120 ウマの名は

 旅の準備をして、その翌日にエルフ領へと出発する旨を伝える連絡を送る。

 相手方の出迎え準備も踏まえて連絡を送ってから一週間以上の日を空けてから出発するのが一般的らしいのだが、今回は内容が内容のため連絡を送った次の日には目的地であるエセルの生まれ故郷へと出発する。


 ちなみに領の名前は本当にそのまま「エルフ領」だ。

 他の場所であれば「エルフ」の部分にその土地の管理を王家から任命された貴族の名前などが入るのだが、エルフ領の管理者は諸事情あって王家の一存では決められないことや国内のエルフの大多数が住んでいることから単純にエルフ領と命名されている。


「はー、まさか家から飛び出してきたのにこんなにも早く実家に戻ることになるなんて。しかもトールを連れて行く羽目になるなんて」

「お前が言い出した条件だろ、自業自得ってやつだな。諦めろ」

「それはそうなんだけどさぁ。はーもーやだなぁ……トール、あっちじゃなるべく大人しくしてちょうだいね?」

「エセルさん、桜井さんに大人しくしてろというのは魚に泳ぐなと言うようなものです。無理に締め付けるよりもある程度好きに泳げる水槽の中に入れておいて、一歩引いたところで管理するのが賢明ですよ」

「で、アンタも檜垣もそれで何とかなってんの?」

「捕まえるのは上手くなりました」

「水槽から逃げ出してるじゃないの」


 幌馬車の車輪が回ってガラゴロと、音を響かせながら道を行く。骨組みと防水性の高い布で作った屋根が取り付けられた荷台にはアイリスとエセルが荷物と一緒に乗り込んでいる。

 俺は本来であれば手綱を握って座るための御者台に立ち、揺れる足場の上で魔物を斬り殺せないストレスをぶつけるように素振りに励んでいた。


「フスン、フスン」


 快晴の空模様、その下で馬車を引く俺のウマは上機嫌に鼻を鳴らして元気に歩みを進めている。

 街と街を繋ぐ道は往来がしやすいように整備されており、時折見える案内板には「次の街までこれくらい、現在の領を出るまでどのくらい、この道の終わりは○○領」などの情報が書かれている。前世でも国道などでチョイチョイ見かけるソレと同じだ。


「そう言えば気になってたんだけど、その馬ってトールの所有物なのよね?」

「正確には俺と檜垣とアイリスの共有財産みたいなもんだな」

「ウマさんは普通の馬に比べてかなり頭が良くて、調教いらずの良い子なんですよー」

「ふーん。なんて名前なのよそいつ」

「ウマだけど」

「名前つけてないの?」

「いや、だからウマだけど」

「……?」

「エセルさん、桜井さんが言った通り。このお馬さんの名前はそのまま”ウマ”なんです」


 アイリスの言葉にエセルは驚き、信じられないものを見るような眼を向けてくる。

 急にそんなリアクションをして一体何だというのだろうか? やっぱり面倒くさいからって適当に呼んでるのがお気に召さなかったのだろうか?


「信じらんない! 馬って冒険者にとって一財産なのよ!? もしも何かあった時に個体判別できる要素をおざなりにするなんて!」

「おっと変な方向性から叱りつけてきたなこいつ」

「何が変よ! アンタがやってることは自分の金貨を財布に入れずに指で弾きながら持ち歩いてるようなもんなのよ!? 奪われちゃったら大変なんだから! しっかり名付けてやりなさいよ!」

「桜井さん、エセルさんが言ってることはおいておくにしてもやっぱり馬の名前がウマだと不便です。これを機にしっかりとしたお名前つけてあげましょう?」

「ヒヒーン、ブフルッ!」


 俺たちの会話を聞いていたのかそれに賛同するようにウマが鳴き声を出した。

 そしてちゃんと名前をつけないと仕事をしないぞとばかりに歩みを遅くし始める。こいつ、サボタージュよろしく労働力を盾に要求してきやがったな?


「うーん……名前、名前なぁ」


 動物の類は前世含めて飼ったことがないのでどんな名前を付ければ良いのかがよくわからない。

 例えば馬の名前といえば真っ先に出てくるのは競走馬とかだろうけれど、その手の知識は欠片も持ち合わせていない上にそういった名前をつけるのは何だか違う気がする。

 そして考えれば考えるほどに面倒くさいという想いが募るものでアイリスやエセルに助けを求めるように視線を向けても、お前が名付けろとばかりに見守る視線が返ってくるだけ。

 いやアイリスさん? 元々ウマを買うにあたってお金出したの君じゃない? だったら名付ける権利は君にあると思うんだけど?


「そのお金を稼いできたのは桜井さんですし、ウマさんも桜井さんに名付けてもらいたそうにしてますよ?」

「ヒヒーン!」

「うおっ!? お前急に立ち上がるなよ!?」


 アイリスの言葉にそうだそうだと言わんばかりに突然立ち上がるウマ。

 基本的な世話をしているのはアイリスと檜垣なのに、一番俺に懐いているのはどういうことなのだろうか。ウマの考えってのはようわからん。


「それじゃあ……あー……フロン、とか?」

「フロン、フロンね。良いんじゃない?」

「ヒヒーン! ヒッヒーン!」

「フロンさんも喜んでますね! 良かったです!」


 適当に口にした名前ではあるが一発で気に入ってもらえたようで何よりだ。名前の由来がとりあえず頭に浮かんだ「フロンガス」という単語から来ていることは黙っておくとしよう。

 なんでそんなものが浮かんだのかと言われてもわからないし、聞かれたところでフロンガスの説明をするのも面倒だ。


「フスンフスン!」


 ちゃんとした命名を受けたことで更に上機嫌になったフロンが景気良く歩みを進めていく。エルフ領への道のりはまだまだ長い。

 俺は次の街で休憩を入れなければなと思いつつ、荷台にいる二人の雑談に時折相槌を打ちながら御者台での素振りに励む。


 冒険者学園を出発して一日半、道中街に泊まりつつ辿り着いたのはエセルの生まれ故郷。

 そしてエルフ領の中で一番栄えている都市に聳え立つ白亜の大聖堂がエセルの母親”現聖女コーデリア・タイナー”の住まう場所であり、俺達の目的地であった。

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