135 その後の桜井


「いやーこう都合よく話が転がっていくと楽で助かる」


 朝永親子との交渉を終えてルンルン気分で帰路につく深夜3時。


 素振りでかいた汗を水浴びで流し終えて、それなりにスッキリとした気分で宿へと戻ると俺の部屋には何故かアイリスとエセルが待ち構えていた。

 何も知らずに入室した俺は眠たげな半目状態でありながらもじーっとこちらを見てくる2人を前に「ふむ」と呟いて一度開きかけた扉を閉じる。


「……何か、したっけ?」


 俺は扉に背を預けて考え込む。

 しかし、あの2人にこんな時間まで待ち構えられるようなことをした覚えがない。


「(ここ最近は特に悪いことも人に迷惑がかかることもしていないはずだが……)」


 禁書区画の一件については全員を無事に脱出させるために必要な行動であり、エセルの母親であると共に『聖女』という重要人物を助け出したのだから、善悪の観点から言えば間違いなく善い行いであると胸を張って言える。


 魔物を解放したことについても責任をとって連中を始末する、俺が作ったダンジョン『エルフ領の大聖堂』をしっかり攻略すると明言しているからそれについても問題はないはずだ。こうなるとわかって魔物を解き放ったことについては何も言ってないけれど。


 うん。

 何度考え直しても怒られるような要素は無いな。であれば何で俺の部屋に集まって待ち構えてるんだ?

 アイリスだけならまだしもエセルもいるし……聞いたほうが早いか。


 というわけで一周回って結局部屋に入ることを選択した俺は後ろめたいものは何もないと主張するように笑顔で「ただいま~」と中にいる2人に告げる。


「おかえりなさい桜井さん」

「んで、どうだったのよ。あんたあの連中と何か話してきたんでしょ? 一から十まで全部聞かせなさい」


 どうやら2人が待っていた理由は朝永親子との交渉についてだったらしい。そう言えば集合場所とか伝えた時に真横に居たわ。

 禁書区画で話をしていた時も「『聖女』を交渉に使いたい」みたいなことを口から溢したような覚えもあるし、母親が大好きなエセルとしては問い詰めなければ気がすまないのだろう。

 アイリスの方も襲いかかってきた連中と何を話す事があるのかわからないので聞いておきたいといったところか?

 それかもしくは深夜に俺が宿を抜け出した事実に不安になって眠れなくなったとかもあるかもしれないが……幼児退行の根がまだまだ深いせいで否定できないものの流石にそれはないと信じたい。


 とは言え何を話すべきかはハッキリしたので朝永親子と話してきた交渉の内容や途中で突っ込まれる「なぜ相手の目的がわかったのか」などをササッと説明する。


 その際に俺がやたらと『大罪聖杖』について詳しい理由を問われたので「そりゃ転生者だし」と口を滑らせた結果、転生者というのが何者かまで説明をする羽目になった。

 天内のやつ意図したものかそれとも忘れていたのか知らないがエセルには転生者であることを伝えていなかったのらしい。

 ともあれそのせいでまたもや転生者が何者かということについて荒唐無稽な話をしなければならなくなり、エセルに胡散臭い男を見る目を向けられてしまった。


「はー、転生者。この世界が前世で物語だったから、色んなことを知ってると。そんな話を信じろっての?」

「いや、エセルが説明しろって言うから説明しただけであってお前が信じようが信じまいが俺にとっちゃどうでもいい。どう思われようがこれからやることに変わりはないし」

「その心底どうでもよさそうな顔……ハァ。嘘をついてるようには見えないけど、本当に胡散臭いわね」

「嘘ついてどうすんだよこんなん」

「それもそうかもしれないけど……ねぇ、トール。その知識で母さんが襲われるのを事前に防いだりできなかったの?」

「無理。さっきも言ったけど朝永親子とコーデリアさんの間に何の因縁もイベントも無いんだから、襲いかかってくるなんて予想できねぇよ。恨むんなら連中をけしかけてきた『黒曜の剣』にいる七篠って転生者を恨むんだな」

「それもそうね、むしろトールは助けてくれた側だし。ごめん。変なこと言ったわ」


 僅かに怒気を含んだエセルの問いかけにそう返すと彼女は自分を落ち着かせるように息を吐きながら謝罪してきた。

 個人的には「原作知識があるならどうして」と思う気持ちは真っ当なものだとは思うし、実際に家族が被害を受けているのだから文句の一つでも言いたくなるのは当然のことだと思うから別に謝る必要なんて無いんだけどな。


「ところで桜井さん。相手方と協力して禁書区画に向かうとのことですが、色々と大丈夫なんですか?」

「まぁそのために情報錯乱やらなにやら協力してくれって言っておいたわけだしな。あ、大聖堂やら禁書区画やらの結界は問題なく斬れるの確認してきたから人の目さえなんとかなれば侵入できるぜ!」

「聞きたいのはそういう点ではないですし、初めて桜井さんの剣聖の弟子らしい発言聞きましたけど用途が酷いですね。まぁもうそこは「いつものことだ」と桜井さんを信じるとして、最終的にはどうするつもりなんですか? まさか本当にコーデリアさんを相手に引き渡すつもりなんですか?」

「え? 渡すつもりなんて無いけど?」


 アイリスの質問に対して俺は即答した。

 そもそも俺の取引相手は朝永 彩子の方でありヨゼフとは何一つ契約を結んだ覚えはないからだ。

 相手がどう思っていようがヨゼフからの情報を得た時点で『聖女』を引き渡すという項目に関しては反故にする気満々である。

 詭弁だって? 反論するやつがこの世からいなくなれば詭弁も通るってどこかの誰かが言っていた気がするから大丈夫。


「それ、良いんですか?」

「逆に聞くけど渡して良いのかよ。後で取り返せとか言われても俺はごめんだぞ? 情報もらったらさっさと学園に帰るつもりだし」

「母さんを引き渡さないなら、そりゃあ文句なんて無いけど。約束破って後から報復なりなんなりされたら面倒じゃない?」

「報復なんて考える前に始末するからへーきへーき」


 迷い無くそう言い切るとアイリスもエセルも顔をヒクつかせて近寄りがたいものを見るかのような表情を浮かべた。

 全く、可能な限り全員が幸せになるように考えて行動してやっているのになんて反応だ。


 そもそもヨゼフと彩子は事実上の敵対関係にあって、彩子の目的はヨゼフの始末にあるのだから、奴さえ始末してしまえば彩子から報復を食らう理由なんて無くなるのだ。

 その手段については草案程度にしかまだ考えは無いが彩子さえ説得できればなんとでもなるだろう。交渉の中でヨゼフと彩子を引き離すようにしたのはそのためと言っても過言ではない。


 ちなみにどう説得するかなどは思いついていないのでぶっちゃけまた場当たり的に考えていこうと思っているが、襲撃の時もこのスタンスでなんとかなったからいけるいける。

 でもこういうことを素直に言うとまた突っ込まれてしまいそうなので胸を張って不敵な笑みを浮かべておく。自信を見せるのが人を騙すコツだってお婆ちゃんが言っていた。


「トールがそこまで言うなら……助けられてるし、あんたに託すわ。本当に頼むわよ?」

「桜井さんって本当に考えがあるのかどうかわからない顔してるのがたちが悪いですよね……」

「やれることを全力でやる。それで失敗したらその時はその時に考えれば良いってだけのことだ」

「それに巻き込まれる側の身にもなれれば文句も減るんですけれど、少しは約束を守ろうとしてるだけマシですね。とりあえずコーデリアさんの護衛につきましてはわかりました。細かな話は後にして時間も時間ですし今日はもう休みましょう」

「私もそれに賛成。眠気が強くてしょうがないわ」


 まぁ何だかんだ深夜4時近くだし、というかもう小一時間もすれば日の出となる。

 ダンジョン攻略に出るのは数日後を予定しているのでいい加減体を休めて明日からの準備に備えるとしよう。

 はい、解散解散…………なんでアイリス出ていかないんだ?


「アイリス? まだ何かあるのか?」

「はい? いえ、特には」

「じゃあ部屋戻れば?」

「え、嫌です。ここで寝ます」


 眠気が強すぎて移動も億劫なのか? 何か珍しいタイプのわがまま言い出したなとは思うけれどそれもまた眠気のせいか。

 じゃあ仕方がないので俺が彼女のために取っていた部屋で寝るとしよう……何で腕をがっしり掴むんですかアイリスさん。


「あのー、アイリス?」

「桜井さん。私って明日からコーデリアさんの護衛をしなけなければならないんですよね? それは私が『魔眼』の力で近づくものが人形か否かわかるから。相手がつけた監視が誰なのかを判断して不測の事態に備えるためだからですよね?」

「ま、まぁそうだな。んで例えば俺たちが戻っていないのに相手が手を出してきたら周囲と協力してそれを撃退ないしはコーデリアさんを守ってもらいたい感じだ」

「つまりその間、私と桜井さんって離れ離れになるんですよね? 桜井さんまたどっか行っちゃうわけですよね? 会えるのこういう寝る時くらいになっちゃうわけですよね?」

「アイリス。まさかとは思うが寝る時くらいは一緒にいて欲しいとか言い出さないよな?」

「寝る時くらいは一緒にいてくださいよー! なんか不安で寒くなっちゃうんですよぉ!」

「旅先くらい俺離れしなさい!」

「旅先だから不安なんじゃないですかー! 寒いんですー!!」


 幼児アイリスが感じる不安が限界に達したのか、彼女は「寒い寒い」と言いながら俺の腕を引っ張ってベッドへと行こうとする。

 別に一緒に寝ること自体は良いのだが、この状態となった彼女は誰かと一緒にいる安心感からか非情に眠りが深くなり相手に組み付いたまま長い眠りについてしまう。

 となれば当然組み付かれた側もそれに付き合わねばならないわけで、その分一日の活動時間が減ってしまうことに繋がる。


 その部分が心底嫌な俺はこうなった場合、毎度檜垣に添い寝を押し付けてきたのだが、その生贄が今回はいない。

 となるとアイリスの相手は俺がしなければならないわけで……いや待て、丁度いいことにエセル生贄がいる!


「あ、ふーん。あんたらそういう関係なのね、じゃあ私はここらへんで」

「待てエセル! 金なら出す! 俺の代わりにアイリスと寝てくれ!」

「あんた何言ってんの!?」


 俺は退出しようとしたエセルの腕を掴んでグイグイと引っ張る。

 エセルは慌てて抵抗するが彼女の腕には俺が引っ張る力に加えてアイリスが俺を引っ張る力も加わっている。

 つまり1のエセルに対して2倍のパワー、部屋を出ようとしたエセルはジリジリと部屋の奥へと引きずり込まれていく。


「ちょっと! 嘘でしょ!? いくら私がお金好きでも身体を売るような真似なんて出来るわけないじゃない!! というか彼女って女でしょ!?」

「大丈夫だ、寝ちまえば男も女も関係ねぇ! だから俺の代わりに寝てやってくれ! じゃなきゃ俺が暫く身動き取れなくなるんだよ!!」

「身動き取れなくなる!? そこまでのことなの!? いや、そうじゃなくて私は異性愛者だから同性となんて寝られないわよ!」

「檜垣だって異性愛者だけどアイリスと寝てるから問題ないだろ!」

「檜垣さん寝てるの!?」

「じゃあもうみんなで一緒に寝ましょうよぉ。ベッドそれなりに大きいですから大丈夫ですって」

「よしそうしよう。アイリスを挟む形でエセルが壁側俺が扉側な!」

「あんたすぐ押し付ける気でしょ! イヤーッ! こんなところで、こんなノリで経験したくなーいッ!!」

「金ならやるから!! 金ならやるから!!!」

「早く寝ましょうよー」

「イヤーッ!」


 結局、俺とエセルとの間で「寝る」の意味が違っていることに気が付くまでに少々時間がかかった。


 そしてそれを訂正して俺とアイリスの関係性についても説明し終えた頃には窓から朝日が差し込んでおり、アイリスはいつの間にやらベッドで熟睡していた。


「……すぅ、すぅ……むにゃぁ」

「…………」

「…………」


 その姿を見て不毛な争いに疲れ切った俺とエセルは示し合わせたかのように部屋を出て、本来アイリスとエセルの二人で使うための部屋に移動すると。


「寝るわ」

「おやすみなさい」

「そっちもな」


 後で目覚めたアイリスが飛び込んでこないように扉の鍵をしっかりと閉めて、2つ並んだベッドに潜り込むのであった。

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