119 七篠の次善


「なんで王族が弁護に出てくんだよ」


 学園ダンジョン、裏階層の更に最奥。

 本来人が立ち入ることが想定されていないその場所、石造りの薄暗い室内で七篠はことの顛末が記された報告書を投げ捨てながら呟いた

 宿での戦いの後、嫌がらせ程度の感覚で片手間に指示を出したとは言え、敵対転生者を暫く拘束しようという目論見は潰えてしまった。

 やり場のない鬱憤を忘れようとするように頭を片手でガシガシと掻き、自分を落ち着かせるように一度深呼吸をする。


「ピグマリオン、そっちはどうだ」

「んん~! 言われた通り前倒し前倒しで進めてますよぉ。最初はどうかと思いましたが~、結果を見れば七篠さんの言う通りにして正解でしたねぇ」

「だろ?」


 『黒曜の剣』のボスが始末されたことについては七篠にとっても予想外であったが、裁判の結果と違いこちらは幸運に類するものだと彼は考えていた。


 離反した七篠一派の……というよりは七篠 克己の野望は『黒曜の剣』を率いる男のそれと相容れないものだ。

 国をそのままの形で裏から乗っ取ろうとするボスに対して七篠の計画は国を間違いなく敵に回すものだ、だからこそ最期の局面で『黒曜の剣』が長年培ってきたコネクションを利用して敵となった国側に一時的にでも協力されたりなどしたら計画の成果が予定よりも下回るものになってしまうかもしれない懸念があった。


「(そういう意味では裁判で失敗したのも有りっちゃ有りか)」


 桜井に罪をかぶせるために利用したのは『黒曜の剣』のコネクションだ。

 それがバレたところで七篠一派自体には大きな影響はない。


 それに『黒曜の剣』のボスが葬られたならば、そこから得られる情報や裁判の一件を通じて次は国の中枢に深く根付いている組織の人員を排除することに目を向け人員を割かねばならなくなるのが道理というもの。


 そうなれば必然的に七篠一派に向けられるリソースも少なくなっていくし、『黒曜の剣』の残党が保身のために国と争ってくれれば結果として優先度が下がる自分たちが取れる選択肢が多くなることに繋がるだろう。


「後は朝永が上手いこと混乱を引き起こしてくれれば万々歳なんだがなー」


 計画の最終段階はもう目前だ。

 七篠はすでに次に打つべき一手として朝永による時間稼ぎを選択しており、それは完璧でなくとも次善の判断になっただろうと内心で自画自賛した。


「んん~? そういえば、朝永さんは今どこにいらっしゃるので?」

「エルフ領。ダンジョンに関する情報燃やしてこいって指示してる」

「んん~、ここ最近外部での活動は朝永さんに頼り切り。適材適所とはいいますが、どこかで一息いれさせてあげたいものですね~」


 ピグマリオンがここに居ない朝永を想って申し訳無さそうに眉を下げた。

 対して七篠は彼に向けて一瞬だけ下らないと言わんばかりの冷たい視線を向けた。


 朝永 彩子はその特性上、うなじから生えている骸骨さえ無事であればその身体を再生することが出来る。

 それを利用して骸骨を調教した鳥に移し替え、夜間に飛ぶことで人の目や関所を飛び越えその先の拠点で身体を再生して活動する役割を与えられており、その手法を使用して外部との往来を繰り返していた。


 移動の先で新たな身体を作成するには移動前の場所に残された肉体が消失していなければならない。

 故に朝永はダンジョンと外を行き来するたびに自らの身体を破壊する必要がある。

 しかし彼女はその行為に対する躊躇はないし、それによって精神に異常をきたすことはない。

 それが諦めからくるものなのか、それとも目的を達成するまでの我慢からくるものなのかは七篠にはわからないが、ただ一つ確かなことは七篠にとって朝永はピグマリオンのようなビジネスパートナーではなく、最後の瞬間まで利用できる便利な駒でしかないということだ。


「(朝永にはエルフ領にある『大罪聖杖パニッシャー』の存在を伝えてある。アイツならそりゃもう必死に動いてくれるだろうよ)」


 エルフ領の大聖堂には隠し武器である『大罪聖杖』がある。

 それは武器としてみれば大した性能を持たないアイテムであるが朝永にとっては悲願を叶えるために必要不可欠な武器だ。


 七篠は情報抹消の指示に合わせてその存在や取得方法を彼女に伝えていた。

 協力を得る見返りとして、彼女の目的に必要な情報を提供することを派閥に引き入れる時に約束していたからだ。

 それをこのタイミングで伝えたのは自らの計画が最終段階に入ったから。この段階で情報を伝えることは以前から考えていた。


「(指示通りダンジョンに関する情報を消してくれれば良し。それを無視したとしても朝永が『大罪聖杖』を手に入れようとすれば必然的に大図書館が利用できなくなる。どう転んでも役割は達成できるだろうよ)」


 彼女の目的とその執念からして中途半端なタイミングで伝えればこちらの考えを無視して行動し始める可能性がある。

 それが想定できているから無視されようとも問題のない、そして結局は自分の利に繋がると思える場面で彼女に情報を渡したのだ。


 仕事をこなそうが、無視されようが構わない。

 朝永は手に入れた情報をもとに必ずエルフ領で騒動を起こすという確信がある。


 騒動が起きれば混乱と対応でエルフ達の動きが鈍る。

 七篠としては自身の計画が結実した時、神官として傷を癒やす技術を身につけてる者が多いエルフ達の参戦が少しでも遅れてくれればそれで良いと考えていた。

 なのでエルフ領で行動を起こすであろう朝永が最終的にどうなろうとも構わなかった。そもそも彼は朝永というキャラクターは好きではなかった。


 故に彼は朝永のことを「終わったこと」として区分し、その酷く冷めた頭の中で彼女に割いていた思考を打ち切り自らが楽しめる作業へと移行することにした。


「さてと、最後の一仕事といきますかね」


 愛剣を手に取り立ち上がった、その視線の先に意識を向ける。

 そこにある石造りの室内の中央にはボンヤリと薄く輝く巨大なクリスタルが浮かんでいた。


 七篠が手を触れるとクリスタルとの接触面で青い火花がバチバチと音を立てる。

 明確な拒絶を示すそれは初めて触れた頃に比べて余りにも弱々しくなっており、強大な存在を支配下に置きつつあるという優越感から七篠は満足するようにニヤリと笑って自らの魔力を開放しつつ両手剣を構える。


「――『世界介入システムコマンド事象改竄チートコード』。今日も死なない程度にいじめてやるよ」


 転生者故の逸脱した魔法の力によってあり得ざる現象と技能をその身に宿した七篠が嗜虐的な笑みを浮かべてわざとらしい緩慢な動きで刃を振るい始める。

 クリスタルを壊さぬように、それでいて癒えぬ傷をつけるように。


 七篠はまるで痛みを訴えるかのようにクリスタルから放たれ爆ぜる火花を嘲笑しながら、自らの刃でその表層を力任せにゴリゴリと削り取っていくのであった。

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