108 原作終了

 冒険者学園のとある部屋、窓から差し込む月明かりが室内を薄っすらと照らし出す。

 そこはこの学園の教頭、『ミリヤ・ヘイッキラ』と呼ばれる中高年の女性が執務室として利用している部屋だった。


「~~~! ~~、~~~!!」


 今、その執務室の主であるヘイッキラは口を手で塞がれそのまま宙に吊らされていた。

 それを可能としているのは流体の身体を持つ魔人ルイシーナ・マテオス。

 彼女は大きく開いた真紅のドレスの背中からまるで蛇のように太く長い第三の腕を伸ばしてヘイッキラを拘束しながら、その執務室を好き勝手に荒らし回っていた。


協力者スポンサーのくせに連中の足取りを正確に掴んでいないとか、貴女間抜けすぎない? なんか使える情報くらい書類のどっかにまとめておきなさいよ」


 ルイシーナが必要としているのは自らが所属していた『黒曜の剣』についてだった。

 彼女は過去の情報は知っていても現在の情報を知らない。

 だからこそ彼女は学園における黒曜の剣の協力者であったヘイッキラからそれを得ようとしていた。


「(学園に潜伏してるなら適当に出歩いている私に対して何らかの反応を見せてくるかと思ったけれど、空振り。時間の無駄だったわ)」


 ここ最近、ルイシーナは自分の古巣である黒曜の剣が今後自由に生きるために邪魔な存在であると思っていた。


 なにせ自分の人生の殆どがそこにあるのだ。それが露見した場合にどんなトラブルに巻き込まれるかがわからない。

 今は表向きオペラハウス事件で死亡した扱いにはなっているがその事実に甘えてのほほんと生きていくわけにもいかない。

 だからこそ彼女は新たな人生を歩む上で過去の汚点は清算しておくに越したことはないと考え、こうして実際に行動を起こしていた。


 とは言え成果は芳しく無い。

 ヘイッキラの持つ裏帳簿からオペラハウス事件の後に学園の資材が僅かに横流しされていることはわかったものの、それ以降は追加の補給が見受けられない。


「(大きな痛手を受けたら、立て直すためにまとまった資材を一度に受けるかほとぼりが冷めるまでの間にゆっくりと継続した少量の横流しが行われていてもおかしくない。流した先から居場所を探れるかと思ったけど……学園には居ない?)」


 ルイシーナはこれでも黒曜の剣の幹部としてもしもの場合のセーフハウス、対応についてなどが頭の中に入っている。

 それをもとに考えれば学園の何処かに潜んでいる可能性が高いと踏んでいたのだが、学園祭で姿を見せていた自分に対する反応が無かったことも踏まえると本当に学園から離れている可能性があった。


「あぁぁ~、めんどぅくさぁい……めんどうくさぁぁい! はー! もぉぉ~!!」


 来客用のソファに飛び込むように寝転がり、彼女は喚き、呻き、うだうだと不満を吐き出していく。

 それは彼女にとって息抜きのようなものだが、それを知らないヘイッキラは彼女が癇癪を起こした子供のようにしか見えなかった。

 いつその不満の矛先が自分に向くのかわからないまま、かといってなにか出来るわけもなくヘイッキラはただ戦々恐々としながら眼下のルイシーナを見つめ続けていた。


「ねぇ、ちょっと。貴女は本当に居場所について何も知らないの? 資材を横流ししたなら一度はここに来たんでしょ? 心当たりくらいあるでしょ?」

「~~! ~~~~!」

「こーたーえーなーさーいーよー」


 第三の腕を動かしヘイッキラを宙で激しく振り続ける。

 時には流体であるという性質を利用して口や鼻から喉奥まで腕を入れ込み窒息寸前まで追い込む。

 それを何度か繰り返してからルイシーナは「口を塞いでるから答えようがないじゃん」と気が付き、その拘束を解いた。


 ドシャリと音を立てて床に落ちたヘイッキラは何度も咳き込みながらキッと睨むような視線をルイシーナに向ける。

 彼女はその行いに苛立ちを感じるとまた第三の腕でヘイッキラを掴み上げ、同じ拷問を何度も繰り返した。


「げほっ!? ゴホッゴホッ! ッカヒュ!」

「次で6度目ね」

「ま、待って! 確かに”七篠一派”は学園に来たわ! でも、突然足取りが途絶えたの! 本当よ!」

「集団がいきなり消えるわけないじゃない。まだ私のことを舐めてるようね」

「本当に、本当なの! 資材を受け取った後に、消えた! 私だって探したわ! 貴方達”主流派”から離反した連中を匿ってるなんて思われたら私は一巻の終わり、でも見つからないの! ”七篠一派”の73人全員が! 何処にも!」

「ふーん」


 ルイシーナは内心で「主流派?」と首を傾げていたが、喋ってくれるならば勘違いも好都合だと思って黙ることにした。




「七篠、ピグマリオン、朝永……あいつらって仲良かったのね」


 話を聞き終えたルイシーナはヘイッキラの弱みをまとめた書類を確保して帰路へとついた。

 かつての諜報活動の経験から殺すよりも屈服させ、弱みを握ったほうが波風が立つことはないと判断したからだ。


 『黒曜の剣』、その本来のボスを筆頭にした主流派は七篠一派が離反したことで更にその勢力を弱体化させた。

 一度学園に現れていながらも現在雲隠れ中の七篠一派に対して、主流派の方については現在の拠点位置も発覚したので先にそっちを始末しに行こうと彼女は考えていた。

 ヘイッキラにコンタクトを取りに来た主流派の連絡員と鉢合わせになったことはルイシーナにとって幸運だったと言えよう。

 彼女は他者を魅了状態に陥らせる技の利便性の良さを再確認しつつも、それに頼り切らないようにと意図して頭の片隅にしまい込んだ。


「それにしたって一体何処に消えたのかしら? 出ていった痕跡が見当たらないなら少なくとも街には居るのだろうけれど」


 学園から消え、されど街からは出ていない。

 潜伏するにしても元々の本拠地は爆発四散して周囲も騎士団に固められているはず。

 となると考えられるのは点在するセーフハウスだが、そこはあくまでも一時的な避難所のようなもの。

 受け取った資材を保管することも、73人もの人員が長居することを出来る場所でもない。


「七篠の部下がトチ狂って襲いかかって来てでもくれれば取っ捕まえて情報吐き出させるのだけれど……まぁ、そんな馬鹿はピグマリオンの奴が許さないわね。あいつ、顔は酷いけど一番真面目に仕事するタイプだし」


 手がかりが途絶えてしまったことにため息を吐きながらも、気持ちを切り替える。とりあえずは目先の主流派だ。

 ヘイッキラに関するこの書類を桜井から紹介された盗賊ギルドの連中にでも渡した後で、できれば主流派を始末する協力を取り付けさせようと考えた。


「あぁ、そうだ。ユリアにも話は通しておかないとよね。証拠は……その場で化けの皮剥がせばなんとでもなるでしょ」


 『黒曜の剣』における首領、その人間の立場を思い浮かべながらルイシーナはポツリと呟いた。


 ルイシーナ・マテオスが偶発的とは言え技術によって生まれた最初期の魔人であるならば、相手は魔物の血を啜り肉を喰らい続けたことで生まれた天然の魔人だ。

 ベニクラゲをモチーフにした魔物を喰らい続けたその魔人はこと寿命においては他の追随を許さないほどに長く、生き続けることだけに特化した存在。

 年齢で言えば500を超えるその人物は死体の偽装と若返りの異能を駆使することで貴族の地位に長年居座っているものの、戦闘力という観点においては特出したものはない。


 この世界は生命の危険が身近にあるからこそ戦闘力というものが尊ばれ、人々に歓迎される大きな要素になりうる。

 だからこそ本来は剣を取るべきではない王族のユリアさえもその力を磨いており、力を持っている存在が守ってくれるという安心感によって国を統治している。


 故に上に立つ人間ほど高い武勇が求められ、生存力に特化しすぎたか故に武勇が低いその魔人は技術による解決を求めた。

 そのための組織が『黒曜の剣』であり、そのための手段が魔人化技術であり、その完成をもって魔人は国を乗っ取らんとしている。


 だがそれは逆説的に魔人化技術が完成しない限り、その魔人は自身が脆弱と呼ぶ人間と何ら変わりない程度であるということを示している。


 その存在が作中のラスボスとして成り立つには後一年近くの時間と十全に活動することが出来る拠点、人員が必要不可欠だった。

 しかしそれらが桜井の思いつきと七篠の暗躍によって文字通り爆散した今となってはその立て直しに長い長い時間を要することとなる。


 だがそんなことをルイシーナが知るはずもない。

 彼女にわかっていることは弱体化している主流派とやらを始末するなら今がチャンスであるということ、そしてもし仮に首領と戦うことになろうとも負けることだけはありえないということだけである。


「全く、人生をやり直すっていうのも楽じゃないわね」


 それでもやるべきことはやらなければと吸血鬼は闇夜の中を歩いていく。



 数日後、とある貴族の邸宅が轟音と共に倒壊したという事件が起きた。原因は建物の老朽化であると見られている。


 『剣聖』佐貫 章一郎及び天内 隼人を含む数名の冒険者学園生の尽力によりこの邸宅にいた使用人達は無事に救助されたものの、当主含めその家族は不運にも崩れた屋根の下敷きとなり全員が即死していたと発表された。


 これにより長年この国に仕えてきた貴族の1つが途絶えることになり、彼らが統治していた領地を巡って貴族同士による押し付け合いが勃発。

 国内に管理者の居ない空白地帯が生まれるのではないかと危惧されたが、これに対して王家が該当地域を直轄地として組み込むことを宣言したため混乱は最小限に留まった。


 こうして原作における本来のラスボスは三人の転生者にその運命を狂わされながらも、彼らとろくに言葉を交えることもなくあっさりと舞台の上から引きずり降ろされたのであった。

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