175 それぞれの敵


 ピグマリオンのりきみを察し、先んじて動き出す。

 しかし俺たちの間にある距離をより多く、速く詰めたのはピグマリオンだった。


「んんッ!!」


 唸るような声と共に大盾の1つが振り下ろされ、破砕音と共に飛び散る礫が斜め前へと避け抜けた俺の背にぶつかる。痛みは無い。

 振り向きざまに放った斬撃は跳ねるようなステップで回避される。わかってはいたがその巨体に似合わぬ俊敏さだ。


残火煙ざんかえん


 目眩ましの煙を足元から生みながら俺もまた位置を変える。煙の中をピグマリオンの腕が通り過ぎ、拳風に巻かれ煙がうねる。

 それを見て敵の位置を見極め、煙の中へと踏み込み再度剣を振る。今度は『糸繍』スキルによる糸の斬撃も含めた多重攻撃だ。


「んっんん!」


 円形の火花が幾重にも花咲き全ての攻撃が鮮やかに防がれていく。

 作中最高レベルの『操盾そうじゅん』スキルの持ち主であるピグマリオンの防御を崩すことは難しいらしい。


 果敢に攻めても刃が届かない状態であるならば息切れの隙を突かれる前に仕切り直すべきだ。

 そう判断してタイミングを測り牽制を起きつつ後退する。が、そこに合わせるかのようにピグマリオンが腕を振りかぶった。


「うおっ!?」


 咄嗟に貼った『糸繍』スキル、盾笠による防壁は容易く破られ間に挟み込んだ剣に激突したのは半月の大盾。

 ピグマリオンと違い火花を散らすこともできなかった俺は投擲された大盾に押し込まれるように体勢を崩してしまう。

 俺の身体を弾き飛ばし上方へと跳ね飛んだ大盾は意志を有しているかのように回転し、速度を上げ天井に跳弾してまた俺へと襲いかかってくる。


 『操盾』スキル、盾を自由自在に操り戦う技術。

 それは防御のみならず攻撃にも転用される。たったいま飛び退いて回避した大盾が部屋中を跳ね回り始めたように。


「(跳弾回数、3、4、5)――6!」


 背後へと振り向き向かってきた大盾を弾く。円形の火花が散る。

 ジャストガードにより身体にかかる負荷は最小限。原作に存在した攻撃であれば問題なく捌ける。


 弧を描いて手に戻った大盾と共にピグマリオンが突進してくる。その巨体に速度が乗り切る前に俺から距離を詰め、飛び蹴りを放つ。

 ピグマリオンが体の前に構えていた大盾に俺の蹴りが叩き込まれた。

 それは動き出した車に自ら飛び込むようなもので、当然そんなことをすれば足に強い鈍痛ダメージが入る。


 だがそれでも加速を終えた巨体の突進を受けるよりかは遥かにマシ。

 俺は触れている足を軸に身体を捻り上げ『跳ね飛ばされる方向』が大盾の向こう側になることを狙う。

 しかしその狙いを大盾越しに感じ取ったであろうピグマリオンが急ブレーキと共に腕を押し上げる。

 大盾に触れていた俺はカタパルトで射出されたかのように天井に向けて跳ね上がった。


 身体が宙に浮かぶ、無防備になる。

 視界の中でピグマリオンが両腕にある大盾を投げるために振りかぶっているのが見える。盾に生じた一瞬の輝きを見逃さない。


「んんむぅんッ!!」


 りきみから解き放たれた2枚の大盾、半月形のそれは勢いよく回転し完全な円盤として迫りくる。1枚だけでも体勢を崩されるそれが倍の数となった。


「『糸繍』、『縫い上げ:盾笠』」


 宙に作り上げることができる糸の盾を足元に作り、蹴り飛ばす。

 大きくは移動できないが身を翻す程度には十分。正確無比な投擲だからこそ僅かな移動で回避ができる。


 しかしそれで攻撃が止むわけではない。

 天井に激突し二手に分かれた大盾が室内を跳ね回りながら襲いかかってくる。ランダム性を伴った動きは身体のどこを狙ってくるかはわからない。

 だが、それが「ピグマリオンの技」であるならばは知っている。


「(投擲前に大盾が輝いた時は5回の跳ね返り後に4回攻撃、盾が分割されて2枚の場合は接触タイミングに一拍のズレ!)」


 種別としては全体攻撃、ヒット回数は戦闘に参加している仲間の人数によってランダムに振り分けられるため4人パーティであったならば1人あたり0~2回の間で攻撃が襲いかかる技。


 しかし今回は俺1人。

 1で4を割ったところで数に変化が生まれるわけもなく、4回の攻撃全てが襲いかかってくる。


 『盾笠』を使い避ける、『火剣』の防御技『巻火止まきびし』を使って受け流す。

 反動で仰け反るように体勢が崩れる。

 壁を跳ね返り眼前に迫る大盾を、剣とその腹に押し当てた腕を使って受け止める。

 衝撃に身体が硬直する。床をバウンドして下からやってきた追撃は躱せない。


「ごっぶっ!」


 直撃が確定していた腹部にせめてもの抵抗として糸を集める。

 『盾笠スキル』として一切成立していないそれが大盾を受け止め、腹部に爆ぜるような衝撃が走る。

 糸を集めていなければ回転していた大盾の縁で身体が切断されていたに違いなく、腹から伝わる衝撃に胃液が逆流しかける。


 それでも、受け止めた。

 ピグマリオンの手元に帰る大盾は1枚。もう片方は俺の手の内に収まった。


 手元に戻った1枚の大盾をピグマリオンは再び投擲する。

 あまりにも滑らかなその動きはまるで大盾が奴の身体の縁をなぞって戻ってきたかのように見えるほど。

 それでいて減退した速度と威力を取り戻した攻撃に対して、俺は手中に収めた大盾を構えることで防御する。


 ガィインッ! と音を立てて円形の火花が弾けた。

 衝撃で浮いていた俺の身体は大盾を持ったまま床に転げ落ち、投擲され弾かれた片割れは再びピグマリオンの腕へと戻る。


「んんっこぽっ。じゅる、困りますねぇ、人の装備を盗ってはいけないと学校で習わなかったんですか~?」

「授業、には。ろくに……でてないもんでな」


 ピグマリオンが空いた腕で口から溢れる涎を拭っている間に、俺は立ち上がり奪い取った大盾を左腕に持って構える。

 半身と口元を大盾で隠しながら、左腕の袖口に仕込んでいたポーションを舐めるように口に含む。足と腹部の痛みが和らいでいく。


「んっぅん!」

「ッォラァ!!」


 ピグマリオンは突進、俺は身体を回し遠心力の助けを得ながら大盾を投擲。

 『操盾』スキルは冥府での戦いで身に着けている。

 放った大盾は回転しながらピグマリオンへと直撃して、そのまま何するわけでもなくあっさりと弾き飛ばされる。

 何処かへと飛んでいった大盾は突進の速度を落としたり、軌道を変える一助になることさえない。


 最高速へと至った突進を止める術はない。

 激突すれば撥ねられるどころか四肢の一本二本は勢いのままに千切り飛んでもおかしくはない。

 できることと言えば僅かに跳ねて身体を宙に浮かせることのみ。後は身体が耐えてくれると信じて祈る他にない。


 今から対処するには時すでに遅し。もはや何もできない。

 


「んんっ!? 消え――!」


 ピグマリオンに跳ね飛ばされた大盾はこの部屋に十分に張り巡らせた糸を伝って軌道を変え、横合いから俺の足元へと滑り込んできた。

 その上に乗った俺はピグマリオンと激突する直前に真横へとスライドする。奴の視界からはまるで俺が消えたかのように見えただろう。


 勢いのある突進は急に止まることはできない。

 その巨体が制動距離を突き進む間に俺は足元の大盾を投げ放つ。ピグマリオンではなく、壁に向けて。

 『操盾』スキルの補助もあり壁にぶつかり跳ね返ってなおその勢いを維持する大盾が俺に向かって返ってくる。


「ンンッ!」


 身体を完全に制止させたピグマリオンが振り向く。

 その視線の先2mの位置には大盾の上に片膝立ちで乗っていた俺が飛来していた。大盾の回転に合わせて身体も回る、視界がぐるぐると巡り巡る。


 ピグマリオンが防御のために大盾を構えたのが見えたその瞬間に俺は身体を後方へと傾けた。

 大盾同士が接触する。俺が乗っていた大盾が傾き、後方の縁が床に触れて斜め上へと跳ね上がる。

 その跳ね上がりがピグマリオンの構えた大盾を押し退けた。

 俺の身体は天地逆さまに転げ落ちながらも慣性に従い前へと突き進み――剣を振るう。


「『剣聖一閃』」


 ピグマリオンを通り抜け、無様に転げ回る。

 即座に立ち上がり、剣を構え直す。

 視界の片側が赤く染まる。額にできた傷から血が流れて、目に入った。


「んん……っ!」


 うめき声が聞こえた。声の主は背を向けたまま微動だにしないピグマリオン。

 その足元には切断された親指を除く右手の一部が転がっている。


「まずは一本、ってとこか」


 血を軽く拭って視界を取り戻し、俺はポツリと呟いた。


 斬り裂いたのは右手の側面根本近くから人差し指の根本まで。

 つまりピグマリオンは手のひらの大半と4本の指を失ったことになる。もはや彼は右手で何かを掴むことなどできはしない。


 重症、だが致命傷には程遠い。呼吸を整えながら次の一手を思案する。

 その間にピグマリオンは転がっている半月の大盾をつなぎ合わせ一枚の大円を作り出していた。


「んんっ。これは中々に、困りましたねぇ」


 本来であれば残った右手には剣を握りしめ騎士を目指していた時代の戦い方を第二形態とするピグマリオンだが、俺が与えた負傷のためそれは不可能。

 そしてピグマリオンはルイシーナのように高い再生力や形状変化で対応する能力などは有していない。

 彼の魔人としての能力はあくまでも『宝箱プレゼンター』としての収納能力だけだ。


「(後は俺がどれだけ早く大盾の先に刃を突き立てることができるか、だが)」


 多分、いやきっとかなりの時間がかかる。

 ピグマリオンはそもそも守りの固いボスだ。いくら負傷しているとはいえ、その事実が変わることはない。

 ましてや最終的に『敗北』を見据えてただ暴れまわることが目的である七篠のための戦いであれば、ピグマリオンは最悪時間稼ぎさえしていれば良い訳で。

 ”守る”を選択し続けるピグマリオンを単独で打倒するのは不可能ではないが時間がかかること間違いない。


「(ピグマリオンとここで戦っている以上、はぐれた天内達はダンジョンの奥に向かっているはず。七篠もきっと奥にいるだろうから、連中が先に奴と遭遇する……となれば)」


 ここで時間を稼がれると七篠戦への参戦が遅れる。となれば俺が手ずから奴をぶん殴る機会も減るということ。

 ぶん殴る機会が減るということは殴って得られる経験値を失うということで、大嫌いで腹立つ奴をボコボコできる上に経験値も獲得できるという二重の爽快感を得られる良い機会を逃すということで。


 結論、どうにかこうにかピグマリオンを早めに倒さなきゃならん。


「(大盾、斬れるか? 同じ場所に5~6回は『剣聖一閃』叩き込めば、それを許してくれる相手か? 後は機動力で裏に回るか)」


 俺が思案している間も大盾を構えて微動だにしないピグマリオン、やはり時間稼ぎのために守りに入るようだ。

 本当になんでそこまで七篠 克己あの馬鹿に尽くすんだか。仕事とは言え頑張りすぎだろ……などと思いつつ。


「二本目、獲らせてもらうか」

「んん~! そう安々と行くほど私は甘くありませんよぉ!」


 短く言葉を交えて斬り掛かった。







「おー、おー、随分とまぁ大勢で来るじゃねぇか。つか早くね? ダンジョン内ぐっちゃぐっちゃだったろ?」

「内部同士を繋ぐ隠し通路に手を付けてなかったくせに、よく言う」

「待つのは礼儀だが待ち続けるのも、途中でリタイアされるのもつまらねぇからな。こういうのは直接叩いたほうが良いだろ?」


 学園ダンジョンの最奥。

 横倒しになったクリスタルの上に腰を掛けて待ち構えていた七篠が現れた天内達を拍手と共に嘲笑いながら迎え入れた。


 そこは全裏階層を抜けた先にある場所ではあるが位置としてはその巨体の心臓部辺りに位置している。

 学園ダンジョンの内部構造が変化して上下左右がごちゃまぜになった結果、下層への道が上体の方へと向いていたことが多かったためである。

 むしろダンジョンのコアなのだから心臓部にあることが本来の適切な位置なのだろう。


 対峙する天内は真っ直ぐに歩みを進め、少女たちは各々の位置に展開していく。


 檜垣は七篠の斜め右側へと。視界からは消えず、チラつく位置。

 赤野とエセルは後方で各々杖を構える。練り上げる魔力が支援魔法へと変わる。

 そしてアイリスは中衛に立つ。前も後ろも担える魔法戦士であるためだ。


 七篠はその動きを止めようとはしない。ただ嘲笑い見守っている。

 彼は天内が剣の射程に入ってからやっと立ち上がり、その顔を見下しながら相対した。


「なぁ、もう十分だろ?」

「あ? 何がだよ」

「街一つ、しかも冒険者学園のある街が潰れるほどの被害が出た。名前も大声で名乗ってる」


 悪名を刻むために勝ち負けの土俵にすら立たない七篠相手に向けて発した声は、天内自身が驚くほどに平坦だった。


「お前の悪名はもう十二分に歴史に刻まれたよ。だからさ、もう終わりにしないか?」


 こんなものが。ましてやタイマンでボロ負けした自分の言葉が通じるわけがないというのはわかっている。

 それでも天内は言わずにはいれなかった。情けないことに、彼には必要なことであった。


「十二分? 最低ラインの間違いだろ。街一つじゃ死人の桁が2つは足りねぇよ」


 対して七篠はむしろ不満があるとばかりに呟く。


「外壁は壊してねぇ、王都だって襲ってねぇ。水源にも手を出してねぇし他のダンジョンと争わせることもできてねぇ。やりたいことがまだまだあるな」

「お前、一体どこまでっ」

「そうだなぁ……まぁ、国の半分くらいは行きてぇよなー」


 国の半分。

 この世界における唯一の国家、その半分ということは即ちと宣言しているようなもの。

 そしてその上で七篠は自分が最終的には負けると考えている。自分の凶行を未来永劫語り継ぐ人々が残ると信じている。


「まだまだ死人が足りねぇ! 犠牲が足りねぇ! だからお前ら程度に負けるつもりは微塵もねぇんだよな、これが」


 七篠はどこまでも小馬鹿にしたような醜悪な笑みを浮かべた。

 瞳に宿る輝きは桜井のように爛々としたものではなく、黒い、粘り気を感じるものだった。


「(もしも俺が正真正銘、物語の主人公ヒーローだったなら……こいつに歩み寄ることができたのかな)」


 そんなもしもを想像してしまうほどに、その歪みと狂気を天内は理解できない。本当に何もわからない。


 結局自分は大した人間ではないのだ。

 整った顔立ちに呆れ返るほどに多くの素質を秘めた身体を有していてもその性根は前世のまま、どこにでもいるだろう陰気な一般人モブキャラでしかないのだ。


「そうか」


 だから、天内は諦めることができた。


 理解することを諦めて、救うことを諦めて。

 説得することを諦めて、そして――七篠 克己という存在全てを諦めた。


「ならもういいや」


 構えることもなく。”ぬるりと”天内が踏み込んだ。

 その踏み込みはまるで崩れ落ちるかのようなもので、生気の欠片もない亡者のような一歩だった。

 油断なく隙を伺っていた檜垣でさえ反応できなかったものに慢心故の油断に塗れた七篠が反応できるはずもなく。


「『雷帝拳』」


 右ストレートが七篠の顔面に叩き込まれ、拳に纏わりついていた雷が爆ぜた。


 そして。


「ハンデはやったぞ?」


 拳の先で顔を僅かな火傷を負った七篠が手にした剣を跳ね上げた。 

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