169 『無敵』の人
「あのー先輩、ですかね? 避難してきたんですけれど、中に入ってもいいでしょうか?」
「ん? お前ら今年の下級生か、無事そうで良かった。名前は?」
「天内 隼人、隣がエセル・タイナーと赤野 玲花です」
「……生徒名簿にもあるな。良し、入っていいぞ。五体満足なら休んだ後でいいから中にいる連中を手伝ってやってくれ、人手が足りないんだ」
「すまない、入っても構わないか?」
「檜垣さんじゃないですか。てっきりまだ街中を駆け回っているものかと」
「無闇矢鱈に動き続けるのは流石に疲れてしまってな。現状確認がてらここに来たわけだ」
「なるほど。戦況については風紀委員の連中が管理してますからそちらに行けばいいかと。隣の人は?」
「彼女は先日編入してきたアイリスだ。街の中で彷徨い歩いてたので連れてきた」
「アイリス・ニブルヘイムです! よろしくお願いします!」
「生徒名簿にも名前がありますね。確認できたので、中へどうぞ」
「…………」
「あ、ちょっとそこの人……え? あれ? ルイシーナ・マテオス……!?」
「『
「……わかりました。どうぞ」
「うぃーす、おつかれー」
「え、あ、ちょっと待てお前! 学生は入る前に生徒名簿との照会を」
「バカお前あいつは桜井だ! 目を合わせんな! 無視して通せ!」
「は? なんで俺がアンタッチャブル危険人物みたいな扱いされてんだよ? おかしくない?」
「そんなことはない。そんなことはないし、問題ないから通っていいぞ」
「まぁ、そう言うなら行くけど」
「…………行ったか。ふぅ、お前ちゃんと桜井の顔は覚えておけよ? そして関わらないように気をつけるんだ」
「あいつ、そんなにヤバいヤツなのか? ガラは悪いみたいだが」
「いいから。目を合わせず、何かあれば迅速に風紀委員か元委員長の檜垣さんを呼べ。覚えたな?」
なーんか、誰かに噂されてるような気がしないでもないが学園への侵入はとてもスムーズに済んだ。
流石にユリアは別荘での指揮を取らねばならないので着いてきてはいないが、代わりに別のことを頼んである。なんか妙に楽しげだったな……。
さて、学園を襲撃してそこにあるアイテム類を奪取すると言ってもいちいち侵入の時点で「ヒャァ!! 略奪の時間だァ!!」と乗り込む必要はない。
むしろそんなことをすれば行きで苦労し帰りに困るまである。楽ができる部分は楽をするべきだろう。
「校舎が半分くらい瓦礫になってるわね。学園ダンジョンがあった場所は底が見えないほどの大穴が空いてるし……むしろあんなデカブツが飛び出しておきながらここまで物が残ってることに驚いたわ」
周囲をキョロキョロと見回していたエセルがそう呟く。
実際、敷地内で無事な部分は全体の1/3程度。そして無事と言っても「一応利用はできる」くらいの状態らしく、その損害は酷いものだ。
場所によっては現在進行系で応急処置的な修繕を続けているようで、工具や木材などを抱えて運ぶ学生たちも珍しくはない。
そんな状態で保管庫は無事なのかという疑問も湧くだろう。
しかしその点においては心配していない。なにせ俺らが目指すべき保管庫とは学園ダンジョンの反対側かつ地下にその存在が隠されているからだ。
「地下なら上から飛んでくる瓦礫なんぞ基本は気にしなくていいからな。それに保管庫として作ってるなら強度もそれなりにあるだろうし、間違いなく残ってるだろうよ」
「目立つような作りにする必要も無いだろうから地下というのも妥当か。で、桜井。お前はなんで保管庫の場所を知ってるんだ?」
「入学前の頃にアイテム盗み出せねぇかなと調べた結果だ。別に大した理由じゃない」
「その口ぶりだとやろうとして失敗したみたいだな」
流石に当時の俺では警備を抜けることはできなかったので泣く泣く諦めたというだけだ。
なにせ保管庫の入り口には侵入者を撃退する『
学園入学前の実力や装備ではこいつらを突破する手段が無く、賭けに出るにしても万が一学園に捕まったらという点を考えて断念していたのだ。
しかし今回は違う。
当時から更にレベルアップした俺に加えて檜垣にアイリス、天内とその仲間たちと戦力としては十分。ルイシーナも加えて考えれば十二分と言っていい。
例え『
なんならルイシーナがオペラハウスで見せた腕の増殖を利用して、それを文字通り肉壁にしてしまえば、『剣聖一閃』の射程圏内にまで入り込むなど容易。
そして大聖堂の結界さえ斬り裂くことができる『剣聖一閃』があれば敵も保管庫の扉にかけられた鍵もなんとかなるだろう。中に入ってしまえば後は奪いたい放題だ。
「ねぇ桜井くん。そういう場所って番人以外にも警報魔法の類がかけられてそうだけれど……大丈夫なの?」
「大丈夫も何も、俺にそれがあるかどうか分からないし。魔法が使えないから対処もできない。なので鳴ったら力技で抜けていく。この状況なら学園の外にまで出ちまえば学園内にいる連中を放置して盗人追跡するなんてことしてこないだろうしな」
赤野の懸念は当然俺も想定していたものだ。
だが魔法が使えない俺にはそれらに対する対抗手段が存在しない。
つまりもしもそういう物が存在していたとすれば、脱出の際に異常事態を察知した学園側と戦う必要が出てくるだろう。
仮に俺が学園側の人間であればその手の警報をつけない理由がないので、基本的には戦う羽目になると想定して行動する。
だからこそ俺は今回の学園に対する行動をバレずに行う「窃盗」ではなくバレる前提の「襲撃」と表現したのだ。
「もちろん、魔法が使えるそこの三人娘がなんとかできるんならそれに越したことはないんだけどな」
「うーん。私は現世の魔法に詳しくないので怪しいところですね……赤野さんとエセルさんはどうですか?」
「私もちょっと自信ないかな。見つけることだけでも幸運になりそう」
「実家と同じ神聖魔法によるものならなんとかできるわ。ま、結界そのものじゃなくて異常を知らせる罠タイプの神聖魔法は殆どないからきっと違うでしょうけど」
知識の不足、実力の不足、畑違い。
それぞれの理由から彼女たちは難しいと返してきた。
とはいえ対処可能であれば儲けものだったくらいの認識だったので特に気落ちすることもない。結局は予定通り襲いかかるだけだ。
「学園さえ出てしまえばユリアが盗賊ギルドの連中に言って逃走用の足を用意してくれてる。さっさと保管庫行って、取るもん取って、包囲を抜けて学園を出る。わかったな?」
「なんで桜井はこうも滑らかに犯罪準備を整えられるんだろうな……前世でも似たようなことしてたのか?」
「んなわけ無いだろ天内。現代日本で慎ましやかに働いて、休日にはレベル上げしてリフレッシュしてた一般人だ」
「普通に働いてたとか絶対嘘だろ」
「なんだテメェ???」
「天内、君の気持ちは非常によく分かるがこんなところで桜井の機嫌を損ねるようなことは止めてくれ。余計に面倒になる」
「すみません檜垣さん」
おうしっかり反省しろよ天内。いくら俺が理性的な人間であるとしても舐められたと思えば倍返しくらいはする人間だからな。親しき仲にも礼儀ありってやつだ。
「ところで、なんでわざわざ強奪なんて考えるのよ? 王族の権威使って徴収するーとか言えばいいんじゃないの?」
「それをするには王族じゃなくて王様の許可が必要で、んな許可取ってる暇が無いってのが1つ。それにユリアは王族だが士官学校の”生徒”でしかないからな、権限が無いのでゴリ押しも厳しいんだとよ」
エセルの疑問に俺はユリアから聞き出した内容を答えた。
そもそもゲーム内での設定上、冒険者学園は国の権力に対する抵抗力を持っている存在である。
それは冒険者が不当に扱われないようにだったりとか、彼らが命の代わりに手に入れる成果の数々を搾取されないようにだとか色々な理由があるのだが、つまるところ生半可な権力には屈すること無くそれに対して拒否することが出来るのだ。
そして幾ら今が緊急事態とはいえ明確な権力を持たない王族の”お願い”によって極一部の生徒を優遇して、危険性があるため買い取り保管している武具・アイテムの数々を渡してくれる可能性は極めて低い、というか無いだろうとユリアは言っていた。
これでユリアが成人しており国営に関わる立場に居て、俺たちがその指揮下にある騎士団の一員だったとかならば話は変わっていたそうだが……。
ちなみに知り合いの騎士団連中に頼って彼らが借りて俺たちに又貸しするというのもダメだ。
それはそれで「七篠ぶっ殺してダンジョンを俺の手に取り戻す作戦」を邪魔される可能性が高まるし、そもそも真っ当な騎士団は俺たちが戦地に向かうことを良しとしないだろう。
だからまぁ、強奪しか無いよね? というのが俺の結論だ。
街で魔物と魔人が暴れまわっている今ならば学園側にも騎士団側にも邪魔されずにことを進めることができる。
結局のところ俺は俺のためにしか動いておらず、それを周りに押し通すほどの正しさも道理も無いのが問題なのである。いやまぁ俺はそれを問題にしてないのだが。
「強奪を宣言した後で徴収の可能性に気がついて問い合わせるの、やっぱ思考として間違ってるわよね」
「結論が一緒ならむしろ答えにひとっ飛びしていたと褒めて欲しい」
「ことが終わればトールが捕まって世の中が少し平和になると思えば致し方ないことだとでも考えておくわ」
俺はエセルの皮肉を笑って流し、視線を逃した。
代わりに映った視界にはその美貌と知名度から誰かに合うたびに驚かれ、注目を集めているルイシーナの姿。その度に彼女は相手を『魅了』して退散させている。
あのさぁ、お前は少しでいいから変装してくれ。通りすがりに気がついたやつを片っ端から『魅了』するのは止めろよ。
「えー」じゃねぇんだよ「えー」じゃ。一々呼び止められる方が面倒……いや変装しろとは言ったが顔を作り変えろとは言ってねぇよ突然眼の前で人の顔が渦巻いたらビビるわ!
学園の敷地内には関係者以外立入禁止とされている地下への道がある。
普段は鉄製扉と鍵、そして看板を使ってそれを知らせている場所だが地震のせいか禁止を知らせる看板は床に落ちてしまっていた。
なので俺は看板を遠くへ蹴飛ばすことで見なかったことにして、ささっと鍵を開けて奥へと進む。この程度の鍵ならば合間を見て鍛えていた『鍵開け』スキルでなんとでもなる。
後ろをつけられている様子は無いが、念のために檜垣とエセルを見張りとして置いていく。
元風紀委員長であった檜垣と聖女の娘であるエセルならば誰かがやってきてもある程度言い包めることができるだろう。
「天内、『
「王城の宝物庫前に居る連中しか知らないがそれと同じでいいのか?」
「そうだ。それと同じ奴らが配備されてる。一度手番を渡したら味方の行動に合わせて追加行動を得る『番人陣形』を使って『石化光線』を連打してくる」
ちなみに「光線」というのだから鏡で反射できないかと試してみたのだが、直撃と共に持ち込んだ全身鏡が普通に破壊された。
完全に無力というわけでは無かったので当時は片腕が石化して動かなくなっただけで済んだが、即座に逃げる判断をしていなければ続く光線の連打にきっと詰んでいただろう。
流石の俺でも1人で突破は困難。しかし今回は使える連中が共にいる。
突破の要となるのはルイシーナ・マテオス。
『
この能力を利用してルイシーナはオペラハウスの戦いで「伸ばした腕を途中から枝分かれさせ、腕が密集することで形成された巨大な『扇』でステージを薙ぎ払う」などの力を見せている。
「俺たちはこの能力を利用して『守護像』を突破する。ルイシーナにその腕で全員が身を隠せるほどの”肉壁”を作り、その影に隠れて接近。後は懐に入り込んでぶっ壊すってわけだ」
これならば石化光線が直撃したところで被害を受けるのは増殖させた腕部分のみであり、それが全身に行き渡るまでに切除してしまえば被害は抑えられる。
もしもの事を考えてオペラハウスの時のようなただの扇ではなく、腕を重ね合わせた多層式にでもしておくのが良いだろう。
結果として肉壁の重量は増えるが、彼女は建物の屋根を持ち上げられるくらいには怪力なので問題ない。
「えぇ~~なんでそんな面倒くさいことを私がしなきゃならないのよ。あー、やだー、だるい~~~」
「そうだよね。確かにこの作戦はルイシーナさんに頼りすぎかもしれない」
「ほんとよ、ほんと。あ~~~~えぇ……」
「うんうん。大変だよね」
問題はルイシーナのやる気が地に落ちているレベルで無かったことなのだが、以外にもそこは赤野が解決してくれた。
基本的に何事も『受け入れる』ことができる赤野はグチグチと文句を言い続けるルイシーナの言葉を受け止めるだけのみならず、時には言葉を交えることで不満を吐き出せるだけ吐き出させる。
ルイシーナの気質に対して赤野のこの対応は完璧と言っても過言ではなく、あれこれ言っていたルイシーナも盛大なため息の後、どことなくスッキリした表情で共に腕を増やして準備を始めた。
後のことはあっさりしたものだった。
肉壁を盾に突っ込んでいった俺たちは保管庫を護る5体の『守護像』に接近。
内2体をルイシーナが肉壁で押し潰し、残りを俺・天内・赤野とアイリスで1体づつ破壊した。
「それで、ここがその保管庫? 地味ね。調度品の一つもないじゃない」
「お前保管庫のこと何だと思ってんの?」
「この扉、薄っすらとだけど魔力を感じる……。アイリスさん、なにかわかりますか?」
「よく気が付きましたね赤野さん。確かに、言われて見れば魔法がかけられてます。ただ……うーん複数あるのはわかりますけど何がなんやら」
保管庫の内外を分ける扉は当然として施錠されており、『絶対魔力知覚』を有する赤野がそこにかけられている魔法の存在を感じ取った。
しかし扉には複数の魔法が絡み合うようにかけられているようで、アイリス曰く「力技で何個か解くことはできるが、その結果残された魔法がどう反応するかわからない」とのこと。
「警告がふんわりしてて何の意味もないわね」
「仕方ないじゃないですかー! わからないことはわからないんですからー!」
「素材を見るに扉そのものは俺の『剣聖一閃』で斬り裂けそうだな」
「鍵と一緒に結界や防護魔法そのものも斬り裂けるならば大丈夫ですね。そんなことをされるのを防ぐためにかけられているのが結界なり何なりなんですけれど」
「文句は開発したおじさんに言ってくれ」
「行き着く先は凄まじいな……その足元に立っている桜井も凄いんだが」
「亨を素直に褒めたくないって気持ちはわかるわ。生意気だし」
「後は技術の高さと人間性が比例してくれていれば良かったんですけれどねぇ」
「はははは、言うじゃないかアイリス。今夜は眠れると思うなよ?」
「な、なんですか! また私の部屋の前で素振りするつもりなんですか!? それとも部屋の鍵穴を朝まで弄くり続けるつもりですか!? あれガチャガチャ五月蝿い上に怖いから止めて下さいよぉ!!」
「お前なにやってんだよ桜井」
「『剣術』と『鍵開け』のレベル上げ」
天内の質問に答えつつ俺は扉の前に立つ。
保管庫の中にどんなアイテムが幾つ置かれているかわからないが、大体の物はあるだろうという前提で必要なアイテムを頭の中で再度リストアップしておく。
扉の鍵を斬り裂いた後は取るもの取ってさっさと移動。学園を脱出してユリアと合流。
「ふー……よし」
武器を構えて一度深呼吸。
そして『剣聖一閃』を叩き込まんと刃を――振り下ろそうとして、勢いよく後ろに振り返った。
「!」
「誰か来るわね」
周りの連中も俺が感じ取った気配を察したのか次々と構えを取って後方を警戒する。
出入り口には檜垣とエセルを置いていたはずだが彼女らが勝手に降りてくることなど無い。であればこれは間違いなく俺たち以外の何者かだろう。
問題はこの自身の気配を隠そうともしない奴が何者かという点。
想定されるのは檜垣 碧とエセル・タイナ―両名を俺たちに気が付かせないまま制圧してのける存在。
まさかな、という思いを抱えながらも思いつくのは1人の学校関係者。
そして疑問に対する答え合わせは即座に行われた。
「ふむ。一人無関係な者もいるが、学生たちがこんなところで何をしているのかな? 立入禁止看板、見かけなかったかね?」
悠々と歩いて現れたのは紺色のスーツをネクタイも結ばずジャケットも開きっぱなし、ラフでカジュアルな着こなしをしている壮年の男性だった。
それはこの冒険者学園のトップであり、原作ゲーム時代においてゲーム内に存在する手段では打倒不可能とされた『無敵』の人物。
「いや、見覚えないです学園長。だからセーフってのはダメですか?」
「うーん、場所が場所だ。ダメかな」
最悪中の最悪を引いてしまった事実に乾いた笑いが漏れる。
天内にもきっとこの状況の悪さがわかるだろう。
絶対に負ける。それはもう確実に。
だとしても……諦めるという選択をすることだけはできなかった。
「チィッ!」
「ほう、来るかね」
剣を握りしめ、駆け出す。
同時に天内も動き出し、それに続くように赤野・アイリス・ルイシーナが動き出す。
対して学園長は持ち上げた左手、その指先を交差させ。
「指を止めろォォッッ!!」
「残念、遅い」
スナップと共に指が鳴る。
パチンという乾いた音と同時に俺たちは敗北した。
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