111 お使い系クエスト
なんだかんだ色々あったものの、今の時期は5月の中旬。
ゲームで言えば4月のチュートリアルと5月最初に行われるキャラクター顔出しイベント学園祭が終わって、ここからやっとゲームとしての本番が始まる時期である。
この時期のプレイヤーは学園の授業を受けつつ学園ダンジョンに潜ったり、冒険者ギルドで受けた依頼をこなしたり、キャラクターと知り合い交流を深めたりと様々な行動が解禁される。
ここから先の戦いに向けて主人公や仲間たちをどのように育成していくかはプレイヤーに委ねられることになるのだ。
で、勿論物語としてはゲームの序盤。冒険者ギルドで受けられる依頼というのも相応に難易度が低いものばかり。
中でも特に多いのがいわゆる「お使い系」と呼ばれる依頼であり、内容は共通して「素材やアイテムを必要個数集めてきて欲しい」というものだ。
そして俺の目の前にドサリと置かれたこの書類の束の中身も半分近くがそれら「お使い系」の依頼。
そこにはゲームで何度も目にした素材やアイテムを集めてきてくれというものもあれば、生活雑貨を持ってきてくれだの絵のモデルになる人物を連れてきてくれだの騎士団をなにか別のものと勘違いしているものまである。
ざっと目を通した依頼の中には「意中の人の下着が欲しくてしょうがない」とか言う逮捕待ったなしな依頼もあったので俺は迷わずジオネさんを呼び出し、これを受けた担当者は職務怠慢の疑いがあると告発した。
ジオネさんは「あー……うん」と言葉を濁していた辺り何やら日頃の苦労を感じられなくもないが興味もないので踏み込むつもりはない。
ともあれ、今しがた目の前に置かれたこの依頼の数々を全部消化できたら1ヶ月経ってなくとも社会奉仕活動から開放されるとはジオネさんの弁。
そうとくればまずは深いことを考えずに集めるものだけ集めて依頼人に渡せば良いだけの「お使い系」はまとめてササッと消化するに限るというもの。
なーに、こちとら原作ゲームにおけるクエスト全てを解決方法含めて記憶している生粋のやりこみゲーマーだ。お使いクエストなんぞ余裕よ余裕!
「というわけで天内、報酬全部やるからここらへんの依頼やっといて」
「お前さぁ」
ピックアップした依頼の束を学園の教室に居た天内の目の前に置きつつ俺は笑顔でそう言った。
しかしそれを聞いた天内は何故か呆れ返っており、頬杖をつきながら書類をつまみ上げていた。
「これ、お前への罰なんだろ? 俺が手出ししちゃいけないだろ」
「依頼の中には学園外のダンジョンに行く必要性があるものもあるからそのために他人を頼っても良いとは言われてある」
更に言えばこれらの依頼は冒険者ギルドから受けたものという扱いになっているので、罰として受けている俺はともかく協力してくれた人に関しては単純に実績として評価してくれるそうだ。
つまりここで小さな仕事であってもしっかりこなすことを証明できたのであれば、天内は今後の冒険者活動において誰よりも早く「信頼性」という武器を手にすることができるのだ。それはきっと天内やその仲間たちへの大きなメリットになるだろう。
それにさぁ、お前さぁ。俺が一人でダンジョン籠もりしてる間にユリアの依頼でおじさんと一緒にラスボスさん家に襲撃かけたって言うじゃん。
お前のために学園祭で色々やってやった俺に何も言わずに
恩を仇で返されたようなもんだよこれ、罪悪感とかそういう感じないの?
あー知りたかったなー! ラスボスの経験値量知りたかったなー! きっとすごかったんだろうなー! ラスボスだしなー!
オラ答えろや主人公様よぉ! 俺と違って人道をわきまえた主人公様よぉ!
協力するのかしないのか、後ラスボスの経験値どれくらいだったのか答えろや!
「わかった、わかったよ! 協力するから指でつついてくるのは止めろ! 鬱陶しい!」
「らーすーぼーすーのぉ! けーいけーんちー!」
「2000だよ2000! もういいだろ!」
ボス補正で経験値も高めに設定されているだろうに、それでも冥府のミノタウロス4匹に劣る経験値しか持ってないラスボスとはこれ如何に。
まぁ黒曜の剣の計画が完遂されて強化された状態でもなければ長生きしてるだけの爺だから大したことがないと思えば妥当なのか?
ともあれ僕らの天内くんに時間がかかるくせに報酬も渋いタイプの依頼を押し付けることに成功したので文句を言われる前にさっさと立ち去るとしよう。
「ちょっと待った桜井」
「うん?」
それを引き止めた天内が指で弾くように俺に向けて小さな球体を投げつけてきた。
俺は声に反応して振り向きながら、顔に向かってきたそれを反射的に受け止める。
握りしめたそれを開いてみるとそこには日ごろ求めてやまないアイテムが手の中に収まっていた。
「『星の種』じゃん」
「俺の実家、主人公の家に隠されてたやつ。いつか使おうと思ってたけれど桜井にやるよ」
「そりゃまぁ有り難いけど何でまた?」
「それは、その、なんだ……俺には不要だから桜井にやるよ」
物凄く言葉を濁した割に出てきた言葉はそっけないもので、何か言葉を飲み込んだような気がしないでもないがそれが何だったのかはわからない。
だがしかし言い辛いことであるならばいちいち追求するのも面倒ではあるし、その内容に興味も無いのでただ『星の種』を貰えたという事実にのみ感謝しておくことにする。
「よくわからんが貰えるもんなら貰っておくわ、ありがとうな。これでラスボス狩りの除け者にしたことはチャラにしてやるよ!」
「その二言目さえ無ければなぁ」
「レベル上限がついに100だぜヒャッホーイ!」
俺は『星の種』を飲み込みレベル上限が100まで開放された事実に喜びつつ、歓喜の声を上げながら今度こそ教室を後にする。
頭の片隅には「何もかもをぶっちぎってどっかのダンジョンに逃げ込めばいいんじゃね?」という思いが浮かんだものの、少し悩んだ末にユリアの尽力に対する義理とその選択をした場合の将来的な悪影響を考えて素直に依頼に励むことにした。
なーに、依頼の中には学外ダンジョンに行かねばならないものもある。
たまには気分転換に学園ダンジョン以外に向かうのも1つだし、レベル上げはそこでもできるのだ。
ならばそのついでに依頼をこなすとでも思えば良いだろう。
さしあたっては『マティエール森林窟』にでも挑むとしようじゃないか。
「俺は常に成長し続ける、5月の俺は4月の俺とは違うのだよ! フーハハハ!!」
そんな人間的な妥協が出来たことに自らの成長を感じながらレベル上限が開放されたことも相まって、俺は上機嫌に学園の窓から飛び降りる。
着地地点には丁度いいことに気弱そうな男子生徒を囲んでカツアゲに精を出していた不良が居たのでその内の一人をクッションにして落下の衝撃を逃がすことにした。
「ゲフォ!?」
「サブロウ!? なんだテメェ!」
「社会奉仕の体現者だけど?」
「何いってんだ! 謝りやがれ!」
「着地地点でカツアゲしてたやつを足蹴にして何が悪いんだ……?」
至極真っ当な疑問を呈すると不良連中は何故かキレ散らかして俺に襲いかかってくる。
仕方がないので社会正義パンチと正当防衛キックを叩き込み、逃げようとする奴を社会奉仕アームで捕まえて人種平等ヘッドバットで黙らせていく。
チッ、経験値ゴミだなコイツら。時間の無駄だったわ。
「あ、あの、その、ありが」
「花火発射ー。よし、じゃあ風紀委員連中来るから後は任せたわ」
「と……ぅ? え。ちょっと!?」
俺は胸元から取り出した小型の打ち上げ花火を使って風紀委員の連中を呼び出しつつ、花火の残骸と一緒に後の始末をカツアゲされていた気弱くんに押し付けて立ち去る。
その時、すでに俺の意識は学外ダンジョンへと移っていたので一連の出来事が教室から見られていたことにも、そして天内がそれを見て大きくため息をついていたことにもついぞ気が付かないままであった。
「……はぁ。素直に感謝し辛い相手に恩ができちゃったなぁ」
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