130 怒らないでね!


「えーそれでは…………閉じ込められたのでさっさと脱出して俺は襲撃者と接触してダンジョンの情報聞き出そうというのが当面の方針なんだけど何かある?」

「なんとなく予感はしてましたけれど要約しすぎです。結論から述べるのは良いにしてもそれを共有するつもりならひとつずつ分解して説明して下さい」


 俺流コミュニケーション時短術がさっそくアイリスにダメ出しされてしまったので諦めてちゃんと話していくことにする。


 では現状の確認から始めるとして、とりあえず「謎の敵に襲撃され地下書庫に閉じ込められている。出入り口も固められており地上からの助けも期待できない」という点は全員が理解している。

 これを踏まえて疑問に思う部分は「襲撃者が誰か」「助けはこないのか」、そこから先の話として「脱出方法について」「脱出した後について」あたりだろうか?


「後はトールが何で襲撃者と接触するなんて言い出したのかってところだけど、それは脱出した後についてで良いわ。そこら辺、あんたが考えてる敵の正体にも関わることなんでしょ?」

「あいよ。んじゃぁ、そうだな。どれから話そうか」

「桜井様。それでしたら、私の方からお聞きしてもよろしいでしょうか? この異常事態に「助けがこないのか」という点についてです」


 問いかけてきたのは今なおテーブルの上で俺の上着を枕にして体を横たえているコーデリアさんであった。


 普通であれば自分が襲撃されるという異常事態に助けが来ないわけがないのだが、エルフ領内の大図書館で、しかも信頼していた護衛達に襲われるなど今まで無かった出来事だ。

 こと話し合いなどの非暴力的な争いについてはこの場にいる誰よりも長けている人物ではあるが、戦いそのものに巻き込まれることはあまりないのか助けが来るかどうかについての判断に確証が持てないらしい。


「……来ないでしょ、助けなんて」

「何故ですかエセル?」

「『相子の水晶玉』はここにいる4人で組み合わせられるように配られていたから地上に助けは伝わらない。彼処まで激しく襲撃かけてきたなら、きっと大図書館の地上部も固められてるでしょ。どれだけの人数がこの襲撃に関わってるかわからないけど助けなんて来ないわよ」

「いつまでも聖女の不在に気が付かないわけではないだろうけど、今日明日はまず無いだろうな」


 エセルの言葉に補足を入れつつ、俺も救援の可能性はほぼ無いと見ていることを告げる。


 大図書館のしかも最奥にある禁書区画で調べ物をするというだけでも丸一日かかってもおかしくない案件である上に、相手は「初代聖女に連なる血筋を大事にしよう」とお題目を掲げる『伝統派』のテレンスに連なる人員を掌握しているのだ。

 『伝統派』の人間がコーデリアさんやエセルを傷つけるような真似をするはずがない……そんな先入観から事態の発覚が遅れることは容易に考えられるし、何らかの異常が起きているとわかったとしても大図書館がテレンスの手勢に固められているとなればそれを突破するための準備をしなければならない。


「大図書館での調べ物から帰ってこないと気がついて、テレンス達を怪しんだ上で連中を突破・捕縛するための根回しと人員を集めて行動に移る。今日明日に出来ることじゃないよな?」

「……早くても3、4日は必要となるでしょう」

「うーん。怪我のない私達はまだしも、飲まず食わずで来るかもわからない救援を何日も待ち続けるのはちょっと微妙ですね。いよいよ追い詰められて行動せざるを得なくなった時に体力が落ちているのも問題ですし」

「そもそも怪我人である母さんに籠城なんてさせたらどうなるかもわからないんだから、助けは来ないと見て脱出を目指すべきだと私は思うわ」

「というわけで長い目で見れば来るかもしれないが、現状からして『助けはこない』ものとして見て行動した方が良さそうってわけだな」


 一人前と言えるかどうかわからないが、少なくとも日常的に戦いの場に身を置いている俺たち冒険者学園生徒3人の言葉にコーデリアさんは納得したのか「なるほど」と言って頷いた。


 それが終われば今度はエセルが怒気を孕んだ声で疑問を投げかけてきた。

 内容は当然、母を傷つけた「襲撃者」に関してだ。


「あのテレンスって爺が用意した護衛が襲いかかってきたんだから、アイツが敵ってことで良い……みたいな単純な話じゃないんでしょ?」

「だな。これ見てみろ」

「へ? ひゃあ!?」


 そう言ってエセルに投げ渡したのは俺が襲撃のさなか斬り落とした騎士の手首から先。

 後で思い当たる敵について説明するために必要になると思い回収していたのだ。


 とはいえ急に手首を投げ渡されれば誰しもが驚くもので、エセルも受け取った瞬間は声を上げてそれを取り落しかけた。

 しかし苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら手にした手首を観察したところでその表情は怪訝なものへと変わっていく。

 その視線は手首を斬り落とした際に作られたのっぺりとした、まるで切り分けたハムのような断面へと注がれていた。


「なに、この断面。骨も血管も無いじゃない」

「杖で殴りつけた時に違和感がありましたけれど、これが原因ですか。桜井さん、これどういう……?」

「――そんな、馬鹿な」

「母さん?」


 その断面の理由について説明しようとしたところで意外にもコーデリアさんが反応した。

 愕然とした様子の聖女様は恐る恐る手を伸ばしてその手首の断面にそっと触れる。そして額にシワを寄せ、震える声で呟いた。


「これは……人形です」

「人形、ですか?」

「詳しい理屈までは知りませんが『人形使役』の技を持つ者たちが生物を素材として自らが操る人形を作った際、その内部はこのように肉が詰まったようなものになるのです。ぬいぐるみに入れる綿のような役割をしているだとか」

「母さんってそんな連中と知り合いなの……?」

「王都に住む宮廷道化師が継承している技術の1つです。本来は無機物の人形を使う技術であり、生物を利用するなど倫理的にもコスト的にも問題があると仰ってました。それに内部をひき肉状態にしてしまう関係上、体躯バランスや質感が損なわれてしまう上に動かした時に様々な『穴』から内部の肉が漏れ出ることがあったためすぐに利用できなくなってしまうと」

「あぁ、宮廷道化師の連中ね。なら納得だわ」


 何故コーデリアさんが人形であることに気がついたのかと思えばその知識の出どころが宮廷道化師であるとわかり俺は納得した。


 宮廷道化師とは「何らかの理由で廃れていった技術を継承し、それを利用した様々な芸を披露する」存在である。

 表向きはエンターテイナーとして催し物に駆り出される人々だが、裏では国家運営や大きな組織の運営に関わる重要人物に対してその知識を使って助力やアドバイス、時には警告を与える役割を担っている。


 伝わるかどうか微妙なところだが、映画とかに出てくる『最新技術の結晶が駄目になった時、「博物館にあるアレを使えば代用できるぞ」と提案してくる人物』だとか『ジェット機は動かせないけどプロペラ機は動かせる老齢の戦闘機乗り』だとか『問題の原因が失われたはずの技術であり、それに気がつく元職員』みたいな……まぁそんなことができる連中である。


 ゲーム時代には彼らと交流することでのみ得ることが出来るスキルが幾つかあり、『人形使役』のスキルもその中の1つだった。

 彼らはゲーム内で「僕らの持つ技術を悪用した時に何が起きるのか。それを伝えるのも仕事の内さ」と言っていたので宗教組織の聖女であるコーデリアさんもそのような形で話を聞き知識を得たのかもしれない。


「知ってるなら話が早い。この通り襲いかかってきた騎士は人形に作り変えられてる。他の連中も全員そうだと考えて良いだろうよ」

「つまりどっかのクソッタレ人形使いが犯人ってこと?」

「お待ち下さい。人形使いはその動き全てを自らが管理して事細かに動かさなければなりません。ましてや生き物となるとより自然に振る舞うための難易度が上がりますし、そもそも中身がこのような状態なのですから声を発するなど」

「だが事実として俺たちの護衛についていた騎士は人形化されていて、しっかり応対してただろ?」

「私の瞳はその人の心が発する『熱意』を見ることができますが、少なくとも護衛の二人と襲撃を仕掛けてきた後続の弓兵の方々からは『熱意』を見ることができませんでした。不思議に思っていましたけれど、自我を持たない操り人形だったとすれば私としては納得ですね」

「それは……ですが、騎士全員がなど。もしもそうであればあの襲撃のさなか人形使いは1人で10人以上もの動きを操っていたことになります。そんなことが1人の人物にできるなど」


 まぁ俺の知識やアイリスの魔眼など特殊な情報源を持たなければコーデリアさんの言うことも理解できる。


 設定において『人形使役』のスキルを持つ人物は『人形使い』と呼ばれ、彼らは自らの人形を操る際にその一挙一動を考え・決定して動かしているとされている。

 そしてその動かし方というのは外から糸で操るようなものではなく意識を一部憑依させて内側から操るような感覚らしく、生物を素材にした場合に中身をひき肉状態にするのも『筋肉や内蔵、骨格等が残っていると術者はそれらの動きも想定して動作を決定しなければならないため負担が増える』からだとか。


 早い話、中身がそのままの状態だと術者が下手な動かし方をするとその負荷で骨が折れたり、全身の筋肉の動きを個別に決めなければ内臓を支えられずそれら諸々が下腹部にずり落ちたり、突然糞尿が流れ出たりと酷いことになるらしい。

 しかも中身をひき肉状態にしたらしたらで人間らしい活動をするための、例えば『会話すること』などが不可能になる。声を発するための生体部分が軒並み無くなっているのだから当然の話である。


 人間を素材として成り代わりなどをしようとしても『違和感を感じさせない自然な振る舞いをする』『会話能力の問題(そしてその応答)』『戦闘を行うのであれば、術者がその動きに精通していなければならない』等など幾つものハードルが存在しており、それらを超えることは並大抵のことではない。


 故にたった1人を動かすだけでも相当な練度と技術的問題を乗り越えねばならないというのに、それを10人単位で同時運用するなど1人の人物に出来る所業ではない。

 だからこそ騎士全員が人形化されているなど、ましてやそれが1人の術者に操られているなど考えられない。

 そうコーデリアさんが考えるのも無理はない、無理はないのだが……『ヨゼフ・アサナガ』はそれを行うことができる極まった人形使役の達人なのだ。


「(それにコーデリアさんに襲いかかってきたあの鎖、明らかに魔法で作ったか操られてただろ。あれは明らかに人形使いとは別の相手によるものだし、人形使いとのタッグで鎖を魔法で操ってくる相手と言われるとそれはもう『朝永 彩子』以外に存在しないんだよな)」


 俺はそれを何とかしてコーデリアさんに説明して納得した上で話しを誘導していかねばならないのだが……。


「あー、えっと……そのー…………」


 ……何か……コーデリアさんに説明するの、面倒くさくなってきちゃったな……。


 俺には原作知識があるから相手のことをほぼ断定できるのだが、コーデリアさんは朝永親子のことを何も知らない。

 その知識の差があるのでこうして1つ1つ説明する必要が出てしまうわけで、理解と納得を得るためには言葉を尽くさねばならないわけで。

 言葉を尽くしたところで何某かの経験値が入ってくるわけでもなく。素振りしながらの説明だと説得力を減らしてしまうためそれをやるわけにもいかず。



 …………。



「それが出来るやつが敵に回ってます!! 以上ッ!!」

「桜井さん説明に飽きましたね?」

「嘘でしょ? こんな状況で説明に飽きるなんてあるの?」


 なけなしのやる気が絞りに絞られもう一滴も残ってないんだからしょうがないじゃないか。

 大体、人類に脳内知識と思考プロセスをお互いに送受信して共有する機能が備わっていればPDF形式だろうがなんだろうがそれで共有してやったっていうのに、経験値にもならない言葉を介するやり取りでしかそれを行えないのが悪いんだ。脳みそに5GHz帯域の電波を送受信する臓器を付け足してくれ。


「相手はめっちゃ凄い人形使いと鎖を使う魔法使い! 多分テレンスと部下たちは十中八九全員人形に変えられてる! とりあえずここから脱出するために頑張って、脱出した後は信頼できる人のところへ行く! もうそれでいいじゃん!!」

「突然拗ねないでよトール。見苦しい」

「あの、桜井様。何かお気に触ることを言ってしまったのであれば申し訳ありません」

「謝らなくて大丈夫ですよコーデリアさん。桜井さん側が勝手に限界を迎えただけですから」


 現状、「助けは期待しないほうが良い」から俺たちが取るべき行動はここからの脱出一択。

 「襲撃者」は人形使いとその協力者であり、テレンス達はもう死んでるなり裏切ってるなりで敵と判断したほうがいい。

 「脱出方法」については算段も付いてるし「脱出した後」はコーデリアさん達は信頼できる連中のところに行ってもらって、俺はヨゼフの目的を判断した上で交渉を持ちかけて情報を抜くために行動する。


 どうせアイツのことだ、きっと娘である彩子に頼まれて自分を排除するための下準備だと知らぬまま協力してるに違いない!

 こっちがコーデリアさんを狙った理由さえわかればそれをダシにしてヨゼフと取引しつつ彩子に協力を持ちかけて土壇場で裏切って約束踏み倒しつつヨゼフを排除できるようになるかもしれないんだ!


「できればコーデリアさんの身柄を交渉カードとして使いたいけれども!」

「あんた今、なんて言った?」


 その全てが上手く行けばコーデリアさんを狙う脅威を排除できるし、それはエセルも望むところだろうし、この襲撃事件を終わらせることにも繋がるし、何よりダンジョン封鎖を解決する糸口に繋がるかもしれない!

 そうなればみんなが幸せになれるWin-Win状態になるんだ! 不幸になるのはヨゼフたった1人の予定なのだから、迷う必要なんて何もないんだ!


 俺はみんなの為に全力を尽くすと約束する! だから――!



「――だから全員、黙って俺に利用されてくれッッ!!」



 何もかもが面倒臭くなった俺の魂の叫びが禁書区画に響き渡った。

 アイリスが落胆のため息を吐き、エセルはこめかみに青筋を立て、コーデリアさんはまるで珍獣を見たかのような対処に困った困惑の表情を浮かべる。

 そして言うだけ言うってスッキリしたことで落ち着きを取り戻した俺は周囲の反応を、特に「母親を利用する」宣言のせいでガチギレ一歩手前のようなエセルを見て「ふっ」と小さく微笑んで。


「ここから出る方法が1つしか思いつかないし、出たにしても襲われた理由を特定しないと後の対処が何もできないので、とりあえずお話だけでも聞いていただけないでしょうか!」

「平手打ち一発で聞いてやるわ」

「よっしゃ来へぶっ!?」


 平手打ちと書いて掌底と読むとは思わなんだ。


「ふんっ! 次はこの程度じゃ済まさないから発言には気をつけなさいよトール」


 実はそんなに痛くないのだがやや大げさに床を転がったことでエセルは自分が思っている以上に良い掌底が入ったと見てその溜飲を下げていた。

 アイリスはそのことに気がついているのだが黙ってくれているあたり話を進めることを優先して目を瞑ってくれているようだ。


「いててー。……ふぅ、んじゃ俺がやろうとしてることを話す前に2つほど確認したいことがあるんだけれど」

「何よ」

「ここの結界って入り口だけに貼られてるタイプか? それとも部屋全体を覆っている感じか?」

「外側から覆うような形で貼られていますので後者になります。天井や地下を通じてここに入られると問題ですので」

「なるほど。じゃあ次に結界の強度について聞きたいんだけれど、この結界っておじさん……俺の師匠である剣聖であればなんとかできるの?」


 俺はこの中に逃げ込む際にエセルが口にしていた言葉を思い出しながらそう問いかけた。

 彼女はその質問に怪訝そうな顔をして「それはものの例えっていうか、噂話っていうか」と口籠りつつ母親へと目を向けると、コーデリアさんがエセルに代わって答えを返す。


「あまり表沙汰にしていないものですが……。20年ほど前、剣聖と呼ばれ始めたかの御仁に当時の管理者が『結界の強度確認』という体でここの結界が破ることができるかどうかを試す依頼を出したことがありました。『剣聖であっても破れない結界である』という箔を付けようとしたそうなのですが、結果は酷くあっさりと片手剣で斬り裂かれてしまったことが」

「片手剣で斬り裂いた、そこに間違いは無いか?」

「え? え、えぇ。それがどうかされましたか?」


 どうもこうも、お陰様で脱出する上での第一関門は突破できそうだということが判明したのだ。

 そこが詰まってしまっていたら本格的に正面突破を考えなければならなかっただけに、過去の面倒に巻き込まれたおじさんには感謝の念が捧げざるを得ない。

 ありがとうおじさん、過去にこの結界ぶった斬ってくれていて。


「よし、なんとかなりそうだ。じゃあ1時間後に動き出すから準備よろしく」

「準備って、私達は何をすればいいんですか?」


 まぁぶっちゃけ基本は俺が全部用意して脱出経路を切り開いていくので、コーデリアさんを動かせるようにだけしておいて貰えればアイリスやエセルに用意してもらうものは何もない。

 だがそれでも、強いて準備して欲しいものがあるとすればただ1つ。



「全部終わるまで怒らない準備をしておいてくれ!」



 俺はニコリと微笑みながらそう告げると、アイリスは仕方がないと言わんばかりに諦めのため息を大げさに吐いたのであった。

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