149 このゲス野郎が!
「うっひょっぉぉぉ!」
俺はその解放感から歓喜の声を上げた。
大聖堂に来てからというもの、兎にも角にも守ると決めたものが多くて窮屈だったのだ。
それが今やどうだ?
アイリスは離れた場所で放置可能、エセルには彩子が付いているから俺が守る必要はない。
周囲にはヨゼフと人形軍団、総勢で100人前後の敵がいる。
その数の多さはそのまま経験値取得の機会とイコールで結ばれているわけだ。
つまり俺は何も気にすること無くいつもの調子で敵を殺しまくれば沢山の経験値を取得できるかもしれないということ!
なんならヨゼフが倒した人形を再利用しておかわりをくれるかもしれないわけだ!
守るべきものが無い方が強くなれる特性を持っている俺にしてみれば最高の状況ということだぜ!
故に俺は喜びを隠すような真似はせず、テンションアゲアゲ状態で身を屈めて前に突っ込んでいく。
視線で正面の敵を捉えつつ、背後で燃える炎に照らされ生み出される影に注意を払う。
耳は常に周囲の音を捉える余裕を残し、見えぬ位置から発動された魔法の効果音を聞き逃さないようにする。
確かにヨゼフ操る人形軍の数は驚異的と言えるだろう。
だがしかし、剣士と違い弓兵と魔法使いは攻撃の際に行う動作に多様性が少ない。
弓であれば「構え、引いて、狙い、射つ」の動作が確実に必要であり、その動きさえ視認できれば狙っている位置が何となくわかる。
魔法使いはよほど高レベルでもない限り手にした杖を対象に向ける、掲げることが必要。
更には全ての魔法はスキルであるため、発動までの動作と発動時に発生する効果音が固定化されている。当然のごとく原作知識を持つ俺はその全てを覚えている。
「(守るものが自分だけなら糸繍スキルの『盾笠』で飛び道具はなんとでもなる。後は弓兵の『弓術』スキルに気をつければ問題なし!)」
番えた矢を上に向けて放つものは『曲射』、腰を落としているものは威力の高い『直射』。残りは弓矢の通常攻撃。
耳に聞こえた空気を引き裂くかのような破裂音は『雷魔法』の何かしら。
バチバチと帯電する雷音が聞こえない辺り、恐らく上から降り注いでくる『
どうせどれもコレも俺に向かってくるのだから、やるべきことは察知した攻撃の数と順番を整理してどう動くかを決めるだけ。
糸繍スキルで展開した障壁で上から迫る『曲射』を弾き、左右にステップ移動をすることで『雷地』を躱し、威力の高い『直射』は剣で弾いて空いた隙間に身体をねじ込み後続の矢を回避する。
後はそれを繰り返すだけ、多少身体を掠めるくらいは問題ない。
三度も続ければ敵の懐、この距離の戦いなら俺が一方的に有利を取れる。
右手に持つ騎士の鋼鉄剣を振るい人形たちへと次々に攻撃を仕掛ける。
後衛職である弓兵と魔法使いの装備は動きやすさを重視した皮の軽装、金属鎧でもなければ切り裂くのはそう難しいことではない。
「ただ斬り捨てて終わりにはならないってのが嬉し、面倒なところだなっと!」
人間と違い人形ならば埋め込まれた魂が無事であり、可動部分が残っている以上は何かしらの行動ができる。
丁重に斬って解体するなり糸で固めておくなりしないと床に転がった連中がこちらの足を狙いにくるので、そういう点は面倒ではある。
その変わりに攻撃の度に『剣術』や『糸繍』スキルの経験値が貰えるので、一体あたりにかかる時間と経験値が入る喜びを天秤にかければ後者に傾くと言ったところか。
「ならば、これならどうだっ」
いつの間にやら魔法使いからこちらを囲う前衛騎士に本体を移していたヨゼフが『
それに反応してか床に転がされていた残骸共がまるで一点に吸い込まれるかのように動き出し、肉塊となり、粘土をこねるかのように新たな人形へと作り変わっていく。
生まれ落ちたのはゴリラ型の人形。
学園ダンジョンでも目にすることができる両肩から小ぶりな樹木を生やした魔物の一種、『フォレストコング』をモチーフにでもしているのだろうか?
それはオリジナルの姿とは違い腕が長く両手のひらが胴体と同じくらいに大きくなっている。伸ばした手で相手を掴むためか?
「(チッ、『知ってる』ことを知られてると流石に対応されるか)」
問題はこいつが原作ゲームでは見たことがないタイプだということ。
動きを読み続ければいつかは未知のタイプを出してくるとは予想してたが、思っていたよりも早かったな。
「――――ッ!!」
「吠える動きしといて何も聞こえないってのもシュールだ、なっ! とぉ!」
近場の弓兵を斬り捨て、魔法使いを糸で捉えて周りからの攻撃の壁とする。使い終わればそのままゴリラに向けて投げつける。
その時、ゴリラは大きく開いた口の中から取り込んだ弓兵のものであろうと思われる矢の鏃を次々と噴射。
偶然にも投げつけた魔法使いが盾となったことで難を逃れることはできたが、やはり俺の知らない動きにどうしたものかと僅かに悩んだ時。
「ッッッ!」
「は?」
ゴリラ人形は両手を床に叩きつけその反動で急接近、俺を逃さないように手を大きく広げて囲い込む。
未知の相手であるが故に観察していたことで反応に遅れた俺はその全身、穴という穴、隙間という隙間から物騒な輝きを放ち始めたゴリラを見て目を見開いた。
「はぁ!? 知らん知らん知らんお前そんな物騒なスキル持って無かっただろお前どこで覚えた嘘だろ!?」
俺は驚愕の余り頭の中の思考を口から垂れ流してしまった。
なにせその輝きはとあるスキルが発動する前兆。そしてそのスキルの名は『自爆』と呼ばれるもの。
俺の知る知識の中においてヨゼフが覚えていないはずのそれが今にも発動しかけている。
「ちょ、おま、待て待て待て待て!!」
慌てて逃げ出そうにもゴリラは周囲の人形諸共俺を抱え込み動きを拘束、逃さないようにして自らの自爆に巻き込もうとしてくる。
人形というゴミ共に巻き込まれ押し流された俺は呆気なくゴリラの懐に引き込まれ、自爆直前の物騒な輝きに照らされて。
「えぇいクソッ!!」
拘束から抜け出すための抵抗は無意味。
ならばと剣をゴリラの胸に突き立てて抜け出せないもののどうにか僅かな空間を確保すると、至近距離でも使える技が多い『魂撃』をとにかく叩き込む。
抜け出せないならば発動前に人形を潰してやる……そう考えた試みは結果として失敗に終わり、使用者の死を前提に発動するその大爆発に俺は呆気なく巻き込まれてしまった。
「――『自爆』!」
「な、ぼっがっ!?」
ほぼゼロ距離から全身に打ち付けられる衝撃が俺の身体を無理やり宙に押し上げ、爆風に乗って俺は中央身廊から右身廊へと真っ直ぐに飛ばされていく。
勢いそのままに背中から壁に叩きつけられ一瞬意識が飛かける。
激突時に生まれた壁の凹みに引っかかりながらも、程なくして俺の身体が床に落ちた。
「ゲホッ、ごほっ!」
爆音などはまるで聞こえなかった。
鼓膜はやられていないはずだが、至近距離の爆発で聴覚は麻痺して三半規管が狂ったのか地面が船上のように揺れている。
「ざ、けんな……『自爆』とか、経験値……入らねぇ、じゃねぇか……!」
叩きつけられた時に肺から吐き出された空気を求めて咳き込みながら、全身の痛みを堪えて起き上がろうと動き出す。
だが思ったよりもダメージが深刻で中々起き上がれない。死を前提に放つ『自爆』にはそれだけの威力があるのだ。
ついでに言えば『自爆』は敵を倒した扱いにならないので、経験値が一切入ってこないという問題がある。
つまり相手が死んでも経験値が入らないため、俺は虚無へと経験値が消し飛んだ事実を前に多大なる精神的ダメージを受けてしまっていた。
クソッ…………え、いや、え、待って辛い。泣きそう。
目端に浮かんだ涙が痛みから来ているのか、辛さから来ているのかわからない……多分後者。
「(だけど、とりあえず無事ってことは爆発の威力減退には成功したか)」
『自爆』スキルは『発動時点でのHPとMPの合計値の5倍に、残り全ての能力値合計を加えた数値』を威力とする。
つまりは発動前に削れるだけHPやMPを削ってしまえば相応に威力も下がるのだが、輝き始めた時点で発動が成立しているかどうかが不明だったのでかなりの賭けだった。
一応、痛みはあるものの五体満足だという時点で賭けには勝った……はずだ。とりあえず手でサインを送り物陰からこちらを見ているであろうエセル達に無事を伝える。
「驚いたな。まさか生きてるどころか手足も繋がっているとは」
「お陰で、服がボロボロだよ、クソが」
今度は刈り上げた金髪の男性騎士に乗り移っているヨゼフが俺を見据えて言葉を零し、俺はそれに悪態をついた。
相変わらず俺の戦闘能力を支えるのは原作知識という下駄であり、それを前提とした戦いの中で未知の戦法を出されると動きが一手遅れてしまう。
「(ここらへんの意識と、切り替えは。『強くなる』なら今後の課題だわな……)」
爆発に巻き込まれて後衛職の人形はいなくなったのか、俺の周囲は剣を持った騎士たちが包囲している。
対して俺は防具である服はボロボロ、剣はどこかに飛んでいき、治まりかけてきたとはいえ地面がまだ微妙に揺れてる状態。
しかもヨゼフ戦までに一度補給を挟むつもりで動いていたので、『いたぶりピエロ』と命のチキンレースがここにきてポーション不足という問題を生んだ。
隠し持ってるものも含めて完全に在庫切れというわけではないが使えて4回。今しがた使って残り3回。
それも踏まえると戦いが長引けば長引くほどに一方的に苦しくなる立場にあると言えるだろう。
「(どうする。ここで、やるか? いけるか?)」
魂の存在、亡霊系の魔人でありその物理耐性と不死性故に殺すことが困難であるヨゼフ・アサナガ。
俺は奴を殺す手段は用意してあるが、それはエセルと彩子と俺の全員が協力した上で一撃必殺の不意打ちを決める必要がある。
だからこそヨゼフが高めた警戒心を削るためにヘイトを買いに買ってる俺が『苦し紛れの奇襲に失敗した以上、もう奇襲はできない』と思わせる状況を作る必要があった。
そして俺が矢面に立ち
「(ダメだ。『自爆』が効く。剣の間合いに近づけねぇ……!)」
その奇襲をするには大前提としてヨゼフ本体を剣の
だというのに俺は相手に対して『自爆』が有効に作用することを示してしまったので、ヨゼフが次に取るであろう手は俺にとって厳しいものになるだろう。
「ふ、ふはは。貴様の持つ私の情報は些か古いらしい。所詮は無から現れた私生児。偽りの絆からくる偽物の理解、ということか」
「あぁん……?」
俺のダメージを見て何やら余裕を取り戻し始めているヨゼフがわけのわからないことを言い出した。
しかしこの後に起こるであろうことを考えると少しでも動けるように『気功(中)』による回復をしておきたい。なので俺はあえて深くは突っ込まず睨みつけるに留める。
普通ならば相手が弱っている時点で次の手を叩き込むのが常道だが、やはりヨゼフは本質的に技師・研究者であり戦士としての判断力が低いのだろう。
「清き愛娘を犯した上に私生児を騙る等という悪性の権化めが。私の怒りを受け、存在諸共消し飛ぶが良い!」
俺を囲う騎士たちの1人、ヨゼフが乗り移った人形が腕を振り下ろした。
すると同時に囲いの中から数人の騎士たちが駆け出してくる。そいつらは往々にして目やら口やら鼻やらを内側から輝かせていた。
つまりそれは『自爆』発動の前兆。
100を割ってなお大幅な数の利を持つヨゼフだけが行える人型爆弾による『特攻』である。
俺に対して有効だと見るやいなや、同じように『自爆』を連打してくるとは予想していたが実際に行われると中々にキツイ。
何がキツイって爆風も踏まえるとダメージ無く凌ぐことが困難であることに加えてヨゼフに近づくのが難しくなるというのもあるが、それ以上に『自爆』の仕様によって経験値が入ってこなくなるのが精神的にキツくてしょうがない。
「『自爆』」
「待て、待て! 待てやッ!?」
「『自爆』」
「おま!! やめ! やめろぉっ!?」
「『自爆』」
「ああああああ!!!」
ボンボンドカンッと大聖堂内に幾つもの爆発音が重なり合って鳴り響く。
それは人形と共に俺が得られるはずの経験値が、爆ぜて散って消えていく音であり。
「クソがああああああぁッッ!! やめろォォーッ! 人のッ、
それ対して涙を流しながら絶叫する俺の嘆きもまた、爆音に負けないほどに大きく響き渡るのであった。
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