番外編

4/1 追放ものだよ! 桜井くん!


「桜井くん、この勇者パーティから抜けてくれ」


 勇者から突如として言い渡されたクビ宣告に俺は小首を傾げた。

 彼が何を言っているのかがわからないため周りのメンバーにも視線を向けるものの、彼らも勇者と同じく一様に厳しい視線を俺に向けている。


「お前みたいなろくでなしは俺ら勇者パーティに相応しくないんだよ!」


 そう声を上げたのは勇者パーティにおける壁役、戦士であった。

 俺がこのパーティに加わった時には一番弱かった奴が随分と大きな口を叩くようになったものである。

 彼を強くするために昼夜問わず奇襲を続けてやった恩を覚えていないのだろうか? 昨日も枕元にナイフを5~6本突き立ててやったじゃないか。


 その御蔭で彼はどんなに小さな物音にでも過敏に反応し、今ではあらゆる奇襲に対して誰よりも素早く反応できるようになったというのに。

 もしもその目元に染み付いたクマの深さが俺との友情の証明であるということを忘れてしまったとしたならば嘆かわしい、戦士は既に正気ではない、あらゆる発言に信憑性が無くなったと判断するしかないだろう。


「バンッ!!」

「ひぃ!?」


 壁を殴りつけて大声を出すと戦士は頭を抱えて小さく丸まった、ダンジョン内で気を張っていなければこんなもんである。

 俺の追放が多数決による決定であるならばまずは一票が無効票になった。俺はそれに満足して続きを促すことにした。


「結論だけ言われても納得できるわけないだろ、具体的な理由を聞かせてくれよ」

「今のやり取り全てにそれが詰まってると思うけれど、わかった」


 勇者が冷や汗をかきながら「まず1つ」と指を立てる。

 俺は震える彼を安心させるために空気椅子の体勢に入る。

 真面目な話の最中であっても経験値を忘れないのがレベリングのコツである。


「このパーティの目的は魔王の討伐であり、そのための力をつけるために全国を旅して回っている。そして力をつけるための手段の1つとしてダンジョン探索がある」

「ダンジョンには魔物も居るし様々なアイテムがあるからな。魔物からは経験値を得られるし、良質なアイテムはそれこそ戦力の増強に繋がる大切な活動だ」

「では桜井くんに確認させてもらおう。僕たちがダンジョン探索をする時にどのような役割分担がなされているか?」


 ダンジョンにおける役割分担? なにか問題があっただろうか?

 基本的には一般的な冒険者パーティをしていた頃と同じような役割分担をしていたはず。その時には何の問題も起きないどころか「流石だ」と周りに褒め称えられていたからおかしな判断はしていないはずだ。

 そしてその時の活躍がギルドに認められて俺はこうして勇者パーティの一員に推薦されたという経緯があるので、そこに関してはお墨付きを貰っているといっても過言ではない。


「(……いや、俺達は勇者パーティ。ダンジョン探索を主目的にする冒険者と違って最終目標が魔王討伐にある。そこの違いが齟齬を生んでる可能性があるな)」


 俺は自分を省みることができる人間性を有している。

 だからこそ今一度、俺は勇者パーティにおける役割分担を思い返した。


「戦士を前衛に勇者が遊撃、僧侶と魔法使いを後衛に置いた上で騎士を護衛につけていたな。僧侶と魔法使いはパーティの要だ、特に僧侶が沈むと一気に瓦解しかねないから攻防ともに優れた騎士を護衛に当てている。前衛に関しては敵を抑える戦士と仕留める勇者の正道タッグだ、もちろん状況如何では騎士と勇者の役割を変えたりする。そしてこれはあくまで基本編成であり他にも数パターンの構成を整えたはずだが」

「あぁ、その通りだ。実際に桜井くんが考えた構成はどんな状況にも対応できるとても実用的なものだろう」

「だろう? なにかおかしな点があるとは思えないが……」

「で、その間に君は何をしているんだ?」

「先行して魔物を全部蹴散らしてる」

「それだよ!!!」


 突如として勇者が声を上げて勢いよく立ち上がった。彼が座っていた椅子が倒れ大きな音を立てると部屋の隅の戦士が「ひぃ!?」と声を上げてガクつく。

 慌てて介抱に向かう僧侶に見向きもしない勇者は俺に指を突きつけまくし立て始めた。


「なんで魔物を全て蹴散らしちゃうんだよ!? どれだけ実用的な役割分担しても、敵が居ないんじゃ確かめようがないし、何より経験が積めないじゃないか!」

「俺はお前らよりも先輩だからな、危険な魔物は始末して安全にゆっくり育成しようという方針だ」

「聞いたよ! それは!! 一年前からずっと!! 僕らは未だにゴブリンも倒せないと思われているのかい!?」

「いや、ゴブリン連中は俺の経験値になるから始末してるだけだ」

「その結果が無人のダンジョンを歩く探索という名のピクニックじゃないか! 僕らにも戦わせろよ! 実践経験を積ませろよ!!」


 何を言っているんだこいつは。

 まず前提としてダンジョンは早いもの勝ちの世界だ、それはアイテムだけではなく経験値だろうと変わらない。

 それに関してはパーティを組んだ際の座学で教えているし、それに伴うトラブルの実例も伝えている。文句を言われる筋合いなどないだろう。


「仲間内で早いもの勝ちが起きるなんて想定して無いんだよ! しかも講師役がそれをするなんて考えないだろう!?」

「人は争いと無関係ではいられない、ということだな」

「何深いこと言ったつもりになってんだこいつ」

「バンッ!!」

「ひぃ!?」


 というかそもそもの前提としてあらゆる経験値は俺のものであり、自ら進んで稼ぎにいかないお前らに落ち度があると言わざるを得ない。

 魔物というパイには限りがあるのだ。経験値が欲しいのであれば俺が寝ているときにでもダンジョンに潜ればいいだけの話だ。

 ただし俺は睡眠時間をアイテムの力で極限まで短くしているので5分で6時間分の睡眠を取ることができる、その間に1戦できればいいね。


「……もういい、次だ。次は桜井くんが騎士をこのパーティから追放した件についてだ」

「はぁ?」


 確かに俺は騎士をパーティから追放したが、それは奴とその背後の教会上層部連中が魔王軍に寝返っていた事実が発覚したからだ。

 勇者パーティを、引いては人類全体を守るために必要な処置だったことが何故俺の追放理由に繋がるのかがまるでわからない。


「騎士を追放し、教会が魔王軍に寝返っていることを暴き出して糾弾したまでは僕にも理解できる。それは正しい行いだと僕も思う」

「だろう?」

「ところで教会を糾弾するために君が手を組んだ相手は誰だ」

「魔王軍」

「何でだよ!!」


 いや何でもなにも、教会というのはこの大陸全土に広がる巨大な組織だ。

 そんなものを勇者パーティ単独で相手にするのは荷が勝ちすぎる。

 国の力を頼りにするにもそこにも教会は根深く入り込んでいるため糾弾したところで根本的な問題解決が行えるわけではない、トカゲの尻尾切りかもみ消されて終了だ。


 そこで目をつけたのが魔王軍。

 あいつらの最終目的は人類側の戦力や結束に罅を入れることにある。教会と手を組んでいたのも最後に裏切るつもり満々の口約束だった。


 だからこそ教会に大きく罅を入れることになってでも悪を糾弾したい俺と、教会という大陸全土に跨がる人類のシンボルに泥を塗りたい奴らとの間で一時的に手を組むことができると踏んだ。


 それで、できたから。やった。


「かくして教会は腐った膿共が吐き出され、正常化。力で従わせるだけだった魔王軍は工作活動のなんたるかを学ぶことができた。Win-Winじゃないか」

「お陰様で教会は上から下への大混乱! 各地の大司教が独自宗派を乱立させて内ゲバが絶えず、それを助長させる魔物の工作員があちこちに潜んでる始末じゃないか!!」

「人類って愚かだよな」

「引き金を引いたのは君だろ!?」


 でもお陰様で定期的に膿共が溜め込んでた金銭やアイテムが魔王軍を通じて流れ込んでくるようになったじゃないか。最高級ポーションなんて使いたい放題だぜブラザー?


 人類の衰退が続く限り、魔王軍は俺らの味方をしてくれる。

 ただでさえ味方の少ない勇者パーティなのだから、利用できるものは利用しなくてどうするのか。


 確かに宗派の乱立で様々な問題が起きているが、それはそもそも組織内の自浄作用が機能していなかった教会に責任がある。

 俺がやったことは不正を糾弾し教会の腐敗を正してのけたという一点であり、褒め称えられこそすれ異端者認定を名指しでされているのは未だに納得いかないくらいだ。


「ねぇ桜井。宿の前に貴方宛の客が来てるけど」

「魔法使いよ、俺の知り合いは全員夜中に人知れず会いに来るからほぼ間違いなく教会の刺客だ。聖印をそいつの目の前に転がして「踏め」と言え、踏む以外の行動したら即座に燃やしてしまえ」

「もう対応にも手慣れてきちゃったわね……」


 魔法使いはフラフラとした足取りで部屋から出ていった、日に4度は起こるこのイベントによって彼女もだいぶ人を燃やすことに慣れてきた。

 ちょっと前までは人形の魔物を燃やすだけでも気分が悪くなっていた彼女が今では無感情に魔法を放てるようになったのは間違いなく成長と言えるだろう。


 視線を戻した勇者は頭を抱えていた。気分でも悪いのか?


「そして、最後の理由だ」

「まだあるのか」

「あるよ! これが最後で、最も重要な理由だよ!!」


 そういって勇者は部屋に据え付けられているベッドの上を指差した。

 そこには身分を悟らせないためにメイド服を着用している黒髪ショートの可愛らしいお嬢さんがチョコンと座っている。

 特筆すべき点といえばその華奢な体には不釣り合いの龍の尻尾と悪魔の翼が飛び出ている点だろうか?


「魔王の娘が何でここに居るんだよ!?」

「仕方ないだろ、討たれた魔王の側近に頼られちゃったんだから」

「魔王の遺児を託されるほどに信頼されてるのおかしいよね!? 勇者パーティの目的は魔王討伐だろ!?」

「残された子供に罪はねぇだろ! それとも何か、一族郎党根切りにしろってのか! それが勇者のやることか!?」

「それは……そう……なんだけどさぁ! わっかんないかなぁ、素知らぬところで魔王が殺されちゃった勇者の気持ち!?」


 実は工作活動を学んだ魔王軍の一部が下剋上を画策し、今や魔王軍も人類と同じく内ゲバの真っ最中である。

 今まで暴力で抑え込んでいた魔王軍の反動は人類の比ではなく、魔王も幹部も身内に暗殺された上に実行犯側も好き勝手に魔王を僭称し始めるわ、互いに否定しあって殺し合ってるわの戦国時代が到来している。


 そんな中で先代魔王の娘というものに政治的価値が存在すると理解した魔族の連中から彼女は生命を狙われており、すったもんだの末に命からがら逃げ出してきた側近と共にこの勇者パーティに流れ着いたのである。


「ガーッ、ガーッ」

「え? あぁ、お腹が空いたんだね。待っててくれ、なにか摘めるものを持ってくるから……」


 指を差された娘ちゃんは勇者に近寄りまるでひな鳥のように口をぱくつかせて鳴き声を出した。

 外見は16の少女でもその実態は生まれてまだ半年の幼女以下である。


 勇者もそれがわかっているから強く出れないのだろう。

 彼は荷物の中から骨付き肉を取り出して娘ちゃんに齧り付かせる。

 まるでサメの如きギザギザの歯を持つ娘ちゃんは肉を骨ごとバリバリと食らってご満悦。

 食べ終わった後は甘えるように勇者の胸に頭をグリグリと押し付けていた。


「…………」

「…………」

「お似合いじゃん」

「やかましい!!」


 大声に戦士がビクつく姿に思わず笑うと介抱していた僧侶がこちらをキッと睨んでくるので、俺はその視線を無視して窓際に立った。

 そこから見えるのは美しい街並みと――王城の手前で怒りの声を上げて争う人々の姿だ。


 それは戦費と称して重税と金融機関からの貸付と踏み倒しを繰り返し、その実豪遊生活にかまけていた愚かな貴族共と遂にブチギレた市民軍との仁義なき戦いの様子。

 この勇者パーティ……とりわけ俺からダンジョン探索許可を剥奪し今まで手に入れたアイテム諸々を無条件で差し出せなどとふざけたことを言った馬鹿どもの末路である。


「なぁ勇者よ。今や人類も、魔王も、理由は多岐に渡るがこのような内乱状態が広がっている」

「その大半に着火させたの桜井くんだよな?」

「そんなことは重要じゃない、重要なのは俺達勇者パーティがこの混沌の時代で何をすべきかという点だ」


 と言うかそもそも一連の騒動については火種を放置している連中に責任がある、自業自得というものだ。

 俺は魔王軍の工作員を指揮してそれを平民でもわかるように暴き立てたくらいにすぎない。

 ついでに余計なことを考えた工作員にはしっかり経験値になったもらったので後顧の憂いもない完璧っぷりだ。


「良いか、勇者。もはや人類が正義で魔族が悪などという二元論的価値観に意味はない。人間の中にも度し難い悪は居るし、魔族の中にも純真無垢な善性があるんだ。奇しくも俺達はそのことを誰よりも知っているだろう」

「そうだね、度し難い桜井くん。僕も純真無垢な魔王の娘を見てて同じことを思うよ」

「今やこの大陸の全知性体の誰もが直面したことのない混乱に右往左往している。これを放置すれば時代の犠牲者はそれこそ万を超えることになるだろう」


 だから、と俺は娘ちゃんを膝に乗せて抱きかかえる勇者に向き直る。


「俺達が光になるんだ! 人も魔族も共に歩める道があると指し示す光になるんだ! その先駆けとなる人物こそが真の意味で勇者と言える……そう思わないか!?」


 俺はグッと拳を握り締めて勇者に問いかけた。

 彼は一度、その膝の上に乗っている魔王の娘を見つめた。

 生後半年故にその視線の意味がわからない娘ちゃんは敵意が無いことだけがわかればそれで良く、勇者に向けてニコニコと笑みを向ける。


 その笑顔こそ本来勇者が守るべきものだった。


「……そうだな、その通りだよ桜井くん。僕は本当の意味で勇者になるために、人と魔族の垣根を超えた真の平和を目指したいと思う」

「わかってくれたか勇者」

「あぁ、だから」


 そう言って勇者は一度言葉を区切ると緊張を解すように深呼吸をして、強い決意を秘めた瞳を俺に向けて続きを口にした。


「君のようなトラブルメーカーは抱え込めない。勇者パーティを抜けてくれ、桜井くん」

「野に放たれたらそれだけ自由度が高まるんだが、本当に良いんだな?」

「……クソがっ」

「クソガーッ! クソガーッ!」

「おい勇者、娘ちゃんに変な言葉を覚えさせるなよ」

「お前のせいだろうが!! あぁ、ダメだよ娘ちゃんそんな言葉使っちゃ!」


 俺は勇者と魔王の娘による微笑ましい触れ合いを邪魔しないように、この国の市民軍に参加するために部屋を出た。



 人間も魔族も関係無い!

 敵軍の全てが俺の経験値だぜヒィーヒャッヒャッヒャッヒャッ!!!



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『あとがき』

 追放ものを書いてみたかっただけで、本編とは何ら関係ないエイプリルフール小話です。

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