112 学外ダンジョン
ゲームには学園ダンジョン以外に複数のダンジョンが存在する。
「学外ダンジョン」と総称されるそれはストーリーの進行度や冒険者ギルドで受けることができる依頼をこなすことで開放されていく作りになっている。
俺が訪れた『マティエール森林窟』もその学外ダンジョンの1つであり、ここはゲーム内で上級生になることで開放される上位ダンジョンの1つだ。
『マティエール森林窟』の入り口は国内でも外壁寄りに存在する学園から更に外壁側に向かって馬で6時間ほどかけた丘の上に存在している。
当然、ずっと移動し続けるわけにもいかないので途中の街で宿泊もしなければならない。
そうして辿り着いたもうほぼ外壁と隣接していると行っても過言ではない丘の中腹にはポツリと置かれた朱色の鳥居と古臭い賽銭箱があり、その隣にポッカリと空いた地下に続く穴が存在している。
それがこのダンジョン『マティエール森林窟』への入り口だ。
ゲーム時代ならコマンド1つでパパっと行けたというのに、電車も車もないこの世界では宿泊すら自然な選択になるほどに時間をかけて向かわねばならない。
今回は依頼をこなす上で学園ダンジョン内では出現しないアイテムを入手できるかつ敵の経験値も美味しい場所を考えてここにやってきたが、普段俺が学園ダンジョンばかりに潜る理由の一端はこの物理的な距離にある。
「しかし学園ダンジョンもそうだったけど、これで地下に森林が広がってるってのはファンタジーならではだよなぁ」
「ヒヒーン」
「おい桜井、許可申請を私に押し付けて先に行くんじゃない」
乗馬した状態でも通ることができそうな程に大きな穴を眺めながらポツリと呟くと、翼を授けられたウマ・ザ・ペガサスことウマが首を傾げながら鳴き声を上げた。
それに合わせるかのように後から文句をたれながらやってきたのはこのダンジョンに入るために必要な許可証こと上級生の檜垣 碧。
『マティエール森林窟』がある地域は檜垣の地元でもあるためここまでの道案内も含めて今回一緒に来てもらった次第である。
「それで、何を探すつもりなんだ?」
「『完熟超えリンゴ』『未熟毒バナナ』、それと『森オオカミの頭』」
左から実質腐ってる、食用ではない、何に使うつもりだのラインナップ。納品先は全て同一人物である。
頭に森オオカミの頭を被った蛮族スタイルで腐ったリンゴと毒バナナを得物に投擲する斬新な狩猟を始める可能性が無きにしもあらずだが、あくまで想像でしか無いし、深い事は考えないに越したことはないだろう。ちなみに『森オオカミの頭』は別に装備アイテムではない。
「なら比較的浅い層で用事は済みそうだな」
「え、ボスまで行くけど。素材集めはそのうち転がり出るからついでだついで」
「だろうな。あんまり遅くなるようなら引っ張り出すからな? 夜には帰らないとアイリスが心配だ」
冥府で過ごした時間を含めれば半年以上は経っているわけだし、俺としてはアイリスもそろそろ俺たちと離れて過ごす時間を作ってみるのも1つではないかと思うところだが……予告して実行するのと違って何も言わずにいきなりやり始めるのは些か問題か。
それもまた仕方がないかと思いながら、同時に「つまり熱中してても自動的に檜垣が終わりを教えてくれるわけだし深いこと考えなくてよくね?」と気がつく。
じゃあ別に遠慮する必要も押さえる理由も無いな! よーし今日は森オオカミの素っ首叩き落としまくるぞー!
「お前が笑うと不安になるのはなんでなんだろうな」
俺に聞かれても困る。日頃の行いとかじゃね? 知らんけど。
ともあれ頭を空っぽにして気楽になった俺は、檜垣とウマを伴い笑みを浮かべて鼻歌交じりに『マティエール森林窟』へと乗り込むのであった。
地下に広がる森林。
それだけでも中々にファンタジックなのだが、このダンジョンはどの階層であっても上を見上げればそこには太陽か月のどちらかが存在している。
そのため全6層の内、奇数層は昼間で偶数層は夜といった具合に分かれおり。合わせて登場する魔物たちも昼行性と夜行性に分かれている。
また上級生になることで開放されるダンジョンの中でもアイテム作成に使える動植物系素材の宝庫であるのでプレイスタイルによってはかなり重宝する場所だ。
「グルルルルッ!」
「キャンッ!?」
「はーい、順番。順番に経験値にしてあげるからねー」
そんな地下森林の第3層で俺に襲いかかってきたのはこのダンジョンの代表的な魔物、深い緑色の体毛に金色の輝く瞳を宿した『森オオカミ』だ。
彼らは常に5匹の集団で行動し獲物へと襲いかかる魔物であり、俺はそれを次々に斬って捨てていく。
仲間を次々に失っていく光景を目にしてなお逃げること無く向かってくる森オオカミ達は既に正気ではない、なにせ俺が頭の上から被っている濃縮された魔物寄せ香水が奴らの正常な判断力を奪っているのだ。
「ガウッ! ガウッ!」
香水の力は偉大なもので倒しても倒しても次から次へと森オオカミの群れがやってくる。
そして俺の姿を見るなり群れの司令塔と思われるオオカミの咆哮に合わせて、その配下である残りの4匹が俺の周りを駆け回り始める。
奴らの狙いは動き回って的を絞らせない、どこから襲ってくるかわからないように敵を惑わす。そして注意力が散漫になったところで襲いかかりその肉を食らうことだ。
しかし俺がそれに惑わされることはない。なにせこの動きは原作ゲームにおいて何度も目にしてきた動きだからだ。
「右足前の咆哮2回ね」
まず司令塔森オオカミが咆哮をする際に右足と左足のどちらを前に出しているか、そして何回吠えたか攻撃のパターンが決定する。
司令塔は右足前なら「後左右前」、左足前なら「左後前右」のパターンを基礎に咆哮の回数でどの位置からスタートするのかを仲間に知らせているのだ。
今回は右足前の咆哮2回、つまり「後左右前」のパターンをベースに2番目の位置である「左」からスタートする。なので攻撃方向は「左右前後」という流れだ。
ゲーム時代は相手の行動にタイミングよく合わせてボタンを押せば体捌き等々は自動的にゲーム側でやってくれていたので気楽にポチポチ押していればよかったのだが、現実化に伴って行動はわかっていても対処するためには考えて動かねばならないのが難点だ。
「火剣、『
襲いかかってくる方向がわかっているからこそ意識を向けて気配を感じ取り、タイミングをあわせて火剣を振るう。
纏う炎が爆ぜることで急加速した剣で左から飛びかかってきた1匹目を斬り落とした後、勢いそのままに身体を反転させて右から来た森オオカミに掬い上げるように一閃。
「『
上段に構えた剣で身体を回して前から襲いかかる3匹目を仕留める。
そしてそのまま膝の力を抜いて身体を落とし、振り抜いた剣の切っ先を地面から後方に向けて擦らせる。
すると火剣が纏っていた炎が擦られた切っ先から地面を伝播し、俺の後ろから襲いかかってきた森オオカミの真下で爆ぜるように上へと逆流する炎の柱を作り出す。
当然そんなものが直撃した森オオカミは黒焦げとなりボトリと大地に落ちて転がる。
「『
後は『蛇炎』の数を1匹に絞り込む代わりに一直線上を高速で襲いかかる『稲火狩り』で呆然としてる司令塔を焼き殺せばゲームセットだ。
ゲーム時代と違って対処に関しては自分でやらなければならないのが難点である。
しかしその反面、ターン制撤廃により攻撃に合わせてカウンターを叩き込めるようになったのが現実化の美点だ。
「見事なものだな」
「人間と違って魔物の動きは決まりきってるからな。覚えてしまえば誰にでもできる」
「その動きを見抜くのにどれだけの経験が必要だと……いや、転生者とやらはゲームとやらで経験しているのか」
「一から十まで覚えてる奴なんてそう多くは居ないと思うけどな」
生まれ落ちてから十五年経っても覚えている稀なやつがこの俺である。どうだ凄いだろう。
まぁだからこそ決まりきった動作が殆どない対人戦は弱いのだが……世の中の連中全員スキル頼りの怠惰な存在になってくんねーかなー。
「レベル61の森オオカミ5匹で経験値733……割り切れないから1匹あたりじゃなくて群れ単位で算出されてんのか? レベルが上がるにつれて格下から貰える経験値が減っていく様を見るのはいつだって悲しいものだなぁ」
それは当然といえば当然のことなのだが、かつては学園ダンジョン第一層のボス「ゴブリンリーダー」で1300もの経験値を得ていた俺もいまではこの始末。
対して次のレベルである83に到達するために必要な経験値量は残り約2億1千万ほど。仮に森オオカミでレベルを上げるのであれば一日あたり785の群れを狩り続けて一年は必要な計算になる。
身体が一年間不眠不休で動き続けると仮定するならば毎日1時間あたり約33の群れを壊滅させれば良い。
1つの群れにつき5匹なので毎日約4000匹ほどの森オオカミが犠牲になる。それを一年間継続できれば総数は約140万匹、絶滅危惧どころか絶滅してもおかしくない数字である。
そしてこれはあくまでも一年間不眠不休かつ1時間あたり33もの群れが現れてくれることが前提。
現実化に伴って流石の俺も睡眠や食事は取らねばならないし、体調が優れなければまるでそれもバッドステータスだと言わんばかりに取得経験値が激減する。
またダンジョンにおける魔物の発生率も学園ダンジョンに比べれば大人しい方なので『1時間あたり33の群れを壊滅させる』というのもあまり現実的ではない。
「(なんだかんだ言って経験値効率が良いのは学園ダンジョンの下層か壁外なんだよなぁ)」
そもそも『マティエール森林窟』は錬金などのアイテム作成に使う素材を求めてやってくるような場所であり、アイテムのドロップ率こそ高いが経験値は中の下あたりのダンジョンだ。
特に希少で有用なアイテムがあるわけでもないので、用事が済めばもう二度と来ることもないだろう。
それはそうと一度ダンジョンに入ったならばボスを殺して帰るのが冒険者としての礼儀であり、経験値稼ぎは義務なので来たからには攻略自体はしっかり行う所存である。
「しかしウマがいると荷運びが楽だな」
「ダンジョン内までというのは稀だが、冒険者の中には荷物運びとして同行させる人達もいるな。その馬を養うための費用や守るための護衛も雇わねばならないから相応の稼ぎがあるのが条件ではあるが」
「ヒヒーン」
ちなみにウマの世話に関しては檜垣とアイリスが手分けしながら行っている。
じゃあ俺が何をしているかと言うとレベル上げついでに持ち帰って来た素材を売っぱらって管理費用に当てていたりする。
「アイテム回収、アイテム回収っと……」
丁度良く魔物寄せ香水の効力が切れたので一休憩入れつつアイテム回収の時間。
『森オオカミの頭』を得るために身体の中に手を入れて、そこの奥にある物体を取り出していく。
5匹いる内の2匹からは拳大の毛皮が、2匹は取り出した途端に崩れ落ちて塵となり、最期の一匹からは『森オオカミの頭』が出てきた。
「頭はあるのに腹の中から頭が出てくるの地味にホラーっぽいよな」
「ん? どうかしたか桜井?」
「いや、なんでも」
『冥府』の神造ダンジョンにおける魔物は倒せば塵となりその場にアイテムを残していたが、現世の魔物は倒したところで塵となって消えるわけではない。
なぜなら例外的な存在もいるが大多数の魔物は血肉を持った生き物であるため、こうして倒しても塵になることはなく死骸は残るのだ。
そして魔物は倒されたタイミングでその体内にアイテムを生み出すことがあり、これがゲームにおけるドロップ品に相当している。
そういう性質というか特徴が全ての魔物に存在しているようなのだ。
「(魔物自体がランダムでアイテムが出てくる宝箱みたいなもんだよなぁこれ)」
宝箱を守る「魔物」という罠を
血肉がある魔物は死と共にその体内にアイテムを生成し、そうでない魔物は倒した時に消滅とともにその場にアイテムを落とす。
だから倒した森オオカミの体内から『森オオカミの頭』やら毛皮やらが取り出せる。
しかも取り出したアイテムには血肉は付着しないという不思議現象がこの世界では当然のこととして認知されているのだ。
当然こんなことは前世の価値観から言えば物理的にも現実的にもありえない。
しかし、それは目の前で起きていて。檜垣を筆頭にこの世界の住人はそれを疑問にも思っていない。
「ゲームが先か、世界が先か……何にせよ歪っちゃ歪か。まぁ考えても仕方がないか」
俺はそう呟きながら取り出したアイテムをウマに装着してる荷袋に入れて、次の獲物を誘うために新たな香水を使用する。
そして先程倒した森オオカミの死骸はしばらくするとドロリと溶けて染みも残さず消え去っていくだろう。
それもまた、この世界において当然の現象だった。
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