136 大聖堂突入
そんなこんなで準備を整えて、大聖堂攻略当日。
コーデリアさんの下にアイリスを届けた後で俺とエセルは朝永 彩子との集合地点へと向かっていた。
馬であるフロンが引く荷台に攻略のために用意した荷物を乗せて、小粋よく蹄の音を立てて歩いていく。
右を見ても左も見ても人通りは欠片もなく、普段は活気づいていたであろう大通りは主を失った屋台がいくつか残されているばかりだ。
民間人は既に騎士団の指示で郊外に避難しており、後に残っている騎士団は大聖堂の周りを固めている。
結果として街の殆どがもぬけの殻となっているため、こんな状況でも俺たちが泊まっている宿を未だ経営し続けている女将さんには頭が下がる思いだ。
今もなお街に留まっている人たちのためにも大聖堂の魔物たちを経験値に変えねばならないなと決意する。
「だっていうのに、騎士団の連中はよ~。何が『部外者が軽率に関わってくるべき問題ではない』だ。こちとら聖女様の認可も得ているし、なんなら事態の当事者だぞ?」
「元々の近衛兵やら警備兵やらはいるけれど、所属的には軍属のまま大聖堂とその関係者を守るために出向してる扱いなのよ。だから有事の際には騎士団側の指示を聞く必要があるし、あくまで警護対象である母さんには何の権限も無いからしょうがないじゃない」
まぁ宗教勢力に明確な武力をつけさせないためにも所属は国軍のまま、有事にはそれを取り上げられるようにしておくというのは考え方の一つとしてわからんでもない。
「後、魔物たちを解放した当事者であるトールを関わらせないようにするのは当然の判断でしょ」
「だから不法侵入するのも仕方がないわけだ」
「そこでそう考えるのも、それを実行できるのもおかしいのよね……」
即断即決即実行が俺の長所だし? 褒めてくれていいぞ。
俺はエセルの不安を吹き飛ばすようにゲラゲラと笑って見せるものの返ってきたのはため息一つであった。
集合地点にて彩子を拾って場所を移動。
フロンに装備させた三天シリーズの力で空中を駆けていく。
大聖堂の周りを固める騎士団の連中にバレないようにと大回りで目的地に向かっているためそこそこ時間がかかっているのだが……何か荷台の空気が悪い。
「…………」
「…………」
そもそも喋れない彩子と彼女に襲われ母親を傷つけられたエセル。
彩子はエセルに興味が無さげだし、エセルは言葉とは裏腹に割り切れていないのか彩子のことをじっと睨み続けてる。なので会話がない上に雰囲気が悪い。
俺がなぜエセルを連れてきたかと言うと解放した魔物と戦う上で彼女の能力が有用であるからだ。
それに加えて彩子とパーティを組むならば
封印されていた魔物たちは何かと厄介な連中ばかりなので、俺とエセルが戦っている間に横槍を防げる人物がいると攻略が捗るのだ。
そのことをお互いに連絡を取り合って事前に合意も得ていたのだが……エセルは気持ちを抑えることができないらしい。
この状態が大聖堂突入後に悪影響を及ぼす羽目になってしまったら困るので、俺はとりあえず「そんなに落とし前つけたいなら腕の一本くらいへし折っておけば?」とエセルに提案してみる。
「確かに私も飲み込みきれずに態度に出してたのは悪かったけれど、とりあえずでしていい提案じゃないでしょ」
「……?」
「腕出さなくて良いわよ馬鹿。てか、そのなんとも思ってない態度が本当に腹が立つのよ! 人のこと舐めるのも大概にしなさいよ!」
そう怒鳴ったエセルは「ちょっと整理するから話しかけないで」と言って祈りを捧げるように手を組んで目を瞑った。
彩子もまた興味を失いエセルから顔を背けると無言で大聖堂を眺め始める。彼女にとっての最優先事項は『大罪聖杖』であり、俺達への関心は薄いようだ。
「(微妙に居心地も悪いから突っついてみたが藪蛇だったか)」
俺はある程度自分の利益というものが存在しているのであればすぐに割り切って敵と手を組み利用することに意識を切り替えることができるが、どうやらエセルはそうではないらしい。
約束を守りつつ自分の利益を追求する流れで今の状況はベストだとは思っていたがこういうところで穴があるとは思わなかったな。人間って面倒くさい。
とはいえ、交渉は既に終えていて契約を履行し合う段階に入ってしまっているのだから後はもう俺のことを信じて彩子と共闘してくれとしか言いようがない。
「ブルルッ?」
「大丈夫だフロン、なんとかなるだろ」
「ヒーン!」
馬に空気を察せられて気を使われるというのは人間としてどうなのだろうかと思いながらも、フロンは頭良いしそういうこともできるかと納得する。
しかし後でヨゼフを討つために彩子の協力を得るとして、どうやってヨゼフに知られず自然な形で交渉できるようにしたものか。
絶対条件として彩子の裏切りを悟られてはいけないので、彼女の肩に止まっている小鳥は完全に邪魔な存在だ。まずはそれをどうにか排除しなければならないだろう。
「(奇襲で小鳥を始末しても彩子が無事なことは把握される。となると俺が意図的に彩子からヨゼフを切り離したと考えられてもおかしくないし、『杖』を手に入れる前にそんなことしたら交渉で決めていたヨゼフからの情報が得られなくなるよなー)」
情報の引き渡しについては『杖』の回収後だ。
その際にヨゼフが情報を伝える手筈になってはいるが、十中八九それは彩子の肩に止まっている小鳥を通じてのものになるだろう。
少なくとも俺なら契約の履行に対してそういう保険をかける。だから今は排除できない。
「(うーん、最終的には強引にいくしかないか……)」
俺は色々と考えたところ末に、結局は「『杖』を渡してヨゼフからの情報を得た瞬間に小鳥を排除して彩子との交渉に持ち込む」という強硬策を取ることに決めた。
小鳥さえ排除してしまえば『人形使役』の繋がりを通じて彩子の安否は伝わるが、それ以外の情報は伝わることがない。
排除してからトラブルが起きたことを知ったヨゼフが次の行動を起こすまでの間に、どれだけ早く彩子を味方に引き入れて迅速に手を打つことができるかが問題だが……まぁそこは未来の俺に任せることにする。
本番はこれからだというのに慣れないことばかり考えて疲れてしまったら経験値稼ぎも楽しめなくなってしまうからだ。
「(
未来の俺に恨まれそうだが、過去には戻れないので無意味な怒りとなるだろう。つまり言ったもん勝ちということである。
苦労することになるであろう未来の俺におかれましては、時間の流れが一方通行であることを恨んで欲しい。
ちなみに、ヨゼフは自分が作り出した人形の知覚を共有することができるが奴は父親として娘を愛でるために彩子に関しては敢えてそれを行わないようにしている。
よって小鳥さえ潰してしまえば「彩子の安否は伝わるがそこでの交渉内容が漏れることはない」というのは確かな事実である。
それは原作において彩子が一度主人公たちに倒されたため彼女をヨゼフが復活させた時、奴は彩子を倒した相手に怒りつつもその正体が主人公たちであると彩子本人から伝えれるまで知らなかったことからもわかる情報だ。
自分は父親であり、娘である彩子とは別人。
よって彼女が見聞きしたものは彼女だけのものであり、それを暴き立てるようなことをしてはならない。
そういう一種の線引があるため、ヨゼフは彩子の身に何があろうともバックアップから情報をサルベージしてこないらしい。
全く、本当に立派な志だよなぁ!
前提として彩子の存在が初恋相手との妄想の産物である上にそんな愛娘を状況に応じて「捨てる」ことができるという点に目を瞑ればよぉ!
来る日も来る日も「大切だ」「愛している」だの囁いて束縛しておきながら、ここぞという時は投げ捨てることに迷いが無い。
そんな性根を隠すこともしないのだから、そりゃ娘もグレるに決まってるとしか言い様がない。
他人の尊厳というものを考えられないやつはこれだからダメなんだ。
「ま、なにはともあれ辿り着いてからだな」
彩子には禁書区画の結界を抜ける手段がない。
故にそこに辿り着くまでは俺たちに協力する他ないのだ。
それを理解しているからこそこの場に彼女が来ているのだと、そして彼女の中にある矛先は未だヨゼフに向き続けているのだと俺は信じている。
俺はそのことを再確認するとさっさと意識を切り替え持ってきているアイテム類の再点検を始め、侵入ポイントに近づいていくにつれて「大聖堂内にいる魔物を全員斬り殺したらどれだけの経験値が入るのだろうか」と考えつつ1人鼻歌を歌うのであった。
で、大聖堂の真上に到達。
それじゃあ飛び降りるとしよう。
「ハァ!?」
「うお、いきなり何だよエセル」
「こっちの台詞よ! 飛び降りるって何言ってるのよ!?」
「どうもこうも……」
荷台から出て結界の上に降り立つ。
その場所はちょうど大聖堂の真上であり、眼下には巨大な尖塔が見えていた。
尖塔の高さは百数十mはあったはずだが、それらを包み込む結界の上部……つまり俺がいる位置は更にそこから高い場所にある。
これは結界が大聖堂というよりも大聖堂を含めた敷地一体を囲むためにそこまで巨大な形を取らざるを得なかったものだろう。
で、本題に戻るとして。
俺はかつて『冥府』で手に入れた武器の一つ、『
禁書区画の結界と同じ要領で切り抜いた穴は『騎士の鋼鉄剣』よりもリーチに優れた武器を使っているからか、予想よりも大きな穴となっていた。
そしてその穴を指して俺はエセルの疑問に答える。
どうもこうも、内部に侵入するためにここから飛び降りるのだと。
「地上は二重三重に騎士たちの包囲網が敷かれてるからな、そこを抜けて行くのは厳しかった。だからこうして上から行くことにしたんだよ。なにせこっちには空を飛べる馬がいるからな」
「ヒヒーンッ!」
この結界も『剣聖一閃』で斬ることができるか試しに行った際、その包囲網を掻い潜るのに酷く苦労したのだ。
そしてその時に何人かの騎士を気絶させたのが発覚したのか、今では当時よりもより強固な警戒体制が敷かれている。
よって誰もが注意を向けないであろう上空から侵入したほうが楽だと判断したのだ。
「落ちたら死ぬでしょ!」
「落ちてる最中にあそこにある尖塔に紐と鎖引っ掛けて途中で命綱作ればいいじゃん」
「試したことあるの!?」
無いけど……ぶっつけ本番で成功させればいいだけだよな?
というかもう下では内部の魔物たちの気を引いてもらうために、大図書館前に放置されていたヨゼフの人形たちを使って陽動を始めてもらっているのだ。
この結界はヨゼフと人形の繋がりまでは遮断できないみたいだからな。
眼下をよく見れば、結界内に残されたヨゼフの人形であろう騎士たちがわざと大聖堂近くを通って魔物たちを釣り上げているのが見て取れた。
なので今ならば窓でもぶち破って安全に大聖堂内部に入ることが出来る。
空中から尖塔へ、尖塔から内部へ、そこから陸路で大図書館へ。これが基本の移動プランだ。
というわけで既に作戦は決行されているのだ。
選べる選択肢は俺と一緒に落ちるか、そこの彩子と一緒に落ちるかの二択だ。
結界の自動修復機能で開けた穴が縮まり始めてるので悩む時間はあまりない、選べないならコインがここにあるから表を裏で決めると良い。
「…………」
「ほら、彩子さんも『さっさとしろよこの銭ゲバエルフ』って顔してるぞ。早く決めろよ」
「あんたどういう立場で言ってるのよそれ! えぇい、もう! 分かったわよ、トールと行けば良いんでしょ行けば!」
そう言ってエセルは「絶対に落とすんじゃないわよ!?」と念入りに告げながら俺の腕の中に収まり、背中に手を回してその身を委ねてくる。
ぶっちゃけ成功率に関しては突入方法の説明をした時に何ら驚くこと無く頷いた彩子の方が高いと思うのだが、まぁそれは言わずが華だろうと考えてお守り代わりに金貨を渡しておく。
すると後もう一枚頂戴と要求されたので心の準備は終わっているなと判断した俺は予告なしに穴へと飛び降りた。
「えちょみぎゃああにゃあああああばああああ!?!?!?」
「喋るな舌噛むぞ!」
エセルを抱いて、頭から真っ直ぐ地面に向けて落ちていく。
直後に感じた身体が一瞬グッと持ち上がる感覚はきっと落ちる身体が空気の抵抗を上回った瞬間のものだろう。
この世界の重力加速度がどうのはまるでわからないが事実として数秒も経てば地面に叩きつけられることは明白だ。
「
命がけのスリルに興奮している?
違う。この高揚は
「ヒャァァァッホォォォウッ!!」
俺は歓喜の声を上げながら片腕を振るう。
投げ放たれた糸が宙を舞い、尖塔の頂点に引っかかる。
グンッと身体を引かれて直線の落下が振り子の動きに変化して――
「あ、やべコレぶべっ!」
「!?」
――目算を誤った俺は見事に突入予定の窓の真横に激突してエセルを取り落とすのであった。
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