第五章 レベルバカとエルフの実家

109 容疑者、桜井 亨。

「ユリア様、今後このようなことはお控えいただくようにお願い申し上げます」


 これは学園祭が終了してから3日目のことである。

 王城の一区画、その中に設けられたとある執務室の中で頬を削ぎ落としたかのような細い顔に銀縁の丸眼鏡をかけた男、法務大臣ベンジャミン・バズビーは眉の間にシワを寄せながら苦言を呈していた。


「国のトップである王族が法を守るからこそ、その下に連なる家臣。ひいては国民全体が『法は守るべきものである』と考えるのですから」

「若気の至りとはいえ度が過ぎていましたね、猛省する次第です。この度はご迷惑をおかけいたしましたバズビー法務大臣」


 王族であるがゆえに頭を下げることまではできないものの、ユリアは彼に対して素直に謝罪を述べた。

 それに対してため息をつく思いを抱きながらも実際にそれを出すことのなかったベンジャミンは手元の書類を手に取る。


「全く、ご友人とは言え王族が弁護にあたるなど前代未聞ですよ」


 書類に記されていたのは学園祭中に起きた士官学校引率騎士の殺人事件に関する捜査資料であった。


 容疑者の名は桜井さくらい とおる

 冒険者学園に所属する下級生にしてかの『剣聖』佐貫 章一郎の一番弟子。

 事件発生時における多くの目撃証言から第一容疑者として疑われた少年はあれよあれよという間に逮捕され異例の早さで裁判にかけられることになった。


 そんな裁判の中で弁護人として現れたのがユリア・フォン・クナウストその人である。


 彼女は桜井にかけられた容疑に関してその殆どが状況証拠でしか無いことを指摘し、死体の傷が桜井が普段使いしている片手剣ではなくより大きな武器であることを示した。

 明確に彼の容疑を解消させる証拠を提示できたわけではないものの、王族教育の一環として鍛え上げられた法律知識と弁舌は桜井の推定無罪を勝ち取るには十分な力を発揮したのだ。


「殺人罪においては証拠不十分で無罪。しかし本人が自供していた不法侵入及び器物損壊に関しては全面的に認める、ですか」

「あくまで私が黙っていられなかったのは殺人という一点に関してです。これに関しては桜井くんは完全に無実であると私は確信しています。ですが、それ以外の罪に関しては嘘偽りで覆すなどする理由がありませんでしたので」

「まぁ、落とし所としてはこのようなところでしょう。もっとも捜査に当たった騎士団の中に面白くない顔をする者がいるでしょうが」

「少々強引な終わらせ方をしたのは認めましょう。しかし重要参考人として連行された桜井くんが裁判にかけられる等とは思っていませんでしたので、細かな部分を詰めることができませんでした」


 その点はご理解頂きたい、とユリアは言った。

 ベンジャミンは口にすることは無かったものの理解を示すように目を瞑った。

 王族が弁護人になるなど前代未聞ではあるが、そもそも現行犯でもない上に重要参考人として連行された人物が翌日には裁判にかけられる事自体が前代未聞であることは確かだったからだ。


 なにせ裁判をするには相応の書類と手続きが必要かつ、裁判官やそれを補佐する人員の手配など必要な準備が存在する。

 通常は言い訳無用の明らかな現行犯であったとしてもその準備に数日はかかるものだ。

 だと言うのにこの裁判はまるで桜井を犯人だと決めつけていたかのように彼を連行した段階で全てが整っていた。


 実のところ今回の裁判が法務大臣であるベンジャミンの耳に入ったのは裁判官を担当した人物がその異例の早さに正当な手続きがされているかの問い合わせがあったからであり、ユリアが弁護人になっているのは次いで報告されたことだった。


「ユリア様はこの一連の出来事に例の組織……『黒曜の剣』とやらが関わっていると考えられているのですね?」

「そうでもなければ説明がつかないでしょう、彼らは思っているよりも深くこの国に根付いているようです」

「桜井少年の証言にある通り、彼が騎士を殺した『黒曜の剣』幹部と戦闘したとして。その報復行為がこれだとでも? 国に根ざす裏組織にしては少々杜撰というか……私怨が先走っているような印象を受けますが」

「オブシウス商会の一件で彼らは2つに別れました。言うなれば旧来の『黒曜の剣』と七篠一派と呼ばれる離反者たち。今回の裁判に関する工作活動は七篠一派によるものだと私は見ています」

「理由は?」

「桜井くんが交戦したというのが一派のリーダーである七篠 克己であると証言していること。私が得た情報では旧来の『黒曜の剣』にはこの裁判を引き起こす理由が無いこと……それが一番の理由ですね」

「頭の痛い問題ですね」


 ベンジャミンは基本的に事なかれ主義だった。

 獅子身中の虫に関わるなど個人としては御免被りたい気持ちでいっぱいである。

 しかしそれが国の法を無視した犯罪者組織であり、こうして司法の一部に食い込んでいることが明確に示されてしまったならば動かないわけにもいかなかった。


「(どうして私の代でそんなものが発覚してしまうのだ……)」


 今にも額に手を置きたくなる衝動を堪えながらも視線を上げると、そこには優しげな微笑みを浮かべるユリアの姿があった。

 自身に向けられた微笑みの理由がわからずに眉をひそめるベンジャミンに彼女は「失敬」と一言詫びを入れた。


「いやなに、推測はしていましたがベンジャミン法務大臣が連中の協力者ではないというのがよくわかったもので。それが嬉しくてつい」

「はぁ……信用頂けたならば有り難いことですが」


 ユリアは王族の中でも特に『人を見る眼』に優れていることで有名だ。

 それは相手の素質を見抜くという点もあれば、信用に足る人物であるかどうかについても高い精度を発揮する。

 そのお眼鏡に叶ったことを喜ぶべきかどうかは悩ましいところがあった。


「心配せずとも旧来の『黒曜の剣』に協力しているものに関してはある程度目処がついていますので、必要な時にご協力いただければ早めに解決するでしょう」

「ユリア様、王族とはいえ今の貴方に公式的な捜査権があるわけではありません。士官学校内ならばまだしも黒曜の剣に関わる捜査を勝手に行われるのは口を出さずには」

「その点に関してはご安心下さい」


 ベンジャミンの言葉を遮るようにユリアが軽く手のひらを彼に向けた。

 彼女は微笑みとはまた別の、いたずらを覚えた童女のような笑みを浮かべていた。


「協力者たちを押さえるための最後の証拠ピースは明日にでも見つかるでしょうから」


 そんなことを宣うユリアを見てベンジャミンは今度こそハッキリとため息をついた。


「ハァ~……。全く、どこでそんなろくでもない考えを身に着けて来たんですか? そのやり方は身を滅ぼしかねませんよ」

「私も騎士団の下で奉仕活動に従事するのは流石に外聞が悪いですから、ほどほどに気をつけたいと思います」


 ニッコリと笑みを浮かべてそう告げるユリア。

 その発言の流れから彼女にこんなろくでもない考え方を覚えさせた人物が誰なのかをベンジャミンは理解した。

 顔を合わせたことがあるわけではないが、なぜか間違いないということだけは確信できた。


 彼女は聡明な人物だ、こんな考えを身に着けても多用することはないと信じたい。

 そして信じたいからこそ彼女の倍以上の時を生きる人生の先輩として言っておかねばならないことがあった。



「ユリア様、ご友人は選んだほうがよろしいかと」

「うーん。何でみんなして同じことを言うのだろうか? 彼は面白い人なんだが……」



 面白いと感じたとしても友人になるべきではない人種というのは世の中吐き捨てるほど存在する。

 そのことをしっかりと伝えていない教育係の面々にベンジャミンは苦情をつけるべきかと少し考えてしまったのであった。

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