140 いたぶりピエロ

 理由は全然わからないが何故か魔物たちは甘い匂いに誘われ不思議と大聖堂側に集まっていたようで、大図書館までの道のりで出会った魔物は少なかった。

 というか出会う魔物の殆どが増殖したプラナリア・スライムだったので、むしろそれを排除するのに苦労したほどだ。


「………っ」

「ほんっとこのスライム共どんだけ居るのよ。道埋まってるじゃない。いくらほとんど無害とは言え、こうも多くっちゃ歩き難い! 後、蛍光色だから目がチカチカする!」

「一週間不眠不休でスライムの増殖に励んだ『いたぶりピエロ』さんの大成果だぞ」

「巡り巡って結局はトールが原因……それ言い出したらこの状況そのものの元凶だったわねアンタ」


 なんとなく察しているとは思うが『プラナリア・スライム』には『ダメージを受けた際にHPが残っていれば増殖する&増殖後に自分のHPを全回復する』という特性がある。

 この特性は本体のみが有しているので増殖された個体は普通に倒せるし、本体も普通に比べてHPが少々高めのスライムでしかないので厄介度で言えば今までの魔物に比べて下の方に位置している。

 で、俺はこんな特性を持っているスライムの近くに『対象を戦闘不能にしないように攻撃力を調整する』、『一番HPが低いキャラクター攻撃対象にする』などという人をおちょくることを前提として特性を持っている『いたぶりピエロ』を意図的に解放した。


 その2匹の特性が噛み合い、そして一週間という時を得た結果が道を埋め尽くすほどに増殖した蛍光色のプラナリア・スライム達である。

 これでスライムがネズミ算式に増殖するとかだったらスライムの数は道を埋め尽くす程度では収まらなかったはずだ。

 だからこそ、それほどまでに本体を不眠不休でいたぶり続けてきたピエロさんの仕事っぷりには頭が下がる思いである。


「オノレッ、ニンゲっ、ヤメッ、ガッ!」


 とは言え大図書館に進むためには道を切り開かねばならない。

 よって俺は行く先を遮るスライム達に向けて、倭刀の先に固定したデーモンを素振りの要領で地面にビッタンビッタンと叩きつけながらスライムたちを潰して歩く。


 デーモンはそんな扱い方に当然のごとく抵抗しようと腕を振り回すが、ここは屋外。

 叩きつけた後に振り上げてしまえば掴めるものなど何もなく、腕を宙で振り回すくらいで抵抗らしい抵抗など不可能だ。

 そしてまたすぐに叩きつけられその巨体でスライムを押し潰し俺たちの行く道を作ってくれる。

 しかも用済みとなれば『火剣』を使って本体の魔本を燃やしてしまえば良いだけなので、便利なハンマーとして本当に助かるぜ。


「…………?」

「こいつに人の心を問いかけても無駄よ。無いもの」


 一振り毎に『魔物使い』と『剣術』スキルの経験値が手に入るため今の俺は機嫌が良い。

 だからあえてその会話にツッコミを入れないでおいてやろう。




 そんなこんなで辿り着いた大図書館。


 入り口に窓、俺が開けた横穴という全ての『穴』から蛍光色のスライムがドロリと溢れているのが見て取れる。

 そして建物の傍らには押し出されてきたであろうひび割れた仮面を着用した身長3mはあろう細身のピエロが大事そうに一匹のスライムを片手で抱え、開いた手に持つミートハンマーを腕の中のそれに笑いながら振るい続けているのが見えた。


「なんかアレ、不眠不休の労働で精神的に限界に達したヤバイやつみたいに見えるな」

「魔物とは言え人型なのが余計にそう思わせるわね。それで? ここからどうするのよ?」

「あぁ、俺が1人でやる。彩子、こいつデーモン持っててくれ。それと、エセルは俺の荷物持っててくれ」

「……???」


 俺は無言で項垂れているデーモンが付属している倭刀を彩子に渡し、エセルにはポーション諸々入っている道具袋を渡して身軽になる。

 彩子は嫌に大人しくなったデーモンの様子を不思議がっているが気にせず倭刀を上に向けておいてくれればそれでいいと伝える。

 きっと道を切り拓くことに疲れたんだ、眠らせてやって欲しい。


 そして俺はエセルに渡した道具袋から普通の回復ポーションを取り出して、ひと呷り。

 念の為に体力を回復した後で予備の武器である『騎士の鋼鉄剣』を取り出す。

 まぁ、予備というよりこの時のために持ってきたというのが正しいか。


「ふ~~~~、よっと」



 そして俺は手にした鋼鉄剣を迷わず自分の腹にぶっ刺した。



「――!?」

「ハァ!? ちょ、え、トール!?!?」

「ごぼっ……割と痛い」

「割と痛いじゃないでしょ!?」


 口から吐血しながらも剣をグッと押し込んで、背骨を傷つけないように貫通させる。

 痛いというよりかは熱い、体の中を炎で直接炙られてるかのような感覚がする。

 そこから更に柄を動かし傷口を大きくしていく。

 血がトバドバと流れ出し、身体の末端から熱が消えていくのを自覚する。


 だがこんなもの、レベル上げができない苦しみに比べればただ死の危険があるだけにすぎない。

 であれば耐えられない道理があるものか。

 俺は奥歯を噛み締め、慌てるエセル達を無視して歩き出した。


「ギョ? ギョゲヒャヒャヒャ!!」


 スライムを殴り続けていたいたぶりピエロが俺に気がつく。

 奴の持つ『一番HPが低いキャラクター攻撃対象にする』という特性に腹に剣をぶっ刺したままの俺が引っかかったのだろう。

 そしてピエロは腕の中にあるスライムを投げる捨てるとゲラゲラと笑いながら俺に向けて走り寄り、手にしたミートハンマーを俺の脳天に向けて振り下ろさんとして――


「…………ゲヒャ!?」


 ――慌てて俺に向けて回復魔法を使用し始めた。


「は、え? 何であの魔物、トールに回復を……?」


 エセルから上がる疑問の声を背に、俺はピエロにタックルをかましてマウントに持ち込む。


 腹を剣で貫いてるからか、握りしめた拳は想像以上に力が入らない。

 加えて回復魔法を使われたからと言って剣が抜けたわけではない、身体を動かせば動かすほどに傷口から熱のような痛みと鮮血が広がっていく。


 二度も死んで流石に覚えた死の気配、それが迫りつつあることを感じながらも振り上げた拳をピエロの顔面に叩き込む。


「ギャッ、ギヒ、ゲヒャ!?」

「ガハッ! ゴホッ、思ったよりもキッツイなぁこれは!! アハ、アッハッハッ、ハァッ!!」


 腹に剣をぶっ刺しながら、長身のピエロにマウントを取りつつ相手に回復してもらいながらそいつをぶん殴り続ける。

 自ら作り出したとは言えそんなおかしな状況に思わず笑ってしまう。

 保険はかけているとはいえ、後は俺が先に力尽きつるかピエロが先に死ぬかのチキンレースだ。


「お前ら! 俺がこいつ殴り殺すまで絶対に手を出すなよ! 後、死にかけたらほどほどに回復頼むわ!」

「要求が無茶苦茶過ぎない!? あんた本当に何やってるのよぉ!」


 何が起きているかと言えば今まで通り魔物の特性を逆手に取った攻略をしているだけである。


 『いたぶりピエロ』という魔物はその名の通り相手をいたぶりおちょくることを目的としている魔物だ。

 よってその特性はピエロの目的を表現するかのようなものが設定されており、『対象を戦闘不能にしないように攻撃力を調整する』と『一番HPが低いキャラクター攻撃対象にする』、この2つに加えて『戦闘不能が確定的な対象に対して回復を施す』というものがある。

 これにより自分より弱そうな攻撃対象を死なない程度にボコボコにして、死にかけたら回復を施してまた殴りかかるという動きをするのが『いたぶりピエロ』という魔物だ。


 またこのピエロは自分が誰かをいたぶっている最中、そのいたぶり対象にしているキャラクター以外に攻撃されると途端に激怒する。

 そしてその『邪魔者』に向けて激しい反撃を仕掛けてくるのだが、この反撃だけは攻撃力調整の特性が適用されないため高レベルでもかなりのダメージを受けるものであり、下手すりゃ前衛職であっても一撃で戦闘不能に陥ってしまう。


 それを知った上でなお戦い続けると今度はいたぶるために使っている回復魔法を当然のこととばかりに自分に対して使用してくるので、よほどの実力差が無ければゴリ押し戦法そのものが敗北の末路へと直結してしまう厄介さがある。


 総括すると『いたぶりピエロ』は真っ当に戦えば初手でパーティを支える後衛職が標的にされ、フリーの前衛が攻撃を仕掛けると反撃を受けて次々と戦闘不能になり、そして最悪仲間が全滅して後はいたぶられる味方1人を眺め続けるだけになるという趣味の悪い作りになっている相手なのである。


 現実化したこの場において趣味の悪い『いたぶりピエロ』と戦う時、標的になるのは十中八九エセルになるだろう。

 そしてエセルが標的になっている最中に俺や彩子が攻撃をしてしまえばその反撃で沈みかねない。

 後に残るのはいたぶられ続けるエセルただ1人……ゲームであれば失敗したの一言で済むが現実では取り返しのつかない事態になるだろう。


 しかしこんな厄介な相手であってもオニハルコンよりも遥かに良心的であり、更に言えば誰でも真似ができる攻略法がしっかりと存在する。


 実は原作ゲームでは『いたぶりピエロ』戦に限りプレイヤー側が行う攻撃の対象を味方に設定することができる仕掛けが施されている。

 またピエロの反撃は『自分が標的以外に”攻撃”をされること』をトリガーとしているので、この2点を利用すれば安定してピエロを倒すことができるのだ。


「ゲギ、ゲヒャッ、ゲヒャッ!!」

「ゲホッゴホッ! ハハッ、俺が死なないように回復してくれてありがとうなァ! 駄賃は拳で払い続けてやるぜェェ!!」


 原作における具体的な例を上げるのであれば戦闘開始時に初手で味方1人を攻撃してHPを一番低い状態にする、そうすることでピエロの標的を任意のキャラに誘導することができる。

 その後、他のキャラクターは標的にされている味方の攻撃力を高める魔法を使ったり、ピエロに対して攻撃ではなく防御力を下げるアイテムを使ったりと支援行動に務めることを徹底するのだ。


 そしてダメージソースとなるのは標的にされたキャラクターだ。

 反撃はあくまで”標的以外からの攻撃”である。

 よって標的が攻撃役となることで手痛い反撃を受けることなくピエロのHPを削ることができるようになる。


 またピエロが自分に回復魔法を使い始めたら、次のターンからは固定値ダメージを与えるアイテム等を使って標的になっているキャラのHPをより瀕死に近い状態にすることでピエロが使用する回復魔法の対象が味方側になるように誘導する。

 これによって更にダメージを蓄積させることができるので、ついにはピエロが自分に行うHP回復よりも受け続けるダメージが上回り最後の最後で一気に味方全員で攻撃を畳み掛けることで反撃を受けずに倒すことができるのだ。



 そしてこれを現実で実行する上で手っ取り早い手段が――である。



 プラナリア・スライムを握りしめている状況で攻撃すると手痛い反撃をされるので、まずはターゲットを俺に向けさせるために腹に剣をぶっ刺して死にかける。

 標的が俺に映った後も剣は抜かず回復せず、そのままの状態で行動することでピエロが死にかけの俺に回復魔法を使用するように促す。

 俺はその間にピエロを攻撃し続け、ピエロは俺を回復し続け……これを『いたぶりピエロ』が死ぬまで行い続けるのだ。


 やろうと思えば俺以外でもできる戦法ではあるが、流石にエセルには無理だろうし彩子にやらせようものならヨゼフがどう動くかがわからない。

 結果として俺がやらざるを得なかったとはいえ、先ほど相手にしたオニハルコンと違って殴れば殴るだけダメージを受けてくれる『いたぶりピエロ』はストレス解消のサンドバッグに最適だ。何なら経験値もしっかり入るしな!!


 ちなみに「これ、最終的には俺も死ぬんじゃないか?」と思う人もいるだろう。

 しかしそんなことは当然の懸念なので、俺は勿論それに対する保険をかけてある。


 わかりやすいのがエセルの存在だ。

 彼女は『神聖魔法:再生』という回復技を持っている上に俺の道具袋を預けているので、もしもの時はそこにあるポーションを使ってもらえば良い。


 それに今、俺が腹に刺している『騎士の鋼鉄剣』も保険の一つだ。

 この剣には死なない限りは毎ターン開始時――つまり10秒毎――に最大HPの1%を回復する『微再生』という特性がある。

 刺して固定してるなら事実上装備しているようなもんだろう。

 だから多分、この特性もきっと効果を発揮してくれるはずだ。検証してないけどきっと大丈夫!


「今日まで存分にいたぶったんなら、次は、ゴホッゴホッ! お前が、お前がいたぶられる番だよなぁ!」

「ギャギ、ゲヒッ!? ゲヒヒッ!?」


 ハハハハハ、逃げたくとも逃げられない。

 俺から目を離せず思わず回復してしまう。

 恨むならば自らを作り出した製作者とその特性を恨むがいいさ!

 悪徳に嗤う奴はより強い悪意プレイヤーに食い物にされることを覚えて死ぬが良い!


「アハッゴホッハハハッゲホッガフッヘッ、ハッハァ!」

「元より頭のネジ外れまくってるやつだけど……いや、これは引くわ……怖い……怖っ……」

「っ――っ~~~!」

「まぁだ、まだぁァァッッ!!」


 こうして俺は気合と根性を総動員して、いたぶりピエロを俺から広がる血の池に沈めることに成功した。


 その後は彩子に腹の剣を引き抜いて貰ったり、傷口をエセルに治してもらったりしていざ大図書館へ!


 ……という具合に行動しようとしたのだが、何故かエセルが精神的に疲弊していたのでここで一度休憩を挟むことに。

 自分の目的最優先な彩子さえも休憩に賛同したとあっては流石の俺も行動を強制することはできなかったのだ。


 というわけでエセルが行動できるようになるまでの間、俺は彩子からデーモンが刺さった状態の倭刀を返してもらい少し離れたところで素振りをしながら待つことにするのであった。

 チッ! デーモンがついてる状態でも素振りの経験値変わんないじゃん、こいつウェイトの代わりにならないのかよ使えねーな。

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