139 大聖堂突破


「ギョックケェェェ!!」

「聖水投擲!」

「ギョケェェ!?」

「エセル、祝福頼む!」


 中央身廊に現れた鋼鉄の兜を被った三ツ首のガチョウ型の魔物、『ヘッドバッド・キャリアー頭突き運び』に迷わず聖水を投げつける。

 直撃とともに煙を上げながら苦しむ姿を他所に俺はエセルに支援を指示した。


「『神聖魔法:祝福』! というかこいつ不死種なの!?」

「自分の頭振り回して投げつけてくる奴がまともな生物なわけねぇだろ!」

「あいつそんなことしてくるの!?」

「まぁあれ頭じゃないんだけどな!」


 そうこう言ってる内に聖水によるダメージで頭を潰された『頭突き運び』が胴体から伸びる首を振り回して後退する。

 すると体毛に覆われた胴体部分にガバっと大きな穴が出現した。

 その正体は頭突き運びのであり、ガチョウの胴体だと思っていた部分が頭、そこから伸びる首と頭だと思っていたものは奴の触手だったりする。


「ギョックゲェェ!」

「口が開けばこっちのもんよ!」


 頭突き運びが体内に溜め込んでいる兜を被ったガチョウの頭――着弾と共に四方八方に破片をばら撒く炸裂弾――を喉奥から口元に吐き出してくる。

 奴はそれを口をすぼめて突き出すという発射体勢を取るが、その射出には僅かな溜めの時間がある。

 対してその行動モーションを予想して動き出していた俺は既に懐深くへと入り込んでおり、奴と違って俺は既に”溜め”を終えていた。


「『偽称・剣聖一閃』!」

「ギョッ、ギャギグビィ!?」


 『神聖魔法:祝福』によって上昇した身体能力、付与された神聖属性による不死種へのダメージ倍加。

 それらに後押しされて放たれる必殺の銀閃が頭突き運びの胴体を駆け抜ける。


 倭刀故のリーチの長さからか体内に残されているガチョウ頭炸裂弾さえも両断したようで、それらが内部で破裂。次々と誘爆を引き起こしていく。

 くぐもった爆発音に合わせて頭突き頭の内側から次々と金属片が突き出して、その裂け目から白い煙が立ち昇り、魔物は力なく倒れ込んだ。


 頭突き運び。

 それはガチョウの外見に擬態して、実は胴体部分が本体だと悟らせず、ガチョウの頭型の炸裂弾を振り回して戦う魔物だ。

 こいつは攻撃とともに炸裂弾を爆発させるので『通常攻撃全てが全体攻撃になる』というものと、『首のように見える触覚が投げつけてくるガチョウ頭を全て排除しなければ、擬態している本当の頭部に攻撃ができない』という特性の持ち主である。


 まぁ魔物としての区分が不死種であると見抜ければ、ハネルキノコよりもよほど真っ当な部類の敵だ。

 だからこそ封印されていた魔物の中では弱い部類に入れられてしまうわけだが、手間が掛からないだけ随分とマシだ。


「経験値9000ちょっとか。まぁまぁだな」


 しかしまさか体内の炸裂弾が爆発を引き起こし一撃で死ぬところまで行くとは思っていなかったな。

 だが、手早く倒して困ることなどないだろう。ここは時短できたことを喜ぶべきだ。


「あ、そうだ。ちょっと試してみるか」


 俺はついでとばかりに唯一爆破していなかった口元のガチョウ頭を掴むと、視線の先に見える『プラナリア・スライム』の一群に投げ込む。

 どうやらそれには『全体攻撃である』という性質が残っていたのか、それは爆発と共にスライムの一群を消し飛ばすことに成功した。


 本体を討たない限りプラナリア・スライムの増殖は終わらないのだが、そのことについては今はどうでもいい。

 これで出入り口の扉に溜まっていた連中を排除できたので大聖堂の外へと出られるようになったことが重要である。


「良し! じゃあ次いくぞォ!」


 しかし俺が向かう先は出口ではない。

 退路の確保だけ確認すると俺は踵を返して彩子に抑え込んでもらっている魔物の方へと走り出す。


「――っ」

「ウォゴォォォ!」


 視線の先で彩子が相手をしているのは全身を金属でコーティングしたかのような銀の光沢を放つ鬼型の魔物だ。

 着用している衣服から手に握る棍棒、さらに言えば叫ぶ時に見える口の中までもが銀色で統一されているので塗装前のフィギュアを思わせる出で立ちである。


 そんな魔物と対面する彩子は振り回される棍棒を掻い潜りながらも三叉槍をその銀の身体に穂先を刺し込まんと突き出した。

 しかし、その攻撃は円形の火花を散らして弾き飛ばされる。ならばとばかりに叩き込まれる連打もまるで意味を成していない。


「~~~~っ」


 その攻防は俺が到着するまでの間に三度と繰り返され、彩子は攻撃が弾かれる度に納得いかないとばかりに顔をしかめていた。

 足止めを頼むついでにその魔物の性質も伝えてはいたのだがこの様子だとやはりと言うべきか、上手くダメージを通すことができないでいるらしい。


「待たせた、変わるぞ」

「!」


 辿り着くと同時に彩子と立ち位置を入れ替え、今度は俺が魔物の前で倭刀を振るう。

 必要なのはとにかく手数。

 威力を度外視して丁重な斬撃ではなく当たれば良しとする乱暴な打撃をイメージしてとにかく攻撃の回転率を高める。

 打ち付けるたびに爆ぜ散る火花を恐れず、魔物の注意が俺に向くように仕向けていく。


「ウォゴォォォ!!」

「相変わらず面倒くさい特性もってんなぁお前」


 振り下ろし、突き出し、薙ぎ払い。

 全ての攻撃を動作から先読みして対処しながら懐に張り付く。

 後方で行われているだろうエセルと彩子の準備中に20ちょっとは攻撃を叩き込んだというのにその巨体にダメージが入った様子は一度たりとも無い。


 というのもこの『オニハルコン山鋼の鬼』と呼ばれる魔物は『攻撃時に低確率で発生する致命的攻撃クリティカル以外ダメージが通らない』というある意味最悪の特性を有している。

 更にオニハルコンは『4ターン40秒毎に攻撃力と素早さを微増させる』という特性もあるのだ。


 その結果生まれたのがどれだけバフを積んで攻撃力を高めようがクリティカルしなければ無傷だし、戦闘が長引けばそもそも攻撃が当たらなくなって詰むというこのクソ魔物なのである。


 魔法で攻略しようにも魔法攻撃でクリティカルは発生しないし、即死効果には耐性持ってるしでとにかくクリティカル発生を願って殴り続けるしか無い。

 その癖に長引かせたら累積していくバフによって実質負けになるのだから、流石は禁書区画に封印されていた魔物の一角。様々な理由で普通の敵としては出せないと判断され没を食らった連中の一匹なだけはあるといったところか。


 とりあえずオニハルコンを考えた奴は二度とエネミー作成に関わらせるべきではない。


「トール、行くわよ!」

「あいよー!」


 掛け声に合わせてその場から飛び退く。ついでとばかりに糸繍スキル『蜘蛛風』を投げつけオニハルコンの動きを僅かに止めておく。

 俺の代わりに襲いかかったのは彩子から放たれた6本の鎖。

 エセルの『神聖魔法:恩寵』によってその魔法効力を高められた魔力の鎖がオニハルコンに絡みつく。


「ウォゴ、ゴォォアア!!」


 手を、足を、身体と首を縛り付け。鎖がオニハルコンを拘束する。

 そこにダメ押しとばかりに糸繍スキルの『蜘蛛の巣』を叩き込み拘束力を更に強める。


「デーモンの奴はアヌビス神像の下敷きにしてあるし、他に動いてる魔物は……とりあえずいないな。よしエセル、やるぞ」

「ねぇ本当に大丈夫? 突然動き出したりしないわよね」

「彩子がしっかり拘束し続けてくれるからいけるだろ。そのためにお前の支援もしてもらったわけだし」

「…………」

「ほら、親指立ててるし大丈夫だってさ」

「動き出したら真っ先に助けなさいよ? 『神聖魔法:奇跡』っと」


 俺はエセルにクリティカル発生率を高める支援を貰いつつ、彼女と共にもはや完全に動きを止めたオニハルコンの前に立つ。


 オニハルコンは『致命的攻撃クリティカル以外ダメージが通らない』。

 そして神聖魔法の支援を貰ったとしても、クリティカルというものはそう簡単には発生しない。


 ではどうするか?

 答えは最初から決まってる、低確率で発生するならばそれにぶち当たるように確率を収束させれば良いのだ。



 つまり――クリティカルが出るまでとにかく殴り続けるのである。



「だぁぁぁもぉおおお面倒くさいぃぃぃ!!」

「無抵抗の相手を一方的に殴れる良い機会だと思え! 最高の暴力体験だぜエセルゥ!!」

「望んでやりたかないわよこんなことぉ!」


 俺は四肢の全てを使い、そしてエセルは両手に持った十字架を使って殴って殴って殴りまくる。

 少しでも”致命的クリティカル”になるようにと祈りながら急所を執拗に狙い攻撃する。主に鳩尾とか金的とか金的とか金的とか。


「ゴアッ! ゴアッァ、ゴギィ……!」


 加速度的に積み重なる攻撃回数の中で何度かのクリティカルが発生する。

 殴られてる場所が場所なためか微妙に涙目になり始めているオニハルコン。


 俺としてはこいつには原作プレイ中に散々苦労させられた上に、倒した時に手に入った経験値がレッドゴブリン3匹以下だったという恨みがある。

 更に言えばこのカスは基本的にダメージが通らないせいか、殴り続けてもスキルに加算される経験値が一桁代を超えないという問題まで存在している。


 サンドバッグとしても不適格、レッドゴブリン以下の落第者。

 よって恨みは数あれど生かす理由など欠片もないので一切の慈悲はない。


「だからはよ死んで経験値になれやオラァ! あの世でプレイヤーに尤も嫌われる戦いは只の運ゲーだってのを生みの親に告げてこいやァ!」

「ゴ、ゴギィ!? ゴアァァ!!」

「なんか結構な私怨籠もってない?」


 対して経験値にもならないくせに時間だけ無駄にかかるやつを相手にしてるんだ、これくらいの私怨を込めるのは許して欲しい。少しでもテンションを上げてないとやってられないのだ。


 そんなこんなで彩子に拘束を維持してもらいつつエセルと共に敵を殴り続けて20分弱。

 俺は四肢のあちらこちらに痣を作りながらもようやくオニハルコンを倒すことに成功し、荒くなった息をエセルと並んで整える。


「ハァ……ハァ……ねぇ、トール」

「ゼェ……ハァ。なんだよ」

「もう、二度と、こいつと戦いたくない」

「めっっちゃ、わかる」


 エセルの感想に全プレイヤーを代表して同意しつつ、それを見ていたであろう彩子が肩に手を添え俺たちを労ってくる。

 共に厄介な魔物たちとの戦いを乗り越えたことで俺たちの中では微かな絆が生まれ始めているのかも知れない。


 だがしかし、ここはまだ道中半ばといったところ。

 僅かな休息を取った後で、俺たちは斬り倒したアヌビス神像の下敷きになっている魔物のもとへ行く。


 魔物の名前は『ブックオブデーモン』。

 本体である開いた魔本から上半身のみを出している黒羊の頭を持つ悪魔らしい外見を持っている魔物だ。


 それがアヌビス神像の下敷きとなっており、脱出しようと今もなお無駄な藻掻きを続けている。

 俺はそれを横目に魔物の後ろ側に回り込むと、「えいやっ」と声を出して倭刀を本体である魔本に突き刺した。


「んで、これをこう固定して……と。よしこれで振り回せるな」

「貴様、ニンゲンめが! 何をするッ!  離せ!!」

「やだ」


 俺は突き刺さった魔本の位置を糸を使って固定して、悪魔の上体を好き勝手に振り回せるように改造する。


「んじゃコイツでスライム共どけながら進むぞ。付いてこい」

「うぉ!? ウォオオ!? やめ、ば、止め! ぶっ!?」

「やだ」


 そして大聖堂を出た俺は倭刀に繋がる悪魔の体をブンブンと振り回して、道中を埋め尽くすプラナリア・スライムを薙ぎ払いながら大図書館へと進み始めた。


「鬼よりも鬼、悪魔よりも悪魔……」


 うーん! 後ろの方で何か言ってるけどよく聞こえねぇわ!

 さぁ次は本命の大図書館だぜ!

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