151 中堅、神の子


「――ッカ、ハァ!? ア、アァ!?」


 支配下にある人形との間に繋がれた不可視の道、魔導線サーキットを通じて大聖堂から抜け出したヨゼフは必死の思いで街に残している人形の元へと移動していた。


 今の彼を支配するのはかつて無いほどに感じる死への恐怖。

 桜井が彼に振り下ろした黄金色の聖火は確かにその力を発揮しており、魔人と化したことで手に入れたヨゼフの身体・その本体たる魂は8割近くが一瞬にして消し飛んでいた。

 ヨゼフが生きていたのはもはやただの幸運としか言いようがない。

 後少し『神聖魔法』の担い手であるエセルの集中力が強く、施した魔法の精度がより高ければ間違いなく『神火聖剣』はヨゼフを屠る一撃となっていただろう。


「ハァ、ハァ……逃げ、撤退を……! 身体を、傷を癒やさねば……っ」


 受けた傷を少しでも塞ごうと、ヨゼフは支配下にある人形たちから魔導線を通じて魂を回収していく。

 それは自らの人形の破棄と同義。しかしヨゼフは自らの生命を維持するためにもそうせざるを得なかった。


「クソっ、クソッ! おのれ、桜井ィ……ッ!」


 彩子を失い、手駒の大半を破棄する他になく、ただ無様に逃げるしかない。

 屈辱だった。余りにも屈辱的で情けなさにありもしない瞳から流れるはずもない涙が出そうだった。

 そして怒りが湧く。抱いた感情がそのまま桜井の罵倒を証明しているかのようで腸が煮えくり返る。


 愛娘を奪われたどころかあそこまで手酷い罵倒を受ける道理が何処にある?

 許し難い、許し難いっ、許し難いッ! ヨゼフは頭の中で再三その言葉を繰り返し、桜井への怒りを際限なく高めていく。


「次の彩子を作る前に何としてでも殺してやる……エルフ領の住民全員を犠牲にしてでも、必ず殺してやる……!」


 数の力に頼ったところで意味がないことヨゼフは判断した。

 人形1体辺り質を高めるとしても、多少の質は相手の技量で覆される。

 自らの戦闘技量の低さがネックとなってしまう懸念がある。


 よってヨゼフは結論を導き出す。

 目指すべきは数の利を捨て技の質と差を無意味にする圧倒的なまでの身体性能スペックであると。


 単純な身体性能の向上を行うならば必要なのはサイズとそれに見合う大量の素材だ。

 試算ではあるものの適当な人間またはエルフを500人ほど、可能であれば筋骨優れた騎士団の者たちも加えて混ぜ合わせることができれば5m級の巨人ギガントを作ることができるだろう。


 それは今までのように社会の影に潜む内は決してできない行いであり、だからこそ未知を弱点とする桜井には有効だろう。

 巨人の作成などしたことはないが人型であれば操縦の方法は変わらない、サイズが何倍あろうとも動かすことができる自負がある。


 僅かに残っていた理性。いや、恐怖心から大聖堂の中には1体だけ死んだ振りをさせている人形を残してある。

 それを状況に応じて小動物などの人形に変えてしまえば桜井たちの動向や位置はそれを使って確認ができるだろう。

 場合によってはそこから観測した情報を使って巨人をピンポイントで『自爆』させ街諸共吹き飛ばしても良い。


 巨人と『自爆』の組み合わせは今までにない派手な手段であり、使えば自分の存在が明確に露見することになるが後のことなど考える必要はない。

 全てはあの憎き男を殺してから考えれば良い……ヨゼフは自分が持つ能力に対する自負を踏まえてそう考えていた。


「(だからまずは身体だ、身体がいる! 動くための身体が必要だ!)」


 魔人となる上で取り込んだ『パラサイトゴースト寄生亡霊』はその名の通り生物に寄生することを前提とする魔物だ。

 本来であれば別の生物を必要とする魔物であり、寄生せねばそこから動くこともできない呪縛霊の類。

 しかしヨゼフは自らの人形を利用することでその問題を解決できる。


 その反面、戦闘力は寄生先に依存するため亡霊種特有の高い物理耐性を除けば本体に強さは殆ど無いと言って良い。

 彩子の最も近くに、心身一体に近い存在となるために適合率を無視して選んだ魔物。

 低確率を気力で突破した当時の非合理的な判断を後悔しながらもヨゼフは残された数少ない人形へと向かっていく。


「――――。ん、ここは……テレンスの邸宅か」


 ヨゼフは大聖堂からやや離れた場所にある邸宅、その執務室で目覚めた。

 乗り移った人形の名はもはや使うこともないだろうと椅子に座らせ放置していた邸宅の主である「テレンス・ケンドール」。


 ただ逃げることに夢中で、遮二無二に残った人形たちから魂を回収していたためどの人形に移動するかを選定していなかったが、権力者に乗り移れたとあらばこれは幸運だと彼は判断する。

 それは単純に一般人では不可能な場所や行動を取ることもできれば、老体の権力者であるテレンスをよく知る『伝統派』の相手ほど不意を打って殺せる機会が多いからだ。


 しかも桜井は自分との取引を成立させるために襲撃した相手の正体を不明とし、テレンスの護衛たちはその謎の相手に殺されたと周囲に対して証言していた。

 これはヨゼフも情報工作の中でしっかり確認を取っており、テレンスが派遣したことになっている騎士たちの死骸は結界内にあったためこの身体を使ってもなんら怪しまれる理由がない。


 要約すると『油断』を誘いやすく、それを突き易い。

 単純に身体を癒やす目的でテレンスの権力を使い都市を脱出して雲隠れしてもよいし、ヨゼフは1人殺せばそれを手駒に次は2人で殺して人形の数をどんどん増やすことができるためそちら側に舵を切っても良い。

 大聖堂から桜井達が脱出してくるにはまだ時間がかかるはずだとヨゼフは考えていた。


「ともあれ、まずは誰かしらに接触しなければならないか」


 自分に言い聞かせるように独り言を呟きながら、ヨゼフは邸宅の玄関へと向かう。

 その間にこれからの方針をブツブツと呟きながら口調を調整し、歩き方や表情もテレンスのそれへと変えていく。


 合わせて自身の歩みも遅くなってしまうが仕方がない。

 ただでさえ不自然になりがちな人型の使役。

 細かいところまでその人になりきるためにはこうした前準備が重要であり、ここで手を抜くと余計な失敗に繋がるということをヨゼフは今までの経験から理解していた。


「(警ら中の騎士がまだ居れば良いが。2人1組で動いていれば不意討ちで人形にできる。道中は目立つ大通りを行くとしよう。民間人がまだ居ればそれを殺して人形にする。私をここまで追い込んだのは受動的な行動が原因だと分析する、ならば桜井を殺すために傷を押してあえて攻め手を打つ……!)」


 確かな考えがまとまる頃、ヨゼフは玄関扉の前に立っていた。

 そして身嗜みにおかしな点が無いかを確認し、ヨゼフは憎き桜井の首を握りしめる想いで扉の取手に手をかけ――宙を舞った。


「(ん? え? あれ)」


 外から内へと爆ぜた玄関扉と共に身体が吹き飛んでいると気がつくまでに、ヨゼフは周囲の壁や床に二度三度と叩きつけられ弾むように転がった。


 人形の身体は元より痛覚どころか触覚を不要と断じて削っているため外部の刺激に鈍く、加えてその心は桜井の排除に囚われていたため突然の事態に対する一切の心構えができていなかった。

 そのためヨゼフの頭はまるで回らず、真っ白な思考のまま無意識に上半身を持ち上げ扉の先にいる者を視界に収めることしかできなかった。


「はーーー!! もう! やっと最後です!」

「ヒッヒーン!」

「フロンさんもご苦労さまです。んじゃ、パパっと壊しちゃいましょう」


 扉を蹴破ったであろう銀翼を持つ馬から降りてきたのは褐色の女性、名をなんと言ったか?

 ヨゼフはその女性が激しい運動後のように汗を流しているのが目に見える距離に近づくまでの間、必死に記憶を掘り返し相手が何者かを思い出した。


 


「な、何故!? なぜこの場所に……!?」

「あれ、その『熱』。あぁ本体が移ってるんですね。道理でなんだかちょっと熱いなと」

「質問に答えろ! なぜここにいる! 最後とはどういうことだ!? なにをしている!!」


 眼の前の女、アイリスが人形を識別する魔眼を有していることをヨゼフは知っている。

 その上で明らかにヨゼフが用意した人形を標的にして、それを破壊するために行動していたかのような口ぶりにヨゼフは質問を重ねた。。


「(まさか、いや、あり得ない。この女の識別範囲は視界内だけのはず、あり得ない)」


 思考しながらも彼は頭によぎる可能性から目を逸らす。

 しかし、眼の前にいる女性――アイリス・ニブルヘイムはあっけらかんと事実を告げる。


「どうもなにも、街にはびこる貴方の人形を壊して回ってたんですよ。居場所は貴方の『熱意』が教えてくれましたから」

「ヒヒンッ!」

「フロンさんも一緒に頑張ってくれました!」


 エヘンと胸を張るアイリスに対してヨゼフは愕然としていた。


 彼はアイリスが『冥府』に住まうアヌビス神の血族であるとは知らなかった。

 それ故にヨゼフよりも更に深く魂についての理解があり、魂そのものへの攻撃を可能とする『魂撃』を修めていることを知らなかった。


 その瞳に宿る魔眼は「視覚内に存在する生物の”意志”を”熱”として知覚する」程度のものであると予測しており、だからこそ物体である人形と生物の識別が可能なのだろうと考えていた。

 しかしそれが意思の強さによって感じる”熱”の規模や熱さが比例し、かつ個人識別が可能なほどに高い判別精度を持っているとは考えていなかった。

 そして何よりヨゼフ本体が強い『熱意』を持てば、その熱に人形内に埋め込んだ魂にも熱が灯るなど、魔眼を持つアイリス以外に知る術が無かった。


「(何故、何故人形が潰されていたことに気が付かなかった! ここに逃れる中で何故気が付かなかった!?)」


 至極単純に言えば、桜井への怒りのあまり頭の中から大聖堂外にある人形についてのことが吹き飛んだからである。

 そして桜井に斬り裂かれた後、大慌てで自身の傷を癒やすために自ら支配下の人形の数を凄まじい勢いで減らし続けたことも原因の1つ。

 故にヨゼフはアイリスの人形破壊活動に気が付かなかった。桜井とアイリスの間に図らずとも発生した連携がヨゼフを追い詰めている。


「せっかくですしハッキリ言いましょう。私は貴方が嫌いで、貴方のことが許せません」


 アイリスが手にした長棒をぐるりと回す。

 ヨゼフは彼女の『魂撃』についてを知らない。だが高まっている生存本能がその動作に強い死の気配を感じ取る。


「私は私のワガママで貴方の残した人形を壊して回りました。貴方の逃げる手段を少しでも潰すためというものは理性的な建前であって、本当の本当に……貴方のことを許せなかったんです。その理由まではうまく言葉にできないんですけれど」

「そんな漠然とした怒りで私をッ!」

「はい。だからごめんなさい。そして――二度と貴方にごめんしないッ!」

「っ!?」


 瞬間、奥歯を強く噛み締めたアイリスが手にした長棒を投槍の如く全力で投擲した。

 その先端は魔法で作り出した氷によって鋭利かつ強固な円錐が形成されており、長棒は即座にヨゼフの――人形となったテレンスの――腹部を刺し貫き床に縫い付ける。


「『魂撃・仁王破脚におうはきゃく』!」


 邸宅を揺らすほどの震脚と同時に発生する三重の衝撃波。

 長棒に縫い付けられたヨゼフがそれを躱せるはずもなく、その直撃を受け彼の身体に強張ったかのような硬直スタンが襲いかかる。


 そして硬直状態のヨゼフにアイリスの次の動きを避ける術は無い。

 彼女は接近と同時に右腕を大きく引いている。手は拳ではなく、握らずの掌底。

 魂のより深い部分にまでダメージを与えるための技が放たれる。


「『魂撃・一周鬼掌いっしゅうきしょう』ッ!」


 『魂撃』が持つ技の中でも最大ダメージを誇る掌底が人形の頭に突き刺さり、その首から上を引きちぎるように吹き飛ばした。

 飛んだ頭はエントランスの階下に激突し爆ぜて散る。首を失った人形の手足から力が抜け、そこから『熱意』が消え去っていく。


「ヒヒン?」

「街に潜んでいた人形はこれで最後です。後は任せましょう」


 アイリスの魔眼は逃げていく『熱意』の塊、生存本能に突き動かされ続けるヨゼフを捉え続けていた。

 それはつまり彼女の一撃をもってしてもヨゼフを死に至らしめることはできなかったことを意味している。

 だが彼女は桜井と違い何一つ焦ることは無かった。なにせアイリスは彼が次に逃げ込むであろう場所を完璧に理解していたからだ。


 街に潜んでいた人形たちはアイリスが完全に潰しきった。

 であれば残された逃げ道は大聖堂内、桜井達から逃げ延びるために打ち捨てた人形達だけだろう。


 いや、もう1つ残っている。

 故に桜井たちから逃れようとするヨゼフは必然的にそこへと至る。


 それはこうしてヨゼフが逃げ込むことを前提として残していたわけではない。

 だがもしもそうなったならば……という願望が無かったと言えば嘘になる。

 だから壊すのは最後にして欲しいと願われて、アイリスはその人形を壊さず拘束するに留めていた。


 それを思い出しながらアイリスは遠ざかるヨゼフが発する『生きるための熱意』を見据えて、不機嫌そうに呟く。


「本当の親の怒り、しっかり味わうといいです。行きましょうフロンさん」

「ブルルッ。ヒヒーン!」


 アイリスはフロンに跨がり空へと歩みだす。

 人と馬は互いの疲れた身体を労りながらも、もうひと踏ん張りだと言わんばかりに速度を上げていくのであった。

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