131 真の魔物使い
ヨゼフ・アサナガが娘と共に聖女へと襲撃を仕掛けてから4時間ほどが経過した。
陽は既に沈み、それに伴い外を出歩く者も警邏のエルフを除き姿を見せなくなっている
時折通り過ぎる警邏達は道すがら大図書館の出入り口を固める騎士たちを見て一礼をして立ち去っていく。
彼らに精鋭たる騎士達がヨゼフの操り人形になっているなどわかりようが無かった。
大図書館の屋上、長方形の中心点に当たる場所に佇むヨゼフと彩子の2人はその建物の形もあり下からは完全な死角に位置している。
唯一その位置を見下ろすことができる大聖堂の部屋はこの大図書館の管理者たるテレンスの執務室であり、そのテレンスを含めて部下たちを支配下に置いているヨゼフの存在は他者に感知されることの無い状況にあった。
「少々舐めすぎていた、いや私自身に驕りがあったことを認めるほか無いね。彼らがまさか私と彩子による共同作業を切り抜けることができるほどの実力者であったとは思ってもいなかったよ」
「…………!」
「そう責めないでくれ彩子。君も聖女を仕留めきれなかったじゃないか。お互い様として、許し合おうじゃないか」
もとより喋ることができない彩子だがヨゼフの言葉に反論することはできなかった。
彩子の魔法によって作り出された鎖こそが聖女暗殺の本命であり、ヨゼフはその状況を作るための前座に過ぎなかったからだ。
「とはいえ時間はまだまだある。異変に気がつくまで、2日は稼げるだろう。彼らには逃げる場所など無いのだから出てきたところを叩こうじゃないか」
「……っ」
余裕を見せるヨゼフに対して彩子は奥歯を噛み締め焦りを見せた。
確かにヨゼフの言う通り異常を察知されるまでの時間的余裕はあるだろう。
しかし彼が彩子を愛でることに費やしていた時間の中で彩子は戦う者、戦士としての経験を培ってきた。
その経験が2日という時間的余裕を「敵に与えてしまったアドバンテージである」と判断している。
逃げ場は無いものの結界の中に閉じこもり、こちらからの手出しも困難となったこの状況は彩子にとって大失敗以上の何ものでもなかった。
そもそも大図書館での暗殺を選んだのは「暗殺に成功したとして、事態が発覚するまでに時間がかかるだろう」という理由からだ。
暗殺し、目的のアイテムを手に入れ、逃げる。事態が発覚した頃には既に姿を消している。それが理想であり、そのための時間的余裕であったはずなのだ。
彩子にはその過程にただでさえ「ヨゼフを殺害、ないしはその魔の手から開放される」という工程が加わっている。
自らを開放する鍵となるアイテムが目と鼻の先にあるというのに手を出すことができない。彩子はその事実を前に自らを慰めるように七篠 克己から聞き出した情報を反芻した。
『ヨゼフの野郎が離れてる間に伝えておく。エルフ領の聖女が持つ青い杖は、聖女の血に塗れることで『
七篠が語る伝承というものはゲーム時代におけるフレーバーテキスト――いわゆる、アイテムの説明や設定――を要約したものだ。
彼はこの世界において桜井よりも早く”雰囲気作り”のために用意されたそれらの設定さえも現実として効力を発揮していることに気がついた。
故に本来は亡霊種の魔物に対するダメージに補正がかかる程度の『大罪聖杖』に『ヨゼフを殺す力がある』と判断し、それを彩子を味方に引き入れるための交渉カードとして利用していた。
その情報の確度がどれほどのものなのか? 疑問は浮かぶもののヨゼフに寄生されている彩子がその監視を掻い潜り情報の確度を確かめる術は無い。
だからこそ今まで何一つとしてヨゼフを排除する手がかりを得られぬまま過ごしてきた彩子にとって、もたらされた七篠からの情報は唯一の希望と言って差し支え無い。彼女それに縋り付く他になかった。
何か、何か今の状況を打開する一手は無いものか?
禁書区画に篭もられた時から彩子が何度も繰り返し続けてきた思案を無意味とわかっていてなお再考し始めた時。
「は? 魔物、だと? どこから現れた?」
隣に佇んでいたヨゼフが自身が支配下に置く
それは大図書館の奥側から現れた三ツ首のガチョウのような魔物であり、奇声を発するそれが突如として1階ロビーを固める騎士たちへと襲いかかったのだ。
「ギョックケェェェ!!」
鋼鉄の兜を被った三ツ首を大きく振り回したかと思うと、遠心力と共に勢いよく投擲。着弾に合わせ頭が弾け飛び、兜の破片が散弾として周囲へと広がる。
吹き飛んだ頭は伸びた首が戻ると共に鋼鉄の兜諸共が再生し、次なる攻撃の為にまた首を振り回し始める。
迎撃のために動かした騎士たちによる弓矢の多くはその振り回される兜に次々と弾かれてしまい、その防御を掻い潜ったとしても胴体を守る羽にその威力を減退させられる。
「……?」
「わからない。突然、1階の奥から魔物が現れたんだ。大暴れされると困ったことになるな……地下を抑える者たちと入り口を固める騎士から幾らか援軍に当てて抑え込む。どうせ地下から繋がる道は1つしか無いんだ――何?」
ヨゼフが操る人形たちの前に新たな魔物が現れる。しかもそれは一匹だけではない。
本棚の間をキノコ型の魔物達が錐揉み回転と共に爆走しては騎士も魔物もお構いなしに跳ね飛ばしていく。
開いた魔本の中から上半身のみを出している黒羊の頭を持つ悪魔らしい悪魔の魔物が周囲の本棚を振り回し暴れだす。
ひび割れた仮面を着用した身長3mはあろう細身のピエロはその両手に握ったミートハンマーを振るい近場の魔物へと笑い声を上げて襲いかかる。
その標的にされた蛍光色のスライムはピエロの攻撃によりその体を作る体液を周囲に振り撒き、飛び散った体液がまた新たなスライムとなって復活していく。
「え? 何だ、何が起きている? とりあえず騎士たちで足止めを」
「……! !!」
「あ、あぁわかった。1秒待ってくれ」
内部の様子を確認するために彩子は人形たちの視界を求めた。
彼女もまたヨゼフが作り出した人形であるならば、彼を中継することで支配下にある騎士たちの視界を得ることができる。
「…………っ」
それにより得た視界に写ったものを一言で表すならば『狂乱』といったところか。
大図書館内で暴れる魔物たちは騎士を攻撃しようとして別の魔物を巻き込み、その攻撃を受けたものが勘違いから別の魔物へと襲いかかる。
それを無視して自分の行動原理に従い一心不乱に自らよりも弱い魔物をいたぶる者もいれば、その姿を見て興味が湧いたのか近場に転がるスライムでその真似を始める魔物もいる。
ヨゼフは卓越した人形使いであり武術に対する心得も並の冒険者程度には有している。
故に50名を超える騎士を同時に操り剣に弓矢にと魔物を抑えるべく奮闘しているが、こうして暴れまわる魔物たちを大図書館内に押し止める事ができているのは彼らの意識が大図書館の外に向いていないからでしかない。
「魔物はどこから来ている? 大図書館の防衛機構か? いやそんなものがあるとは考えられない。ならばこれは何だ?」
本質的に技術者であり、根本的に戦士として経験が不足している。
そんなヨゼフにできるのは足元を埋め尽くすほどに増殖し続けているスライムを建物から外に出さないように駆除し続けることのみであり、彩子は内心強く舌打ちをしながら共有された騎士たち視界の中から状況を判断するための材料を探す。
そして、その視界の中にチラリと一瞬。
口角をこれでもかと釣り上げ嘲笑う少年の姿が見えた。
「ヒーヒャッハッハッハッハァア!! 暴れろ暴れろォ! 魔物ってのはこう扱うんだよォ! 俺が真の魔物使いだぜェェェ! ハーッハッハッハッハ!!」
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