176 醜いピグマリオン

 ピグマリオン・ドン・トロールというキャラは『悲惨な過去のせいで悪に落ちた』タイプの敵幹部である。


 数々の天禀と引き換えに代償の如く与えられた先天的皮膚病。

 成長と共にどんどんと醜悪になっていく外見に反比例するかのような優秀な能力が嫉妬と嫌悪を呼び、嫌がらせにも屈しない精神が逆恨みと怒りを呼ぶ。

 そして一部の馬鹿どもが超えてはならない一線を超えてしまったことでピグマリオンは全てを失い裏社会へと転げ落ちていった。

 なお後々明かされる「馬鹿どもが行動を起こした背景にはピグマリオンに目をつけていたラスボスの暗躍あった」という真実も合わさりプレイヤーの中で彼に対する同情的な見方はとても強い。


 実際に俺もピグマリオンに対しては同情しているところはある。可能であれば幸せになって欲しいという人らしい心もある。

 そしてその上で――だからといって手加減ができるような相手では無く、全力で当たらねばならないボスだ。


「んんっ、むぅんッ!」


 気合を入れた唸り声と共に親指だけが残るピグマリオンの右手から茨が巻き付いた三角錐の結晶体が放たれる。

 それは顔見知りの面々が扱うような炎だの氷だのといった単一の属性ではない『複合魔法合体技』であり、受けても避けてもなにかに触れれば爆散と共に茨の棘を周囲に撒き散らすものだ。

 もちろんその棘はピグマリオンにも牙を剥くものだが彼にはその巨体すら守りきれる大盾がある。よって被害を受けるのは俺だけだ。


「『糸繍、始末:毛弾撃ち』!」


 だが予備動作からその攻撃を見抜いていた俺は即座に遠距離攻撃を放つ。

 威力としてはあまりにも心もとない技だが、結晶体に触れるだけのものであればいい。


 接触、爆散。全方位に爆ぜて散る数々の棘。

 ピグマリオンは咄嗟に大盾に身を隠す。

 奴にダメージを与えることはできなかったが、放たれるよりも前に行われた先を取る素早い対処は俺に回避の余地を与える。

 なにせ爆心地から離れれば離れるほどに吹き飛ぶ棘と棘の間には隙間が生まれるのだ。そこが俺の活路となる。


「ですがっ、んんッ!」


 だがその活路をピグマリオンが潰しにかかる。大盾を前に構えての突撃。

 俺と違い爆心地に近いからこそ棘をしのぎ終わるまでが早く、次の行動へ移ることができる。

 仮に師匠である『剣聖』のおじさんであれば迫る突撃を真正面から両断するとかやってのけそうだが今の俺には困難な行いだろう。

 なので俺は舌打ちと共に袖口から取り出した小瓶を口に含み、ピグマリオンの待つ活路に向けて毛玉――糸繍スキル『蜘蛛風』――を転がす。

 それは行動を阻害するためのものだがピグマリオンの突進を止めることはできない。しかしその速度を下げることはできる。

 結果、飛来する棘と突撃攻撃の間に僅かな”差”が生まれた。棘をくぐり抜けることができるだけの”距離”が。


「ッ、グゥ!!」


 前へと飛び込みながらも身を守る姿勢を取る。

 棘は身体を掠める程度に終わったものの続くピグマリオンの突進は直撃する。

 前に出た以上、自分から走る車にぶつかりにいくようなものだ。衝撃に身体が吹き飛ばされた。


 だがその衝撃で口の中に含んでいたポーションの小瓶が割れる。液体は口から漏れ出るものもあれば中に向かうものもある。

 どちらにせよ回復作用は働いたようで実質的なダメージの軽減に成功。転がりながらも意識はあるし手足も動く。

 口から小瓶の残骸を吐き出して、続く大盾の振り払いを回避。その裏で向けられていたピグマリオンの右手親指から放たれた結晶の礫を右手の剣で弾く。身体が仰け反る。


「ぅんんッ!」


 眼前の巨体が回った。

 驚くべき機敏さから後ろ回し蹴りが体勢を崩している俺に向けて放たれる――が、何かに勢いよく引っ張れるよう身体を前に倒した俺はその蹴りを掻い潜ることに成功する。

 結晶を弾いた際に左手からピグマリオンの身体に絡めていた『糸』。

 奴が身体を回転させたことで糸が巻き取られ、そこに繋がる俺の身体が引っ張られたのだ。


「ッシャァ! 隙ありィ!!」


 蹴りを抜ければそこには無防備なピグマリオンの背中。隙を晒したそこに迷わず斬撃を叩き込む。

 一撃、浅い。湧き出る経験値に思わずニッコリ。

 返す刃で二撃目を狙うも蹴りの勢いのまま身体を回したピグマリオンの大盾が裏拳の如く迫ってきたので動きをキャンセル、後方に飛ぶ。


 対峙、仕切り直し。

 ダメージは入れた。しかしポーションの使ったとはいえ俺もダメージを受けた。

 ボスキャラとモブキャラの体力差を考えれば分が悪い削り合いだ。


「……く、クハッ。ハハハッ」


 だというのに笑いが漏れる。なにせ経験値を得ることができているからだ。

 こと経験値効率で言えばダンジョンで魔物を狩り続けている方が良い。しかし強敵との戦いは戦闘中に獲得できる経験値の量が違う。

 特に剣術や糸繍などの使えば使うほどに経験値が溜まっていくスキルの類は相手の強さに応じて獲得経験値に補正が入る。

 つまりボスキャラであるピグマリオンとの戦いでは剣一振り、技一つで得られる経験値がそこらの雑魚とは段違い。大きなプラス補正がかかっているのだ。


 だから楽しい、だから嬉しい。

 戦い続けたくてそして殺してやりたくてたまらない。

 頭の片隅に残った微かな理性が手にした装備の副作用だと声を上げているが、俺の本能はそれに「だからどうした」と叫び返す。


「カハッ、カハハハッ! ァハーハッハッハッ!! 最高! 最高だぜッ! なァッ!?」


 なにせ経験値が得られるのだ。楽しくて嬉しくて何が悪い?

 国の一大事だとかダンジョンの諸々だとか七篠への怒りだとか、今この瞬間においてはただのノイズ。

 眼の前のご馳走を堪能しなければせっかく現れてくれた経験値ピグマリオンに失礼だろう!?


 本能からくる雄叫びに理性は納得して黙り込んだ。

 これにより俺の持つ全知全能はすべてこの戦いに注がれることとなる。


「ハッハッハッカッハヒィッハァ――――ハァ、ふぅ」


 故に笑いきった俺は目を見開いてピグマリオンの姿を捉え直す。

 その一挙一動息遣い一つ。何もかもを見逃さず、何もかもを俺の経験値血肉にするために。穴が空くほどの視線を向ける。


「んん~? 突然笑い出したと思ったら今度は急に静かになりましたねぇ~、何かは知りませんがご満足しましたかな?」

「いやいや全然全くまるでちっともこんなんじゃ足りねぇ満足できねぇもっともっと、もっとだ」


 口を開けば垂れ流される思考の数々をどうにかせき止め飲み込んだ。

 少しでも会話に乗ろうとしたら胸の内にある情熱が溢れてしまいそうで、俺は剣を両手で握り刀身の裏に口元を隠すように構え直した。


 さぁもっとだ。もっと。もっとくれ。

 お前の積み上げてきた全てを俺の経験値に換えてくれ。


 お前の、経験値を、俺に!


「寄越せやぁぁああァァッッッ!!!」







 桜井が吠え猛り、ピグマリオンへと向けて駆け出した。浮かべる笑みは牙を剥く肉食のそれであり、動きは愚直で直線的。

 その姿はもはや眼前の獲物を狩ることしか考えていない獰猛な獣のように見える。


 つい先程まで瞳に見えていた理性的な輝きが見当たらない。

 ピグマリオンは騎士を目指していた時代の知識を引きずり出し、今の桜井の状態が背に携えている『狂刃宿し』にあると考えた。


「(んんっ、確かあれは大幅な身体強化の代償として殺戮の狂気に陥る、敵味方の判別がつかなくなる物品でしたねぇ~)」


 指定管理魔道具。

 発見次第学園やギルドなどが強制的に買い上げ、国が管理することになっている物品の一つ。

 どこで入手したものかはわからないが一対一の状況であれば狂気に陥るデメリットをほぼ踏み倒しているようなものだろう。もっとも桜井が身体能力を大きく引き上げようとも未だその点において優位はピグマリオンにあるが。


 その上で、右手が実質潰されたとはいえピグマリオンには魔法がある。

 左手が無事であるならば大盾を自由自在に操る『操盾』の技がいくらでも使える。

 両足が動くのであれば巨体そのものを質量兵器にすることができる。

 頭が巡るのであれば敵の動きを分析して追い詰め仕留める計画を練ることができる。


 故にただ身体強化されているだけの獣であれば、ピグマリオンはほどなくして桜井を討ち取ることができる。それだけの要素が彼には備わっている。


「んんっ、ぷぅっ!!」


 構えた大盾の後ろから、迫る桜井の疾駆に知恵の結晶たる魔法を放つ。

 火、水、雷、風。土に結晶、植物に闇や光。

 身体能力に影響を及ぼす呪いデバフに状態異常。

 直接的な攻撃型から罠型や範囲型、時には自律稼働するゴーレム型まで。

 ピグマリオンの知る限りの魔法が状況に応じて取捨選択され桜井へと向けられていく。


 それは遅滞戦闘が許されるからこその積極性を捨てた魔法による『引き撃ち戦法』。

 多種多様な魔法を前に翻弄され、隙を晒したならばそこにさらなる魔法を叩き込むもよし、重戦士型へとスタイルを切り替えスキルで殺すもよし。

 ともあれ普段は行わない魔術師型の戦闘スタイルはこれまでの重戦士型のものとは動きがガラリと変わる。

 異常なレベルで自分の動きを読んでくる桜井を相手にするのであればこちらの方が通用するだろうとピグマリオンは判断していた。


「ハッハァ!」


 だがしかしその目論見は大きく外れることとなる。


 直接的な攻撃魔法はまず命中せず、罠は見抜かれ、範囲型は即座に安全圏へと突破される。

 ゴーレムは生まれると同時に始末され、感覚を狂わせる呪いは即座に対応。

 状態異常においては『恐怖』や『魅了』などの強力なものはどういうわけか無効化され、その他のものは付与とほぼ同時にアイテムで回復されるか、動きに問題なしと見て無視される。


 恐るべきはそれらの対処判断全てが行われていること。

 おそらくは魔法陣や直前の音を手がかりにしているものだと予想できるが、ピグマリオンはそれを信じ切ることができなかった。


 なにせ理性を失っている状況であることを考えれば、それは武術の型のように魔法に対する知識と対処を身体本能に染み込ませているようなものだからだ。

 そしてそれは武術と違い身体的な動きを伴うものではないし、『魔法に対する手札』という包括的な技でなく『1つ1つの各種魔法ごとに合わせた対処法』を身体に染み込ませていると考えればその難易度は段違いと言っていい。


「(それを、学生程度の年齢で! んんっ! これが『剣聖』の一番弟子ですかッ!)」


 対処される、切り込まれる、防ぎ受け流して凌ぐものの小さくはない傷を付けられる。普通はできるはずもない、目を疑うような動きを桜井は続けている。

 ここぞと見せた隙に反撃を入れようとすると桜井の身体が予想外の方向へと動き決定打が入らない。


「んんゥッ!」

「っ、ぐっ!?」


 ピグマリオンが直感任せに大盾を裏拳の如く振るうと何かを殴りぬいた衝撃が走った。

 拳の勢いに追従した身体と視界。その先に映ったのは逆手持ちした剣で防御したであろう桜井が宙に片膝立ちしている姿であった。


 『糸繍』スキルの1つ、『猫の道』。

 戦いの最中、ピグマリオンを中心に張り巡らされた糸が桜井に彼だけが利用できる足場を提供していた。


「ふーっ……」

「んん~。まさか『剣聖』のお弟子さんが糸に逃げるとは思いませんでしたね~」


 挑発とも言えない軽口に桜井は反応せず、その刃を今一度構え直した。

 その間にピグマリオンは大盾を投げていた。屋内を跳ね回る張り巡らされた糸を切り減らして大盾は彼の左手へと戻ってくる。


 互いに機を伺う膠着状態。


 桜井の双眸はピグマリオンを見つめていた。

 何を言うわけでもなく、ピグマリオンはその視線が自分を理解しようとしていると察することができた。

 それもデータ的な情報としてではなく、考えずとも対応できるほどに深い理解を求めてのものだと。

 そう確信できるほどに桜井の瞳はピグマリオンの一挙一動その瞳孔の奥底にある動きさえも見逃さぬと言わんばかりに力強く見開いていた。

 全身全霊でピグマリオンのことを続けていた。


「クッ、クク……んふふ、んひひひひっ」


 その上で耐えきれぬとばかりに笑い声を漏らし始める。

 嘲笑っているのではない。心の底からこの戦いを楽しんでいることが伝わる歓喜だった。


「ん、んんっ、ぷふっ」


 釣られるようにピグマリオンは口元から唾液と共に汚らしい笑みを漏らした。そしてすぐに自分が笑い声を上げた事実に彼は驚いた。

 なにせ殺意と歓喜が両立している桜井の姿を見て、それが狂化による産物であったとしても自分の心中に喜びの感情が湧き上がっていることに気がついたからだ。


「(これは……あぁ、なるほど。そういうことですか)」


 眼の前の少年は敵意故ではなく、自分の全てを自分の糧とするために外見の醜悪さに囚われずどこまでも真剣に自分を見てくれている。

 同時にピグマリオンがこれまで積み重ねてきたものと刃を交えることに喜びを感じている。自分との戦いを楽しいものだと感じてくれている。

 それが自身の琴線に触れたのだとピグマリオンは気がついた。


 事実、桜井はピグマリオンとの戦いを通じて彼を真剣に観察し続けていた。

 それはもちろん原作にはない動きをどう乗り越えるかという観点においてのものであったが、その予測を立てるために桜井はピグマリオンから見て取れるもの全てを自分の本能に刷り込まんとしていた。

 そして戦いの中で得られる経験値に内心狂喜乱舞しているのはいつものこと。

 故にピグマリオンの受け止め方もあながち間違いとは言い切れない。


 だからこそピグマリオンは桜井の様子に。

 に確かな喜びを感じてしまった。


「(んん~。つくづく、私というやつは)」


 その身に秘めている欲求が首をもたげていた。

 それは今もなお七篠 克己に利用されているものであるというのに。

 もしも彼ともっと早く出会えていたならばと無意味な考えが頭によぎるほどに嬉しかった。嬉しかったのだ。


 眩しい世界表社会で闇に塗れ、落ちた先の暗闇の世界裏社会で輝きに当てられる。

 ままならないものだという想いと出会えてしまった喜びが入り混じりピグマリオンは苦笑を溢した。


「んひっひひっ、ひ? 何してんだお前?」

「んんっ。その、コポッ、なんですかねぇ~……思うところがあっただけですよ。本当に」


 桜井がピグマリオンの行動に眉を顰めた。大盾が手放され床に転がっていた。

 開いた左手をピグマリオンは自身の口の中へと入れ込む。そこには魔人として得た収納能力が宿っている。


「んんっ、ぐぼっ、こぼぉっ」


 取り出したのはピグマリオンの身の丈に合わせて作られた特注の片手剣であった。

 それは桜井の握るものと比べると倍近くのサイズ差がある、死した父からの贈り物であった。

 両親との死別を境にその刀身を血に染めてからというもの時折握るばかりで使うことのなかったそれは新品同然の輝きを放っている。


 使い慣れた大盾を捨ててのスタイルチェンジ。

 当然、その腕前は『操盾』の技に比べるまでもなく低いであろうことはわかっていた。

 七篠の計画に加担している者として、目的にそぐわないことをしている自覚はあった。


 だがそれでも剣を抜くことを決めてしまった。

 そうしたいと、自分の持つ最後の刃を見せてやりたいと思ってしまった。


「(んんっ先程から大きな振動を感じませんし。おそらく、ダンジョンは足を止めている……となれば、七篠さんも会敵しているのでしょう。であれば、彼を留め続けるよりも無理にでも討ちに行くほうが……きっと、良い)」


 そう考えたところで、下手な言い訳だなとピグマリオンは自嘲した。結局のところ隠しきれない喜びが勝ってしまっていた。


「……ふうん?」


 剣を構えるピグマリオンの姿。

 その意図を理解して、桜井は笑みを止めてため息のように高ぶる熱を吐き出した。


 桜井にとっては経験値稼ぎのために斬り結び続ける方が個人的な喜びではあったが、大局を見据えるとダンジョンの奪還が長期的に見た経験値の安定確保につながる。

 であるならばピグマリオンとは早めに決着をつけた方がいい。相手がそのつもりならば乗るべきだろう。


 などと。

 経験値という『数値』を積み上げる狂気であるからこそ、ある種理性的にも見える判断を桜井は下した。

 そこには原作知識からくるピグマリオンに対する憐憫の情もあったが、現在進行系で狂気の中にある桜井自身はそれに気がついていなかった。


「まぁ俺もずっと遊んじゃいられねぇか」


 ともあれ桜井もまた自分を納得させるための建前を口にしつつ、糸の足場から降りて無防備に近づいていく。

 そして片手剣を両手で握りしめ、数度素振りをして。身体に覚え込ませた剣士としての自然な構えをもってピグマリオンと対峙する。


「よーし、来い」


 抜けた口調とは裏腹に態度からは真剣さが滲み出ていた。

 年季を感じさせる堂に入った剣士の姿にピグマリオンは自らの我儘を汲み取ってくれたことに対する感謝の念を送りつつ、ゆっくりと距離を空けた。

 例え体格に寄るリーチ差があるとしても、なるべくお互いにとっての五分となるように。


「ふー……」

「んんっ、ぷほぅ……」



 息を整え、沈黙。

 大きく動いたのはピグマリオンであった。



「んんっゥンッ!!」


 唸るような雄叫びと共に巨体が飛ぶ。踏み出しと共に捻りを加えたピグマリオンはその雄大な背中を桜井に晒す。


 彼が放ったのは”回転斬り”。

 敵に向けて背中を晒す暴挙は手元を隠し、握る刃の間合いを読ませない。接触までコンマ以下の攻防においてそれは明確な不利要素を敵に押し付けることができる。

 そこにピグマリオンの有する類まれなる膂力と回転によって生まれる遠心力が合わさり、その一撃は防御に回した武具諸共を砕く必殺となるだろう。

 

 加えて剣を握る左手とは別に右手の先では圧縮した空気を一度だけ任意の方向に放つ『風魔法エア風向行ステップ』が待機状態にあった。


 通常の回転斬りであれば身体の向きや回転の方向から少なくとも横薙ぎか斜めもしくは縦斬りかを判別することができる。

 その見極めができる実力者であれば回転に合わせピグマリオンの背中側へと踏み込み攻撃をすり抜けることができる者も現れる。


 故に魔法を使い、攻撃の直前に回転速度や方向に変化を加える。

 ただ単純に回転を加速させ攻撃のタイミングをズラすも良し、風の力で横回転を縦回転へと変えるも良し。

 ピグマリオンの魔法技術も合わされば天地逆転による下方からの切り上げすらも可能だ。


 人外じみた巨体に高い魔力、慢心せず積み重ねてきた修練の結実。

 魔剣と言っても過言では無いピグマリオン・ドン・トロールにのみ許された絶技が桜井に迫る。


「(さぁ、どう出て――――ッ!?)」


 思考の加速とともに引き伸ばされた時間の中でピグマリオンの巡る視界に桜井の姿が映る。

 腰だめに構えた刃と共に桜井もまた飛び込むように前進していた。その瞳に迫る岩石の如き巨体への恐れはない。

 おそらくほぼ同時に動き出していたのであろう。自身が回転斬りを放つことをわかっていたかのような判断にピグマリオンは驚きを隠せなかった。


 


 ピグマリオンの回転斬りは魔剣であり、絶技であり、必殺であった。

 しかしそれを桜井は知っていた。原作ゲームにおけるピグマリオンの第二形態が放つその必殺攻撃を記憶に焼き付けていた。


 桜井が前に出たことによりコンマ数秒の猶予が更に短くなった。

 猶予の消失はともすればピグマリオンの取れる選択肢を絞ることになる。


 例えば身体を天地逆転させるほどに大きく変化させるだけの時間はもう無い。

 回転方向に合わせこのまま横切り、今ならば縦斬りへの変化が可能。

 横切りを継続するならば回転を加速させて桜井が想定しているだろうタイミングの一手先を行く必要がある。


 ならば。


「『風魔法エア風向行ステップ』!」


 待機状態にあった魔法が起動する。生まれた風は巨体の勢いをものともせずその跳躍を押し止めた。


 

 ピグマリオンが選んだのは加速でも方向転換でもなく、回転はそのままに跳ぶ勢いを殺すこと。

 これにより詰まるはずだった彼我の間に距離が生まれた。つまり桜井の踏み込みによって潰されかけていたリーチ差が息を吹き返した。


 桜井の剣が届くにはあと一歩の踏み込みが必要。

 対してピグマリオンの剣は桜井を射程に捉えている。

 防御不可、前進中故にもはや回避も不可能。必殺の横薙ぎが回転に合わせて襲いかかり――




「『剣聖一閃』」




 ――流星の如き銀閃が迫る刃を斬り飛ばした。


 桜井の剣はピグマリオンへは届かない。

 だがピグマリオンが振るう剣の刀身には届く。

 そして斬撃が直撃さえするのであれば『剣聖一閃』に斬れぬものはない。

 例えそれが亡き父の形見と言えるものであったとしても。


「あぁ」


 振り抜いた剣が半ばから消え去り、ピグマリオンは巨体の前面を晒した。

 腰だめから剣を振り抜いていた桜井はそのまま上段の構えへと移っていた。

 何十万と繰り返してきた構えと共に、あと一歩が踏み込まれる。


「『剣聖』」


 一閃。

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