181 予測不能
踏み出し、攻勢に出たのは七篠 克己。
彼の握る両手剣は桜井の片手剣よりも長い。単純なリーチ差が桜井から先手を奪う。
「シィッ!」
握りしめた両手剣が上段より襲いかかる。これこそが最速であり最も重い一撃である。
それを桜井はしっかりと受け流す。即座の切り返しには一歩下がり距離を開けることで回避する。
桜井の重心が後ろへと傾き、対して踏み込んでいた七篠は再び剣を振るう。
剣戟が始まった。桜井は向けられる斬撃の数々を次々に受け、流し、逸し、躱していく。
全力でやっているというのに崩すことができない桜井の防御に七篠は奥歯を噛みしめる。
「(クッソがッ!
七篠の斬撃はあいも変わらず一流の冴えを見せている。しかしそれはかの『剣聖』に次ぐほどのものではない。
自らの刃が精彩を欠いていることを彼は自覚する。天内達との戦いで刻まれた数々の小さな傷が身体の動きを鈍らせていた。
そしてそれに拍車をかけているのが腰に挿し込まれたままの短剣の刀身である。
人体の動きにおいて腰というのは非常に重要である。首を軽く動かす以外のほぼ全ての動作において腰は連動して動くためだ。
そしてそれが武術を振るう場面ともなれば腰というものは重要度が更に高まる。
なにせ武器を振るう際に必要となる力の伝播・増幅のみならず円滑な重心移動、姿勢制御、それに伴う体力消費の効率化などなど……まさしく腰とはあらゆる動きの「起点」となりうるからだ。
その腰を小さな刃が阻害している。
命に関わる傷ではないが剣術を振るう上では致命傷に近い傷であると言えるだろう。
本来であれば抉ってでも取り除いたほうが身体の動きはマシに戻る。
しかし身体に染み付いた感覚によって剣術を振るう七篠に人体構造の知識があるはずもなく、出血を抑えるための蓋として刃を抜くことを諦めている彼にこの『楔』を抜き取ることはできない。
天内たちが積み重ねてきた細かなダメージ。腰に挿し込まれた刃。
『剣聖』を筆頭に数々の格上に対する戦闘経験。
そして『狂刃宿し』の力で身体能力を大幅に増加させ、本来そのレベルに相応しい身体能力の獲得。
これら全てが揃うことで桜井は七篠と十全に斬り結べる状態に至っていた。
「フヘ、クヘヘ、クハッ!」
「キモい声ッ! 出してんじゃ、ねぇよ!」
「クヘヘヘヘ!」
桜井が七篠の斬撃を刃で受け止めると同時に背から床に倒れるように仰け反る。
一瞬の内に不壊剣エッケザックスの刀身に絡みついた糸に引っ張られ、その柄を強く握る七篠もまた攻勢の勢いそのままに前へと倒れかけた。
「がっ!?」
引き倒されることを防ぐために力を込めた七篠の腰に、糸を絡めた不壊剣を支えに身体を浮かせた桜井の蹴りが叩き込まれた。
ただの蹴りであれば響くことはない。
しかし叩き込まれた場所は短剣が刺さっている場所。刃を通じて内側に透る衝撃に思わぬ声が出た。
「ヒャアァ!」
不壊剣に絡めた糸を床と繋ぎ、体勢を立て直した桜井が襲いかかる。
七篠は身体の制御を『
そのまま飛び退き桜井の初撃を躱し、続く刃を迎撃する。
思考無き反射の剣技。
後手に回ろうとも僅かに先んじる動きは一合刃を交える度に受けへと傾いた天秤を攻めへと戻していく――はずだった。
「火剣、『蛇焔』」
七篠が反撃に切り替えたその瞬間、桜井の剣から炎が吹き出る。
轟ッ! と音を立てて七篠の視界を埋め尽くす7匹の蛇焔に対して彼の身体は迷わずその斬り込んでいく。
焔の渦を抜けて返ってきたのは強かに床を打つ感触。そこにあるべき敵がいない。
「――ッ!?」
剣より放った『蛇焔』は攻撃ではなく移動のため。
『蛇焔』を動かすのではなく、床に食らいつかせて固定した『蛇焔』で自分を浮かび上がらせ動かす。
蛇の長さを活かして大きくぐるりと七篠の背後へと移動した桜井が剣を振りかぶる。背後に回した剣から生じた炎が敵に向けた推進力を生み出す。
七篠 克己の『自動操縦』は続いている。思考を排除した反射の剣技は今も脅威である。
しかし渦巻く焔によって敵の姿を見失い、空気を燃やす音に聴覚を潰され、肌を焼く熱に触覚を狂わされた。
思考を排除しているからこそ予測が立てられない。
「『剣聖一閃』」
銀閃が七篠の背を斬り裂く。これまで対峙してきた誰よりも深い傷を刻みつける。
その痛みという情報を入力されてやっと『自動操縦』が反応する。振り払うように背後への斬撃。
しかし『糸繍』スキルによって作り出された2枚の『盾笠』とその間に挟み込んだアバルソードに受け止められ、桜井を弾くことこそ成功したものの痛手を与えることはできなかった。
床を転がる桜井を七篠は追わなかった。いや、追えなかったというのが正しい。
背中の傷は彼の背骨に達してそれを両断している。身体に流れる竜の血潮がその傷を修復するまでの僅かな間、動きを止めざるを得なかった。
「なんだぁ? チャンスだったろうに、来ないのか? その『人が変わった』動きをしたのに自分がしてやられたのがそんなに驚きか?」
七篠は熱を感じていた。背中から、いや全身から。それは傷からくる痛みによるものなのか別の理由があるのかわからなかった。
焼き尽くすような熱に呼吸が乱れ、見開いた瞳は桜井という男から目が離せなくなっている。確かな異常を感じながらも七篠はそこから逃れることができない。
「二度見たからなぁ。それは危機に対面してから任意で切り替える動きだ。予測立てて使えるようなもんじゃねぇだろ? 学園祭の時に煙幕で俺を見失った場合にもその動きは無かった。つまりさぁ、『情報の入力』が無けりゃ行動が出力されねぇ。そういう仮説が立てられるわけだ」
だから五感の内、目・耳・皮膚の3つを潰す形での奇襲を行った。自分の仮説が正しければ成功するだろうと。
桜井は失敗や考え違いを犯していた場合など考えてすらいなかった。第二の案すら存在していなかった。
「斬り結んでてハッキリしたけど、考えなしの動きだ。動きの始動に
「何なんだよテメェはよ……グダグダ語りやがってそれで勝ったつもりか……!」
「うん? 背骨も斬ったはずなのに動けるのか? リジェネ能力とか持ってなかったよな?」
「テメェみてぇなモブと違って俺の身体は特別製なんだよッ!」
「元からツギハギまみれだからバラバラにされても問題ないってことか? いいねぇ、それはそれで長~く楽しめる!」
七篠に向けられた笑みは目を見開き爛々と輝かせ口角はどこまでも釣り上がっている。
捕食者たる獣の視線と人のみが有する狩猟を娯楽として楽しむ感覚が混じり合ったが故に生まれた表情には凡夫を怯ませるだけの圧がある。
桜井が宿している玩具を前にした幼い子供のような期待とネジの外れた狂気が彼に関わることを本能的に恐れさせるからだ。
だが七篠の怒りはその威圧を跳ね除けて余りある。
魔剣に魔力を宿し一足飛びに距離を詰めるため、強く踏み出すことになんの支障もない。
一歩と共に床が爆ぜた。単純故に全力、怒りによりタガを外したその一歩は音速に迫る勢いで七篠の身体を突き動かす。
放たれたのは刺突。直撃すれば胴体が泣き分かれるどころか余波で四散しかねないその一撃が何処を狙っているかなど検討する暇など無い。
桜井は山勘を働かせ反射的に真横に飛び退きながら逆手持ちした剣を振るい、直線攻撃である刺突に対して線の攻撃を充てがう。
刃同士が擦れ合い一瞬の火花が散る。その光が宙を落ちるまでの間に、僅かながらに軌道を逸した魔剣が数瞬前に桜井の首が存在した位置を通り抜ける。
「っ、がっ!?」
刺突は回避した。しかし続く一手、魔剣に纏わせていた魔力の開放に為す術を持たなかった。
魔力の知覚こそできない桜井はその威圧に怯むことなど無い。
だが、開放に付随する物理的な衝撃波に対して身体を浮かせていた桜井はそれを全身に受け空中でバランスを崩す。
更に七篠が振り抜いた裏拳が桜井の胸を強打。ただでさえ崩れていた体勢に望まぬ力が加わり、身体とともに視界が巡る。
「『
明確な隙を晒した桜井の周囲に複数の七篠が出現する。本来あるべき動作後の硬直、彼我の距離を塗りつぶして現れた分体の手には竜の一爪が形成されている。
抗うように、がむしゃらに放たれた『糸繍』の罠と弾丸は数人の分体に直撃しその動きを留める。
だが抵抗の全てを透過することで距離を潰した一人の
「『神呪災爪』ォ!!」
魔剣が振り抜かれ血飛沫が舞う。斬り裂かれた桜井の身体があっけなく転がっていく。
それでもなお桜井は片手剣を床に突き立て、滑らせながらも身体を止める。斬り裂かれた胴体からは止めどなく血が流れ、咳き込むとともに赤黒い塊を吐き出す。
間違いなく絶死のタイミング、必殺の一撃を叩き込まれていた。しかし桜井は生きている。
床に広がる血潮に紛れ込むように一つのアイテムが桜井の懐からこぼれ落ちた。それが彼の絶命を防いでいた。
装備アイテム『不屈の
桜井が数々の装備品を駆使してその
だからこそ防御力を上げていたとしても桜井はボスキャラの放つ必殺に耐えきれない。故に不屈の鉢巻はその力を発揮する。
「がぇ、ぼっ、ゲフッ! なぁ……知ってるか? この鉢巻。巻けてりゃ頭以外でも良い、んだよな……っ」
かつて『剣聖』との斬り合いの中で発見した事実が桜井を救った。だが千切れ落ちた鉢巻はもはや二度とその力を発揮することはない。
死にはしなかったものの依然として瀕死状態。回復行為すら手間取るその姿を七篠が見逃すはずもない。
大技2つを発動した反動から七篠にできることは通常の斬撃のみ。だが目先の命を刈り取るには十二分。
再びの踏み込み――それが天内に刈り取られる。
「アァ!?」
全体重を乗せた片足が天内の下段蹴りによって払われ、今度は七篠がバランスを崩す。
宙に浮かぶことになった七篠に対して衝撃重視、距離を取らせるための両掌底が叩き込まれた。
腹部に『火雷針』を叩き込まれた時と違い空中では踏ん張りなどできるはずもなく、七篠は吹き飛ばされる。
「『火剣、蛇ッ焔ァ』!」
「チッ!」
そして飛ばされた先に待ち構えていたのは檜垣 碧。
彼女が放つ蛇焔達が七篠を迎え入れ、その身を焼き尽くさんと幾重にも絡まり渦巻く。
それに飲み込まれながらも七篠は大きく魔剣を振るった。剣圧が衝撃波と風を生み出し、群がる蛇焔達を打ち払う。
七篠は滑るように降り立ちながら反射的に止めていた呼吸を再開する。
一息ついてから見上げた視界には桜井を中心にして天内と檜垣が並び立っているのが見えた。
「『言っておくが、もうポーション無ぇから。俺もこれで最後だ』」
天内と檜垣にノイズにまみれた妙に甲高い桜井の声が聞こえた。
しかし七篠の目に映る桜井はただ薄ら笑いを浮かべているようにしか見えず、声も聞こえない。
それは桜井達を繋ぐ『
戦いの中で室内に張り巡らされた糸は七篠に悟られぬ伝達網を確立し、また桜井が有していた最後の回復アイテムを天内達の下へ運搬していた。
『糸繍』は通常の行動に合わせて追加発動できるスキルである。
原作ゲームにおいてはその技性能の低さから軽視されキャラ
「んっ……ぷはぁ。全回復にゃあ程遠いがこれでお互いにイーブンってとこだろ」
最後のポーションを飲み干した桜井が血塗れの姿のまま笑みを浮かべ、その容器を投げ捨てた。
七篠の視線が鋭くなり、天内と檜垣に緊張が走る。
強敵に対する緊張。
そして、それを凌駕する並び立つ狂人に対する緊張。
「それじゃあみんなで仲良く第2ラウンドといこうかァ!」
張り上げた声が開始の
天内は飛び込むように駆け出し、七篠は迎え撃たんと魔剣を振り上げる。
「シャァ!!」
「桜井ッ!!」
そして振り抜かれた凶刃を同門の刃が受け止め、桜井と檜垣の間で火花と焔が爆ぜた。
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『あとがき』
皆様、あけましておめでとうございます!
本年度も完結目指してゆっくりとですが進めていきたいと思いますので、是非とも本作共々よろしくお願いします!
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