107 学園祭終了

 後日談、というか学園祭のオチ。

 総当たり戦を終えた翌日、俺はアイリス家の庭先で閉会式を終えてきた天内に会っていた。


「桜井ごめん。個人賞逃した」

「行くぞウマァ! この邪智暴虐クソ野郎を轢き殺すッッ!!」

「ヒッヒーンッ!」

「待て待て待て!? 愚者の首飾りは手に入れたから! そっちは大丈夫だから!!」

「チッ、余計なフェイントは命取りになるぞ小僧」

「少しでも意趣返ししようかと思った俺が馬鹿だったな……」


 俺は下らない冗談を口にしたことを後悔している天内から約束通り『愚者の首飾り』を受け取りつつ、お返しに制止していたウマを解き放ち奴にけしかけた。


「ヒヒヒッヒーン!」

「嘘だろマジでやるか!? 悪い、悪かったって桜井! ごめんて!!」


 ウマよ、暫くそのお兄ちゃんと遊んでな。

 吹っ切れたからか、何かとリアクションが大きくなったのできっと楽しめるぞ。


 ウマの嘶きを聞きながら、俺は天内に背を向けアイリス達のところへ向かう。

 そこにはアイリス達に赤野やエセル、それに加えてユリアや彼女の取り巻きである何人かの騎士が集まって鉄板や焼き網を使ったバーベキューが始まっていた。


「おぉ……これが、バーベキューというやつだね! 屋外での立食パーティは何度も経験したものだが、調理は料理人任せ。手ずから肉を焼くのはとても新鮮だ」

「何でお姫様がこんな場所に居るのよ。打ち上げなら士官学校の方でもやってんじゃないの? というか打ち上げなんて参加してて良い立場なの?」

「士官学校側の打ち上げは教官も参加するんだ。そこに私まで居ると中々羽を伸ばし辛いだろう。だから大丈夫だよ」

「あっそ。なら姫様も材料切るの手伝いなさいよ、何もしないやつに食わせる肉は無いわ」

「勿論だとも。ふふっ、包丁を本来の用途で使うのは初めての経験だよ。胸が高鳴るね」

「聞こえなーい、お姫様が包丁を別用途で使う状況なんて私わかんなーい!」


 食堂で襲われでもしたんじゃない? どうでもいいか。

 ともあれ雰囲気は完全に打ち上げムードで、各々が好き勝手に肉や野菜を食べながら楽しげに会話している。

 守銭奴エセル散財家ユリアという相性の悪そうな2人もいがみ合うことなく参加しているので肉の力というものは偉大なんだな、と思う次第である。

 ユリアが『換金術』で包丁を作り出した時に聞こえた守銭奴の悲鳴は無視しておこう。


「あ、桜井くんお疲れ様」

「桜井さーんお肉焼けてますよー!」

「早くこないと肉が無くなるぞ桜井」

「うーい」


 俺も小腹が空いたので適当に串焼きにされている肉を頬張る。

 ユリアがお土産に持ってきた高級肉は脂身が多く、口の中で解けるように消えていく。

 ただ……ぶっちゃけ脂身の多い肉は苦手だ、前世のころからやれ霜降り肉だの脂身を有難がる気持ちはよくわからない。

 貧乏舌ここに極まれりって感じだ。別に不味いわけではないのだが少し口にすると「もういいか」ってなってしまうんだよな。


「そう言えば赤野。天内が個人賞逃したとか言ってたけど何があったんだ?」

「ユリアさんとの戦いで完全に魔力切れになっちゃってね……。動けなくなったところでやってきた人たちに負けちゃったの」


 私も応戦したんだけどねー、と赤野は苦笑した。


「(こいつらのパーティ、一応エセルが居るとは言え天内が沈むと純粋な前衛が消えて総崩れになるからな……ユリアを倒すことだけ考えた結果ならまぁ仕方が無いか)」


 そこに関しては俺も「ユリアを倒せれば他の有象無象にやられることなんて無いだろ」と後のことを考えずにレベリングさせた落ち度がある。


 なので俺は口笛を吹いて天内を追い立てているウマを呼び戻すことにした。

 ウマが嬉しげな鳴き声を上げてこちらに駆け出すのと同時に天内は両膝を地面につけて荒い呼吸を繰り返していた。


「どうどう、ほら新鮮な焼き野菜だぞー。あれ? 馬って食っちゃダメな野菜とかあるんだっけ? まぁいいか」

「ヒヒヒン」

「いや良くないですよ桜井さん。とりあえずネギ系は完全にダメなので、人参とかかぼちゃとかにしてあげて下さい」

「ヒン、ヒン」


 鳴き声を上げながら頭を上下させるウマに切り分けられている生の人参を与えていく。なんかこいつ普通に人語理解してないか?

 だからといって何があるわけでもないので気にしないでおく。むしろ理解できるなら指示も与えやすくて結構なことだ。


「天内くんでないとすると、結局誰が個人賞を取ったんだ? こういっては何だが、目ぼしい人間は居た覚えがないが」

「あぁ、それならバルダサーレのことだ。意外な人間が個人賞を取ったものだよ」


 檜垣の疑問に応えたのはトングと食材を手にしたユリアだった。


「私が天内くんに敗北し、彼が別の冒険者達に敗北し、巡り巡ってバルダサーレが最終的に私達のポイントを手に入れた。彼は「一騎打ちを所望する!」といって誰かとパーティを組まずに単独で行動していたからね。”もっともポイントを稼いだ個人”という評価基準で判断した結果のようだ」


 ユリアが鉄板の上で持ってきた食材を焼きながら説明を始める。

 いつも通りの綺羅びやかな衣装でまるで一人焼肉を楽しんでいるかのような姿は中々にシュールなものがあるが、本人はとても楽しそうなので無粋な事は言わないでおこう。


「ただバルダサーレも私と天内くんの戦いを見ていたようでね。個人賞は受け取ったものの、その副賞である愚者の首飾りは「迷いを捨てた君にこそ渡されるべきだ」と言って閉会式の後で渡しに来たんだ。いやぁ、不幸中の幸いというやつかな? あっはっはっ」

「気遣いで渡された景品が思いっきり俺に横流しされてるんだけど、これって後でバルダサーレに絡まれたりするやつじゃね?」

「出会わなければ大丈夫だろう」

「出会えばアウトじゃねーか」

「冗談だよ。彼には私から口添えしておくよ。天内くんの急成長に関わった恩人だとでも言っておけば問題ないだろう」


 ともあれ、と言ってユリアは物欲しそうに皿を突き出しているアイリスに焼き上がった肉を与え、俺の皿には野菜を乗せて話を続ける。


「そうだ、桜井くんは私との約束をしっかり果たしてくれた。その尽力をしてくれた君には私個人からもなにかお返しがしたいと思っているんだ」

「お返し?」

「あぁ、何か困っていることだとか欲しいものだとか。私に出来ることであれば全力で応えてみせるとも!」

「ダメです姫様、桜井にそんな事を言うのは」

「そうですよユリアさん。桜井さんにそんなことを言うと無理難題かろくでもない要求しか帰ってこないのでご自身で考えたお礼の方がいいですって」

「檜垣もアイリスも俺のことなんだと思ってやがる」

「じゃあ桜井。お返しに何を要求するつもりか言ってみろ」

「王宮の宝物庫の鍵」


 おいなんだよ、その「ほら見たことか」みたいな視線。

 別に何かを盗むつもりはないんだ。用事があるのは宝物庫の扉、その裏側を調べることで発見できる『星の種』である。

 少しばかり扉に嵌め込まれている宝石を砕くためにピッケルを振り下ろすことにはなるが、傷つくのは普段人が目にする場所でもないんだ、問題ないだろ?


「そういうことなら私自身で考えた方が良いかな」

「ここに高級肉持ち込んでくれただけで十分な気がしないでもないが……まぁ好きにしてくれ」


 俺も俺で自分の目的のためにユリアのことを散々利用したので別にお礼なんて要らないのだが、こういうのは相手を満足させたいと言うよりも自己満足のためのお返しなのだろう。

 ユリアの設定から考えるに彼女は今まで精神的に孤立していたはずだ。

 その感動をなんらかの形で誰かと共有したいというのであれば、そこに水を差すのは無粋だろう。


 だから檜垣もアイリスも俺が目の前の餌に食いつかないことを不思議がるのは止めて欲しい。

 基本的に俺は取引には真摯な人間だし、多少の空気は読めるようになったんだ。


「さて、学園祭も終わってダンジョンも解禁されたし大手を振ってレベル上げでも――なんだ、あの連中?」


 ふとなんとなく向けた視線の先にはズラリと並んだ騎士の集団。

 装備からして士官学校の連中ではなく間違いなく正規の騎士たちがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「騎士団の第四部隊? この地域の担当ではあるが、私を連れ戻しに来たか?」

「それにしてはなーんか剣呑な雰囲気じゃない? 金貸しに雇われてる取り立て係とかその用心棒連中の様子にどことなく似てるわ」

「エセルちゃん、まさか借金の経験が……?」

「聞こえなーい!」


 他の連中も騎士達の存在に気が付いたのか、打ち上げムードは完全に霧散し彼らの一挙一動を静かに見守り始める。


 そんな周りの様子も気にすること無く、先頭を歩く金髪に丸眼鏡をかけた騎士の一人が代表してユリアに一礼した。


「ご歓談中、誠に申し訳ございません。私は――」

「騎士団第四部隊、副隊長のアベル・ジオネ卿だね。オブシウス商会爆破事件を担当していると聞いているが、そんな君が何故ここに?」


 よくよく見たらオペラハウスの事件で俺の事情聴取に参加していた騎士さんだった。

 あの一件に関しては後処理を盗賊ギルドの方で済ませているはずなので、今更なにかが出てくるはずもないのだが……。


「いいえ。今は別の事件を、士官学校生の宿舎で起きた事件を受け持っております」


 ジオネさんの視線に釣られて全員が俺に視線を向けてくるので、俺は軽く笑って顔を逸した。

 ふふ、そういえば七篠と戦ったことについては誰かに話した覚え無いなぁ……七篠に殺された騎士の死体もそのまま放置して逃げ出してきたなぁ!


「君が桜井 亨くんだね? 3日前に起きた事件について聞きたいことがある。着いてきてもらおう」

「任意だったりしますかねそれ」

「残念ながら強制だ」


 あ、これ間違いなく殺人事件の容疑者扱いだ。

 俺が同行に拒否する姿勢を見せた途端に後ろに控えてる騎士達がゆっくり剣の柄に手を添えるのが見えたもん。


 こうなってしまっては仕方がない。

 これは別の転生者と遭遇するトラブルに対してしっかり対応できなかった俺の落ち度だ。

 今ここで騎士団の連中に反抗したとしても良いことはないだろうから、大人しく連行されるしかない。


「なぁ、桜井」

「大丈夫だ檜垣。すぐに戻ってくるから、アイリスを頼む」

「いやそれよりも、同じ檻の中に他人が居ても襲うなよ? 彼らは犯罪者ではあるがお前のサンドバッグではないからな?」

「お前は人をなんだと思ってやがる」


 戻ってきたら俺への認識を改めさせる必要があるなこいつ。

 俺にだって正当防衛という大義名分を整える程度の常識はあるんだ、見くびるなよ?


「あ、そうだ」


 俺は抵抗しないことを示すために腰の剣を外しつつ、ふと思いついた。

 そういえばこの手の問題を解決する丁度いい存在が近くにいるじゃないか。


「なぁ」

「桜井くん、口に出さずとも良いさ。少しばかり不便をかけると思うが私の方でもしっかり調べよう」

「ありがたい」


 ユリアの返事に安堵しながら最悪は脱獄も選択肢に入れておこうと思いつつ、俺はジオネさんやその部下の騎士たちの前に立ち大人しくお縄につく。

 お縄につくとは言っても逃げ出さないように周囲を囲まれるだけなのだが……その姿を不安げに見つめるアイリスを安心させるように振り返って笑顔を浮かべると、もう一度念には念を入れるように言葉を告げる。



「――それじゃあ後は頼むぜ、権力ユリア!」



 俺の言葉に対して柔らかい微笑みを浮かべ、グッとサムズアップした。

 持つべきものは友と権力、素晴らしい言葉である。それが今の自分にあるとわかっているだけでここまで気持ちが楽になるとは思わなかった。


 信じていると示すためにもお返しに俺もサムズアップをした後で騎士たちに促され歩き出す。

 お硬い雰囲気を纏う彼らと違って俺の足取りは軽く、一抹の不安もそこにはなかった。


 さーて! ちょっとばっかし俗世から離れた場所でバカンスとでも洒落込むとするか!







「彼が連れて行かれたのは3日前に士官学校生の泊まっている宿で引率役の騎士が何者かに殺されていた事件についてだとは思うのだが、ぶっちゃけ彼が殺したと思うかい?」

「トールだったらワンチャンやってる可能性はあるわ。天内はどう思う?」

「必要だったらやると思う」

「桜井さんが見ず知らずの相手を殺すなんて、余程のことがなければしませんよ!」

「風紀委員に上がってきた報告を聞くに、宿の中には大量の爆竹が仕込まれていてそれらが爆発したことで事件が発覚したらしい」

「余程のことが起きてますね……」

「あいつ、作った爆竹を宿に仕掛けて安眠妨害するって言ってたから少なくとも不法侵入したことは間違いないな」

「でも桜井くんの気質からして本当に殺してたら悪びれることもなく開き直ってそうだし、今回は違うような気がするけど」

「いやでもトールでしょ?」

「付き合いの長い私でも、彼奴が大人しく連れて行かれたのが言い訳が思いつかなかったからなのか、無実ではあるがここで開き直ってもろくなことが無いと考えたからなのかが全くわからないな」

「桜井さんは妙なところで潔いですしねぇ」

「ある意味で信頼されているからこそ半信半疑になってしまうというところか。あっはっはっ、これは困ってしまったな!」


 テメーら全部聞こえてんぞ!

 何で全員して半信半疑になるんだよおかしいだろうが!!

 そこは俺の無実を信じて一致団結した上で今までの恩返しだとかなんとか言って俺のことを助け出してくれる流れだろうがよォ!!


「俺は無実だ! 爆竹仕掛けに行ったら七篠の野郎とかち合ってちょっとばっかし殺し合いになったから速攻で逃げ出してきただけなんだよ!」

「おいコラ! 暴れるんじゃない!」

「半信半疑状態の何処が信頼されてるだ! 信頼してるなら異口同音に『桜井はきっと無実だ』くらい言えよ!」

「これ以上暴れるなら手荒な手段を取るぞ!」

「ちょっとユリアさん! 本当に、本当に頼んだからな!? お礼がしたいなら今が返し時だからな!?」

「どうやら私達の話が聞こえてしまっていたようだな」

「あぁ、あそこまで暴れて言っているなら桜井は騎士殺しまではしていないな。やっと確信できた」

「良かったです! これで桜井さんをちゃんと助けようと思えますね!」


 俺が取り乱すことでやっと無実を信じてもらえるの、ありがたいのだけれど滅茶苦茶納得できないんだが!?

 戻ってきたら俺について全員問い詰めて印象改善させてやるから覚悟してろよ!?


「クッソ。こんな悶々とした気分で連行されるなんておかしいだろ……!」


 俺は騎士たちに取り押さえられながらも、湧き上がる謎の悔しさにグギギっと唸りながら連行されていく。

 こうして愚者の首飾りを手に入れるために色々と頑張った学園祭は、その目的こそ達成したものの無実の罪で騎士団に連行されるという終わりを迎えるのであった。

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