150 先鋒・次鋒、剣士と破戒僧

 人形の自爆音と桜井の怒りと嘆きが混ざり合って響き渡る大聖堂。

 その左身廊最奥に鎮座する巨大な神の像。”愛”転じて”性”や”美”を司るアフロディテ神の後頭部にエセルと彩子は隠れ潜んでいた。


「まさか貴様から命の価値を問われるとは思わなかったな!」

「人生における最重要事項だろうがこの野郎!!」


 お互いに見ているものが違うのであろう、噛み合っていない会話をしながらヨゼフと桜井は戦いを繰り広げる。

 その様子を2人の少女は視界に収めつつ、まるで微動だにしない彩子に対してエセルは今か今かと落ち着きなく身体を揺らしていた。


「ねぇ、大丈夫なのこれ? 援護とかしないでいいの?」

「…………」


 彩子が首を横に振り、却下の意志を示した。

 そしてぐっと力強く三叉槍を握り込む彼女の様子にエセルは黙り込む。


 正直なところ、彩子からしてみれば偶然の遭遇時に戦端を開いたことは悪手に近いものではあると思う。

 それは至極単純に『彩子を使って油断させた上で奇襲する』という本来の計画に対する見切りが早すぎるということもあれば、ほぼ無計画も同然の状態となったためにこうして苦しい状況に陥ってしまっているという判断からくるものだ。


 だが同時に、それは桜井が悪手とわかっていても”最悪”を回避することを選択した結果だと彼女は考えている。


 ヨゼフと対峙した時、彩子の状態は一瞬で看破されていた。

 それはつまり彩子がまたヨゼフの支配下におかれる可能性が非常に高いことを示している。

 もしも再支配が片手間で済むようなものであれば彩子はヨゼフ側で戦うこととなり、桜井はエセルを守らねばならないため今以上に苦しい戦いをしなければならなくなる。


 また彩子についてが杞憂であったとしても、冷静に不利を悟ったヨゼフが逃走を選んだ場合も”最悪”の状況に繋がる。

 ヨゼフがこの場から逃げ出したならば眼の前にいる人形達よりも更に多くの人形の軍勢が形成されかねない。


 人形を作るには素材が必要。

 大聖堂を囲う騎士たちは勿論、エルフ領の領民がその犠牲になるのは間違いない。

 ヨゼフが作り、操り、予備として確保できる人形の絶対数がわからない以上は「エルフ領における味方が減るとともに敵が増加の一途を辿り、手の施しようが無くなる」という想定しなければならなくなる。


 自分たちとヨゼフが偶然遭遇し、自由になった自分を見られた時点で執着されるのは絶対。

 その上で思いつく”最悪”と今の状況を天秤にかけ、『比較的マシベター』な状況で戦うことを瞬時に決めたのだろう。


 ”最悪”よりも多少はマシな”最低”の方が良い。


 偶然の遭遇により最善の未来を潰された中で誰よりも速く驚くべき速度で決断を下し、その上で自身が戦いの中で一番危険な位置に飛び込んでいる。

 ここまでされてしまえば人生初の接吻をあんな狂人に奪われた彩子をしても黙って従うことに否とは言えなかった。


「……っ」


 それだけにもどかしい。

 胸の中に溢れる怒りと殺意を持て余しながら、理性でそれを抑え込み続けている彩子は瞼を一度として閉じること無く戦いを見つめ続けている。


 大聖堂に逃げ込んだ際に言い渡された対ヨゼフ戦の計画。

 それは元の計画である『彩子で誘い出して奇襲、及び一撃必殺を狙う』というものから『奇襲、一撃必殺』部分を抜き出しただけのようなものだ。


 つまり元より考えていた攻撃手段だけを転用し、それを当てる方法は場当たり的になんとかする。

 そんな計画とも呼べない戦いの中で彩子とエセルに与えられた役割は『一撃必殺』を成功させるための下準備である。


「あぁもう。また魔法が切れた。何時にまでやればいいのよこれ……」


 エセルが文句を零しながら桜井から渡されている武器『黄泉倭刀』に再度『神聖魔法:聖別』による神聖属性付与を行う。


 桜井曰く、「冥府産の武器の多くには亡霊や不死種に対する特攻特性がある」とのこと。

 黄泉倭刀よもつわとうにあるそれとエセルが付与する神聖属性、そこに彼女と桜井が協力することで使用できる技を使えばヨゼフに対する絶大なダメージを望めるらしい。


 特攻武器に有利な属性を付与して効果的な技で必殺の一撃とする。

 そのためにもエセルは火を絶やさぬためにも薪を焚べるように、預かった黄泉倭刀に神聖魔法をかけ続けていた。


 そしてその必殺を命中させるためのアシストをするのが彩子の役割。

 剣の間合いにヨゼフが入ったところでエセルを武器と共に桜井へと届け、同時にヨゼフの拘束と周囲の人形の横槍を防ぐ大役を彼女は担っていた。


「……ッ、……。」


 だからこそ『自爆』に翻弄され近づくことも難しくなっている桜井の様子に彼女の心中はざわめき続けていた。


 仕掛け時は桜井の判断で実行に移される。

 それは仮に彩子が仕掛け時を判断したとしても、連携という行いに難を持つ自分ではとっさに合わせることができないと桜井が吐露したからだ。


 そのため彩子は桜井のサインを待つことしかできない。

 劣勢にある桜井に助力して状況を打破してしまえば、優劣の反転によりヨゼフが『一時退避』の選択肢を選ぶかもしれない。


 逃げの一手を打たれたら行き着く先は最悪の未来。

 そうならないために戦端を開いたのだから、そこに繋がる可能性を作り出してはならないのだ。

 

 彩子は奥歯を噛み締め三叉槍を二度三度と絞り込むように握り直す。

 いつでも戦場から逃げることができる敵。ヨゼフ・アサナガの厄介さを彩子はこれでもかとばかりに痛感した。


「『自爆』『自爆』『自爆』。さぁどうした、逃げ回ってばかりじゃないか」

「俺が一体何をしたって言うんですかお義父さん! ちょっと娘さんの唇奪って身柄を確保しただけじゃないですか! 自分で斬りかかる気概も無いくせに! ちょっと優位に立ったら馬鹿の1つ覚えで『自爆』ばかり! 器の小ささ見せつけて何がしたいんですか!?」

「そのよく回る口ッ! 不快に過ぎる!」

「事実言われて逆ギレか臆病もんがァ!」


 爆炎、爆風が連鎖する中で桜井は糸繍スキルで作り出した罠を活用して迫る自爆人形の爆発位置をずらし、それによって生まれた爆発と爆発の隙間に身体をねじ込み回避する。


 剣を構えた一群に突っ込めば体術により剣を奪い取り斬りかかる。

 時には2本の剣を左右の手で操り背後からの奇襲を背に回した剣で受け止めては返す刃を走らせる。

 そして近場の人形に爆発の兆候があれば即座に反応して離脱して、体勢を立て直しつつ口から溢れる罵詈雑言でヨゼフの怒りを絶やさぬようにすることで『逃げ』の選択肢を奪い続ける。


 なるほど確かに『剣聖』の弟子と言うだけのことはある。

 戦闘力で言えば超一流には一歩か二歩劣っているがその持ち前の目と勘の良さ、悪辣とも言える頭の巡りがそれを補い実力以上の強さを発揮させている。


 その点において彩子は素直に感心し称賛した。

 しかしそれが発揮されている今の状況は余りにも桜井に不利であり、まるでヤスリで少しずつ削がれるように彼の身体に傷が増えていく。


 故に彩子は称賛以上に焦りを感じる。

 ヨゼフの討伐は桜井も含めて全員が力を合わせる必要がある。

 その一角を担う男が何時その命を落とすかもしれない最前線で戦い続け、自分には相手の指示を待つことしかできない。

 事実が彩子をそしてエセルを焦らせる。本心を理性で抑えつけ続ける苦行に、一分一秒が普段よりも遥かに長く感じてしまう。


「……! ……っ!!」

「トール、早くしないとヤバいわよ。私の魔力も無限じゃないんだからね……早く、早く……!」


 まだか、まだか、まだなのか。

 祈る想いで見守る2人の心はまるで示し合わせたかのように重なり合い、その時を待ち続け――ついにその時がやってきた。





「う、ぐぅっ!」


 『自爆』の対処に遅れ、吹き飛ばされて地面に転がる。体中から煙と焦げた臭いが立ち上り、全身が悲鳴を上げている。

 相手の注意を引き付けるために行っていた罵詈雑言のレパートリーがついに尽きた結果がこのざまである。


「(ポーション……無いじゃん。クソ、どれだけ戦い続けたかもわからんぞ)」


 ヨゼフが率いる人形の数は50を割っている。なのでそれなりに長い時間を戦ったとは思いたい。

 しかしその間に接近に挑戦しても尽く失敗してしまった。わかってはいたが本体が別の人形に逃げる移るのが早すぎる。


 原作ゲーム時代におけるヨゼフ戦でも本体の移動はやっていたがゲームでは戦闘に参加している人形の数に限りがあったし、何よりヨゼフが戦闘そのものから逃げることがシステム的に不可能だった。

 加えて赤野を始めとした魔法使いがいれば魔法に全体攻撃で対処が可能だったのでここまで攻撃を当てることそのものに苦労したことは無い。

 だからこそ、移動先の人形が膨大で味方側には全体攻撃を行う手段がない今の状況はやはり厳しいと言わざるを得ない。


「全く、突撃と離脱を馬鹿の一つ覚えで繰り返して状況が打開するわけが無いだろう? だというのに両手の指の数を超えてなお繰り返すなど……愚かにも程がある」

「……」

「しかし、ここに至っても彩子と聖女の娘は姿を見せないか。既に逃しているか、それとも見切りをつけられたかな?」

「チッ」

「おや、ついに余裕も無くなったか。まぁ私の人形を半数も削った点はよくやったと褒めてやっても良い」


 倒れ伏す俺の周りをヨゼフの人形が囲み、その後ろで栗毛で長身の女騎士ヨゼフが俺を嘲笑っている。

 傷を癒やすポーションは完全に無くなり、奪ったはずの騎士の鋼鉄剣は手元から離れた場所に転がっている。

 これでは10秒毎の僅かな回復さえ得られず、軋みを上げる身体を無理やり動かしたとしてもそれは酷くぎこちないものになるだろう。


 完全な劣勢、逆転の目など見当たらない――


 元より真っ当に近づくことはできないと踏んでいたのだ。いつかは追い込まれるとわかっていたのだ。

 そのために何度も同じ行動を繰り返した。勿論、あわよくばと思ってはいたがそう上手く行くはずもない。


「あー、どっこいしょ」


 オヤジ臭い言葉と共に俺はゆっくりと身体を動かし、片膝立ちで座り込む。

 ともすれば悟ったような、諦めたかのような姿に見えるだろう。そう思ってくれれば万々歳だ。


「やっと自らの愚かさに気がついたか?」

「こんだけやり尽くしてどうしようもないならそりゃ諦めるだろ」


 ヨゼフは一撃で殺さねば確実に逃走してより最悪な事態を引き起こす。

 そして一撃で殺すためには剣の射程にヨゼフを入れなければならない。

 だが相手はこちらを警戒して絶対に射程に入り込まない位置取りをし続けている。


「だからまぁ……そうだな。冥土の土産でもくれてやろうかなって」

「誤用だな。死ぬ側の台詞ではない」


 ヨゼフの指摘に俺は一々気にするなと鼻で笑って返した。


 俺から仕掛けてももはや状況は覆らない、近づくことは絶対にできない。

 だが俺はまだヨゼフを討つことを欠片も諦めてなどいない。だから「冥土の土産」という言葉に間違いなど無い。


「それで今度はどんな戯言を口にするつもりだ」

「お前、わかってなさそうだから教えてやろうかなって」


 今度は俺がヨゼフを嘲笑う。

 小馬鹿にしたような、この期に及んで見下した表情を浮かべて奴の心に言葉を向ける。

 状況を打開するためにできることなど、ただ1つ。近づけないならば近づいて貰えば良い。

 そのための言葉武器を俺は持っている。


「わかってない? 一体何のことを」

「お前が万年経っても愛されない理由だよ根暗のビビリが。お人形遊びからいい加減卒業しろっての」


 ヨゼフの言葉がピタリと止み、その表情が硬直する。

 俺は更に笑みを深めてニタニタと嘲笑いながらより強く見下して口撃を続ける。


「俺はお前のことを深く知ってるぜ? お前が初恋相手に拗らせて王都へ移住したことも、近場に住んでストーカーしまくってたことも、墓を暴いて薬指奪って元々の肉体と一緒に埋葬したってのも」

「っ、貴様何故それ」

「なっっっさけねぇんだよ~~! お前の何もかもが!!」


 相手を苛立たせるためにヨゼフの言葉に大声を被せて罵倒する。


「見守るだけで幸せだったなんて酔いしれてるところ悪いがただ未練がましいだけだろうがよ! 『僕のほうが先に好きだったんです~』なんて気持ちが見え透いてて男として情けないにも程があるわ! 好きな相手がいるのに行動しないで手に入るわけねぇだろ間抜け! 白馬の王子様運命の人を待つなんて浪漫はお前みたいな心身ともに不細工には許されねぇんだよ! 来世で容姿端麗文武両道の美少女に生まれ変わってやっと許される考えだってわかんねぇのかドアホ!」


 罵倒の嵐にヨゼフは目を丸くして口を開いては閉じてを繰り返し始めた。

 その様子に『自爆』による経験値消失を叩きつけられ精神ダメージとフラストレーションを溜めていた俺のテンションは上がっていく。


「初恋の相手が結婚したら相手の家が見える位置に引っ越すとか完全にストーカー以外の何者でも無いだろうが! 『彼女の幸せを見守る健気で一途な自分』とか思ってたんだろうけれど、それはただ自分の妄想に酔ってるだけで相手からしてみればただの恐怖の不審者でしかねぇんだよ! 「バレてないから問題ない」なんて思ってるんなら教えてやるけど、同時期に同じ村から引っ越してきた人間なんて噂になるに決まってんだろ! 通報一歩手前でタップダンスかましてた変態野郎だっての自覚しやがれ!」


 悪人に対して一方的に正義心から好き勝手罵倒を叩きつけることのなんと気持ちの良いことか。

 道徳心と善性を投げ捨てているという点を除けば素晴らしいメンタルケア手段である。


「私はそのような」

「まともな奴は墓地を暴いて結婚に使う左手薬指を奪って自分の墓に一緒に埋めるなんてことしねぇだろうが! 口にするだけで気持ち悪い! その上で彩子なんていう一から十まで妄想の産物を作りやがって! しかも初恋相手じゃなくてその娘ってあたりがお前のみみっちさを物語ってるじゃねぇか! 微妙に理性残してそうなところがよりお前の気持ち悪さに拍車をかける! ここまでキモい奴は人生で初めて見たわ!」

「黙れッ!」

「好いた相手を創作物に反映するなんてやってることが思春期のガキと同じじゃねぇか! でもお前と違ってガキの方がまだ恥と自制心を持ってるだろうよ! 初恋の相手が褒めたのは人を喜ばせる『人形使役』であって今のお前がやってるような自慰行為を褒めたわけじゃ無いんだよ根暗が! わかるか!? わかんねぇよな!? わかってたらこんな生き恥晒し続けることなんてしてねぇもんな!」

「違う! 黙れ!」

「なにが違うだ! せっかく一芸極めたのに動機と行動と成果全てが褒めるべき点に泥を塗ってる間抜け野郎が! 悔しかったら自分の手で俺を殺すくらいの気概を見せてみろ! 最も、人形を挟まないと怖くて人と話すことさえできないお前にゃ一生無理だろうけれどなァ!」


 そして俺は肺に目一杯の空気を吸い込んで、片手を床に叩きつけ前のめりになりヨゼフに向けて最後の言葉を吐き出す。



「結局お前は妄想の中に生きる独り善がりな自慰行為だけが達者で年がら年中お人形遊びに夢中になってる男の尊厳も残っちゃいない生涯独身無職童貞の臆病者なんだよバァァァァァァァァカァァァッッッ!!!」



 絶叫が終わり、静寂が辺りを包み込む。

 俺とは言えば息を切らせて呼吸を整えていた。

 辺りを包み込む雰囲気に反して俺の気持ちはとても清々しいもので、この後が肝心だというのに結構な達成感に思わず爽やかな笑みを浮かべてしまった。

 そしてもう一度楽な姿勢に座り直した上で呆然としているヨゼフに向けて笑顔のまま言い放つのだ。


「ふぅ…………あ、まだいたの? 後は人形に任せて帰っていいよ?」

「ぅぅあああ、ああああぁぁぁぁッ!!!」


 うん、まぁ怒らせるつもりだったけどここまで鬼気迫る表情になるとは思わなかったな。

 怒りのあまり周りの人形操作して道を開けることさえ頭から飛んだのかヨゼフが人形から剣を奪い押しのけながら向かってくる。


 道中で顔を真っ赤にして俺に向けてやたら叫んではいるが内容に興味が無いせいか耳から入って頭から抜けていく。よって「なんか叫んでんなー」くらいの感想しか出て来ない。

 そしてそれが完全に態度として現れていたのか更にヒートアップしていくヨゼフがついに囲いを抜けて俺の前へと立つ。

 人形だから呼吸なんぞしてないのに何故か肩を上下させているその姿を俺は鼻を鳴らし、奴が振り上げた剣を、そしてその上から落ちてくる少女達を見て笑うのだ。


「死んで私に詫び続け」

「トールッ!」


 彩子が投げつけた三叉槍トライデントがヨゼフの背後に突き刺さり、そこに発生した魔法陣から生まれた何本もの鎖がヨゼフの身体を拘束する。

 逃げたと思っていた彩子の登場にヨゼフが止まったその間に、俺はエセルから投げ渡された黄泉倭刀を手に取り自身に降り注ぐ『神聖魔法:祝福』による身体強化を感じながら抜刀する。


「は?」


 黄泉倭刀は不死と亡霊種に対して1.2倍の攻撃力を発揮する。

 祝福属性はそれらの魔物に対してダメージを2倍にする。


 そして原作メインキャラであるエセルが使う『神聖魔法』と檜垣が使う『火剣』には互いの効果を高める合体必殺技が存在する。

 その威力はただでさえ通常攻撃の5倍、不死と亡霊種に対して更に倍する無法の10倍火力。


「火剣ッ!」

「神聖魔法、聖光!」


 倭刀に生まれた赤き炎にエセルが放つ光線が直撃し、その刀身が黄金の焔に包まれた刃へと変貌する。

 それは現世に死してなおしがみつく、罪深き魂を滅するための浄化の聖剣。

 背中から吹き出た炎の翼が俺を、ヨゼフを殺すために隠し続けていた必殺の剣を加速させる。


 武器の特攻特性、付与された属性補正、合体技の条件付き攻撃力補正。

 全ての補正は累積し、乗算され、実に24倍のダメージを叩き出す確殺技。

 その名を――


「――『神火聖剣じんかせいけん』!」


 数々のプレイヤーに「絶対に調整ミスだろ」と言われてなお修正されることのなかった刃を手に、炎翼の加速を得た俺は一瞬にして距離を詰める。

 しかしそれは目の前で拘束された人形ではなくその右斜め後ろ、囲いの中にいる青髪の青年騎士へと向けられエセルと彩子の顔が驚愕の色に染まる。


「!?」

「トールっ!? どこに!?」


 だがこれでいい、こいつでいい。


「『絶火宣告ぜっかせんこく』ッ!」


 横薙ぎに振るった刃が青年騎士を上下に分かち、勢いそのまま身体を回して上段から一閃。

 十字の斬撃。床に崩れ落ちた肉塊の両断面からは黄金色の炎が吹き出し包み込む。


 炎によって焼かれ崩れていく人形に合わせるように俺たちを囲う騎士たちが次々と崩れ落ちていく。

 それは正しく”糸が切れたかのように”といった具合で、ドミノ倒しのような流れで倒れていく人形の中には人としての形状を保てず肉塊としてその中身を流し出し始めているものもある。

 醜悪な様ではあるものの、反面その姿こそがヨゼフの支配から解放された証明でもあるだろう。


「え、ちょっと、何!? どういうこと!? こっち斬るんじゃないの!?」

「――、……!」

「お察しの通りだ」

「いや私は何一つ察せてないんだけど!?」


 拘束されたままの人形と燃える残骸に顔を左右させながらエセルが疑問を口にする。

 今までの戦いを見ていた彩子は俺が何を思ってこんなことをしたのか察することができたようだが、エセルはそうでもないらしい。

 とは言えやったことと言えば単純に「ヨゼフが乗り移る逃げるであろう人形に先回りして斬り伏せた」というだけだ。


「いやなんでわざわざそんな事。眼の前のこいつ斬ればいいじゃない」

「彩子に拘束された場合、ヨゼフは驚いて硬直するかとっさに逃げるかの2択。後者を選ばれたら必殺を外すことになる。ならワンテンポ送らせて確実に逃げの択を選ばせた上で逃げ先のやつに当てるのが確実だろ」

「そう言われるとそうだけど、逃げ先なんてわからないじゃない」

「わかる……というか、わかるようにした」

「はぁ?」


 俺はヨゼフとの戦いの中で何度も突撃を繰り返しあの手この手で接近を試みてきた。

 それは奴に近づくためであったが、それ以上に相手の癖を見抜きその行動パターンを絞るための布石の意味が強いものだった。


「あいつ、人形を移動する時にはやや離れた場所にいる右斜め後ろの人形を選ぶことが多かったんだよ。突然近づかれた時はより顕著でな、彩子も見ててわかっただろ?」

「!!」

「つまりそれが奴の癖であり、とっさの行動にはその癖が出やすくなる。その上で俺が突撃してヨゼフが逃げるっていう行動の繰り返しの中で、半ば脳死で同じ行動を繰り返えせば短い間でも知らず知らずの内により強く染み付く。となれば」

「拘束されてとっさに逃げ出そうとしたら染み付いた癖に従った動きになる……あんだけボコボコにされてた行動全部がこの一瞬のための誘導だったってこと……?」

「そういうこと」


 よく見て、よく考えて戦う。戦い慣れしてないやつほど行動にパターンがあり、それを逆手に取れば斬るのはそう難しくない。

 そして時にはこちらの行動で相手に癖を作ってやれば、動きを誘導して当てたい一撃を当てることができるようになる。


 それは幼少期の俺に目をつけた『剣聖』ことおじさんが教えてくれたことだ。

 魔物の動きを読んで戦うつもり満々だった当時の俺にとっては「当然のことじゃね?」などと思っていたのだが、まさかこんなところで実を結ぶとは。


 やはり対人戦は技量以上に経験がものを言うのだなと考えながら……俺は額にシワを寄せる。

 その音に全てが終わったと考えていたエセルも違和感を覚えたようで怪訝な表情を浮かべる。


「ねぇ、トール。あんたが言う必殺の一撃はちゃんと当たったのよね?」

「間違いなく命中したし手応えもハッキリとあった」

「そう。じゃあなんでそんなに渋い顔をしてるのよ? 周りの人形もぶっ倒れてるから、彼奴はもう消えたんでしょ?」

「消えたっちゃ消えたな。ここからは」

「――っ!?」

「ちょっとトールそれって!?」


 彩子とエセルの反応に対してため息をつきながら首肯する。


 俺の視界には経験値の獲得ログが常に表示されており、それは獲得経験値数と共に短文で経験値の獲得理由も記されている。

 つまり「素振りをこなした+25」だとか「人形騎士を倒した+153」などという形でログが記載されるのだが……そこにあるべきはずのものがないのだ。


 そのあるべきものとは「ヨゼフ・アサナガ討伐による獲得経験値」の一文。

 そしてそれが無いということは俺に……ここにいる全員に対して不都合な事実を示している。


「悪い、殺しきれなかったっぽい」

「!!!!」

「ハァ!? いやちょっと! どうすんのよ!?」


 俺の言葉に2人が焦りだす。そりゃそうだろう、こいつらもヨゼフを取り逃がした場合に起きかねない最悪の状況を予想しているのだろうから。

 俺だって実のところ困っているのだ。まさか24倍無法火力でヨゼフを殺せないとは思っていなかったのだから。


「(原作ではレベル55以上のステータスがあれば奴を一撃死させられてたんだが……まさか生き残るなんて)」


 凡人故にステータスに3割減を食らっている俺であってもレベル82かつ『種』系アイテムで補正を加えている。

 なのでメインキャラ達におけるレベル60程度のステータスは確保しているので、能力値が足りないなんてことは無かったはずだ。


 だから殺しきれなかった原因がわからない。

 しかしそれは今、考えるべきことではないだろう。

 過去に遡る手段でも無ければ起きてしまったことを振り返る意味はないのだから、重要なのはこれからどうすべきかという点だ。


 時間はヨゼフの味方をするとわかっていても行動に移れない。

 悩む。悩んでしまう。それだけ今の俺は困っている。


「(人形補充して向かってくるってんならエルフ領に済む人員全てが相手でも勝ち目は作り出せるが、完全に逃げに徹されて後日仕切り直しされると面倒くさいな)」

「トール! どうすんのよこれ! またなんかスパッと言えるようなこと無いの!? そういうの得意でしょ!?」

「っ!? ッ!! !!?」

「揺らすな揺らすな気が散る止めろ」


 慌て始める2人の仲間を前に俺はその場で剣を構えて考え込む。

 そして集中するために素振りをこなしながらじっくり数分、考えに考えた結果。


「…………とりあえず帰って偉い人に相談するか」

「今まで好き勝手しておいてどの面下げて言ってんの!?」

「~~~ッ!! ッ! ッ!」


 ツッコまれるとわかっていても、そんなことしか言えなかった。

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