167 復活と集合


 俺はアヌビス神の前で正座していた。


「一度『冥府』より生還したものは、自らの死を甘く見ることがある。そして二度目の死を迎える中で『冥府』があることを知っているが故にその未練に『安堵』という影が差し、ここにたどり着くこと無く本当の意味で死に至る」

「なるほど」

「その点、三度に渡る漂着は我が生涯の中でも覚えなきものであり驚愕に値するものではある。だがその行いは非難に値するものである」

「はい」

「死は策ではないことはもとより、我は汝に愛すべき家族であるアイリスを託している。お前を慕うアイリスがその死に悲しむは必然のこと。彼女が悲しむ様を我は望んではいない」

「すみませんでした」

「桜井 亨。今後、汝の自死を禁ずる。死は軽いものではない。死を嘲笑うものになってはならない。故、これを破れば冥府の神として我が汝を死の先へと封じ込める。これは神として下す裁きである」

「うっす」

「では完全拘束の上、こちらで5日を過ごしたのちに現世へと帰還せよ。塔は拘束状態で配下のものに運ばせよう」

「了か…………ッ!?!?!?」

「鍛錬を禁ずる、ということだ」

「びゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」






 見慣れぬ天井、何処ともわからぬ屋内で跳ねるように目を覚ました俺は近場に置いてあった桶に嘔吐した。


「うるぉうぇぇぇぇぇぇ……っ、っ」


 胃の中には殆ど何も入っていなかったがツンと鼻を突く胃酸の匂いに体調不良の深刻さを自覚する。

 完全拘束によるレベル上げ不可というストレスがここまで身体に害を及ぼすとは……俺は水で軽く口を濯いだ後、さめざめと泣きながら腹筋を始めた。


「うえっ、ぐすっ、酷い、あんまりだ……時間のズレがあるから、塔で……レベル上げしたかったのに……うぅっ」


 筋トレの中で僅かずつでも積み重なっていく経験値を見ていると少しずつだが不調も収まっていく。

 ある程度の回復を終えたならば、俺はそのままは様々な筋トレを繰り返しつつ自身の体の様子を確かめることにした。


 俺が寝ていた場所の傍らには使い切ったポーションの空き瓶が大量に置かれており、それだけでは間に合わなかったのか頭の傷には縫合された場所もある。

 触れた感じからしてちゃんとした医療技術の持ち主がやったようだ。

 しかし自分でやっておいて何だが、高所から落ちた上に体中刺されたというのによくここまで怪我が治るものだ。外傷に対して万能かつ高い効果を発揮するポーション様々である。


 あまりにもポーションの回復効果が無法じみているので、実は何らかの副作用があるのではないかと疑わずにいられない。

 だが実際には老化に比例して効力が薄まっていくというデメリットしか無いのだから不思議なもんである。

 回復速度や効力に差はあれどそこいらの素材で作れるというのも反則じみてるし、この世界における本当のチートってポーションだよな……ポーションの魔人とかになれば不老不死になれたりしない?

 魔物じゃないから無理か。なれたらポーション要らずになるから回復時間もレベル上げに当てられそうで便利に思えたんだがな。


「物音がすると思ったら。起きたか、桜井」

「うっ、ぐずっ、檜垣か……ずずっ」

「なぜ泣いてるのかはわからないが、泣きたいのは眼の前で死なれた上に後のこと押し付けられた私の方だ」


 馬鹿を言うな。レベル上げを禁止された俺の悲しみのほうが何億倍も上に決まっているだろうが。

 こっちは冥府で5日も呼吸を禁止されていたようなもんだぞ、よく発狂しなかったと褒めて欲しいくらいだ。


 だが、そんな事情を檜垣が知るわけも無く。知ったとしても汲むわけもなく。

 ついでにそれを言えば伝えたところで話が先に進むわけでもない。

 なので大人な俺は現状の確認を優先すべきだと判断して、呆れ顔で現れた檜垣に問いかけることにした。


「しかし本当に形だけ整えておけば蘇ってくるのだから気色が悪いな……」

「お前も蘇った口だろうが。んなことより現状だ現状。ここは何処だ? 死んでからどうなった?」

「クナウスト様の別宅だ。医者も手配してくれた。状況は一先ず小康状態、と言ったところか。街中で暴れている魔物や魔人はまだ居るようだが、あのデカブツは街から出て外壁側に向かってゆっくりとだが移動してる」

「外壁に?」

「『街の悲劇は始まりでしかない。本当の悲劇はここからだ、止めれるものなら止めてみろ』などと大声で叫んでな」


 その言葉で七篠の狙いはよくわかった。

 アイツ、外壁を壊して魔物を国の中に引き寄せるつもりだ。

 把握できている学園ダンジョンの位置からしてそう遠くまでは行っていない。街からは既に出ているが馬車を使えば余裕で追いつける距離だ。


「(何度か見せたダンジョンの歩行。あの巨体に対して歩幅がやけに短かったからな……ダンジョン側も嫌々従ってるだけか。それならあまり遠くまで行っていないのも頷ける)」


 街に広がった魔物については押し返し始めることができているらしい。

 しかし時折現れる魔人共のせいで一部の戦線が押し返されたり、犠牲者が出ることが続いているそうだ。


 なんだかんだ言って、魔人は強力な存在である。

 そもそもの身体能力の違いに加えて適合した魔物に関わる特異な能力の数々を人の知性で奮ってくるのだ。

 それこそ原作におけるメインキャラ達のような名のしれた存在でなければ倒すことができないだろう。

 まぁそんなことはどうでもいい。俺の目的は七篠と学園ダンジョンの方だ。


「桜井、お前のことだ。どうせアイツを追いかけるのだろう?」

「そりゃな。あのクソ野郎を排除して学園ダンジョンを俺の手に取り戻す」

「お前のものではないが……それで、具体的にはどうするつもりだ」

「なんだ檜垣。協力してくれんのか?」


 そう問いかけると、彼女は鼻で笑うように「何を今更」と言った。


「お前相手に嫌がっても巻き込みに来るだろう。大体、私だって奴の所業には怒りを覚えてる。何かするというのであればそれに乗るさ」

「てっきり余計なことせずに騎士団とかに任せろと言われるもんかと」

「あのなぁ、桜井。冒険者学園があるこの街は『先生』が拠点ホームにしている場所だぞ? それがこんな目にあったんだぞ?」

「あぁ、うん」


 俺の肩に手を乗せ視線を合わせてくる檜垣、その目から煮え滾るような殺意が伝わってくる。

 最近は色々反省して大人しくはなったものの踏み越えてはいけない一線は健在のようだ。

 まぁそもそも巻き込む気満々だったので本人がやる気ならば好都合である。

 七篠らを相手にするにあたって戦力は多いに越したことはない。


「それと、お前が寝てる間に付いてこれそうな者たちを集めておいたぞ」

「俺がこれからやろうとしてることにってことか? 誰だ」

「会えばわかる。筋トレできるくらいに動けるならばもう大丈夫だろ? 行くぞ」


 俺は促されるままに立ち上がり、檜垣に先導されながらユリアの別荘内を歩いて行く。

 途中の渡り廊下からは別荘に隣接する広い庭が見渡すことができた。

 身を寄せ合う老人や子供、五体満足で周囲の手伝いに動く大人たち、治療を受ける人々、それらを囲うように忙しなく動いている武装兵たち……かなりの大人数に見えるがそれでも庭のスペースには余裕がある。街の規模からしてみれば本当に一握りの数しかこの場にたどり着くことが出来なかったのだろう。


 野戦病院のような場所を横目に通り抜け、たどり着いたのはゲストルームの一つ。

 その扉の前に立った檜垣が一歩横に引いて、俺の入室を促した。


「…………おかしい」

「どうした桜井? おかしい?」

「お前が俺に道を譲るのがおかしい」

「人のことなんだと思ってるんだ」


 少なくとも俺に道を譲る時はその先に何かしらあると考える程度には信用している奴。

 だからこそこの扉の先に何かが待ち構えているような気がする、しかし思い当たるものが無い。


 俺はこの街に戻ってきてから大した行動はしていないし、別に犯罪に手を染めた覚えもない。

 大体先程までぶっ倒れていたのだからそこら辺の潔白は証明されているはずだ。だとしたら……なんだろう、わからねぇ。


「檜垣、この先にどんな罠があるのか吐け。でなきゃ俺は扉を開けんぞ」

「罠など無いし、さっき言った通りお前がするこれからの行動に付いてこれるであろう人たちが集まってるだけだ」

「人たち。その言い方はお前にしては敬意が含まれてるな。ということはこの先にいるのは目上の人間、だがおじさんは外にいるからだとすれば思い当たるのはユリア辺りだが」

「変に頭を回し始めるな。あぁもういいからとっとと入れ!」

「うおっ!?」


 痺れを切らした檜垣に掴まれ、開け放たれた扉の先に投げ込まれる。

 受け身こそ取れたものの衝撃が元々負っていたダメージに響き渡り、僅かな苦痛に顔を歪めながら俺は室内に目を向けて――腕を組んでこちらを見下ろしながら立っているアイリスの姿に気がついた。


「…………」

「おはようございます桜井さん。また、お死にになられたようですね」


 ニッコリと、されど怒り心頭と言った具合に凍りつくかのような声色で語りかけてくるアイリス。

 なるほど、扉の先に待ち構えていたのは彼女だったのかと納得しながら俺はゆっくりと振り返って檜垣を責めるように睨みつけた。


「罠じゃねーか!!!!!!」

「説教です!!!!!!!!」


 絶対に非を認めない俺VS正論に怒りと心配を込めたアイリス。

 そこにフロンから蹴落とされた天内が俺に反旗を翻し、赤野が援護射撃を行う。

 俺に大恩があるはずのエセルは無干渉を貫くし、檜垣は逃げようとしたところを取り押さえに来る。

 完全に無関心を貫いてパンを食ってるルイシーナに助けは期待できず、最後の望みであるユリアは楽しげに笑って見ているだけで、四面楚歌に陥った俺は抵抗も虚しく謝罪することとなった。


 だがテメーには謝らねぇぞ天内!

 デコイの役割を全うしなかった上にお前が鬼共をまるで引き寄せなかったのが俺が死ぬ羽目になった原因だろうがよぉ!!

 え? 仮に半分受け持ってたとしてもお前は今と同じ選択をしただろって?

 それはそうだが、仮の話を持ち出すならばお前が連中全部引き受けてくれてれば俺は死ぬ必要性ありませんでしたよね???


 俺はアイリスには謝りつつも、仮定を持ち出した屁理屈バトルにおいては天内に勝利した。

 馬鹿め、俺を追い詰めたくば反論の余地がないど正論を叩きつけ続けるべきだったな……あ、待てアイリス振り上げた棒をゆっくりおろ痛ってぇ!?

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