魔人としての能力を著しく弱体化させる『魔殺の帯』を幾重にも巻きつけられた七篠がいた。

 その巻き方もまるでわざと傷口を避けるかのように、なんの止血や手当にもなっていないやり方で行われている辺りこれを施した天内達の怒りが伝わってくる。


「なんだ殺さなかったのか」

「ここで俺たちがトドメ刺したらまた桜井に経験値周りでどうのと恨まれそうな気がしたからな。いつかのラスボスの時みたいに絡まれるのも疲れる」

「そりゃ助かる。ユリアにはできれば殺さないで欲しいって言われてたし、俺にも確かめたいことがあったからな」

「確かめたいこと、ですか?」


 俺の疑問に天内がうんざりとした顔で答えて、アイリスが首を傾げる。

 意識を失っている七篠を見下ろせる位置に立った俺は檜垣に視線を送り、それに答えた彼女が血塗れの七篠の上体を持ち上げ背中から活を入れた。


「フッ!」

「――――ッ!? がっ!? ぁがっがえっ!?」


 目覚めると同時に俺はエセルから離れ、伸ばした左手で七篠の首を掴んで持ち上げる。

 竜の力が未だに継続している俺にとっては重さらしい重さは一切感じなかった。

 身動きは取れないが意識も失わず圧迫感からの苦しさのみが続く程度に首を絞める力を調整する。


「がっ、ぐえっ」

「おい。お前まだなんか隠してるだろ。答えろよ、この腕の疼きは何だ? 答えるなら……」


 手足を失っている七篠は自らの荷重を支える術がない。負担の全てが俺が掴む首に降り掛かってくる。

 それを利用して俺は空いている右手を奴の胴体に刻まれた傷口に差し込み、


「ぅぃぎぃっ、がぇあ……!」

「答えるなら、話しやすいように手を貸してやる」


 新たな支えができたことで首にかける力を僅かに緩めることができる。

 どんな痛みが七篠に走っているかなどわからないがこれで少しは声も出しやすくなるだろう。

 傷口に差し込んだ右手を伝って止まりかけていた血が流れ出す。手を突っ込んだ際に凝固仕掛けていた部分を掻き剥がしたからそれも当然か。

 もっともこの行いは前フリでしかないので答えてくれるならば儲けもの程度。


「――く、くくっ、がふっ」


 案の定というべきか。俺の問いかけで自らが隠しているものを思い出したのか、七篠は激痛に顔を歪めながらも安い嘲笑を浮かべる。

 本当に何かあるのかどうかを知りたかった側としてはありがたい反応だ。なので返礼に右手の支えを抜き差しして鞭と鞭の尋問を行う。

 きっと効果は薄いだろう。その証明に七篠の嘲笑は深まっていくばかりでなんの答えも返してこない。

 だからこそ、お陰様で十分にをできる土台ができた。本命はここからだ。


「むだ、むだぁ。誰が話すか、よ」

「チッ……仕方ねぇ取引だ。答えるならユリアに引き渡して法の下でしっかり裁いてやる」

「あぁ?」

「誰もが死んだとわかるように処刑台を用意してやる、そうすりゃ国の公的な記録にしっかり残る死に様晒せるだろうがよ。お前の望み通りな。それともダンジョンの片隅に放置されて朽ちるのが良いってんならそうしてやる。その場合、俺らは国の連中にお前の名前含めて諸々隠蔽に走る。そうだな、実名は『山田 太郎』で死体は上に転がってるピグマリオンでも利用するか」

「お、おい桜井。それは」

「黙ってろ天内――10秒以内に決めろ。譲るのはここまでだ」


 俺は淡々とカウントを始めた。七篠は即断せずじっくりと考えているように見えて、俺や周りの様子を愉しんでいる。

 予測どおりに物事が進んでいなければその態度は酷く不快に感じたに違いない。その証明として天内達の怒気が漏れ出てきているのを感じた。


「4、3、2……1」

「わかったわかった。その提案に乗る」

「そうか。アイリス、赤野。血だけでも止めてやれ」


 俺は首から手を離し、床に転がった七篠に対してアイリスと赤野に傷口を凍らせるか焼くかのどっちかを頼むことにした。

 可能性としては低いと思うが情報を吐いている最中に俺の手で広げた傷口のせいで失血死なんてされたら困るからな。


 結果としては四肢の断面も含めてウェルダンに焼かれて氷漬けにされた辺り以後の再生を許さないという彼女たちの強い意思を感じることになった。その時の苦悶の声を聞いて周りも多少は溜飲が下がっただろう。

 俺もついでに握りしめた左拳、竜のソレを七篠の顔面の真横に振り下ろす。

 耳の真横で生じた床の破砕音に一瞬奴の顔が引き締まったのを見て、俺は七篠の視線の先に腰を下ろして話を促した。


「で、何を隠してやがる」

「隠してるっつーか、俺としてもそれが起きる可能性があるって考えてただけなんだが。まさか本当に来ることになるだなんてな」

「来る? 何がだ」

「お前もそのザマなら感じてるはずだ。俺たちの中で息を吹き返した竜の因子を通じて、今まさに同族がコッチに向かってるのをよぉ」


 その言葉に合点がいった。なるほど、この左手の疼きはそういう理由だったか。言われてみればそんな感じがする。

 感覚的に納得している俺に対して周りの連中はピンと来ていないのだろう。訝しげな顔をしたり困惑している。現実味を感じていないのだ。


「同族……同族って」

「おいおい急に察しが悪くなったな天内。それでも主人公か? それともわかっちゃいるけど認めたくないってところか? まぁ姿かたちも見えないってのに言われても信じられねぇのも確かだわな。最も、それが見えた時には終わりも終わりっつーところなんだが」

「……そんなこと、ありえないだろ。アレはお前なんかの、いや、人の手で誘引できるようなものじゃない! 魔物寄せにさえ反応しない奴を」

「自然の摂理、いや食物連鎖の必然って方が正しいか」


 天内の逃げ道を塞ぐように七篠が言葉を被せてくる。


「アレは破壊の権化でありこの世界の頂点に君臨する存在だ。図体がでかいほど必要な栄養も多いんだろうなぁ。つまりいつも腹を空かして獲物を探してるんだよ」


 だがソレは積極的に人間を狙うものではない。いくら群れたところで人間が有する栄養、特に魔力量についてはたかが知れている。

 故に人間を襲う場合にはただ通り道にいたソレが邪魔だったから、もしくは通りがけの駄賃程度の感覚か、そうでもなければ人間を食さねばならぬほどに困窮しているかのいずれか。

 普通ならば人間がバクテリアではなく牛や豚を食らうようにソレもまたスケールに見合った獲物を欲するものだ。


 つまりその存在にとってのご馳走というのは食物連鎖の次点に当たるもの。

 人間とは比べ物にならないほどに高い栄養と――魔物という生命の創造すら行える膨大な魔力を有している存在。


ドラゴンだ、ドラゴンが来るんだよ。『学園ダンジョン』っつーご馳走を求めて竜が来る! 俺たち竜魔人の存在は奴らにダンジョンの居場所を知らせるマーカーみたいなもんだ! 俺たちが奴らのことを感じているように、あいつらも俺たちのことを感じ取ってくれる!」

「そんな……桜井、桜井!」

「言ってることはマジだろうな。俺もこの手を通じて感じてる、今まさに来てるだろうな」

「なっ、ばっ、アンタそんなことまで考えてたっての!? どら、ドラゴンだなんて! アンタのことを記録するまでもなくこの国が滅ぶかもしれないじゃない!?」


 3年前にあった『対竜総力戦ドラゴンレイド』で父親を失ったエセルがたまらず叫んだ。


 七篠の目的は歴史に名を残すこと。その前提には歴史を紡ぎ続ける人間、国という存在が健在でなければならない。

 だというのに奴は竜を舞台に持ち出してきた。

 国家の英雄たちが束になってその殆どが命を落としてやっと退けることができる存在を、3年前の傷が未だ深く残り続けているこの国に追い打ちをかけるように。


 大人しく学園ダンジョンを見捨てればいいだろうか?

 否、この世界のダンジョンは自立可能なれっきとした生物であり命の危機が訪れれば当然抵抗をするだろう。

 竜とダンジョンがぶつかりあえばその被害規模はどれほどのものになるだろうか。それでも勝利するのは竜の方だ。

 そして学園ダンジョンを食らった後に周囲を見渡せば、そこには国内に隠れ潜むダンジョンの数々が目に映る。竜にとってこの国はご馳走の山だ。

 きっと竜は意気揚々と襲いかかり、またダンジョンが抵抗して暴れ出し……それに翻弄される人間の末路など想像に難くない。


 国内は荒れる、戦士たちは死ぬ、争いの余波で外壁は砕かれ魔物たちが入り込んでくる。

 国は滅ぶ。人の歴史など魔物たちの濁流に押し流され闇へと消える。そうなれば七篠の目的など達成しようが無くなる。それをエセルは突きつける。


「いいや! 国が滅んだところで人間は生き残る! 絶対に! ゴキブリみてぇなしぶとさで! そうして歴史は紡がれるんだよ! そこに全ての元凶となった俺の存在が未来永劫人の過ちとして刻みつけられるんだ!」


 それでも七篠は人間が生き残ると心の底から信じていた。

 それは人間の可能性や希望を信じているというよりも、自分以外の人間は何があろうとも問題を乗り越え勝ち残る宿命にあると確信しているかのようだった。

 俺はそこに七篠 克己という人間の歪みと偏執的な狂気を垣間見た気がした。


「ヒヒーン!」

「全員、そこに居るか!」


 七篠の言葉に静まり返る中、その静寂はダンジョンの傷口の外から現れた人物の声によって破られた。

 現れたのはフロンの背に乗ったユリアとルイシーナの二人組。

 フロンの背から飛び降りたユリアは酷く慌てた様子を見せており、続くルイシーナも素知らぬ顔をしているものの隠しきれない焦りが見て取れる。


「あぁ良かった、無事だったか! すまない、急ぎ伝えなければならないことがあるのだがその前に少し息を整えさせて――」

「どっかから竜が近づいてるとでも知らせがあったのか?」

「っ!? あぁ、そうだ。星見の『巫女』から東の霊峰より竜が向かってきていることを知らせる狼煙が上がっていると。……もしや、まさか」

「ピグマリオンが伝えようとしたコイツの『隠し玉』だ。今さっき俺たちも聞き出したばかりだ」

「あぁ、そんな、なんてことを……! 貴様……!」

「聞き出したならもう不要でしょ? こいつ殺しましょうよ」


 悲観するユリアに対して単純な怒りから七篠を殺そうとするルイシーナを俺は制止する。


「悪いがダメだ。情報提供の代わりに法で裁くっつー取引を交わしたからな」

「ハァ? そんなもの反故にすればいいでしょ、責めるやつなんていないわよ」

。悪いが破らせるわけにはいかないな」


 七篠に背を向け、ルイシーナだけに笑みを見せる。

 その説得が効いたのか彼女はやや不服そうではあるものの矛を収め、笑みを浮かべる七篠に向けて大きな舌打ちをした。


「亨くん、彼の身柄は私が引き受けよう。そのまま私は王城と連絡を取り合う。何をするにしても父上らの判断を聞かねば行動もままならない。下にいる兵たちには周辺住民の避難をするように伝えてあるから――」

「ねぇ、桜井くん。ドラゴンのことなんとかできない?」

「――あ、赤野さん? 何を馬鹿なことを」

「確かに、桜井さんならどうにかできないですか?」

「アイリスさんまで一体何を! 相手は竜だ! 一個人の行動でどうにかできる相手ではないッ!!」


 いや本当に全く持ってその通り。ユリアの言葉は正しいものだ。

 このゲームにおけるドラゴンとはエンドコンテンツと言える存在であり、カンスト前提のガチビルドパーティを用意した上で様々なイベントをこなしてシステム的な弱体化を重ねに重ねてやっっっと討伐できる存在だ。

 しかもこの世界においては現実化によって生まれた根本的なサイズ差諸々も相まって、それこそ『剣聖』のおじさんでもなければ一個人で戦いの舞台に上がることすらできやしないだろう。

 そしてそのおじさんは冒険に出ていて今この国にいない。知らせを受けてその内戻るだろうけれども間に合う保証はどこにもない。


「そうそう。大人しく頭抱えて隅っこで縮みこんでるのが利口ってもんだぜお前ら。俺としても、俺のことを知ってる連中は多く生き残るに越したことはないからよ、後はお偉方に任せちまえよ」


 様子を見守っていた七篠も正論と共に俺らが避難することを進めてくる。

 ユリアも七篠の意見自体には文句は出ないのか、眉を顰めて奴を睨みつけはするものの視線はすぐに俺たちへと戻ってくる。


「確かに亨くんが破天荒で常識破りの発想で物事を解決してきた実績とそれに対する信頼が君たちにはあるのだろう! しかし今回の問題は、竜は次元が違う! 国内全ての英雄英傑たちを束ねることで生まれる純粋な力が必要な相手なんだ! 小手先の技術や悪知恵でなんとかなるような相手じゃない! それが通じるならば……そんなことができているならば……!」


 ユリアが苦虫を噛み潰したかのように顔を歪める。脳裏に浮かべているのはきっと3年前の出来事だろう。

 そう言えば大聖堂の資料には『対竜総力戦』にて『先王』、つまりユリアのお爺さんも戦い犠牲になったと書いてあったな。

 竜の喉と引き換えに爆散した身内のことも思い出しているとすれば彼女が感じているものはきっと俺には想像もできないものなのだろう。


 だからまぁ、そんな相手が眼の前にいる状態こんなことを言うのも空気を読んでないような感じがするので微妙な後ろめたさがあるのだけれど……。




 

 


「は? 亨、くん? いま、なんと」

「竜は殺せるから殺しに行く」


 確かにこれが原作と同じカンストやりこみ大前提のエンドコンテンツであるならばお手上げではあった。

 だが俺がいるここはゲームではなく現実であり、文字通り”環境”も”事情”も違うのだ。

 幸いにも竜を討ち取るために使えそうなものは揃っている。幾つか超えなければならないハードルはあるにはあるが、まぁ、それはなんとかなるだろう。


「というか殺れる極大経験値ドラゴンを見逃す理由なんで何処にあるんだ? だったら 殺るだろ、普通」

「いや、だが、しかし!」

「ユリアはユリアで好きにすりゃ良い。俺は俺で好きにする。必要なものはここに揃ってるし……あ、鬼剣連中の拘束だけは解いてくれアイツらのこと使うから。それと天内、お前は手伝え」

「お、俺!? 桜井お前何を考えて」

「――馬鹿言ってんじゃねぇ!!!」


 俺の言葉に困惑する中で何故か一番大きな声を上げたのは七篠だった。

 その顔は信じられないものを見るような、荒唐無稽なことを言っている相手に対する怒りの表情が浮かんでいる。


「竜だっつってんだろ!! 竜! カンスト前提で18のイベントこなして弱体化重ねまくってやっと戦いになる相手だぞ! 俺程度に必死なテメェが寝言抜かしてんじゃ!」

「檜垣そいつの口塞げ」

「あ、あぁ……わかった」

「んっんぐっ!? んぐぐぐ!!」


 チンピラ目ブザマ科マケイヌ属のイモムシ野郎を黙らせたところで改めて言葉を続ける。


「最低限俺と天内がいればなんとかなるが、今回ばかりは協力してくれるってんならそれを拒むつもりは無い。十中八九殺れると踏んでるけど、相打ちも可能性としてはあるからな。手伝ってもらえりゃその可能性も減るだろ」

「本当に、本当にそんなことが……できるのか……!?」

「嘘ついてどうすんだよユリア。まぁ信じれない気持ちもわからんでもない。だから休憩ついでに少し考えてて良いぞ? 俺はその間に下準備してくるから」

「下準備って何をするんですか桜井さん? 手伝えることなら手伝いますけど」


 完全に協力する気満々のアイリスに対して俺は手を上げて制止した。

 これに関しては協力をしてもらいたくとも不可能、俺にだけこなせる重要な関門だ。


「桜井、俺の道づ……協力は確定なんだろ。だったら何をするつもりか少しは教えてくれ」

「別にいいけど。俺以外にできるやつは居ないから深く考えず休んでていいんだぞ?」

「単純に何をやらかすか不安なんだよ……!」

「そんな不安がるなって。ちょっとスカウトしにいくだけだ」

「スカウト……?」


 天内の問いかけに俺は投げやりに言葉を返して視線を外した。

 そして俺は少しばかり目を瞑り討滅した竜の経験値に想いを馳せる。

 より強く感じられるようになった左手の疼きが大凡の制限時間タイムリミットを伝えてくると同時に胸の鼓動が高まり体の奥底からマグマの如き灼熱が迫り上がってくる。


「クッ、ククッ……クハッ!」


 俺はそれを抑えきれず笑みを浮かべた。

 きっとその笑顔は人によっては酷く歪んだ凶相に見えるかもしれないが、自分がどう見られようとどうでもよかった。


「くッふひひひひッ、やってやろうじゃねぇか」


 視線の先にあるものを見据えて歩き出す。いつも通り、失敗した時のことなど考えず。

 都合を良い未来のことだけを考えるのが臆せず前に進むコツなのだ。


 『経験値稼ぎドラゴンハント』、はーじめーるよー!!

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