113 呆然

「じゃあ『ウッドテイカー』の本体は鳥の方なのか?」

「だな。あのバカでかい人面樹の姿に騙されそうになるけど、実際にはあの頭の茂みの中から顔を出してる鳥の方が本体。そいつがくっそ長い尻尾を木々の中に張り巡らせて人面樹を操ってる。だから人面樹自体をどうにかするよりも茂みの中にいる鳥を始末しちまう方が手っ取り早い」

「ヒヒーン?」

「何言ってるかわかんねぇ、前見て歩けウマ」

「ヒヒーン」


 夕暮れ時、アイテムも集め終わり学園へと戻る道中。

 ウマの背に二人乗りしながら『マティエール森林窟』のボスである人面樹型の魔物『ウッドテイカー』についての知識を檜垣に教授していた。


 片手で手綱を握り、もう片手は鞘をつけたままの剣を振る。

 素振りをする度に体勢が崩れそうになるのを腰から下の力を使ってバランスを取り続ける。

 取得できる経験値は馬術がそこそこ、剣術が微増程度のもの。


 これが仮に俺のみの一人乗りだったのであればウマの背に立ち乗りしながら素振りをすることでもう少し経験値効率は高くできたのだが、二人乗りしている檜垣が腰に捕まっている関係上それはできない。

 振りほどこうにも学外ダンジョンに同行を願ったは俺の方なので無下に扱うこともできないため、俺はこのスタイルで大人しく帰路についた次第である。


 しかしそこそこ近めの学外ダンジョンへの往復で掛かった移動時間が12時間か。宿泊したことも考えると小旅行みたいなもんだなこれ。

 他の学外ダンジョンについても移動時間のことを考慮するならば余程のことがない限り向かう理由は無いな……その時間を学園ダンジョンに当てたほうが経験値を稼げそうだ。


「ヒッ! ヒヒーン! ヒーン!」

「おん? なんだアレ」

「どうした桜井」


 学園に到着したのでとりあえず荷物を下ろしに一度アイリスの家に向かおうとしていた時、突然ウマが鳴き声を上げた。

 「あそこを見ろ」と言わんばかりに首を振るので視線を向けるとそこには掲示板の前に学園の生徒たちが大挙して押し寄せている様子が見えた。

 俺の後ろに乗っていた檜垣も身体を傾けその光景を見ると、彼女は視線で「また何かしたか?」と語りかけてくるのでまるで覚えのない俺としては無言でそれを否定する。


「あ、エセルにアイリスいるじゃん。おーい」

「ん? トールじゃない」

「桜井さん! 桜井さーん! 大変、大変ですよー!」


 騒動の原因を確かめるために近づいたところ、その中にエセルとアイリスを見つけたので声をかける。

 ウマから降りた俺を見るなり飛びついてくるアイリスを受け流し檜垣に押し付けると、何故か後ろでアイリスが「何でですかー!」と抗議の声を上げるが今は無視する。

 なんでも何も今ここには不特定多数の学園生が集まっており誰が何を見てるかもわからない状況だ。そんな中で人目を引くほどの美人でスタイルも良く露出度高めなアイリスが俺のようなモブキャラにそんなことをしたら周りに変な勘違いをされるかもしれない。

 アヌビス神から預けられている手前、もしもそれが原因で厄介な男子生徒なりに絡まれでもしたら檜垣か俺がそいつらを病院か『冥府』に叩き込む必要性が出てくる。

 これでも表向きは清廉潔白を売りにしているのだ、『冥府』到達チャレンジを学園生相手にやりたくはない。


「それで、一体何事だよ」

「あー、それがねぇ。うーん、トールに言って良いもんかどうか……」


 問いかけに対して悩むエセルに小銭を投げる。

 だが彼女は小銭を受け取ってなお口ごもり、何処と無く俺を案じているかのような様子を見せる。


 しかしその態度がこの騒動の何かが俺に関わるものであるということを現している。

 であればなおさら聞き出さねばならないだろう。


「エセル」


 俺は優しく彼女の肩に左手を乗せ、右手でエセルの手をしっかりと握る。

 握った手の中には追加の金銭。握りしめた二人の繋がりを顔の前まで持ち上げると、俺は視線を合わせて力強く言葉を告げる。


「教えてくれ」

「毎度ありー!」

「この守銭奴がよォッ!!」


 叩き落とすように離した右手の中からこぼれ落ちたお金をエセルはニヘニヘと笑いながら拾って集め始め、俺はそれを冷たい視線で見続けていた。

 金髪碧眼の美しいエルフの少女にギャップ萌え属性をつけるにしても、何で守銭奴をチョイスしたのかと思わずには居られなかった。


「えへえへお金へへ」


 まぁこれでも……こんなんでも原作におけるヒロインの一人なのでいくら守銭奴であっても本当に不味いことには金品であろうと靡かない一線は持ち合わせている。

 なんのかんの根は善良なのだ。だからこそ俺のことを案じる様子を見せたのも彼女にとっては本心からくるものに違いない。

 それはそうと守銭奴だが。


「(でもまぁ、逆に言えば金で口を開くことができる程度のことだって証明にはなるか)」


 となればあまり深刻に考える必要は無さそうだな、と判断を下す。

 アイリスは「大変だ、大変だ」と大声を上げていたがきっとこれからエセルが語る内容を大袈裟に捉えすぎてただけだろう。


「で、結局何があったんだよ」

「え? あ、えーっと、そのー」


 何だその『やっちまった』みたいな顔は、今更まだ口を開かないなら渡した金没収するぞこの守銭奴エルフ。


「……うん、わかった。トール、落ち着いて聞いてね?」

「はよしろ」

「怒らないでね?」

「次、引き延ばそうとしたら金を返してもらうぞ」

「それはダメ! 言う、言うわよ!!」


 俺の脅しについに屈したエセルは自分を落ち着かせるように懐に金を仕舞い込み、その上から身体に押し付けるように手を当てて目をつむり深呼吸をする。

 そして意を決したかのように瞼を開き、下からズイっと顔を近づけて俺に言い放つ。




「学園ダンジョンの出入り口が封鎖されて、誰も出入りできなくなっちゃったのよ」




 ……。


 …………?


 え? は?




「それって……、大変じゃん」





 人間は受け入れ難い情報を耳にした時、その思考能力が完全に麻痺することがある。

 この日、『学園ダンジョンの完全封鎖』という最悪の知らせを聞いた俺もまたその例に漏れることなく。


 その突然の知らせを脳が受け入れることができないせいで、あまりにも、あんまりにも他人事な感想が俺の口からポツリと零れ落ちたのであった。

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