132 目論見通りと想定外


 唯一の脱出口が敵に固められ正面突破が困難である場合、まず真っ先に考えるのは「別の脱出口があるかどうか」だ。

 それは隠し通路等の秘された道の存在だけではなく、新たに脱出口を作ることができるかどうかという疑問も含まれる。


 その点、禁書区画が地下に存在しているという事実はありがたかった。

 なにせ天井さえくり抜くことができればそこから地上へと最短ルートで逃げることができるからだ。


 1階から地下へと降りる階段の入り口、そこからどれだけ降りたか。そして地下の天井の高さがどれくらいか。

 そこから推測できる1階と地下を分ける素材の厚みを考えた結果、『剣さえあれば天井をくり抜くことはできる』と俺は判断した。


「(本をパク……情報を得るために大図書館の構造を気にしていた過去の俺。流石の危機管理能力と言ったところか)」


 そうと決まれば次は脱出口を作る上で禁書区画に貼られた結界が邪魔になるか、なったとしてそれは突破できるものかという問題が生まれてくる。

 ここに関しては十中八九、天井をくり抜く上で結界が邪魔になると考えていた。入り口だけ封じていても上や下から突破されたのでは封じている意味がないのだから。


 結界は禁書区画を守り封じるためのもの。故に部屋全体にそれは作用しているのだろうし、一部分だけ解除するなんて細かなことはできないだろうと推測していた。

 そして天井をくり抜くために結界を解除しようものならば解除時の光の瞬きによってそれは察知されるであろうし、それによってなだれ込んで来る敵に対して俺1人だけならまだしも怪我人であるコーデリアさんを含めた全員が無事に逃げ出せる可能性は低い。


 なので天井にも存在しているだろう結界に対して干渉する術があるかどうかが鍵だったのだが……いやはや、流石おじさん。

 おじさんが片手剣で難なく斬り裂けたというのであれば、剣聖の足元程度には手を伸ばしている俺の『剣聖一閃』でも結界を斬り裂けるだろう。

 元より『剣聖一閃』で天井をくり抜こうと思っていたのでこれで脱出口の確保に関しては問題は無くなった。


 そして肝心の1階へと上がった後に、どうやって敵の視線を掻い潜り大図書館から脱出するのかという点だが。


「ヒーヒャッハッハッハッハァア!! 暴れろ暴れろォ! 魔物ってのはこう扱うんだよォ! 俺が真の魔物使いだぜェェェ! ヒャッホォウッ!!」

「あぁ禁書区画に封じられていた魔物たちが……」

「トール! あんたバカ!! 本当にバカ!! バカァ!!」

「陽動が必要だというのは理解してましたけどこんな方法取らないでいいじゃないですかぁ!」


 アッハッハ。魔物たちの叫び声のせいで文句が何一つ聞こえんな。


 禁書区画から1階へと上がったとして、その位置はフロアの中央になる。

 そこから逃げ出すには横の壁を同じ要領で切り抜いて愛馬たるフロンを結んである広場に行くのがベストではある。


 だが敵が建物の周囲を固めているとすれば建物から出た瞬間に察知され、今度こそ逃げ場もなく囲まれてしまう可能性が高い。

 となれば敵の視線を集める陽動が必要なのだが俺は壁を斬らねばならないし、コーデリアさんとエセルでは力不足、アイリスは1人にするには不安が残る。


 そこで俺が目をつけたのが禁書区画の中に封じられている魔物たちである。


 隠し扉を出現させるための入れ替えパズルは順番を間違えると禁書に封じられている魔物が解放されてしまうという罠がある。

 しかもこの罠は『間違えたパターンによって解放される魔物に種類がある』という無駄なこだわりが存在するギミックであり、出てくる魔物は封印されるのも納得できる厄介な連中ばかりだ。



 なので全員解放して適当に暴れさせれば派手な陽動になるんじゃね? と思ったわけで。

 あくまでパズルを間違えると解放されるだけで、魔物が封じられている禁書そのものは本棚に収まってるのでは? と気がついたわけで。



 その後のことも踏まえるとそうした方が都合が良いことに気がついた俺は意気揚々と準備のための小一時間を禁書の回収に当て込み、それを抱えて天井を『剣聖一閃』でくり抜き脱出。

 そしてバレないうちに次々と禁書から魔物を解放して騒動を引き起こしつつ、悠々と作った穴から糸でアイリス達を引き上げたのが今の状況である。


「よーし! じゃあ次に解放されたい奴はどいつだ~? お前か? それともお前か~~?」

【我を解放せよ人間。さすれば汝の望むものを与えてやろう】

【オレダ! オレヲカイホウシロ!!】

【出して、私達を、ここから出して】


 魔物たちを利用しようと考え、禁書から奴らを解放するために本を開いては閉じてを繰り返した結果身についた『魔物使い』スキル。

 そのスキルのお陰で俺は封じられている魔物たちの声を聞くことができるようになり、本から魔物を解放するごとに経験値を得ることができるようになっていた。


 当然、スキルレベルが低いので余程弱い魔物でもなければ制御下に置くことはできないので解放された魔物たちは完全に自由の身である。

 一応「解放してやるから俺たちのことは襲わないでね?」というお願いをしてはいるのだが、守るかどうかは出てきた魔物の気分次第。


「うっし、じゃあ次はメフィストフェレス君!」

【ふはははは! よくぞ我を解放した! 愚かな人間よ、その働きの褒美として貴様に苦痛無き死――】

「死ぬのはテメェだ『剣聖一閃』ッ!」

【――ぉごぼが!?】


 なのでこうしてお願いを聞いてくれそうにない奴に関しては即座に始末、本も『火剣』で焼却処分する。

 そしてその灰を他の本の目の前で踏みにじり、ついでに適当な奴を見せしめに追加火炙りの刑に処して主導権がどっちにあるのかを叩き込む。


 すると魔物を倒したことで入る経験値以外にも”魔物を従わせるための調教手段”とでも判断されたのか『魔物使い』の経験値が追加で入手できる。

 そして見せしめにされた魔物を様々な方法で知覚していた魔物たちは解放する際のをある程度聞いてくれるようになる。

 一石二鳥どころか三鳥の成果に思わず笑いがこみ上げてくる。いやぁ! これまで経験値稼ぎがろくにできなかったストレスが解放されていくカタルシス! たまんねぇなぁオイ!!


「悪魔……こいつ、悪魔よりも最悪な悪魔よ……」

「ん、本が少なくなってきたな。アイリスちょっと地下に戻ってってきてくれね?」

「嫌ですよ! あんな危ないものをそんな軽いノリで持ち出そうとしないで下さい!!」


 魔物のおかわりはアイリスに拒否られたので残念ながら断念する。

 まぁ『いたぶりピエロ』に攻撃され続けて増殖の一途を辿る『プラナリア・スライム』がそろそろ俺の足元にまで溢れてきているのでそろそろ潮時か。


「桜井様が開けた結界の穴も修繕できました、行きましょう」

「了解。先導するからついて来てくれ」


 手元にある残りの禁書をその場に放置するふりをしつつ、サッと一冊だけ背中に隠しておいてっと。


 素知らぬ顔で俺はアイリス達を先導して暴れる魔物たちとそれに対処しようと無駄な努力を続けている操り人形共の視界に入らないように移動を開始。

 怪我人であるコーデリアさんはアイリスとエセルの肩を借りながら移動してくる。

 今までコーデリアさんが手にしていた巨大な杖は移動する上で単純に邪魔でもあるし、少しばかり考えもあって禁書区画の中に置いていってもらった。


「さて。スゥ~…………んッ!」


 大図書館の側面へと辿り着いたら少し長めに息を吸い集中、そして『剣聖一閃』を三度連続で放つ。

 連続というのは簡単だが合間合間に溜めを作らねばならないあたり実戦の中で使えるようなものではないが、こうして壁を三角に斬り裂き道を作ることくらいには使える。


「フロン! 来い!」

「……! ヒヒンッ!!」


 日が暮れて月明かりのみが頼りとなった外に出たならまずはフロンの名を呼ぶ。

 視線の先にある広場に繋がれていたフロンは教えた通りに自ら器具を取り外して、背に付けた鋼鉄の羽を月光に反射させながらバサバサと羽ばたかせてやってきた。


「ブルルルっ」

「よーしよーし、今回は羽があっても落ち着いてるな」


 近寄ってきたフロンの頭を撫でながらその様子を確認する。

 こいつには『三天シリーズ』を装着時に突然興奮して指示を聞かずに飛んでいった前科があるので微妙に不安だったのだが、この様子ならばコーデリアさんをその背に乗せて任せることができるだろう。


「よし、エセル。コーデリアさんと一緒に乗って大聖堂に向かえ。流石にあそこに居る騎士が全員制圧されてるとは考えられないからな、そこで助けを求めてコーデリアさんの傷を治してもらえ」

「わかったわ。でも、私って乗馬の経験殆どないわよ? 歩いてもらう程度しか……」

「大丈夫ですエセルさん。フロンさんはとっても頭が良いお馬さんなので、お願いすれば言うこと聞いてくれますから」

「フッヒン」


 フロンがちゃんと言葉はわかっているぞと言わんばかりに顎を上げて胸を張るように鳴く。

 この頭の良さ、やっぱり馬にしてはおかしいよなぁ……。お前もしかして前世人間の転生馬だったりしない?

 いやまぁ、俺に都合が良いなら何でも良いか。ともあれ問答している暇はないのでさっさとフロンに乗ってもらおう。


「ここまで来たら信じるしかないわよね……」

「いいから先に乗れよエセル。コーデリアさんは下から持ち上げるから、馬の上から補助してやってくれ」

「わかったわ」

「桜井様、ありがとうございます」


 周りへの警戒をアイリスに任せ、先にエセルをフロンの背に乗せる。

 そして今度は怪我人であるコーデリアさんを乗せるため、腰辺りで抱き上げようかと腕を回した時――耳に微かな風切り音。


「舐めんなッ!」

「きゃっ!?」


 コーデリアさんを守るために回した腕ごと体を引き寄せ、開いた片手で剣を振るう。

 殆ど直感頼りではあったが、銀の軌跡を描いた『騎士の鋼鉄剣』は上空から飛来して襲いかかってきた鎖を火花を散らして弾き飛ばす。


 そしてほぼ同時に背後から何かの打撃音。

 振り向いてみればそこには長棒を振り切った状態のアイリスに、彼女に殴りつけられたのであろう青いローブを着た人物が大地の上を転がっている。


「痛ってて……。日が暮れているのだから私の姿は相当見辛いはず、そう思って奇襲をしてみたがまさかバレるとはね」

「貴方が見えなくても貴方の『熱意』が居場所を教えてくれます。何者ですか」

「なるほどその眼、魔眼の類か。私は愛娘の我侭に振り回される一介の父親さ。無論、苦では無いけれどね」


 そう言って立ち上がったローブの男は頭を包むフードの中に真っ黒な『暗黒』が広がっており、中央やや上部に浮かぶ白濁とした双眸のお陰でそこに顔があるのだと辛うじて判断できる奇妙な存在だった。


「…………」

「おっと、ついにお出ましだな」


 そして俺の前には1人の少女が降り立った。

 彼女はその特徴的な大きい猫目で俺とコーデリアさんの姿を一瞥するとゆっくりとその手に握りしめている三叉槍を構え、その身の周りに展開した魔法陣の中から射出体勢にある鎖を覗かせてくる。


 朝永 彩子、そしてヨゼフ・アサナガ。

 原作における敵組織『黒曜の剣』の幹部たるその2人が俺たちを挟むように立っている。


 傍から見れば怪我人を抱えた絶体絶命のこの状況、しかし俺から見れば好機といっても過言ではない。

 なので俺は迷わず声を張り上げた。


「テメェら動くんじゃねぇぞ! 動けばこの聖女を殺すッ!! ここに杖は無いぞ! それでも良いのか!?」


 聖女を暗殺しに来た相手に対して、聖女を殺すと脅しをかける。

 誰にも事前に伝えていなかったその意味不明な行動にアイリスもエセルも、そしてコーデリアさんもその瞳をギョッと見開く。


 普通であればこんな脅しが通るわけがない。

 相手が自ら標的を殺すと言ってくれているのだから、そのまま殺しにかかれば良いだけだ。


「……ッ!」

「あぁ、彩子。そんな図星を突かれた表情をしてしまったらイケないよ。相手に確信を与えてしまう……そこもまた可愛らしいものだが」


 しかし、敵は何故か動かない。俺の脅しを受けて動きを止める。

 ぶっちゃけ半信半疑であった「聖女を狙う理由」がここに来て確信に変わった。


「(なるほどね、『大罪聖杖』か)」


 その反応が俺の考えを裏付けて、それだけわかれば今は十分だった。

 本当ならばこの場で交渉も済ませてしまいたい気持ちはあるものの、抱き寄せたコーデリアさんの背中から何かネットリとしたものが流れ出しているのを服越しに感じる。

 恐らくこれは傷が開いたことで流れてる血液だろう。俺の体に押し付けてなるべく押し留めてるが悠長に交渉などしている暇はない。


 前後を挟まれたこの状況は人質を取ることで僅かな硬直を見せている。しかし続く行動を起こさねば襲撃された時のようにまた相手に主導権を渡すだけだ。


「アイリス、荷台」

「はい」


 小声でのやり取りは一瞬で済んだ。悠長にコーデリアさんをフロンに乗せる暇はない、荷台を魔法で作ってもらい全員でここから離脱する。

 後は時間稼ぎをするだけだ。なので俺は前後を挟んでこちらを伺う敵対者に対してしっかりと声が聞こえるように口を開く。


「お前らの目的は『大罪聖杖』だろ? 良いぜ、欲しいならくれてやるさ! だから取引だ、どうだ朝永親子!」

「……!」

「へぇ、僕らを知ってるのか」


 興味を引く、疑念を抱かせる。

 戦いから会話の舞台に引きずり込む。


「あぁ知ってるとも。なんならその証拠に語ってやっても良いぜ! 朝永 彩子がァ! 『大罪聖杖』をォ! 欲しがってる理由ってのをよォ!!」

「!?」


 敢えて仰々しく声に出した俺の台詞に彩子が大きく狼狽した。

 まさか自分の悲願が顔も知らない相手に知られているとは思わなかったのだろう。

 ヨゼフがいるこの状況で自分の真の目的が語られたとあれば彼女はヨゼフの呪縛から逃れる術を失う。それだけは何としてでも避けたいはずだ。


 だからこそ、本当に……本当に思わずと言った具合に彩子が構えた三叉槍から手を離し、待てと言わんばかりに手を伸ばした。


 その姿を見て「あっ」とヨゼフの発した声が聞こえたが、同時にアイリスからの合図を受け取っていた俺はコーデリアさんをアイリスに投げ渡すと同時に背中に隠し持っていた禁書を彩子に向けて投擲する。


「グルゥアアガァァァァ!!!」

「――ッ!!」


 禁書から『牛頭法師』と呼ばれる法衣に身を包んだ巨大な魔物が出現し、その手に持った錫杖が彩子へと叩きつけられる。

 彩子は既のところで飛び退くものの、大地を陥没させるほどの衝撃から発せられる余波により想定以上の後退を強いられた。


「あぁもう、失敗する姿も可愛らしいねぇ彩子!」


 俺と彩子の間を魔物が阻み、ヨゼフは自らの愛娘を助けに駆け出している。

 つまり逃げ出すには十分な隙がそこに生まれた。


 アイリスの魔法によって氷で形成された簡易な荷台が作られ、それはフロンの体に繋がっている。

 突然の冷気にフロンが「ヒンッ!?」と驚くがその名を呼ぶことで馬は落ち着きを取り戻した。


 となれば後は逃げるだけ。

 アイリスと共にコーデリアさんをやや乱暴にでも荷台に乗せて、暴れる牛頭法師を見捨ててフロンの手綱を握るエセルに出発するように指示を出す。


「エセル、行け!」

「お願いお馬さん!」

「ヒヒーン!」


 嘶きと共にフロンの背に装着された『天馬羽てんまばね』が広がる。

 そしてフロンの意思に従い上空へと続く雲の道が『天駆あまかけ橋』の力により形成され、装着者のあらゆる動作を加速させる『韋駄天いだてんの羽衣』が作用し淀みないスタートダッシュが切られる。


「……っ!!」

「おやこれはこれは、やられてしまったねぇ彩子」


 朝永親子が牛頭法師を無力化した時には時既に遅く、手綱を引かれたフロンと荷台に乗った俺たちは雲の道を駆けてもはや彩子には手の届かない上空へと昇っていた。

 もはや何者も俺たちの逃走を拒むことはできない。だが、まだやることがある。


 荷台の中から下を覗き込む。

 そこには大図書館に開けた穴から溢れ出ているプラナリア・スライム達や鎖で拘束され三叉槍を脳天に突き立てられた牛頭法師、そしてこちらを強く睨みつける朝永 彩子とその隣に佇むヨゼフの姿がある。

 俺は朝永親子がまだ居てくれたことに感謝しつつ大声を出して彼女らに呼びかけた。


「4日後に英雄慰霊碑の前! 『大罪聖杖』が欲しけりゃそこに来い! 嫌ならもう諦めるんだな!」


 言うだけ言って、荷台に引っ込む。

 月夜を駆ける中で何処からか魔物達の咆哮が聞こえた。恐らくヨゼフが撤退したことで人形たちの抑えが無くなり大図書館の外に溢れ出たのであろう。

 一応、解放した魔物は火属性の攻撃を使わない奴らを選んでおいたので火災が発生することは無いだろうがそれでも知識の保管庫である大図書館が被害を受けることにはまぁまぁ罪悪感がある。


 でも聖女様が命の危機だったし、緊急避難みたいな感じで。

 それにエルフの里って燃やされてなんぼみたいなところあるし……なら燃えてないだけマシだよね、きっと。


 そんな言い訳で罪悪感を消し飛ばしつつ荷台の中で座り込む。

 なんで俺がこんなにも苦労せねばならないのだ、下手な約束なんぞするもんじゃないなとため息をついていたところで手綱を握るエセルが声をかけてきた。


「手段はあれだけど……ありがとうトール。助かったわ」

「貸しだかんなこれ。天内にお前のこと頼まれてなけりゃ早々に切り捨ててたわ」

「天内に頼まれた?」

「『何かあった時は手を貸してやってくれ』ってな、そういう約束」


 そのことを伝えるとエセルは「そっか」と言って前を向いた。とりあえず反論してこないということは”貸し”という要求は伝わったようで何より。

 後はその貸しを利用して俺にとってより良い未来に尽力してもらうだけだ。


「アイリス、コーデリアさんの様子を見ておいてくれ。エセル、医者だとか何とか向かう先は任せる。お前のほうがエルフ領については詳しいだろ」

「わかりました桜井さん」

「わかったわ」


 その返答を聞いて俺は気を緩めて上空を見上げる。

 ぼんやりと輝く月に何処からか聞こえる魔物たちの叫び声、事態に気がついたであろう人々が鳴らす警鐘がエルフ領に響き渡る。


「はぁ~……経験値が勿体ねぇ……」


 疲れと共に大図書館で暴れる魔物たちを惜しむ声を吐き出して、俺は体を横たえる。


 原作ゲームにおいて、封印されていた魔物たちは『強い』というよりも『厄介』なタイプが多い。

 そこを理解した上でしっかり観察すればあまり時間をかけず倒すことができるのだが……さて、この世界の騎士たちの実力はどうだろうか。


「(エルフ領の騎士団。大図書館は奪え返せないが、その周囲で押し止めることができるくらいにはのが理想的だけど。さてどうなることやら)」


 そんなことを考えつつ、目論見通りにいってくれと祈りを捧げる。





 この時、俺は気がつくべきだった。

 3年前に起きた『対竜総力戦』によって国内の実力者達の多くが犠牲となり、そこには当然エルフ領に勤めていた精鋭たちも含まれていたことに。

 そしてたった3年では精鋭たちを失った穴は埋まりきらないということに。


 結論から言おう。

 


 警鐘を耳にして集まった騎士団は大図書館から溢れ出す魔物たちの流出を止めることに失敗、すぐ隣の大聖堂へと撤退。

 大図書館から抜け出した魔物たちは撤退する騎士たちを追いかけ大聖堂を襲撃した。


 大聖堂の騎士団は迫りくる魔物を打倒することができず、内部にいる人員の避難を最優先に行動し、その結果として大聖堂を放棄。

 そして本来は防衛用の結界を利用して魔物たちを大聖堂とその隣の大図書館の敷地内に隔離することで一応の封じ込めには成功した。


 俺たちはその事実を信頼できる病院に入院したコーデリアさんの傍らで大聖堂から逃げ出してきた面々から聞くこととなった。

 朝永親子との交渉日までの間にそれなりの規模になってくれれば十分だと考えていた俺は「あの場から聖女を助けるためにやったこととは言えここまで大事になるとは思わなかった」とアイリス達に”騙り”つつ、目論見通りの事態と想定外の規模に喜んで――


「でも仕方ないな~! 俺のせいだからな~! 責任を持って、ダンジョン『エルフ領の大聖堂』を攻略しまぁす!!!」


 ――と、満面の笑みを浮かべながら告げるのであった。

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