110 社会奉仕活動

『冒険者学園 下級生 桜井 亨 殿。

 騎士団第四部隊の監視のもと1ヶ月の社会奉仕活動を命じる』



 学園ダンジョンの入り口に戻ってきた俺に檜垣が突きつけてきた書類には、前回の一件で俺に下された決定事項が書かれていた。


 俺はそれの書類を受け取るなり即座に丸めて捨てて踵を返してダンジョンに逃げ込もうとしたのだが、書類を突きつけてきた檜垣とその隣りにいたアイリスからは逃れることができず、あえなく身柄を確保されてしまった。


 そのまま屋外まで連行され、そこで檜垣は手慣れた様子で花火を空に打ち上げた。どこかで見たような覚えがある光景だった。

 花火が音を立てて爆ぜてから数分するとどこからともなく風紀委員の生徒たちが現れて、俺は彼らに担ぎ上げられ書類に書かれていた騎士団第四部隊の人々が勤めているここいらの地域を担当する騎士団屯所へと連行された。


 そして縄で巻かれた俺を笑顔で出迎えてくれたのは金髪に丸眼鏡をかけた細身ながらも背の高い男、騎士団第四部隊の副隊長ことアベル・ジオネさんであった。


「やぁ桜井くん、一週間ぶりだね」

「自分で逮捕した容疑者に笑顔で語りかけられるメンタルは尊敬するわ」

「まぁそれに関してはすまなかったと思っているよ。容疑者の第一候補として見ていたのは事実だけど、いきなり逮捕から翌日裁判なんて私も寝耳に水だったしね」


 確かに「これはおかしい」と翌日の裁判開廷に対して声を上げてくれた人物ではあるので恨みがあるかと言われれるとそうでもないのだが、皮肉の1つでも言っておきたい相手である。



 さて、学園祭の終わりに捕まってから現在までの話を少しさせてもらおう。



 学園祭最終日、目の前の騎士に容疑者として連行された俺はあれよあれよという間に裁判にかけられた。

 逮捕の翌日というそのあまりにも早すぎる開廷に各所関係者も困惑していたところに畳み掛けるように現れたのが俺の弁護士こと王族ユリア・フォン・クナウスト。

 もはや前代未聞の珍事といっても過言ではない裁判に誰も彼もが動揺する中で、俺の弁護を始めたユリアは犯罪を立証しなければならない騎士団側に様々な難癖をつけたり、この裁判が『容疑者確保の翌日』という状況に疑問を呈したりして見事に俺の推定無罪を勝ち取ってくれた。


 しかし連行時の証言から不法侵入をほぼ自白していたことに関してはすっとぼけることもできず、普段の行いが騎士団側に報告されたこともあって「こいつ一回反省させるべきじゃね?」みたいな空気が裁判所に蔓延、流石のユリアもそれを覆すことまではできなかった。

 というか弁護士であるユリアが『無実の罪を償う必要は無いが、事実としてある罪に関しては言えることはない』と言い出したせいで殺人罪においては無罪だが不法侵入と一部器物破損に関しては何もしてくれなかったのである。


 俺は『権力は法をねじ伏せるために存在するんじゃないのか!?』と猛抗議したものの『権力とは法と義務を守るからこそ与えられるものであり、王族だからこそ率先して法を守らねばならない』等というド正論で叩きのめされてしまった。

 それでも一応は士官学校の宿で戦った七篠の情報を取引材料に実刑ではなく社会奉仕活動1ヶ月間というところまで罰を軽減するという落とし所を作ったのは流石というべきかなんというか……そんな形で異例の裁判に決着がついたのが約一週間前のことである。


 殺人罪については無罪の判決が下ったことで晴れて自由の身となった瞬間に俺は奇声と共に食料品を買い込みその足で学園ダンジョンへと直行し、騎士団に拘束されていた時の鬱憤を晴らすかのようにダンジョン内を駆け回り、5日間くらい『レベル上げ特別合宿~宿屋はダンジョン内隠し通路~』をこなしてストレスを発散してきた。

 そしてふと自由の身になってから檜垣とアイリスに会っていないことを思い出した俺は「一度顔を出しておいた方が良いのでは?」と考えて学園ダンジョンの入り口に戻ってきたところで待ち伏せていた檜垣に書類を突きつけられ、俺は現在こうして騎士団屯所の前に突き出されている次第である。


 勘違いしないでほしいのは俺が裁判所の決定を無視しようとしたわけではないという点だ。

 俺はある程度は社会に譲歩することが長くレベル上げをし続けることに繋がると冥府で学んでいる。

 だからこそユリアが作ってくれた落とし所に関してはモチベーションが尋常じゃないくらいに低いもののとりあえずは従っておこうという気持ちが欠片くらいは存在している。


 だが、だがしかしだ。

 俺は騎士団に捕まっている間、武器も何もかも没収されて拘束されていたせいでろくにレベル上げができなかった。そして俺からレベル上げを奪うということは人間が呼吸を止めるに等しいものであるということは皆様もご存知のことだろう。

 であればその状態から開放されたならばまずやってしまうのはレベル上げ。人間であれば今まで吸えなかった空気を求めての深呼吸に等しいものであり、それはもはや生理現象と言っても過言ではないのだ。


 だから今の俺は精一杯、これまでの苦しみを解消するために最大限の深呼吸をしてやっと呼吸を整えることができた状態だ。

 しかし呼吸を整え気力を取り戻したからと言って体力まで戻っているかは別問題。

 故にここは顔わせだけで済ませて明日……いや余裕を見て明後日、可能であれば来世辺りに社会奉仕活動を始めるというのはどうだろうか?


「それだけの御託を並べられるならまだまだ元気だな。さぁ行ってこい桜井」

「騒がしくってすみません。桜井さんはちょっと往生際が悪いところがありますけど逃げ場が無くなれば素直になりますからどうかよろしくおねがいします」

「職業柄、往生際が悪い人には慣れてるから気にしなくていいよ。さて、それじゃあ中で社会奉仕活動について説明するからついて……連れてきてくれ」


 そう言われても俺は抵抗するが? 見よ、この不動の決意を込めたスクワットを!

 なにせ興味もない社会奉仕活動なんかするよりもこの場で筋トレしている方が俺にとっては遥かに有意義なのだ。


 ほら見給え、視界の端で記録されていく経験値取得の報告を。人の幸せとはここにあると……おい何見てやがる風紀委員共、お前らまだ帰ってなかったのか。さっさと散れ見世物ちゃうんやぞ、おいまて何で俺の腕を掴むんだまるで犯罪者みたいな扱いはやめろ。

 いやほんと離しやがれ俺はここで一個人の自由が制限されることに対する抗議のスクワットを続けなければ止めろ引きずるな屯所の中に移動しようとするんじゃない離せ! 離しやがれ!!


「チクショウがぁぁぁぁぁ!!!」


 俺の抵抗も虚しくやたらと手慣れた風紀委員共によって俺はズルズルと引きずられ屯所の中へと連れ込まれていったのであった。





 で、実際に社会奉仕活動って何をするのかという話なのだが。



「君にやってもらう社会奉仕活動というのは簡単に言うと『なんでも屋』だ」

「なんでも屋?」


 俺は風紀委員共によって行われた拘束を手早く解きつつ、ジオネさんの言葉を反復した。


「騎士団には日々、様々な案件が持ち込まれてくる。知っているとは思うけれど、その中でも特に多いのが生活の中で起きた困りごとの類だ」

「知らん」

「騎士団も流石に何でもかんでも対応できるわけではないからね。だからその多くは『依頼』という形で冒険者ギルドの方へと流れていて、駆け出し冒険者の信頼度を測ることに利用されてるのは習ったことがあるだろう」

「知らん」

「今回、君にやってもらう社会奉仕活動とはそれらの『依頼』を強制的に受領してこれを解決してもらうことにある。失った信頼を自分の手で取り戻してこいということだね。問題を起こした冒険者に与えられる罰則としては結構有名ではあるはずなんだけど……」

「欠片も耳にした覚えがない」

「桜井くんは冒険者学園で授業出てないタイプ?」


 出てないというか、出られてないタイプです。

 ジオネさんはまるでそれらが基礎知識のような口振りだが、こちとら入学式からトラブル続きで4月に受けるであろう基礎の基礎が丸っと抜け落ちているのである。


 しかし原作ゲーム内で序盤の冒険者ギルドに張り出されている依頼が「猫を探せ」だの「りんごを買ってきて」だのと、いわゆるお使い系クエストが多い理由がこれか。

 でも「猫を探してくれ」はまだ理解できるが「りんごを買ってきてくれ」なんて騎士団に頼むのは正直どうかしてると思わずにはいられない。

 なにせこの世界には電話なんてないのだから騎士団頼むにはその足で屯所まで行かなければならない、ならばその足で買い物に行けばいいだけの話じゃないか。


 それとも何か? この依頼主は騎士団を前世で流行ってた配送サービスの類かなにかと勘違いしてるのか?

 なるほど、それなら俺でも冒険者ギルドに話を流すわ。そんな奴にいちいち構ってられないし、ギルドに流れてしまえば受ける受けないは冒険者側の都合次第。

 そしてこれに関して騎士団が文句を言われても「適切に対応しました」と突っぱねることができるというわけか。


「ところで強制的に受領って……報酬はどうなるんだ?」

「人が嫌がる仕事を強制的に受けるのが罰だからね、報酬に関しては満額支払われるよ。最も内容が内容だから小遣い稼ぎになるかどうかも怪しいところだけど」


 ふむ、報酬が全て渡されることが約束されるのであれば受けてやってもいいか。

 ゲーム序盤で冒険者ギルドから受けれる依頼というのは金銭的に言えば雀の涙程度の報酬しか得ることが出来ないが、中には依頼の過程でステータスを永続的に上昇させる「種」シリーズやあると便利なアイテムを手に入れることができる。


 それらのアイテムは純粋なデータとして見ると「今更使わなくてもいいかな?」と思うくらいのものなのだが、現実化に伴ってアイテムはただのデータの塊ではなくなっている。

 最近で言えば「三天シリーズ」をウマに使って空を飛んだりしたのが良い例だろうか? もしかしたらゲームとは別の使いみちが出てくるかも知れないと考えると手に入れて損することはない。そう思うと僅かではあるがモチベーションも上がってくるもんだ。


「しゃーない、うだうだ言っても仕方ないし。やるかぁ」

「そう言ってもらえると有り難いよ。この手の罰は一番最初に手を付けてもらうまでが苦労するからね」


 ジオネさんは「良かった良かった」としきりに呟きながら一度書類を持ってくると言って部屋を後にする。

 俺のことを確保しに来たときは随分とお硬い調子だったがアレは俺という容疑者の前だったからこその態度だったのかもしれない。


 そして待つこと数分、『糸繍』スキルであやとりの真似事をしていた俺の前に現れたジオネさんの腕には数百枚はあろうかと思われる書類の束が。

 ドサリと音を立てて目の前に置かれたそれを何枚か摘み上げると、そこには「浮気調査願い」「路上販売の手伝い」「庭の雑草毟り」等などおおよそ騎士団警察に持ち込まれるべきではない内容が書き込まれている。


 俺はそれを見てジオネさんに視線を向けるが、彼はしきりにニコニコと笑っている。

 ただしその瞳は欠片も笑っていないどころか「逃さんぞ」という鉄の意志が宿っているように見えて……俺は小さくため息をつくと目の前の紙束をしっかりと握りしめた。


「書類煙幕ゥ!」

「逃がすわけ無いだろ桜井くん!」


 投げつけた書類が空中でバラけ室内に爆ぜるように広がっていく。

 紙が幾重にも舞い踊る中で逃げようとする俺と逃さんとするジオネさんの攻防は5分に渡り、最終的には逮捕術に優れたジオネさんに軍配が上がった。



 こうして俺の社会奉仕活動が幕を開けたのである。

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