114 友と語らう

 翌日のことである。

 俺は学園ダンジョンの入り口、第一層の前に居た。


 その入り口にはあらゆる人物の侵入を拒むかのように下からせり上がってきたのであろう石壁が出入りを妨げている。

 石壁に触れた手のひらから伝わるものは硬く、冷たい、拒絶の意志だ。


「思えば、お前の中に初めて入り込んでから2年が経ったんだな。長いんだか、短いんだか」


 石壁に背を預け、俺はその場に座り込む。


 脳裏に浮かぶのは初めてレベルが上限に至ってしまった13歳の春。

 抜け道から学園ダンジョンに侵入した俺は『星の種』を求め、学園から盗み出した材料を使って爆発物を作り天井を破壊した。

 今でも上手いことできたなと思うそれに自画自賛から来る満足感を覚えつつも、俺はダンジョンのことを想い優しく語りかける。


「天井爆破したことは俺も悪いと少しばかり思ってるよ。俺も初めての侵入でさ、勝手がわからなかったんだ。でもその御蔭で俺は『星の種』を手に入れることができて、ダンジョンに侵入する方法も確立させることもできて……それがあったからこそ俺はダンジョンに通い続けることを決意できた。それがなければ俺たちの出会いがもっと遅くなってたかと思うと、雨降って地固まるって言うか、案外悪いことじゃなかったと思うんだ」


 返ってくる言葉がなくとも構わない。

 所詮これは俺の懐古から来るノスタルジーな想いを口にしているだけなのだから。

 だから返答がなくても構わない、ただ俺の想いを知ってほしいというエゴイズムだ。


「懐かしいなー、学園の購買部から物々交換で勝手に手に入れた魔物寄せの香水を使ってレベリングに励んでた日々。ゲームと違ってエンカウント率が下がってるような気がしたからそれを改善するために学園の錬金室に忍び込んでさ、アイテム作成のレシピ読み漁って香水の濃縮方法を見つけ出してさ」

「なあ、ダンジョンの入口に座ってるやつ。昨日も居なかったか?」

「ん……本当だ。檜垣さんに首根っこ掴まれて引きずられてた奴じゃん」

「そこからは家で試行錯誤して6倍まで濃縮することに成功してさ! まぁ……失敗作をゴミ捨て場にまとめて捨てたら甘ったるい臭いが周囲に広がったせいで異臭騒ぎになって騎士団までやってくる羽目になったけど」


 あの時、失敗作の『魔物寄せの香水』は分類としてはポーションと同類であり、地面に叩きつけて中身を撒き散らしても『アイテムを使用した』と判定されることに気がついたのは僥倖だった。

 なにせおかげで窓からゴミ捨て場に投げつけることで『ポーション術』のスキルを磨くことができたのだから。


 『ポーション術』はスキルレベルに応じてポーション系アイテムの効果量を上昇させるスキルなのだが、現実化に伴いスキルに変貌していた。

 これによりポーションを使用する際の速度が上昇し、戦いの中で自然にそして滑らかにポーションを摂取することができるようになった。

 今では地味ながらも俺の戦い方を支える縁の下の力持ちと言っても過言ではない。


 これがなければ『剣聖』たるおじさんとの実践斬り合い稽古なんて成立させられなかっただろう。

 そしてあの稽古がなければ対人戦闘の成長に問題が生まれ、俺はきっと今頃檜垣と相打ちになることもなく斬り捨てられていたはずだ。


 学園ダンジョンに通うことを決意しなければ『魔物寄せの香水』の濃縮方法を見つけることもできず、『ポーション術』の獲得も遅れていただろう。

 それを考えると俺の強さは学園ダンジョンによって経験値以外の面でも世話になったと言える。胸の奥底から感謝の念が湧き上がってくる。


「香水と言えばダンジョンの24層! 濃縮させた香水の効果でゲーム時代と打って変わって良い稼ぎスポットになってたよな! あそこは複数の小部屋が幾つもの通路で繋げられた迷路みたいな場所で原作だと目印もなにもないから一度迷うと抜けるのに時間がかかるから面倒な場所だったんだけど、マップを把握して全ての小部屋を一筆書きで周回できるとわかった時には思わず笑顔を浮かべちまったよ! 本来は自分に対して使う香水を各小部屋にばらまいて、濃縮された臭いが漂うことでそれを嗅ぎ取って集まった魔物を倒して回れば良いってことに気がつけたからさ!」

「アイツ、俺の記憶違いじゃなければ昨日も似たような独り言話してなかったか?」

「俺って記憶力めっちゃ良い方なんだけど、今あそこにいるやつが話してる内容昨日と一字一句変わってねぇぞ……」

「一字一句記憶してるお前も怖い……」


 おかげで経験値稼ぎも捗り、香水を作成するための『錬金術』スキルを鍛えることもできた。

 しかも24層の魔物が落とす素材はそのまま香水の作成に利用できるものが多かったので一時期はマイブームのように24層での狩りを続けていた。


「そう言えば檜垣が俺の存在に気がつくキッカケになったのがその24層での狩りだったらしいんだけど、たまに風紀委員に追われてた覚えがあるくらいで檜垣に出会ったり俺に繋がる痕跡を残したりした覚えが無いんだよな。なぁ、お前は何か思い当たることあるか?」

「壁に向かってまるで友人に問いかけるように話してるぞ。ヤバいわ、アレ」

「目が完全に死んでるんだよな。ちょっと風紀委員呼んだほうが良いんじゃ無いか?」


 微笑みと共に投げかけた言葉は石壁に染み込んでいくものの、ダンジョンからの反応は何もない。きっと学園ダンジョンはシャイなのだろう。

 俺としては俺とダンジョンの絆の深さを他者に見せつけることに何の羞恥心も無いが、ダンジョンはそうではないらしい。

 であればダンジョンの羞恥心を沸かせる要因を排除しておこう。そうすればもっと俺たちのコミュニケーションはスムーズになるはずだ。


「んだテメェら見世物じゃねぇぞ! キョェェェェ!! キョェェェェ!!」

「突然叫びだした!」

「こっちに来る! 逃げろ!」

「ふん、他愛ない」


 歩法によるスライド移動に合わせて猿叫と共に片手剣を振り回せば周囲に居たギャラリーが散り散りに逃げ去っていく。

 俺は周りに誰も居なくなったことを確認すると石壁の前に立ち、未だ俺を拒み続ける壁をペチペチと叩く。


「俺とお前の間には色々あったよな。風紀委員に追い回されたり、強いくせに経験値がゲロ不味い魔物の群生地に踏み込んじまったり、嫌な思い出もいっぱいあるけれど。その何倍もの楽しい思い出レベリングを積み重ねてくることができたって俺は思ってる」


 寝た子を起こすために、溢れんばかりの慈愛を込めてペチペチと叩き続ける。


「俺にはお前が……いや、俺だけじゃない。この学園にいる誰もがお前のことを必要としてる。何百人……未来も含めればそれこそ何千、何億もの人間にお前は必要とされてるんだ。これって滅茶苦茶スゲーことだと思わないか?」


 手を止め、額をコツンと壁に当てる。

 ひんやりとした冷たさが石壁から伝わってくる。それがどことなく心地よくて思わず笑みを浮かべてしまう。


「今、お前のために色んな人が奔走してるんだ。お前が何を思って口を閉ざしてるのかは正直わからない。でも、俺達はお前とこれからも共に生きていきたいんだ。だから少しで良い……少しでいいから俺たちにお前と語り合う機会を貰えねーか?」


 コツンと額を当てる、コツンと額を当てる、ゴツンと額を当てる。

 冷たさは仄かな熱へと変わって行く。額に生じ始めた痛みを感じるほどの余裕が今の俺にはない。


「入り口もこんなふうに塞がれちまってさぁ……抜け道もダメでさぁ……。中に、中に入れねぇんだよォ。何が不服なんだよ……冒険者招き入れて魔物と戦わせんのがお前らダンジョンの存在意義じゃねぇのかよォ……!」


 ゴツンと響く音はいつの間にかガツンガツンと鈍く強い音に変わっていた。

 額から生ぬるい何かが垂れてくるがそんなことは気にしない。これはこのクソみたいな壁を乗り越えるために必要な行いだ。


「開けよ、開けろよ」


 愛が憎しみへと変わっていく。

 俺はこんなにもダンジョンのことを想っている利用したいというのに、このダンジョンは何も答えちゃくれやしない!


「開け開け開け開け開けよォオオオオ!!!」


 俺は頭を何度も何度も激しく石壁に叩きつける。

 いや、頭だけではなく拳も身体も全力で叩きつけてその石壁の先へと向かわんとする。

 皮膚が擦れ血が滲み、伝わる衝撃に肉が悲鳴を上げて骨が軋む。

 それでも俺は突撃をやめることはしない。身体の痛みよりもダンジョンに挑めないという精神的苦痛が何十倍も強い。


「テメェ調子に乗ってんじゃねぇぞ! 挑めないダンジョンに何の価値があるってんだ! 畜生! 畜生! チクショウめがァァァァ!!」

「居たぞ桜井だ!」

「桜井さん! もうこんなこと止めて下さい!」

「離せ!! 今忙しいんだよ! 俺に構うんじゃねぇ!!」


 どこからかやってきた檜垣とアイリスが壁打ちテニスの肉ボールと化していた俺を止めようと身体に掴みかかってくる。

 だが俺は今、石壁の向こう側に行く作業に忙しい。そんなこともわからない二人を振り払い、俺は壁への突撃を強行し続ける。


「何やってんだ桜井!?」

「ちょっとトール!? あんた血まみれじゃない、何バカやってんのよ!!」

「とにかく桜井くんのことを止めなきゃ!」


 えぇい、有象無象の主役級メインキャラ共が俺の進撃を止めるでない!

 俺はこの壁の先に行かねばならないのだ! 俺のために、みんなのために、ダンジョンを求める全ての人々を代表してこの問題を解決しなければならないのだ!

 それがこのダンジョンを手中に収め最終的には個人所有を目論む俺の責務なんだ! 邪魔を、邪魔をするんじゃぁ無い!!


「離せェェェ! 離しやがれェェェ!」

「これ以上やったら死んでしまうぞ馬鹿者!」

「桜井さん大人しくして下さい! その燃え方はダメなやつですから!」

「誰かポーションを持ってきて! 今のトールを無理に抑えようとすると怪我が悪化しちゃう!」

「オブジェクトのォオオオオオオオッ!! オブジェクトのその先へェェェェェエエエッッ!! テクスチャぁぁぁをぉぉぉ乗り越えてェェェェッッ!!」

「いい加減にしろ桜井! 無茶苦茶なことを言うな!」

「桜井くんもう止めて!」


 俺はァァァ! 俺はァァァアアアア!! ダンジョンの中へとォオオオオッッ!!








「で、振り切って頭から突撃したら打ちどころ悪くてまた『冥府こっち』に来る羽目になったってか」

「うっすトート先生」

「運良く流れ着いたから良かったもんだが、オメーマジで頭やべぇな? 一回頭開いて洗浄するか? ん?」

「いや本当にすんません」


 前に『冥府』でお世話になった主治医こと、魔法の神トート先生が向けてくる罵倒に返す言葉もなく頭を下げた。


 俺、桜井 亨。15歳。

 第二の人生において二度目の死亡であった。

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