166 お前に託す


「おーい、起きろー。死ぬなー」

「ヒヒーン」


 フロンの背に天内をうつ伏せに横たえて飛んで逃げる。

 エルフ領の帰り道に補充してきたポーションをドバドバかけながら生存確認の声掛けをすると、顔の腫れが引き始めた天内は弱々しくも返事を返した。


「起きて、るよ。お前、もっと、速く……助けに……来てくれ、よ」

「お前が血液振りまいてる方が都合が良かったんだからしょうがねぇだろ」

「お前、さぁ……!」


 増殖に無敵化、加えて不可視の攻撃。んな無法を働く相手を攻略しなきゃならないのだからそれくらいは必要経費と割り切って欲しい。

 大体、本当にヤバい時はお前だって奥の手を持ってたじゃないか。それを切らずに死にかけたのはお前の責任では?


「前哨戦、なんだろ。感覚的には俺の『主人公補正』ならあれを打ち消せると思ったけど、あの場で使うべきじゃないと思ったんだ」

「回数は」

「同じ規模なら……おい、あれなんだ?」

「あん?」


 天内の声に促されて振り返る。

 逆光に目を細めながらも様子を伺うと、何やら遠く……俺たちが逃げ出してきた建物の中から黒い粒が次々と飛び出しているのが見える。粒はどんどんと集まり一つの大きな影を作り始める。

 鳥の群れというよりもまるで魚群のようなそれが一体何なのかと眉を潜めた時、準備は整ったと言わんばかりに魚群が俺たちに向けて動き出した。


 魚群の姿が次第にハッキリとし始める。その正体は空を飛ぶ鬼の生首。

 しかも1つ2つの話ではなく、ぱっと見で100個以上の大群。

 それら全てが膿の塊かのような黄白色の目玉をギョロギョロと動かして、額に飛び出た刃をこちらに向けながら迫ってきていたのだ。


「「ハァ!?!?」」


 俺と天内が同時に驚愕の声を上げる。そんなことをしている内にもはや生首は目前に。

 フロンの腹を蹴る。襲いかかってくる生首をジグザグに移動して回避。

 俺も『火剣』で生み出した6匹の『蛇焔』を振るって迎撃する。

 天内も痛みを押して『雷帝拳』から雷を飛ばして生首――鬼剣オニガシマを弾き飛ばしていく。


「ヒ、ヒヒーンッ!?」

「なにがどうなってる!? オニガシマにこんな力が!?」

「あぁクソ! 設定文フレーバーだ天内! 現実化で”そう”なってる!」

「――っ! ありかそんなの!」


 俺の言葉で天内も何が起きているのかを理解したらしい。

 鬼剣オニガシマに記されている設定文の中には「数あれば群れを成し、それらは担い手がおらずとも彷徨い始める」という一文がある。

 つまりこの生首魔剣共はこの世界において、数が揃えば自立行動可能なろくでもない存在になるということだ。


 しかも設定文は「彼らを従える気概があるならば柄を握るが良い。鬼の群れは剣軍となり、嬉々として獲物に群がるだろう」と続く。

 ここから要素だけを抜き出してみれば「一本握れば他の剣に対して指示出しが可能」とも読み取れるので、恐らく俺らに襲いかかっている生首共は七篠の指示を受けているのだろう。


 畜生、物理攻撃力がバカ高いくせに装備条件に魔法使い特化ビルド級の魔力ステータスを要求してくるクソ武器風情がァ!!

 特化ビルドで装備しても魔法の威力に何の貢献もしない上に正気を疑う生首ビジュアルも含めてクソ武器議論で話題に上がる不人気存在が牙を向いてくるんじゃねぇ!


「不味いぞ桜井! 弾けはするが壊せない! ジリ貧になる!」

「わかってんだよそんなこと!」


 『蛇焔』の炎の勢いで向きを逸したり、天内の雷霆で一時的に弾き飛ばすことはできるが根本的な解決にはならない。少しすれば鬼剣は復帰し、軌道を修正してまた襲いかかってくる。

 フロンも回避軌道を頑張っているが、三天シリーズで無理やり空を飛んでいる人工天馬はあくまでも『天駆け橋』の効果で生まれた雲の道を走っているだけに過ぎない。つまり縦横無尽に動き回る鬼剣に比べて上下の移動や急旋回が苦手なのだ。

 そのため、遮蔽物が何もない空の中では上下左右から向かってくる攻撃に対していつ串刺しにされてもおかしくない。これはちょっと困ったぞ。


「そうだ天内! お前もう動けんだろ!? 降りろや!」

「は!? 何いってんだ桜井!?」

「重量減らせばその分速度が出せるだろうが! 降りろやッ!!」

「いやお前嘘だろマジかマジかマジかうぉおあああああああああ!?!?!?!?」


 良し! これで重量も減ったし標的も二分された!

 向かってくる生首の数も単純計算で半分に減るはず!


 フロンには無理させるが『天駆け橋』で作り出した急勾配の坂道を下ってもらって地表近くまで戻れば瓦礫やら建物やらを壁にできるようになる!

 連中がどれほどの距離まで追いかけてくるかはわからないが、今よりグッとマシな状況になるはずだ!




 そう考えて振り向いた俺が見たのは、落ちていく天内を無視して俺に向かってくる鬼剣オニガシマ達の姿。


 わぁ……全部こっち来てる……。




「何でだよ!? おかしいだろうがよぉおおおおおッ!!!!!!!!」

「ヒーン、ヒヒーンッ!?」


 ふざけんなあの野郎、一から十まで俺狙いか!?

 ここまで執拗に狙われるほど恨まれる真似はしてねぇだろあのクソガキが!!


 しかし時を巻き戻せない以上はやるしか無い。

 俺は『火剣』に『糸繍』にと持てる技全てを使って必死に抵抗する。

 フロンも本能的にどうすれば良いかを理解しているのだろう、その進路は回避のためにランダムにグネグネと曲がりくねりながらも着実に大地へと向かっていく。


 6匹の『蛇焔』、一直線に勢いよく炎を飛ばす『稲火狩り』。

 至近距離まで近づかれたのならば渦巻く炎で勢いづけた『巻火止まきびし』で打ち払う。

 その間も絶えず『糸繍』スキルの『毛弾撃ち』と『ほつれ裂き』による遠隔攻撃をぶつけ続け少しでも生首共の動きを阻害する。


 時にはフロン自体に糸を巻いて背から飛び降り、天地逆さまに身体を固定し下から迫る攻撃に対処。

 場合によっては振り子の要領で上下を行っては戻ってを繰り返すこともあり、さしもの俺も酔いに似た感覚を覚える。

 そこから生まれた隙をつかれて腹を裂かれたりすることもあったが、エルフ領での切腹経験があったので痛みに歯を食いしばりながら対処することができた。


「(俺が傷つくのはまだマシ。フロンが受けたら学園ダンジョンに戻る手段を失う! それも狙いかこの野郎!)」


 つかコイツら魔物じゃなくて武器扱いだからか経験値が異様に不味い低い

 こんなんなら素振りしてたほうがまだ多少マシじゃねぇか!?


「俺の労力に見合う経験値を用意できないなら俺に突っかかって来るんじゃねぇよクソがッ!」


 風を切り数度の大地震を受けてなお残っていた建物の間へと入り込む。

 俺は左右に見える壁に糸を張り巡らせながらも剣を振るい脆くなっている壁を更に傷つける。


 後ろから追いかけてきた十数本もの生首共が糸に触れ、その勢いで引っ張られた壁が倒壊していく。流石に瓦礫の下敷きになれば身動きも取れなくなるだろう。

 それはそうと上から急降下して襲いかかってくるを全力で弾き続ける。突然、下から強く持ち上げられるような感覚に強い圧迫感と軽いめまいを覚える。

 前に先回りしてきた鬼剣から逃れるために路地から抜け出すことを選んだフロンが雲で作られた坂道を勢いよく駆け昇ったからだ。


 上空に出たならばまた四方八方から攻撃が迫り来る。

 速度の低下を覚悟してフロンの背から鋼鉄のプレートである『天馬羽』を取り外し、糸を括り付け振り回す。

 プレートから伸びる鋼鉄の羽はその身を削りながらも第一波とも言うべき攻撃を退けることに成功する。

 即座にプレートをフロンに戻し、第二波に備えながらも周囲の状況を急いで確認していく。何か、何か打開するきっかけとなるものが欲しかった。


「(瓦礫に巻き込んだ時、幾つかの鬼剣が上がった土煙を嫌がるように迂回していた。知覚的にはこっちのことを見て判別してる。目眩ましをまた使えればいいが『遁走玉』は在庫切れ)」


 そもそも煙幕を作り出したとしてもそこに魚群に見えるほど大量の鬼剣全ての目を潰すことなどできやしない。

 仮に全部を巻き込めたとしても、上空に上がられ高所から再確認されれば元の木阿弥。時間稼ぎにしかならないだろう。


 暴れる魔物達の中に突っ込んで肉壁にでもするか?

 いや、鬼剣オニガシマの攻撃力を考えれば下手な魔物は壁にさえならない。

 むしろ大量の魔物はフロンの移動を邪魔する障害になる。今でさえギリギリの綱渡りが続いているのだ、そんな真似をすれば八つ裂きにされるだろう。


 却下だ、意味がない。どうする?

 戦える集団でも見つけて巻き込むか? 見つけるまでにどれくらいの時間がかかる?

 そもそも巻き込んだところで空中から突っ込んでくる剣軍にどれほど対処できる?

 俺や天内でさえ弾くことしかできないのだ、ただ一方的に殺されるだけに終わるでは? だとしたら魔物の群れに突っ込むのと同じようにただ邪魔になるだけだ。


 幾つもの案が浮かんでは消え、浮かんでは消え。とにかく不味いという焦燥感だけが残る。

 移動により生まれる強風の中では呼吸も平常通りとはいかず、荒くなる。

 そのせいで思考が空回りしかけている。その自覚が更に焦りを後押ししてくる。


 それでも身体を動かし続けることができたのは普段のレベル上げ鍛錬によって無意識にでも行動ができる土台が整っていたからだろう。

 だからこそ焦りながらも動き続けるなかで、離れた場所で空に向けて上がる炎の柱――『火剣』の技の一つである『滝火』の存在を見つけることができた。


「フロン! 向こうだ!」

「ヒヒン!」


 指示に従いフロンが加速する。向かう先にいるのは俺とおじさん以外に唯一『火剣』を使える人物。

 こと剣技という点においては俺よりも上である彼女ならば巻き込むには十分な人材であるし、フロンのことも任せられる。

 きっとアイツのことだから避難民の救助だのなんだのしているのかもしれないが、周りに民間人が居ようがこっちも流石に限界なのだ。


「(フロンはきっと俺のついでで狙われてる。後に歯向かわれる危険性を考慮なんかしてない、今この瞬間の不快度から狙いを決めてるはずだ)」


 七篠が理屈で指示を出しているならば天内を完全に無視した理由が思いつかない。普通は殺す殺さないに関わらず多少は鬼剣を割くものだ。

 設定的に指示に従いここまで動ける鬼剣の場合、何らかの理由でこの剣軍を”分けられなかった”ということは無いだろう。

 ならばやはり意図的に俺を集中狙いしていると見るのが妥当。

 そしてその理由はあいつの幼稚さを考えれば不愉快かどうかの感情論のはずだ。


 七篠 克己は俺を仕留めにかかってきている。

 逆に言えば可能性が高い。


 遠くに見えたそれが段々と近づいてくる。人影だったものが色を持ち明瞭になり始める。

 あちらも俺に気がついたのだろう。近くにいる白い学生服の集団は風紀委員の連中だろうか? 顔に覚えがあるから恐らく対桜班なる連中か。


「――!? ――ッ!!」


 巻き込むつもりの人物――檜垣 碧が周囲に何かを叫び遠ざけている。

 そして自分は集団から飛び出して人のいない方へと走り出した。


 まぁ自分めがけて膨大な数の生首引き連れた俺が向かってきてるんだからそりゃ周囲を巻き込まないようにするか。

 お陰で俺は檜垣を遠慮なく巻き込める、ありがたい話だ。


「フロン、高度を上げ続けろ。んで檜垣の上を陣取れ。俺が合図を出したらとにかくここから離脱して街の外にいるアイリスと合流しろ。生首共に追われるなら振り切るなり誰か巻き込むなりしてとにかく生き残れ。できるな?」

「ヒン? ヒヒンッ、ブルルッ!」

「お前やっぱり利口過ぎない……?」

「ヒヒーン!」


 馬の知性が高すぎることに再三の疑いを向けながらも了承を返してきたことに満足する。

 フロンは言われた通り円を描くように高度を上げつつ移動し続ける檜垣の上へと向かっていく。

 生首共は渦巻くように追従し、容赦なく襲いかかってくる。

 流石にそろそろ限界かと感じたところで、フロンは目的の高度へと到達する。


 適当な目測であるが地面まで100mくらいだろうか。

 ぶつかるまでは2秒程度? 猶予としては十分だ。よっしゃ行くぞ。


 フロンの背を蹴り飛ばし、俺は命綱なしでダイブした。

 それを追いかけるように鬼剣が殺到、進路上で刃を向けて俺を待ち構えるものもある。

 どうやら予想通り狙いは全て俺のようであり、遠くで聞こえる嘶きが俺に無事を知らせてくる。


「いってぇな畜生!」


 動きが著しく制限される空中で足を、脇腹を、腕を、様々な場所が斬り裂かれる。致命傷だけは回避するも、本当にそれだけに過ぎない。

 だが今更傷の大小を気にする必要はない。大切なことは今この瞬間だけでも生き続けること。片腕が動き、言葉を発することができるならばそれでいい。


「檜垣ぃいいいいい!!」

「桜井!?」


 地面が目前に迫る。

 驚愕に目を見開きながら、俺を受け止めようとしてる檜垣の姿が目に映る。

 俺はそれを阻止するために彼女に向けて剣を投げつけ、俺の予測落下地点手前でその動きが止まるように調整する。


「お前何をッ!?」


 この生首共が俺を殺すように指示を受けて動いているならば、それを止めるてっとり早い手段なんぞただ一つ。だから助けられたら困る。


 檜垣、お前に求めるのは救出ではなく確保と合流と事情説明役なのだ。

 同じ経験をしているからこそ俺の考えに察しがつくだろう。そしてそのために行動してくれる。

 仮に続く鬼剣共に襲われたとしても俺が凌いできた剣軍を、俺よりも剣技に長けたお前が対処できないはずがない。


 全く、俺に対して弱みと罪悪感があって贖罪のために協力的な実力者ってのは遠慮なく巻き込める相手としては最高だぜ!!


「後は任せたぞ、檜垣」


 地面と衝突する刹那の瞬間。

 天地が逆さまになった視界の中で、俺は驚きに目を見開く彼女に視線を合わせて言葉を贈る。


 直後に伝わるグシャリと潰れたかのような衝撃に合わせ視界が闇に染まる。

 続けて何かが身体を何度も貫いたかのような衝撃を受けるが痛みを感じることはなかった。


 俺は死ぬ。死ぬことでこの追撃を打ち切る。

 死後に何度も『冥府』に流れつくことは非常に稀であるとアイリス含めて『冥府』の面々に教えられたが、『未練が強すぎると流れ着く』という設定さえ理解していれば後は俺の気の持ちよう次第だろう。


 レベル上げをし続けたい。

 それを邪魔する七篠をぶち殺したい。


 そんな2つの支柱執念を強く握りしめ、自分を信じて自殺する。


 俺の死を通じて七篠が警戒を解くかどうか、『冥府』にしっかりたどり着けるかどうか。

 両者共に賭けではあるが失敗したら本当に死ぬだけで、無に消えるのならば後悔を感じることさえないだろうから問題ない。


 だから後は任せたぞ檜垣。

 俺が戻るまでを、お前に任せる。





「……えーぇ」


 テメェそこはもうちょっと託された側らしい反応をあ、もうむりしぬ。しんだ。


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