168 覚悟を問う


「えー皆さんが静かになるまで死ぬほど無駄な時間が経過しました」

「原因はトールだし反省しなきゃいけないのもトールだけどね」

「やかましい。それで、お前ら状況はわかってると見ていいのか?」

「それについては俺から説明してある。七篠についても話したが、そこまでだ」


 天内はその言外に転生者については話していないと含みを持たせていた。

 ユリアもそれを察しているのか、その上で仕方がないとばかりに肩をすくめる。あえて追求しないことを選んでいるようだった。


「じゃあ事情を知った上でここで俺を待っていたっつーことは、俺についてくるつもりだと捉えて良いんだな?」

「七篠のことは国に任せるべき大きな問題で、要請でも無い限り行動すべきじゃないとはわかってる。だけれど、俺はあいつを止めなきゃならない。同じ転生者存在だからこそアレの行いを否定しなきゃいけない」


 全員への問いかけに真っ先に返答したのは天内だった。

 いつになく真剣に見える表情からは怒りからくる強い使命感のようなものが伝わってくる。

 自身がこの世界における異物だからこそ、七篠異物の始末は自分たちがつけなければならない。

 そのために手段は選んでいられないと彼は語る。まるで俺という存在に思うとこがあるような言い方だがスルーしておく。


「私は隼人が行くなら付いて行く。だって、そう決めたから」

「トールにはなんだかんだ母さん含めて世話になったし……恩返し程度には乗ってやっても良いわよ」


 それに続いたのが赤野とエセル。

 どちらも他人を理由にしたものだがその決意は固く思える。

 魔法職と回復役が増えれば取れる手段も広がるので参加を止める理由はない。


「桜井さんは止めたところであの手この手で抜け出して、抑え込んだ分だけ被害が広がりそうなので目を離さないためにも着いていきます」

「元より協力するつもりではあったが、そういう理由が含まれていないとは言えないな」

「エルフ領で大聖堂まるごと機能停止に陥らせましたしね」

「桜井お前何を……いや、うん、聞かないでおこう」


 俺と最も付き合いの長いアイリスと檜垣が慣れた調子で仕方がないとばかりにそう言った。

 まるで我儘な子供に付き合う大人のような雰囲気を醸し出しているが、精神性で言えばアイリスは未だ幼児退行継続中だし檜垣は俺と同レベルの問題児であったはずだ。

 つまるところその事実を黙ってやってる俺が一番の大人である。

 そして大人な俺は戦力確保のために口を噤むことを選ぶことができた。

 人としての成長度で言えば頭一つ抜けたといったところか?


「……はぐっ……むぐ……んぐ」

「……ルイシーナ、お前なんか言う事ないの?」


 そして部屋に入ってからずっと抱えた袋の中から次々に取り出したパンを食い続けているルイシーナ。

 念のために問いかけたところ何を言ってるんだこいつ? くらいの調子で「行くけど?」と返された。

 まぁ……強いし……便利だし、来るって言うなら良いけど。熱意の欠片も見えないなこいつ。


「と、言うわけでこれからの具体的な行動について是非ともお聞かせ願えないだろうか桜井くん?」

「その前に、お前王族だろユリア。なに自然とこっちに乗っかろうとしてんだよ。大丈夫なのか?」

「私もその七篠という者に対して思うところがある、それに今後のためにも王族として君という存在を見定めたい。個人的理由と見物料を合わせた分の協力はするさ」


 俺の何を見たいのかは不明だが邪魔をしないならばそれでいいか。

 ともあれこれで打倒七篠に向けた協力者が揃った。

 あまり多くても学園ダンジョンに乗り込む手段がフロン頼りであることを考えれば十二分な人数だ。アイツが引ける荷台に乗れる人数にも限度があるからな。


 言うべきことを終えた全員が沈黙し、俺に視線を向けて言葉を待っている。

 それを見て俺は七篠を打倒する上でやらなければならないことを伝え始める。


「まず、七篠を倒す上で。あいつ自身も結構強いがそれ以外にも超えなきゃならん壁が3つかある」


 1つ目は学園ダンジョンに乗り込む際に障害になるであろう『航空戦力』鬼剣オニガシマの存在。

 七篠が待ち構えているであろう内部に乗り込むには頭の天辺までたどり着くか、もしくはエルフ領のイザコザで入手したダンジョン内部改造のために作られた人工搬入路を使う必要がある。

 後者の入り口については外から見た程度ではあるが天内を先行させた時に巨人の背面、腰より少し上辺りにそれらしきものがあるのを確認している。

 しかしどちらを利用するにせよ、たどり着くには『三天シリーズ』を装備させたフロンに学園祭の時よろしく人を載せた荷馬車を引かせる必要がある。

 そんな状態で機動力を確保することなどできるはずもなく、ともすれば宙を自由自在に飛び回る鬼剣オニガシマに邪魔されれば一巻の終わりだ。


 次に2つ目はピグマリオン・ドン・トロールの存在。

 天内の時はただ見ているだけではあったが、そもそも『黒曜の剣』の幹部であるピグマリオンも立派なボスキャラであり強敵だ。

 何を思ってあんなガキに手を貸しているのかはわからないが、見た目の汚さに反して不義理を働くようなことはせず仕事もしっかり行うピグマリオンが七篠打倒の障害にならないわけがない。

 となれば倒す他になく、最悪の場合は七篠と同時に相手をすることも考えねばならない。


 そして最後に3つ目。学園ダンジョンの制御法ついてだ。

 『七篠の打倒』にはあいつの計画を挫くことも含まれている。そもそも彼奴を殺す理由の9割9分が学園ダンジョンを俺の手に取り戻すためなのだ。

 なので学園ダンジョンを取り戻し、元ある場所に戻すためにもその制御法を見つけ出す必要がある。

 制御法の大凡の見当はついているがその確証を得るためにも尋問やらダンジョン内の探索やらとやるべきことが多い。

 悪戯に被害を広げたいだけの七篠が敗北寸前に自爆のような命令を下す可能性も高いため、それを阻止するという意味でも制御法は確保しなければならない。


「将来的には学園ダンジョンを俺のものにするんだ。傷物にされても困るから、これに関しては絶対に外せない!」

「トールは本音でオチをつけないと死ぬ持病でも患っているの?」

「そしてそれらの問題を解決するためにも、まず最初に手を付けるべきは戦力の向上だ。どんな方法を使おうとも最終的には敵を倒さなければ全てが水の泡になるからな」

「今の発言に関しては王族である私がしっかり覚えておくとして。敵地に踏み込むのはここに居る少数という形になるのだろう? ならば万全を期すためにも今以上に戦力の向上、装備の充実が必要になるだろう。そのアテはあるのかい?」

「もちろんだ。後、今の発言については忘れろユリア。ちょっと本音がこぼれ落ちただけだ」

「お前、王族に対して忘れろって……よく言えるな」

「まぁ桜井さんアヌビス神様に対しても似たような感じでしたし……」

「図々しさでは右に出るものがいないくらいよねトールは」

「それも桜井くんの特徴だよね」

「特徴だと言って流すにしては肝が冷えるやり取りだがな」

「お前らごちゃごちゃうるせぇぞ! これから学園を襲わなきゃならねぇんだから黙って聞けや!!」


 俺の怒号にざわついていた室内が静まり返る。だがなんだか様子がおかしい。

 叱られて黙り込んだというよりも驚きで言葉を失ったかのようで、微笑を浮かべるユリア以外は目を丸くしているではないか。

 奇妙な静寂に俺が眉を顰める中で天内たちが顔を見合わせ、最終的に全員の視線が向けられた檜垣が困惑した表情で俺に問いかけてくる。


「なぁ桜井。その……聞き間違いかどうかを確認したいんだが。今、学園を襲う……と言ったか?」

「言ったけど」

「…………理由は?」

「近場で手っ取り早く十分な量の装備やアイテムを持ち出せる場所で、半壊しているであろう今なら警備も薄くなってるだろうから」

「本気か?」

「俺はいつだって本気だ」


 少数で戦いに挑むならば可能な限りその戦闘力を向上させねばならない。

 しかしここにいる全員をパワーレベリングするには時間もダンジョンも足りない。そんなことをしていれば七篠の目的が達成されてしまうだろう。


 であれば後は装備品やアイテムの質を上げることしかできない。

 この世界に限った話ではないが、RPGゲームにおいてキャラクター個人の強さを変動させる大きな要素の一つが『装備品やアイテム』にあることは言うまでもないだろう。

 レベルは同じでも、革鎧でただの数打ち剣を持ってるやつより伝説の武器防具を持ってるやつのほうが遥かに強いというのは当然の話。

 そしてそれを踏まえた上で近場で質の良い装備品やアイテムを十分に取り揃えているのは街中の武器屋やアイテム屋などではなく、長年学園ダンジョンから算出したものを学生から買い取っている学園なのだ。


「なにせ学園の購買部にはダンジョンから手に入る物品について買取金額が指定されてる一覧表があるからな」

「一覧があるということは、そこに乗っているものについては頻繁に取引されているか、過去に学園が買い取った事実があるということか」

「天内には伝わると思うが俺が目にしたことがある一覧には”裏階層産アイテム”の買取金額についても書かれてた。もちろん、オニガシマも載ってたぞ」

「……裏階層の武器は強力だがデメリットが強いものも多い。フレーバーも機能するなら市場に流せないようなものもあるだろうし、そういったものを保管している可能性があるのか」

「保管庫の場所はわかってる。ダンジョンの真反対にあったからきっと無事だろうよ。無いなら無いで、確実にあるであろう普段使いの物資を持ってくだけだ。高級ポーション類に上級生専売の品質の良いゲーム終盤で買える武器防具は間違いなくあるだろうからな」


 今の学園は今回の事態に対して学生含めて外に目を向けて活動している。内部に向ける警戒の目は最低限になっているはずだ。

 敷地内への侵入は俺たちの殆どはそもそも学園所属の生徒なのだから忍び込むことなど容易だろう。ユリアは王族だし……ルイシーナはまぁ、自分で何とかするだろ。

 後はその最低限の警備を掻い潜り、戦いのために必要なものを奪い取っていくだけである。


「俺は七篠を殺す。そのために手段を選ぶつもりはない。最短最速で目的を達成させるためならば母校だろうがなんだろうが知ったことじゃねぇ」


 学園の物資を奪うことがこの状況下における俺にとって最善の選択であることを俺は確信している。例えそれが後で問題になる犯罪行為だとしてもだ。

 俺は誰になんと言われようともこの後で学園に向かうし、もしもこの場で引き留めようとするやつがいるならば代案が無い限り排除すべき障害とみなしてぶちのめすつもりだ。


 天内が最初に言っていたが『学園ダンジョンの暴走』なんて大問題は本来国が対処すべきで、俺たち学生風情が手を出すべき領域ではない。

 それでも首を突っ込むと言うことは道理を跳ね除けるだけの意地や覚悟が必要だ。

 それを持たずになぁなぁでついて来る奴なんぞ肉壁にしか使えない。肉壁としては使う。


「俺は俺以外の全てを敵に回すことになろうとも、定めた目的は絶対に達成する。、絶対に」


 ――そう決めた俺に、本当についてくるつもりか?


 部屋に集まっている友人と言えるかどうか微妙な、それでも知らぬ仲でもない連中に対して俺は今一度問いかける。


 ついてくることを止めはしない。むしろ歓迎する。

 しかし今回の件に関しては檜垣を除いて参加を強制するつもりはない。


 だからこそ俺は彼らに対して覚悟を問う……そんな、後にして思えば我ながら随分と優しい言葉を口にしていた。

 それに対して眼の前の連中は誰一人周囲と視線を交えることなどせず、それでいて示し合わせたかのように無言の首肯を返してきたのであった。





「……んぐ、はぐっ。むぐむぐ……ん。んぐ」

「返答にパンを手渡されても反応に困るんだが」


 ちなみに一人、焼きたてのパンで答えを返してきた奴が居た。

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