129 ヨゼフ・アサナガ
隠し扉については元よりその存在を伝えるつもりだったというわけで軽い注意だけで許された。
この柔軟さと優しさが聖女の聖女たる所以だとしたら、こんな人に不倫騒動の解決を押し付けた例の神官は改めてぶん殴らねばならぬと決意し直した。俺は俺に優しくて文句を言わず利益をもたらす人物の味方である。
「学園ダンジョンについて、ですか。この禁書区画にあるものであればその本以外ですと確かダンジョン内部の改造工事に関する資料があったはずです。一部の階層を改造し人工的な安全地帯にするために多くの人々が出入りしていましたから、もしかしたら作業用通路のような……外部から通常の探索を必要せず目的の階層に至る道が書かれているかもしれません」
「どストレートなのあるじゃん」
そんでもって目覚めた聖女コーデリアさんに相談してみたところ、やたらとピンポイントな資料の存在を教えてくれた。
言われてみれば第30層に手を加えるために態々
故にショートカットできるための通路を作っていてもおかしくはないし、非常時用の退路があっても変ではないだろう。
というか、俺が普段使っている抜け道ってそれらの一部だったりするんじゃないか?
ゲーム内では単純に抜け道・隠し通路としか紹介されていなかったので「そういうもの」として話を終わらせていたが、話を聞けば聞くほどそう思えてくる。まさかこんなところでその起源に触れることになるとは思わなかったな。
となれば資料の中には俺の知らない抜け道が書かれているかもしれない。これは俄然興味が湧いてきた。
目覚めたばかりで立ち上がることができないコーデリアさんの指示を受けつつ本棚から目的のものを探し出す。
工事に関する資料が何故禁書区画にあるのかというと、それは至極単純に読めばダンジョンが魔物の一種であることがわかってしまうからだそうだ。
冒険者学園の歴史は長く、その設立は300年ほど前まで遡る。
もちろんその間にも旧校舎群の解体やら不祥事による抜本的改革やらと色々あったので設立当初と今の学園はほぼ別物ではあるのだが、それでもその300年間を通して変わらずに利用され続けているのが学園ダンジョンである。
なので学園ダンジョンを稼働させるための改造工事、冒険者学園設立よりも更に前の年代に行われたそれが記された資料というのも相応に古いものだ。
「……マジかぁ」
見つけ出した資料の中には学園ダンジョン全体の構造が記されている図面のようなものがあり、それにはところどころに俺が普段使っている抜け道と一致する通路が描かれている。
これは俺の期待に応えるものがあるかもしれないと思った矢先、その期待は悲しいことに「図面の一部分を隠す大きな黒塗り」によって打ち砕かれてしまった。
記されている抜け道には番号が振られており、添付されている別書類には「この番号の道を利用して第n層の作業にあたる人員は誰々である」といった名簿が存在する。
そこに記されている番号の一部が図面の見えてる範囲に見当たらないため、それらの番号が割り振られた通路はきっと黒塗りの下にある。
そしてその通路は位置関係的に俺の知らない未知の通路であり、となればそれはゲーム時代に存在しなかったものだと考えられる。
俺が確認できる全ての通路が塞がっている以上、この未知の通路も通れなくなっている可能性は有るが今の状況では“もしかしたら”と一縷の望みを抱かずにはいられない。
『冥府』の塔にもあったダンジョンの心臓部、裏階層に存在する中枢部分の場所やそのルートは明らかにされているあたり黒塗りされた部分はダンジョンにとって重用な部分では無いと思われる。
何故そんな部分が黒塗りにされているのかはわからないのだが、そこに秘されているであろう通路を利用した人員の中に嫌な名前を見つけてしまった。
「8番通路利用者、『ヨゼフ・アサナガ及び作業用人形群』ねぇ」
その人物は恐らく今回の聖女襲撃の首謀者と思われる最高峰の
年齢が約350歳というラスボスに次ぐ長齢の人物であり『魔技』と呼ばれる他作品における禁術に相当するものを開発し、それによって自分が作った人形に自身の『魂』を転写することを繰り返し続け、事実上寿命という概念から解き放たれた男。
そしてなにより、そのあまりにも酷い設定から「攻撃コマンドが汚れる」とまで言われた”キモい男“である。
というのもこの男、兎にも角にも酷いエピソードが多いのだがその筆頭が自身の娘である朝永 彩子を作り上げるに至るまでの話が特に酷い。
例えばヨゼフと彩子の関係性を示す設定の中に『彩子はヨゼフが作り出した一個人としての人格を有した最高傑作であり、彼女を娘として溺愛している』というどこかで聞いたことのあるような一文が存在するのだが、それにまつわるエピソードを箇条書きで抜き出すと――
・彩子は『もしも自分が初恋の人物と結婚して子供を作ったならばどのような子供になるか』という妄想の上で作られた存在である。
・その初恋の人物はヨゼフと同じ村で生まれ育ち、彼が幼少期に行った人形劇を褒めたことがあるだけでそれ以降は一言も話したことがなく、ヨゼフは以降ずっと遠くから眺め続けていただけである。
・初恋相手が結婚して王都に引っ越すことになった途端にヨゼフも王都へ向かい、初恋相手の家が常に見える場所に住み始める。
・実害は無いし相手にもそれを悟らせないストーカー行為を繰り返し、初恋相手が病に倒れながらも成人した子どもたちに囲まれ幸せそうに死去したのを見届けると、埋葬された共同墓地にてその墓場を人知れず暴きたて”左手薬指”を奪い去る。なお隠蔽工作もしっかりしたので墓荒らしの事実は一切発覚していない。
・『魔技』によって人形に移動した後、元々の肉体は初恋相手が眠る墓場の真隣に埋葬する。奪った初恋相手の左手薬指も一緒にそこに埋葬してある。
――という、思わず「うわぁ」と呟いてしまう内容で構成されている。初手からパンチが効きすぎてるんだよ。
他にも色々と気持ちの悪いエピソードやら言動やらあるのだが紹介するのも面倒なので割愛。
とりあえずこんな男に囚われている朝永 彩子には流石の俺も同情するとだけ言っておく。
なおこいつが『黒曜の剣』に加入した理由は『パラサイトゴースト』なる魔物を使った魔人となることで肉体を捨てて彩子の側に居続けるため。
作中ではその魔人としての力で彩子の魂に寄生して必要時以外は彼女を溺愛して愛で続けているのだが、作中の行動を見るに彼女の記憶と人格のバックアップを取っているからか「自分がいれば朝永 彩子は替えが効く、もしもの時は作り直せば良い存在」と思っている節が見て取れる。
一応、余程追い込まれでもしない限りは彩子を捨てることはしないのだが、逆に言えば状況次第で「切り捨てる」という選択肢を取ることができる人物であり、そんなんだから「暴のバビと技のヨゼフ、最悪父親コンビ」だの「血が繋がってない分バビ以下」だの言われているキャラクターなのである。
ともあれ何でこいつが学園ダンジョンの改造事業に関わってるかなんてのはこの際「そういう歴史がこの世界にはあった」ということで構わないのだが、問題はこいつが握っているであろう黒塗り地点の情報を聞き出すことができるかどうかという点。
襲撃をかけてきている犯人がこいつであるという前提で考えると、「人形使いであるヨゼフとそもそも接触できるのか?」とか「接触したところで会話と取引の場に引きずり込めるか?」等の問題が立ち塞がってくる。
「んー。まぁ、ここで考え込んでても仕方がないし。とりあえず脱出するかな」
「……脱出? トール、あんた何か考えでもあるの?」
困った時にはいつも通り先延ばし&場当たり的に考えていこうと棚上げして独り言を呟いた時、口にした「脱出」というワードをその長い耳で聞き取ったエセルが俺に問いかけてきた。
ここでの調べ物も一段落したことだし、俺が考えている脱出方法が可能かどうかを確認したり脱出後の方針を決めるためにも一度話し合っておいたほうが良いかもしれない。
「あったり無かったり。そこも踏まえて一旦状況の整理と俺の考えを共有しておくか」
「さ、桜井さんが真っ当なコミュニケーションを取ろうとしているなんて……! ぐすっ、成長したんですね……!」
「現状確認と情報共有を提案しただけで何で感動されてんのよ???」
「だって、桜井さんの日頃の振る舞いが……」
「あぁ……なんか納得。苦労してるのねアイリス」
俺がまるで超問題児であるかのような共通認識が二人の間に存在するようだが、今はあえて無視してやろう。
だが1つ言わせてもらうのであれば、俺はレベルを上げることを人生における目的及び手段としているだけのごくごく普通の
ちょっとレベリングを遂行する上で不要な倫理観や羞恥心等々を投げ捨てているだけであって、やや未熟な対人能力とレベリング以外の物事に対する優先順位を下げきっているせいで周りからおかしな目で見られることが多々あるだけである。
「よって、根は善良で常識もあって約束も守る真っ当な人間であることを忘れないでもらいたい!」
「桜井さん。その説明だとわかった上で全てを蹴り飛ばしながら自分の目的を優先してる問題児の自己紹介でしかありません」
「え……?」
「トール。そこで疑問符が浮かぶあたり擁護しきれないほどの狂人だから諦めなさい」
「その、剣聖様は自らの武を通じて桜井様が人の世を生きる術を教授した……のでしょうか……?」
言うておじさん享楽主義なところあるから、そんな殊勝な考えは無いと思う。
何だかコーデリアさんにまで変な認識をされつつあるような気はするが……ここはあえて俺が言葉を飲み込んで話を進めることにするのであった。
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