138 厄介な特性
落としたエセルは彩子が拾ってくれました。
いや、まぁ、その、あれだよ。
実はこれ微妙な雰囲気の2人の間に強引にでも信頼関係を作るためにワザとやった失敗とかなんとか……はい、単純に目測誤りました。
「ごめんて」
「言い方」
「ごめんなさい」
「よし」
というわけで素直さが売りの俺はエセルにその場で平身低頭で謝ることで頭をゴツンと十字架で一発叩かれる程度で許してもらい、改めて行動を開始した。
現在地は尖塔の中央からやや上辺り、そこにある今は使われてないであろう一室の窓を蹴破り侵入したところだ。
室内は意外と広く、気をつければ俺の倭刀と彩子の三叉槍を同時に振るえる程度には広い。
尖塔と言えば『細い、狭い』というイメージがあるが、そもそも足元にある身廊が巨大すぎることもあって逆に細く見え過ぎていたらしい。
本来であればここから更に真っ直ぐ懸垂下降するつもりだったのだが、抱えていたエセルを取り落したという失敗があるので安全性を考え内部を通ってまずは大聖堂を脱出することに決まった。
選択を強制した挙げ句に失敗した俺はその被害者であるエセルに意見できる立場ではないし、なんならその提案は俺にとって都合が良かったからだ。
なにせ内部を通るということは大図書館への道に余計な時間がかかるということ。
そして時間をかければその分だけ陽動から戻ってきた魔物たちとの遭遇率が上がるから、つまりそれは獲得できる経験値の増加に繋がる。
何なら2泊3日くらいして行こうぜと提案したくなるのだが男は黙って口チャック。
素直な俺であっても自分の利益のためには口を固く出来るのだ。
「ところでトール。あんた流石に大聖堂内の道までは詳しく……ねぇ、この甘ったるい匂いは何?」
「……?」
「あぁ? 甘ったるい匂い?」
エセルに指摘されて俺と彩子が周囲の匂いを嗅ぐ。
彩子はその異常にすぐ気がつき心当たりがないとジェスチャーで伝え、俺はその匂いを嗅ぎながらも何とも言えない感覚に眉をひそめる。
「うーん?」
なんだろう、この匂い。
すごく嗅ぎ慣れているというか……覚えがありすぎるというか……持ってきた荷物袋に入れてた魔物寄せの香水のソレに似て……。
「あっ」
「……?」
「ちょっと、トール?」
俺は肩がけしている荷物袋に視線を向けずに手を伸ばし、その外側の一番取り出しやすい位置に差し込んでいたはずのアイテムを確認する。
手に触れるのは砕けたガラス容器、そこから滴り落ちる液体が指先を濡らす。
匂いの発生源は間違いなくこれであり、魔物寄せの香水の匂いに似てると言うかそれそのものなわけで。
指先に濡れる程度、そしてエセルに言われて気がつく位の匂いということは濃度を10倍にした魔物寄せの香水の大半が外に流れ出てるはずなわけで。
「……あー、うん」
ふふっ。
なーんか風切り音が窓の外から聞こえてきたぞ~!!
「伏せろ! 来るぞォ!」
「今度は何したのよぉ!」
「!!」
外から聞こえる音にエセル達も気がつき、部屋の端に飛び込むように伏せる。
直後、俺らが蹴破った窓の残骸どころかその一面の壁すらも貫いて現れたのは錐揉み回転しながら高速移動するキノコ型の魔物達。
奴らはそのまま対面にある部屋の扉を突き破りながらも見事なドリフトターンを決めてその矛先を再度俺たちに向けてくる。
「『
「――ッ!」
「ってオイ!? やめろ彩子! 守りを固めるな!」
襲撃者の正体を見て警告するも時既に遅し。
彩子が危険を感じてその身に六重の防御結界を纏い、その行動にキノコ型の魔物『ハネルキノコ』が反応し、初動から最高速に至るロケットスタートを決める。
「ッ!?」
次の瞬間には彩子が轢き飛ばされ、勢いそのままに壁に叩きつけられその反動でバウンドする。あわや破壊された壁から落ちかけたところをなんとか糸で回収することに成功した。
本来人形である彼女は血を流さない。
故にそのダメージを示すのは顔の端に走った罅であり、それが彩子の受けた衝撃の強さを物語っていた。
「大丈夫か?」
「!? ??!?」
「まぁ、そりゃ驚くか」
回収した彩子は防御結界の上からダメージを与えるどころか自分をそのまま跳ね飛ばしてのける魔物に目を見開いて驚愕していた。
そして彼女を跳ね飛ばしたハネルキノコは尖塔の外へ抜け、今度は宙でドリフトターンを決めて此方に狙いを定めている。
「嘘でしょ!? キノコのくせしてどんな攻撃力してんのよ!?」
「攻撃力のせいじゃないんだよな、アレ」
禁書区画に封印されている魔物たちは往々にして面倒な
そんな魔物の一種であるハネルキノコの特性は『絶対先制』と『攻撃対象の防御値、その3倍を自らの攻撃値に加算する』というまぁまぁ厄介なものだ。
とはいえ文字通りの意味である『絶対先制』はステータスの差に関わらず一番最初に行動できるという程度のものなので大したことはない、ハネルキノコの厄介さに拍車をかけている本命は後者の特性である。
原作ゲームには相手の攻撃モーションに対してタイミング良くボタンを押すことでそのダメージ量を軽減する「ガード」というシステムが存在しているが、この時に発生するダメージ軽減量とキャラクターがそもそも有している防御力やそれに対する補正等を合わせた数値が『防御値』というものになる。
そして相手の攻撃力及び補正や乱数諸々を加えた数値である『攻撃値』からこの『防御値』を差し引いた残りの数値がキャラクターが受けるダメージとなるのだが、ハネルキノコは攻撃対象が算出したこの『防御値』の3倍の数値を自分の『攻撃値』に後出しで加算する特性を持っているのだ。
よってガードをすればするほど、そして防御バフにより防御力を上昇させればさせるほどに最終的な計算に使用される『防御値』が高まりハネルキノコから受けるダメージが増加する。
これに『絶対先制』の特性が加わることで戦闘開始時に手の内がバレてない間に攻撃を行い、攻撃に対してガードをすることに慣れきっているプレイヤーほど「このキノコは攻撃力が高い」と錯覚を引き起こす。
そしてダメージを軽減するために味方の防御バフを重ねて、そしたらなんか更に受けるダメージが増えるので立て直しのために回復やさらなる防御バフや攻撃力デバフに手番を取られて……と悪循環に陥る羽目になるのだ。
じゃあ殺されるまでに大火力で殺せばいいじゃんって? こいつアホみたいに回避力高いので、可能ではあるが運の要素が強すぎる。
大概が攻撃を当てる前にリソース切れでジリ貧負けするので手段としては悪手に入るだろう。
そしてギミックさえわかっていればそんな面倒なことをせずとも楽に倒せるので、当然今回はその方法を選ぶ。
「ってトール! あいつらこっちに来てる! なに突っ立ってるのよ逃げるわよ!!」
「大丈夫だ。ちょっと服脱ぐから持ってて」
「は? ハァ!?」
「……!?」
動き出したハネルキノコを見据えながらエセルと彩子の前に出た俺はとりあえず上半身裸になった。
その行動に驚いている2人を尻目に俺はハネルキノコの軌道をしっかりと捕らえてお相撲さんよろしく腰を落とし、腕を大きく開いて構えを作る。
「よっしゃ来いやァ!!」
俺の声に応えるようにハネルキノコが錐揉み回転しながら宙を駆け抜け勢いそのままに激突する。
微妙に湿り気を帯びているのか、直撃から生まれる衝撃の中にぬめりのようなものを感じ取りながら俺はそれを只々受け入れ続ける。
バチャビチャグチャグチャベチャベチャベチャ!! と酷く不愉快な音が弾けて連なる。
まるで一瞬の嵐のような不協和音が鳴り止めば、後に残ったのは辺り一面に転がる残骸と化したハネルキノコとその中心に立つ上半身裸の俺だけだった。
「???」
「えぇ……どういうことよ……?」
攻撃対象の『防御値』の3倍を自分の『攻撃値』に加算するハネルキノコなのだが、実はこいつ攻撃対象が『防具を装備しておらず、ガード行動をしていない』という場合に限ってその特性が無効化される作りになっている。
そして更に特性が無効化されている状況においてハネルキノコは自身の攻撃に大きな反動ダメージが発生する仕掛けが施されており、その状態で突撃すると反動を受けて即死するのだ。
ハネルキノコはダメージを軽減する戦闘システムを逆手に取って、プレイヤーを刺す刃に変える魔物。
しかし逆に言えば種さえ割れればあっさりと攻略できる一発ネタでしかない。
それでいて何もしないことで勝手に自爆して経験値を与えてくれる相手なので、できれば毎夜無防備な睡眠中にでも突っ込んできてくれれば嬉しいのだが、残念ながら封印されている分しか出現しないのがこの魔物の悲しいところである。
ちなみに原作では初戦敗北時にハネルキノコが封印されていた禁書を入手することができるようになっており、そこにこいつの攻略に繋がるヒントが書かれているので負けた時のメッセージログはしっかり確認しよう。ここテストに出るからね。
「よし、なんとかなったな。さっさと移動するぞ、ハネルキノコが相当暴れたから他の魔物も感づいてるはずだ」
「わかったわ。……ねぇところで別の魔物の弱点とか攻略法とかの共有しなくていいの?」
「馬鹿言うな。倒されたら俺の経験値減るだろうが。魔物の攻略方法については何一つ約束してねぇぞ、絶対に渡さん」
「うん、あんたそういう奴だったわ。聞いた私が馬鹿だった」
部屋に漂っていた魔物寄せの香水特有の甘い匂いはハネルキノコが窓側の壁をぶち壊してくれたお陰で殆ど気にならないほどに薄まっている。
それにエセルも先ほどのハネルキノコのインパクトで匂いのことを忘れてしまっているようだ。であればここは勢いそのままに別のタスクを差し込むことで完全に忘却させるに限る。
そう考えた俺は服を受け取り引っ掛ける程度に着込みながら移動を促すことにした。
全くハネルキノコ様様だな。暴れてくれたお陰で他の魔物がよってきたとしても香水のせいであると言わなくて済みそうで何よりだ。
「……?」
「何でも無いです彩子さん。何でも無いから鞄の塗れた所を突付かないで彩子さん」
「????」
「今後になんの支障も無いから。大丈夫だから。さわ、触んな、触んじゃねぇッ!!」
「!?」
それはそうとバッチリ覚えている彩子が三叉槍の端で鞄をツンツン突いてくる。
俺はその言及をなんとか躱しつつ、今ばかりは「彩子の美声を他の男に聞かせたくない」というクソみたいな理由で会話能力をオミットしているヨゼフに感謝したのであった。
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