174 各個撃破

『まえがき』

 141話の内容を一部修正し、8番通路の先にある階層を27~28の間から47~48へと変更しました。何卒宜しくお願いします。


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 学園ダンジョンの周囲を巡る鬼剣達をルイシーナとユリアの2人に任せ、ちょっとしたトラブルはあったものの無事に内部に潜入することができた。

 フロンは出入り口近くに待機させて何かあれば自由に動いていいと命じておいた。頭のいい馬なのだからきっと悪いようにはならないはずだ。


 ヨゼフから聞いた8番通路を通り抜け、ダンジョン改装のために用意された資材置き場へと辿り着く。

 埃にまみれた古臭い木箱が幾つも残されている空間を通り抜ければそこはダンジョンの内部、息が白くなるほどに冷え切った氷の世界だった。


「俺たちは47層と48層の間を通ってきたんだよな? 周囲を見るにここは48層の北側か?」

「47も48も氷でできたダンジョンだがここは47層だな。氷の壁の中を見てみろ」

「あぁ、木の実が混じってるな。不純物があるってことは47層か。なら曲がり角の向きを見るに東側か」

「トールも天内もなんでそんなとこから判別できるのよ……こわ……」


 問題はダンジョンが立ち上がったせいか本来横に広がっている階層が縦になってしまっていること。

 今まで壁であった場所が床になり、通路と天井が壁となっている。

 そのせいで場所によっては直線通路が深い縦穴に変わっていることだろう。足元も完全な氷に変わっていることだし落ちたらコトだ。


 とは言え内部の変貌は予想の範疇だ。

 学園に残されていた穴や周囲の破壊跡から見てダンジョンは「立ち上がるように」その場から動きだしたことはわかっていた。

 元々直立した状態ではなかったということならばダンジョンの向きが変わっていてもおかしくはない。

 むしろ各階層が混ぜこぜになっていないだけ幸運といえる。

 後は階層の出入り口が48や46層ではなくまた別の階層と接続されてなければ道に迷わなくて済むので万々歳だ。


「桜井くん。目的地はダンジョンの中枢……なんだよね?」

「あぁ、『冥府』の塔にもあった中枢。ダンジョン・コアっつー巨大なクリスタルがある場所だ。巨大といっても人型くらいだが」


 場所は裏階層の全てを乗り越えた先に存在する最奥の場所。

 原作では巨大なクリスタルが鎮座するだけの石造りの空間であり、クリスタルに話しかけてその脈動を感じるムービーが見れるだけの場所。

 そこは裏階層全制覇とダンジョンも魔物であるという真実に至った証明、実績解除トロフィーが得られるだけであるため俺としては微塵も興味が湧かない場所である。

 これがせめてダンジョン内の魔物エンカウント率だとか経験値取得率をいじれるとかのボーナスがあれば何が何でも初手で制圧しにいったんだがな……制作側はユーザーへのサービス精神が足りてないと思う。


「それじゃあまずはこの変貌した階層を突破して、48層よりも先に向かう必要があるということだな」


 檜垣がそういってアイリスを見る、アイコンタクトでその意志を汲み取った彼女は愛用の長棒で足元の氷を軽く突きながら結論を返した。


「うーん、氷ですから私の魔法で干渉できれば移動も楽だったんですけどダメみたいですねぇ」

「そう美味い話はない、ということだな」


 檜垣は小さく嘆息した、きっと足元が滑りやすいのが不安だったのだろう。その気持は俺でさえわかった。

 なにせ滑りやすいということは踏ん張りが効かないということ。

 それは近接武器を使う者にしてみれば振るう武器に足腰から生まれる力を込めきれず威力の弱体化に繋がることを意味する。つまりベストな状態で戦うことができないのだ。

 しかし無理であるならそれはそれで仕方がないことだ。諦めて進むしか無い。


「(……それにしても耳を澄ましても魔物の気配がまるで無いな)」


 普段なら徘徊する足音なり息遣いなり気配を察知させる何かしらを感じ取ることができるだが、本当に何も感じない。

 そんな俺の不満そうな顔を察してか、もしくは同様の気配のなさを考えてか、天内が推測を告げる。


「街に大量の魔物を吐き出していたからな。内側には殆ど居ないか、作る余力が残ってないんじゃないか?」

「魔物がいないなら体力も魔力も温存できるからありがたいよね」

「ダンジョンにいるのにレベル上げができないってことか。大問題だな」

「この鍛錬狂いトール! 私達の目的は別でしょ!」


 そうだな。エセルの言う通り目的とレベル上げ呼吸は別の話だ。

 だから俺は大問題だって言ってるんだけど???

 こちとら街に戻ってきてからというもののろくにレベル上げできていないってのに学園長に見せられた夢のせいで欲求不満に拍車がかかっているのだ。

 そのせいで世界が息苦しくてかなわない。

 せっかくダンジョンの中に侵入することになったのだから少しばかりリフレッシュを期待することの何が悪いのだろうか?


「はぁ、学園長が見せてくれた夢はよかったなぁ。見えるもの全てが敵で、殺しても殺しても尽きること無くって、多種多様の攻撃で死にかけ……つか死んでもその場ですぐに蘇ってまた経験値稼ぎに勤しめて……はぁ」

「お前はまたなんて夢を見てるんだ」

「桜井さん、我慢ですよ我慢。悪い人さえ倒しちゃえば後は自由なんですから」

「トールに対して『後は自由』なんて言葉使って良いものなの?」

「後が怖くなる言葉だよね」

「とりあえずいい加減に進もう。桜井、先導を頼んだ。見つけた魔物はお前が倒していいから、な?」


 倒していいっつったって、その魔物の姿形がまるで見えないんだよなぁ。

 だが天内の言う通りうだうだ言ってても仕方がない。

 俺は頭の中にある47層のマップを目の前に広がる現実に合わせて向きを変え、自分たちの現在地を把握しつつ目的地となる48層へと歩き出す。

 時には行くべき道が縦に変わったことでそびえ立つ壁となった場所を剣に魔法にを使って登攀したりと、普段のダンジョンでは味わえない道のりを行く。


 やはりダンジョン内部に魔物を生み出す余力はないのか、これだけ歩き続けても一向に魔物と出会わない。

 このままでは何事もなく順調に次の階層に向かうことができるな――と思ったその時。


「ガ、ガゥ~ッ」

「!!!!」


 48層へと繋がる最後の道、縦になったT字路で深い縦穴を挟んだ先にそれは現れた。

 横壁に変わった床の中からまるで卵から生まれる雛のように、ゆっくりと、しかして着実に這い出てくる。


「お、おぉ……おぉぉ……!」


 そしてボトリと氷のへと落ちたのは子供程度の体格を持つ犬顔の獣人。

 生まれてすぐだというのに豊かな獣毛に身を包んだそれはこの階層には登場するはずがない魔物『コボルド』だった。


 生まれたばかりのコボルドの足腰はまるで子鹿のように震えていた。

 しかしそれはすぐに本来の筋力に支えられ、しっかりと立ち上がる。


「ガ? ガゥ!」


 そしてこちらを見るやいなや両手のひらを広げると指の先の爪が音を立てて肥大化し始める。一つあたり約20cmはあるその鋭利な爪がコボルドの持つ凶器だ。

 奴はそれを両手の指全てに携えて、見せつけるように周囲の壁を爪で傷つけながら咆哮と共に飛びかかってくる!


「ガルルゥゥッ!」




 そして当然のように彼我を隔てる縦穴へと落ちていった。




「ガゥァアアアアーーー!?」

「バカ野郎オォォォォッ!?」


 俺は罵倒と同時に駆け出し、落ちていくコボルドを追いかけ縦穴へと飛び込んでいく。

 この直線通路縦穴はこの階層の中でも一段と長い通路だ。それ故にコボルド程度であれば容易に落下死するだろう。


 だからこそ救い出さねばならない。

 自由落下するコボルドに向かって俺は身体を小さくして空気抵抗を薄めることで速度を出し、追い付いたところでその小さな身体を抱え込む。

 落下の衝撃を和らげるために『糸繍』スキルで糸を張り巡らそうとするも氷の壁では糸の踏ん張りが効かず想定していた網を作り出すことができなかった。


「ガッゴッ!?」


 背中を打つ衝撃に肺の中にある空気が無理矢理押し出される。

 痛みではなくひりつく熱が背中全体を包み込む。

 しかし幸いにも氷の壁から伝わる冷気が高まる熱を押し留めてくれていた。


「ガ、ガゥ……?」


 腕の中に収まっているコボルドが困惑して俺の目を見る。

 俺はただ無言で微笑み返し、コボルドを腕の中から下ろす。

 警戒しているのであろう彼または彼女は飛び退くように一歩下がり両手の爪を構え――ようとしても既に遅い。


「ガ、ゥ――!?」

「剣の射程リーチ内だ。残念だったな」


 コボルドを降ろした次の瞬間に引き抜いていた剣で俺はその首を刎ねた。

 崩れ落ちる魔物に身体に対して視界端のログに浮かび上がる獲得経験値の表示に笑みを浮かべる。


「危ない危ない、眼の前の経験値が無駄に消えるところだったな」


 勝手に落ちて死ぬ分にはどうでもいいのだが、この状況で現れた貴重な経験値を抱え落ちされるのは困る。

 これで僅かばかりだが欲求呼吸も満たせたので壁に剣でも突き立てて上に戻るかー、などと考えて身体を起こしたところ。


「ガ、ガゥ~ッ」


 ――また別の通路の先に新たな命獲物が芽吹いた。


 俺は迷わずそちらに向けて駆け出した。そして飛びかかり剣で殺す。

 滴る血潮と経験値に自分の生を実感しているとまた視線の先で新たな生命魔物が生まれ落ちる。


「アッハァ! ハハハァッ!! 待て待て~一匹残らず殺しちゃうぞ~!」


 見つけた魔物たちは多種多様、コボルドだけに限らない。

 向かってくるものもいれば俺の強さを察してか逃げ出すものもいた。

 だが俺は日々自らの標語として「来るもの経験値拒まず逃げるもの魔物殺す」という言葉を掲げている。

 故に一匹として逃さすことなく見つけたものみな傷つけていく精神で追いかけ回し、経験値へと変えていく。


 あぁこれだ、これこそがダンジョンの本来あるべき姿なのだ。

 こんなにも素晴らしい体験を身勝手な考えで封じ、ダンジョンを我が物顔で使役する七篠のなんと邪悪たることか?

 やはりアイツはしっかりと潰してやらねばならない。俺は満足感と共に天内たちのところへと戻ろうとして。


「…………あ? どこだここ」


 いや、わかる。

 上下逆さまになっているが、黄土色の壁にヒエログリフっぽい意匠が施されているここは学園ダンジョンの32層だ。

 問題はなぜ俺がこんな場所にいるのかということ。

 なにせここに至るまでの記憶が一切存在しないのだ。


 追いかけていた魔物の種類や経験値数は本来その階層にいないはずの弱い魔物ばかりだったので印象深く精確に思い出せるのだが……ダメだなぜこんな場所に居るのか全くわからない。


 考えられる可能性は学園長のような幻覚魔法、もしくは何らかのダンジョントラップ。

 転移系のトラップも無いことはないが47層には設置されていなかったはずだし、後は七篠が仕組んだ転生者だからこと思いつくこの世界ならではの罠か。


「いずれにせよ分断されたのは事実か――!」


 紛れもない失態、いや相手が上手だったというべきか? それはそれで腹が立つ。

 俺が引っかかっている以上、他の連中も俺と同じように分断されている可能性が高いとすれば、これは相手にとって各個撃破ができる絶好の機会になっているかもしれない。

 ならば急ぎ誰かしらと合流しなければならない。

 俺たちの目的地は裏階層の最奥。であれば全員そこに向かうに違いない。

 俺もそっちに向かえば誰かしらと合流できるはずだ。


「(他の連中はまだしも同じ転生者である天内は下に向かう速度も早いはず。最低限、アイツとは合流したい)」


 そう考えて俺は早速動き出す。

 こういう時、携帯電話や無線などの通信機器が恋しいが無い物ねだりはしても意味がない。


 進みだした32層は空間が上下逆さまになっており、そのせいで踏むと発動するタイプの罠やダメージを受ける場所も全てが天井になっているのであらゆる障害を無視して進むことができた。

 お陰様でスムーズに32層を突破。そのままの勢いで駆け抜けて35層へと辿り着く。

 不幸中の幸いにも道中の階層もただ上下左右のいずれかが反転しているだけだった。踏破するのにかかった時間は10分と無いだろう。


 そして同じ調子で35層も走り抜け、ボス部屋の扉を蹴り開けたところで。


「んん~? おや、先ほどぶりですねぇ」


 部屋の中央に灰色の巨体の持ち主が座り込んでいたのを目にした。


「……なんでこんなとこに居るんだお前?」


 それは『黒曜の剣』の幹部、ピグマリオン・ドン・トロールその人。

 彼の醜い豚面はまるで上から潰されたかのように皺だらけであり、それはきっと彼なりに朗らかな笑顔を浮かべているものなのだろう。


「私はずっとここにいましたよ~。走り抜けていった貴方はお気づきになられなかったようですが」

「え、マジで。俺ここ走り抜けていったの?」

「んんっ。こぽっ、大体15分くらい前ですかねぇ~? 上から来るであろう敵を待ち構えていたのですが、まさか後ろから通り過ぎていくとは。意外や意外というものですね~」


 ともあれ、とピグマリオンは言うと傍らに置いていた愛用の武器。半月型の特徴的な2枚の大盾を両手に持つ。

 そして立ち上がった彼は朗らかな笑みを浮かべながらもその眼光を鋭いものへと変えていた。


「んんっ、コポォ。かの『剣聖』の一番弟子がお一人という状況は非常に都合が良い」

「……つまり?」

「各個撃破のチャンス、というわけですねぇ」


 ふむ、なるほど。ってーことは、あれか。

 俺は今から『黒曜の剣』幹部ボスキャラのピグマリオンとタイマンで戦わなきゃいけないということで。

 ともすれば俺が各個撃破される大ピンチというわけで、魔物を使って人を釣り出す卑劣さに感服するばかりなのだが。

 でも、まぁ、前向きに考えれば、さ。



 それって俺から見ても各個撃破独り占めのチャンスってことだよな?



 かのヨゼフを殺した時は120万を超える経験値を得ることができた。

 ならば奴よりも戦士として何倍も上にいるピグマリオンを倒したとあればどれだけの経験値が得られるだろうか?


「(ピグマリオン……原作キャラとしてはその境遇も含めて嫌いじゃない。むしろ報われて欲しいなと思う人情もある)」


 だけど、でもな?

 俺の前に出てきてそうやって構えられた以上は、敵として立ちふさがる以上は。


 経験値にしても構わないってことだよな?


「――ッ、んん~。またこれは、嫌な顔を浮かべますねぇ。何がそんなに楽しいので?」


 徐々に上がる口角、俺が浮かべた笑みを見てピグマリオンがそう言った。

 対する俺は腰からアバルソードを引き抜きながら、それを背中に携えた紫色の鞘『狂刃宿し』へと挿し込む。


 剣と鞘のサイズは合っていない。

 刀身に対して収める空間の方が広いため固定などできず、鞘としての意味を成さない。

 しかし奥に進んでいく剣の鍔が鞘の口に触れた途端、鞘が勝手に伸縮し剣にぴったり合わせた丁度よいサイズに変わった。


「ぶっちゃけ誰かと合わせたり協力したりの戦いってのは経験が少なくて、苦手だからな。逆にこっちもタイマンで戦えてラッキーだと思ったんだ」


 腰を落とし、背中の鞘に収まった剣の柄を右手で握りしめたまま半身になるように身体を撚る。

 空いた左手は後ろに下げて視線を切り、そこから糸を垂らしていつ戦端が開かれようとも構わないように備える。


「実は俺、アンタのことは嫌いじゃない。不遇な過去から練り上げ続けた確かな実力は本当に素晴らしいと思う」


 そして最後にピグマリオンという人物に対する最低限の礼儀として。



「戦士としてもプレイヤーとしても好ましく思う。だから――――その血肉経験値は俺が貰う」



 本心からの称賛を伝えて、俺は歯がむき出しになるほどの笑みを浮かべたのであった。

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